第13話 われら最強
イタリア。ベネチア。夜のフェニーチェ劇場。
座席は赤。円形状のホールは金。観客が大勢いる。
高い天井には、地上を俯瞰するように神々が描かれていた。
そして、広い舞台上には三人の男性オペラ歌手と、ラウラたちの姿。
「こいつで、とどめだっ!!」
大勢の観客が見守る中、ラウラは荒々しい声と共に拳を振るう。
「フォルティ、ッシモ……っ!」
頬を拳で打ち抜かれたのは、茶髪オールバックのタキシード男。
痛がる素振りを見せず、恍惚とした表情を浮かべながら、地面に倒れ込んだ。
『TKOを確認。二勝一敗によりチームラウラの勝利が確定しました』
◇◇◇
イタリア。ベネチア。深夜。ホテル『デロペラ』。
フェニーチェ劇場に隣接する、三階建ての三ツ星ホテル。
その三階に位置するツインルームに、ラウラたちは宿泊していた。
白い内装に、二つのシングルベッドに、デスクとソファなどが置かれている。
「ぐがー、ぐがー」
「空飛ぶパンナコッタ……むにゃむにゃ」
ベッドで眠るのは、ラウラとジルダ。
可愛げのなさと可愛らしいが同居した寝息を立てている。
「……すぅすぅ」
そのベッドから少し離れた場所にあるソファで眠るのは、ジェノ。
近くには木製のデスクがあり、人数分のグローブとゴーグルが置かれていた。
「……」
そこに忍び寄る人の影があった。
中肉中背で、黒いフードを深くかぶった男。
窓から侵入し、足音を殺しながら辺りを物色している。
「――」
物色を続ける怪しげな男は、デスクの前で足を止めた。
その視界の先には、大会のデバイスであるグローブとゴーグル。
迷うことなく手を伸ばし、自身の手にあるグローブとの接触を試みていた。
「待たれよ」
そこに響いたのは、芯のある男の声。
「……っ!?」
怪しげな男は、手をぴたりと止め、後ろを振り返る。
そこにいたのは青い民族衣装を着た、辮髪の男――ボルド。
視線は鋭く、軽蔑するような眼差しで、怪しげな男を見つめていた。
「敗北を恐れ、姑息な勝利に飢えたもの。……人、それを外道という」
そして、ボルドが語るのは、正論。
悪しき心を持つ人間を責め立てる言葉。
「お前、何者だ……っ」
いきり立つ怪しげな男は、声を荒げ、そう尋ねた。
「貴公に名乗る名はない。表で成敗してくれる」
きっぱりと切り捨てるボルドは、怪しげな男のグローブに触れる。
そうして、密かに始まった。ラウラたちの憩いの時を守るための戦いが。
◇◇◇
イタリア。ベネチア。朝のリアルト市場。
天気は晴れ。テント付きの屋台がいくつも立ち並ぶ。
台には魚介類や肉、野菜、果物などの豊富な食材が揃っている。
市場全体は閑散としていて、開店前の準備をしている店主がちらほら見えた。
「……あの、聞きたいことがあるんですけど、いいです?」
ラウラたちは市場を練り歩き、話を切り出したのは、ジルダ。
替えの衣装がないのか、いまだにウェイトレスの恰好のままだった。
「なんだ? 献立の変更なら受け付けねぇぞ」
一方、黒スーツに身を包むラウラは、先読みして答える。
昨日の礼として、ボルドたちに手料理を振る舞うことになった。
そのための食材調達だ。料理番を名乗り出た以上、口は挟ませねぇよ。
「……いえ、違うです」
ただ、どうやら違うらしい。
もっと深刻な悩みのように見えた。
「だったら早く聞けよ。それ以外、NGは特にねぇから」
慣れない戦いの連続で、ナーバスになったってところか。
相談に乗るのはガラじゃねぇが、ここで脱落されたら困る。
仕方ねぇから聞いてやるか。一応、肩書きはリーダーだしな。
「……人がたまに光って見えるようになったのですが、病気、ですかね?」
と覚悟を決めたところで聞こえてきたのは、しょうもねぇ悩みだった。
まぁ、何も知らねぇこいつにとっては、切実な悩みなのかもしんねぇがな。
「怪光病っつってな、放置すると目からビームが出るらしい」
少しからかってやるか。この後の展開も目に見えてるしな。
「……目から、ビームですっ!?」
対し、ジルダは目を見開き、驚いていた。
(いい反応するじゃねぇか。からかった甲斐があったってもんだ)
それを横目で見ながらラウラは心の中でほくそ笑む。
「……はぁ。ラウラって、結構、鬼畜だよね」
そこに、今まで静観していた青い制服を着るジェノが、冷めた目で語る。
こいつは、全部分かってるからな。冗談の意味も、真実を話さない理由も。
「冗談だ。怪光病なんて病気はねぇよ。安心しろ」
仕方ねぇ。ネタばらしといくか。
これ以上は真面目野郎がうるせぇからな。
「……え。嘘だったです? あ、でも、見えるのは本当で」
ただ、ジルダは余計に混乱している様子。
さて、こっからは、どこまで話すかが重要だ。
できれば情報を餌に、親父の情報は手に入れてぇからな。
「それは意思の力だ。体から生じる光はセンスって呼ばれてる」
「これが、例の……。でも、ボク、特別なこと何もしてないですよ?」
「センスを出してくる対戦相手と干渉して、見えるようになったんだろうな」
ここは触りも触り。教えても何の問題もねぇ部分だ。
さぁ、どう出る。目の前には美味そうな餌がぶら下がってんぞ。
「……そう、ですか。教えてくれて、どもです」
しかし、ジルダは食いついてはこなかった。
納得できる情報を得て、興味が失せたような様子だった。
引いた相手にここで押すのは悪手。そんなもんは誰が見ても分かることだ。
「気にならねぇのか? 使い方次第じゃ、もっと強くなれんだぞ」
だけど、無理だ。我慢できねぇ。
言葉の駆け引きは、どうも苦手なんだ。
「今は強さより、弱さを極めたいです。それが、大司教様の教えですから」
なるほど。こいつ、かなりこじらせてやがるな。
変な思想植え付けやがって。ほぼ洗脳に近いだろ、これ。
「……弱肉強食、か」
その回答に思うところがあったのか、ジェノはぽつりと言いこぼす。
弱肉強食は、白教大司教レオナルドが、生前よく口にしていた言葉だ。
どうせ深読みしてんだろうな。対して意味なんてないに決まってんのに。
「ま、気になったらいつでも教えてやるよ。親父の情報と引き換えだがな」
とりあえず、ここらが潮時だな。
洗脳はこれから少しずつ解いてやればいい。
今は死ぬほど美味い飯を作る。それだけ考えりゃあいいや。
◇◇◇
ホテル『デロペラ』。一階。ダイニングルーム。
食卓や椅子が立ち並ぶ、ホテルの利用者が食事をするスペース。
「待たせたな。これドカ食いしてから、気絶したように眠れ」
ホテルの厨房を借り、朝食を作ったのは、ラウラ。
その手にはお盆と、白い皿に乗せられた料理が大量にあった。
テーマは洋。ハンバーグ。オムレツ。シーザーサラダにパスタなどなど。
鬼の炭水化物尽くし。血糖値スパイクなんかぶっ飛ばすほどの糖質パラダイスだ。
「ご相伴に預からせてもらおう」
「酒池肉林。満漢全席。恐悦至極……っ!」
「ドカ食いはアホのすること。気絶するのはもっとアホ」
それぞれ反応しながら食事にありついている。
朝飯にしてはちと重いが、こいつらにとっては晩飯だ。
これぐらいのがっつりしたもん食った方が、元気になるだろう。
「これは……っ!」
すると、ボルドはスプーンをぽとりと落とし、目を見開いていた。
口にしたのは、ふわとろのオムレツ。特製のデミグラスソースがかかってある。
「ご感想は?」
当然、替えのスプーンは用意してある。
それを手渡しながら、ラウラは気分よく尋ねた。
「求婚を申し出たい」
異国出身の胃袋をがっちり掴んだってわけか。
上々の反応だ。腕によりをかけた甲斐はあったな。
「お断りだ。ただ、褒め言葉としては受け取っておく」
適当に茶を濁しつつ、他の二人に視線を向ける。
オユンは野菜とパルメザンチーズ増し増しの冷製パスタ。
ザーンはホットプレートに乗った、熱々のハンバーグを頬張っている。
「桃源郷、風味……っ!」
先に反応を示したのは、オユン。
独特の言い回しだったが、美味いってことだろう。
残るは大食漢っぽい大男。ザーン。まぁ、聞くまでもねぇだろうな。
「――不味い」
そう思っていたが、どうやら口に合わなかったらしい。
「どの辺が不味かった?」
「ソースと肉が合ってない。味見したか?」
提示されるのは、極めてシンプルで致命的な理由。
味見はしたくてもできねぇんだ。肉が食えねぇ体質のせいでな。
「あー悪い。こっちの責任だ。無理そうなら残してくれ」
人としての大事な部分が欠けつつあるのを自覚しつつ、ザーンに詫びを入れる。
「ごちそさん。他の料理はあるか?」
しかし、気付けばすでに完食していて、次の料理を催促していた。
気持ちのいいやつだ。良くも悪くも嘘がねぇし、行動に筋が通ってやがる。
「待ってろ。すぐ満足できる品を作ってきてやる」
いいリベンジの機会だ。次こそはドカ食い気絶させてやるよ。
次の料理の下ごしらえは、厨房で、ジェノとジルダにやらせってからな。
◇◇◇
一時間後。ダイニングルーム。
食卓には、綺麗な白い皿が積み上がっている。
「もう、満腹だ……」
「見える、桃源郷……」
「美味すぎ、寝るわ……」
三人はラウラの手料理に見事ノックアウト。
胃に血液を持っていかれ、意識は完全にショートしている。
「うっし。お礼、完了だ」
ラウラはぐっと拳を握り込み、見張りの時間が始まろうとしていた。
『ご報告します。ただいま一つのチームが脱落し、残り十二組となりましたので、ストリートキング予選は現時点で終了となります。本選の方はローマのコロッセオにて行われます。各種交通機関を用い、翌日の午後7時までにお集まりください』
そこにちょうどよく流れてきたのは、アイのアナウンス。
それはつまり、短いようで長く感じた共闘の終わりを示していた。
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