第12話 進むべき道


 サンマルコ広場のテラス席でジルダに明かされた事実。


 『白き神』の完全復活には、『八咫鏡』が必要という情報。


「詳しく話してもらおうか。なぜ、お前が『白き神』を知っている」


 それに対し、ラウラは眉をひそめながら、厳しい口調で尋ねる。


 『白き神』は、去年の12月25日に顕現し、ジェノに宿って終わった。


 それを知ってるのは、あの場にいたやつと、組織の上層部だけのはずだ。


「カモラ・マランツァーノがその場にいたからです」


 なるほど。カモラはこいつの父親だ。


 何らかの手段で連絡を取り合ったってわけか。


「……『八咫鏡』で『白き神』が完全復活するっつぅ情報のソースは?」


 納得はしつつも、まだ疑問が解消されたわけじゃねぇ。


 当然のごとく質問攻めだ。ここで必要な情報は知っておきたい。


「ボクは白教の施設で育ちました。そこの大司教様に教えてもらったです」


 白教の目的は、『白き神』の再臨と永遠の国を作り上げること。


 去年の12月25日に起きた事件も、白教とその大司教が起こしたものだ。


 そいつらに教えてもらったなら、『白き神』に詳しくてもなんら違和感はねぇ。


(……おいおい。まだあの日の事件は、終わってねぇってことなのかよ) 


 体中の毛が逆立ったような感じがした。


 この大会。まさか、白教絡みのイベントなのか。


「……あの。今言った、大司教の方の名前をフルネームで教えてもらえますか!」


 その合間に、食い気味で質問を重ねたのはジェノだった。


 そうか。ジェノは確か大司教と深い因縁を持っているはずだ。


 事件当時、大司教に拉致られて、儀式を受けさせられてたからな。


 ――あの大司教の名は確か。


「レオナルド・アンダーソン。施設にいた頃のボクの親代わりの人です」


 ビンゴだ。こんな偶然あるのかよ。


 気持ちわりぃ。全部、仕組まれてたみてぇだ。


「ちょっと待って、だったら、もしかして、ここまで全部……」


 同じことを考えたのか、ジェノの顔は青ざめている。


 そう思っちまう気持ちは分かるが、さすがに考えすぎだ。


「んなわけねぇだろ。たまたまだっての。あいつ、もう死んだんだぞ」


 大司教レオナルド・アンダーソンは儀式の生贄になって死んだ。


 全部お見通しだったら、儀式をやり遂げつつ、生き残れたはずだ。


 人間なら全員、心の底では死にたくねぇって思ってるはずだからな。


 それに、未来を見通せるような物がない限り、先読みにも限界がある。


「分かってる。だけどさ、大会の優勝賞品って覚えてる?」

 

 だけど、ジェノは確信めいた顔をして、そう尋ねた。

 

 質問の意図が分かっちまったと同時に、寒気が走った。


「『シビュラの書』……。未来を予言できるアイテム……っ!」


「あの人が、『シビュラの書』で未来を先読みしてたなら辻褄が合うよ」


 ジェノの言う通り、可能性としては十分あった。


 それに、頭のネジが外れてたあいつなら、やりかねない。


 未来で自分が死ぬと分かった上で生贄に捧げられる、なんてこともな。


「何か問題でもあったですか?」


 可愛らしく小首を傾げるのはジルダ。


 白教の施設で育ち、マランツァーノの血縁者。


 目的はルチアーノファミリーの復興。養父は白教大司教。


 因縁全部乗せじゃねぇか。仕組まれた運命ってのも皮肉なもんだな。


「問題しかねぇよ。いちいち説明してやらねぇが」


 知らない方が幸せなことだってある。


 ジルダが置かれた状況こそ、その最たる例だ。


 自分で選んだと思っていたものが、誰かに選ばされてる。


 なんて気付いた日にゃあ、首吊って死にたくなるかもしれねぇからな。


「ともかく、ジルダさんは『八咫鏡』回収を優先した方がいいってことですよね」


 すると、ジェノはいい感じのタイミングで話を戻した。


 本題はそこだ。大会か、回収か、はたまた、両方やるか。


 優先順位をつけないとまずいんじゃねぇかって話だったな。


 拉致られた眼鏡職人も探さねぇとだが、手掛かりが少なすぎる。


 今はできるところから、一つ一つ対処していった方がいいだろうな。


「……はい、です」


 ジルダは話を流されたせいか、不服そうに答えている。


 さて、どうっすか。両方やるつもりだったが、話が変わっちまった。


「確認なんですけど、ジルダさんってどれぐらいの熱量で優勝したいんですか?」


 続けて話を切り込むのは、ジェノだった。


(おっ、本質を捉えたこと聞いてくれるじゃねぇか)


 こっちの目的は眼鏡職人の説得。必ずしも優勝する必要はねぇ。


 説得するのに『シビュラの書』が必要だったが、助けりゃいけるはず。


 だから、大会を本気でやるかどうかは、ジルダの熱量次第ってことになる。


 ただ、優勝したいと言ったくせに回収を優先しろとか言ってるのが気にかかる。


(……矛盾してんだよな。初戦でわざと負けたように見えたし)


 どちらかはっきりしないなら、このまま大会は諦めちまってもいいだろうな。


「それは……これぐらい?」


 問われたのは大会にかける熱量の大小。


 ジルダはおもむろに両手で丸印を作っている。


 野球ボール程度の大きさだ。大きいようには見えねぇ。


「じゃあ、『八咫鏡』を回収する熱量はどれぐらいですか?」


 次にジェノは大きさで熱量を比べるつもりか、そう尋ねていった。


 曖昧だったが、これでこいつの考えがはっきりするかもしれねぇな。


 そう考えながら、ラウラはジルダの方へ視線を向け、その反応を待った。


「えっと、それなら……これぐらい、っです!」


 すると、ジルダは両腕を可動域いっぱいに広げ、でっけぇ丸を作っていた。


 決まりか。大会のやる気も、ルチアーノの復興も、そこまでだったみてぇだな。


「……うーん、どっちもやる気はあるけど、『八咫鏡』の方が上か」


「それなら、もう大会は辞退でいいんじゃねーか。放置したらやべぇんだろ」


 ラウラは意見をまとめ、そう総括する。


 ようは、優勝したかったが、それ以上の問題が起きた。


 ただ、それだけだ。『八咫鏡』が盗まれたのは、手を組んだ後の話だしな。


「……背に腹は代えられない、かもです」


「大会は辞退か……。もう少し戦ってみたかったけどな」


 ジルダとジェノは残念そうに語り、流れは大会をやめる方向に変わっていく。


「辞退、できるといいがな」


 そこで、水を差すようなことを言ってきたのはボルド。


 その顔は妙に神妙で、何か含みがあるような言い方だった。

 

「何か問題でもあるのか? 共闘を継続させるための脅しなら意味ねぇぞ」


 真っ先に浮かんだのは、関係を繋ぎ止めるための嘘。


 それっぽいことをいって、引き付けようとする作戦だ。


「貴公らが決めたのなら止めはせん。ただ、ある噂を耳にしたことがあってな」


 ただ、予想は外れだったらしい。


 ま、こいつは嘘をつくような輩じゃねぇか。


「なんだ、そのある噂って。もったいぶってねぇで教えろよ」


 ラウラはすぐさま話を促した。


 聞いておくだけなら損はねぇからな。


「ストリートキングには表と裏。二つのトーナメントで構成されているらしい。表が今いる勝者側の我々で、殺しのない健全な武術大会だ。一方、裏では表の敗者側がチーム同士で殺し合う試合。不健全な殺人大会が行われているようだ」


 ボルドは淡々と、一切の淀みなく、噂を語り出す。


 その口から語られる内容は、興味を引かれるものがあった。

 

(……死亡保険。殺し合い。裏トーナメント。現地民の反応の悪さ)


 今まで見聞きした言葉を頭の中で並べ、考えを整理する。


 すると、頭の中では、その一つ一つがある事柄に繋がっていった。


(――儀式。大会が『白き神』完全復活のための祭壇なら、筋が通っちまう)


 去年の12月25日に起きた『血の千年祭』。

 

 そこでは千人規模の生贄で『白き神』が復活した。


 大会で生贄を用意しているのだとすれば、納得がいっちまう。


「……ウィナーズとルーザーズってところか。あり得るな」


「辞退すれば、自動的にルーザーズ……。殺し合いの場所に行く」


 肯定的に話を受け入れていると、ジェノは否定的な反応を見せている。


(殺し合い、か……)


 マフィア同士では、殺し合うなんて当たり前の世界。


 組織に属していたとしても、同じ。避けては通れない道だ。


 今のうちに慣れさせるために、あえて通るのもありかもしれねぇ。


「……あぁ、もう。めんどくせぇから、全部やっぞ!!!」


 でも、駄目なんだ。こいつに殺しはさせねぇ。


 ジェノだけはこっち側に来ちゃいけねぇ人間なんだ。


「全部って、どこからどこまでが全部?」


 その意図を知ってか知らずか、ジェノは尋ねてくる。


「大会で優勝も狙うし、物も取り返すし、眼鏡職人も探し出す! この全部だ!」


 それに対し、ラウラは力強く、そう宣言した。


 師匠リーチェと約束してたみてぇだからな。殺しはしねぇって。


「気を遣われちゃったか。ごめんね、ラウラ」


「いいんだよ。気にすんな。……ジルダも悪いが付き合ってくれ」


 そんな短いやり取りを交わし、もう一人の仲間を見る。


 何か言いたげな様子だったが、無言でこくんと首を縦に振っていた。


「というわけで、共闘も継続だ。さっさと予選突破しようぜ」


「うむ、心得た。貴公らがいれば、百人力よ。共に駆け抜けようではないか」


 力強く呼応してくるのは、ボルド。


 手は当然、握ってやらねぇ。それが共闘の証。


 こっからは、正々堂々、真正面から予選を攻略してやるよ。

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