第11話 鏡の行方


 イタリア。ベネチア。サンマルコ広場。テラス席。


 辺りは夕暮れ。ボルドと交わした約束の六時間が経過していた。


「おい、起きろ。そろそろ時間だ」


 テラス席に座り、寝静まるボルドたちに声をかけるのはラウラだった。


 その左右の席には、ジェノとジルダの姿があり、ジェノはそわそわしていた。


「……うむ。承知した」


「常闇からの帰還。覚醒の刻っ!」


「起きた。その一言が、なぜ言えない?」


 すでに目を覚ましていたのか、反応はすこぶる早い。


(相変わらずキャラ濃いな、こいつら……)


 繰り広げられる濃いめのやり取りを前に、胃もたれしそうだった。


「次は貴公らが休憩の番だな。眠る場所はどこがいい?」


 すると、ボルドは気を遣って話を振ってくる。


 眠るのはテラス席じゃなく、場所を選ばせてくれるらしい。


「いや、今回こっちの休憩はいらねぇ。その代わり、一つ頼まれてくれねぇか?」


 ただ、残念ながら、今はそれどころじゃねぇ。


 こいつらには、他にやってもらいたいことがあった。


「ふむ。聞こうか。その頼みとやらを」


 特に怪しむ様子もなく、ボルドは話に乗ろうとしてくれている。


 やっぱり、こいつは話が早くていいや。面倒なやり取りが少なくて済む。


「そこのオユンとかいう自称占い師に占って欲しいことがある」


 それが本題。こいつらの約束を律儀に守ってやった理由だった。


 ◇◇◇


 ボルドは頼みを快く受け入れ、テラス席で占いは開始される。


 占ってもらう内容は、スーツケースの中身。『八咫鏡』の行方だ。


「……亡骸の神秘シャガイ


 オユンは知らない言語を仰々しく述べ、懐から赤いポーチを取り出している。


「ベルトゲフ!」


 そして、勢いよくその中身を放り出した。


 机に並ぶのは、四つのサイコロみてぇな白い骨。


 骨を同時に投げて、出揃った面と形の種類で占うらしい。

 

 チンチロみてぇなもんだな。これを言ったら、ぶち切れそうだが。


「で、これにはどんな意味があるんだ」


 ぱっと見だと、四つ同じ形の面が並んでいるように見える。


 チンチロで言えば、ゾロ目。強い役なわけだが、これはどうなんだ。


「マシュムウバイナ!」


 そこで返ってきたのは、よく分からない掛け声。


 もしかしたら、まだ占いは続いてるのかもしれねぇ。


 いい結果を期待しながら、ラウラは続きを待っていると。


「とても悪い。オユン様は、そうおっしゃられている」


 真顔で通訳してくるのは、ボルドだった。


 当の本人は、目を閉じて、何度も頷いている。


(無能な上司と有能な部下かよ……。こんな調子で大丈夫なのか?)


 頼んだことに後悔し始めた頃、ある予感が頭を巡った。


「……まさか、今ので終わりってわけじゃねぇよな」


 胡散臭い占い師にありがちな、想像の余地を残した言い回し。


 後は本人の心持ち次第。なんて言われた日には手が出ちまいそうだ。


「無論、ここからが本番だ。占いの精度は、オユン様の意思の力で増大する」


 ただ、どうやら杞憂だったみてぇだな。


 それでこそ頼んだ甲斐があったってもんだ。


「……むむむ」


 唸りながらオユンが発するのは、赤いセンス。


 四つの骨に両手をかざし、念じているようだった。


(意思の力、か……。占いがどこまで拡張されるのか、見物だな)


 意思の力は、思ったことを現実にする力。


 当人の想像力次第で、可能性は無限に広がる。


 占いみてぇな専門的な分野は、特に顕著だろうな。


「ハルサン!!」


 すると、オユンは目をがっと見開き、叫び出す。 


 それと同時に、机にある一つの骨が動いた気がした。


「今、おっしゃられたのは――」


「見えた! とかだろ。それよか、結果を教えてくれ」


 ボルドは補足しようとするが、聞かなくても大体分かった。


 本題は恐らくこの後。長ったらしい異国の言葉が聞こえるはずだ。


「向かうなら南。きっと盗人はそこにいる。骨の導きに従うといい……っ!」

 

 思った通り聞こえてくるのは、オユンの言葉。


 渡してくるのは、先ほど動いた四つある白い骨の内の一つ。


「南か。なるほどな。……で、今のはなんて言ったんだ?」


 ラウラはそれを自然に受け取り、そう尋ねる。


「「「…………」」」


 すると、妙な沈黙が流れた。

 

 別に変なことは言ってねぇはずなんだがな。


「南。自分の口で言った。ボケか?」


 そんな沈黙を切り裂いたのは、ザーンのキレのある一言。


(今、あの女。オユンは普通の言語で喋ったのか。それで、僕は……)


 考えを整理し、状況を理解すると、かぁっと顔が熱くなっていくのを感じる。


「ふ、普通に話せるなら、最初からやっとけ!」


 いたたまれなくなり、その気持ちが溢れ出す。


 穴にでも入りてぇ気分だった。間抜けにもほどがある。


 ただ、収穫がなかったわけじゃねぇ。盗人の手掛かりは掴めた。


(……占いでは、南だったな。それに渡された骨もある。なんとかなりそうだな)


 熱くなった頭を冷やすように、占いの結果を振り返る。


 手の中には、微妙に南方向へ動き続けている骨があった。


 このままイタリアを南下していけば、犯人を追えるはずだ。


「……あの、もっと具体的な情報ってありませんか?」

  

 そこに割り込んできたのは、ジェノ。


 まだ不安なのか、深刻そうな顔をしてやがる。


 気持ちは分かるが、そんなに状況は悪くないと思うがな。


「その骨には、オユン様の意思が宿っている。盗人に近づくほど反応するはずだ」


 やっぱりこの骨は、特別だったらしい。


 盗人探知機ってところか。骨は微妙に動いてるからな。


 説明通りなら、近づけば近づくほど、この動きも強くなっていくはずだ。


「そう、ですか……」


 ただ、ジェノはそれでも満足がいかないらしい。


 責任感じすぎだろ。この調子だといつか壊れるぞ。

 

「心配すんなって。何もないよりましだろ」


「そうだけどさ。大会に参加しながら、探す暇ってあるのかな」


 ジェノの杞憂にも一理あった。

 

 戦いながら、探すのは確かに効率が悪い。


 どっちを優先するべきか、決めねぇといけねぇかもな。


「ストリートキングの予選はイタリアの最北。ここベネチアだが、本選はローマ。決勝はシチリア島で行われるようだ。順当に勝ち進めていけば、自動的に南へ進むことになり、大会進行を兼ねながら、犯人探しもできると思われるぞ」


 すると、ボルドは親切にも補足の説明をしてくれる。


 せっかく協力関係になったんだ。関係を解消されたくないのかもな。


「だったら、決まりだな。大会も犯人探しも両方やるぞ」


 これなら、特に断る理由はなくなった。

 

 大会で優勝を目指しつつ、南下して盗人を探す。

 

 目的はシンプルで単純だ。問題は勝ち進めるかどうかだけになる。


「……うん、分かった。ラウラがそこまで言うなら従うよ」


 渋々と言った様子だが、ジェノも同意する。


 残るは一人。ここまで黙りこくってる、女の子だ。


「だそうだが、ジルダはどうする。と言っても、お前は優勝しか目がなかったか」


 目的はルチアーノファミリーの復興。


 そのための資金を、大会で優勝して確保したい。


 八咫鏡が盗まれようが、こいつにとっては関係ないはずだ。


「……ボクは反対です。『八咫鏡』の回収を優先した方がいいと思う、です」


 しかし、返ってきたのは、思わぬ返事。


 事の重大さを誰よりも分かってるような発言だった。


「……あ? どういうことだ。いつもみたく、言えないです。じゃ済まねぇぞ」


 親父のことは、恐らく、大会を進めれば、いずれ分かるはずだ。


 だから、深くは追及しなかったが、今回は見逃すわけにはいかねぇ。


 『八咫鏡』は国宝である以上に何かしらの特別な力を秘めている物体だ。


 帝国の時みたく、悪事に利用されれば、面倒なことになるのは目に見えてる。


(……また誤魔化すようなら、お灸を据えてやった方がいいかもな)


 胸の内でひそかにそう考えつつ、ラウラはジルダの反応を待った。


「『白き神』の完全復活。そのためには『八咫鏡』が必要なのです」


 そこで、返ってきたのは、はぐらかすような回答じゃなかった。


「「……っ!!」」

 

 『白き神』に関連するジェノとラウラの度肝を抜くような、衝撃の事実だった。

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