第10話 勝者と敗者


 イタリア。ベネチア。サンマルコ広場中央。


 周りにいた観衆からは、でかい歓声が沸き起こる。


『二勝一敗によりチームラウラの勝利が確定しました』


 チームラウラ対ラグーザファミリーの戦いは終わりを迎えていた。


「……ふぅ。ルチアーノを舐めたらどうなるか、分かったか。ボケナス」


 溜まった鬱憤を全て吐き出し、そう感想を漏らすのは、ラウラ。


 視界の先には、時計塔の頂上の柵に倒れかかるジャコモの姿があった。


「やったね、ラウラ」


「お見事でしたです」


 声をかけてくるのは、ジェノとジルダ。


 喜んでくれてはいるが、二人の顔には疲労が感じられる。


(接戦、だったみてぇだな。軽く褒めてやるか……って、あいつらは)


 労いの言葉をかけてやろうとすると、そのすぐ後ろには人影。


「あーあ、負けちゃったかぁ。リリは勝ったのになぁ」


「けっ、競り負けさえなかったら、こっちが勝ってたっての」


 不満げながらも、負けを受け入れているのは黒髪の少女と金髪の少年。


 女がリリアナ、男がルーチオとゴーグル越しの画面には表示されていた。


(負ければチームの情報は解禁か……)


 それは、戦う前には見れなかった情報だった。


 恐らく、負けたチームと勝ち残ったチームを見分けるため。

 

 普段なら目にも留まらなかっただろうな。でもよぉ、気付いちまったんだ。


(このファミリーは伸びる。名前を覚えておいて損はねぇだろうな)


 幼少期から、マフィアを観察してきた経験と直感。


 それに、直に拳を交えた肌感覚が、そう訴えかけていた。


「おい、リリアナとルーチオ。お前んとこリーダー。そろそろやばいぞ」


 だからこそ、少しだけ、世話を焼きたくなっちまった。


 このまま、こいつらが落ちぶれていくのを見るのは後味が悪ぃからな。


「「……え?」」


 息の揃った二人は同時に後ろを振り向く。


 そこには、時計塔頂上の柵から落ちかける人間。


 鐘楼に頭をぶつけ、意識を失っているはずのジャコモの姿。


「……あわわわ。まずいよ、ルーくん。早くなんとかしないと」


「ったく、最後まで世話のかかるリーダーだな。受け止めるよ、リリちゃん」


 その掛け声と共に、二人は駆け出した。


 見届けるまでもねぇ。後はあいつらの物語だ。


 また立ち上がってきたなら、その時に関わってやればいい。


「さて、これで一勝か。こっから連戦となると、さすがにきちぃな」


 勝負は終わり、ラウラは今の所感を呟いた。


 相手が手強かったってのもあるが、疲労感が半端ねぇ。


 今みたいな試合が何度も続くって考えると、軽くゲロっちまいそうだ。


「だね……。でも、たぶんだけど、大丈夫だと思うよ」


 そう反応してくるのは、ジェノ。


 こいつは物事を楽観的に見すぎる癖がある。


 今後のことも考えて、ここらで矯正した方がいいだろうな。


「あのなぁ、ジェノ。楽観主義なのはいいが、ちゃんと中身があんのか?」


 どうでもいいやつだったら、こんなことは言わねぇ。


 こいつとは同じ組織所属で、似た境遇で、体質まで一緒だ。


 恋愛感情は全くねぇが、ある意味では特別な存在ってやつになる。


 だからこそ、真っ当に育ってほしいんだ。ぜってぇ、口には出さねぇがな。 


「予選は六十四組が十二組まで減るまでの勝ち残り。デスゲーム方式。試合をするかは強制じゃなくて任意。だから、どこのチームも負けたくない。極力戦わずに、もっと数が減ってほしいって思ってるはずだよね。今の俺たちみたいに」


 そこでジェノが述べたのは事実確認と、大会に参加するチームの心理。


 一応、筋は通っていた。実際、戦いたくないと思ってるのは事実だしな。


「まぁ、普通に考えりゃあそうだろうな。だからなんだ?」


 ただ、いまいち納得がいかねぇ。


 かもしれないだけで、具体性に欠ける。


 きちんとした例が出ねぇと、認めてやらねぇからな。


「成人男性を時計塔の頂上まで殴り飛ばした人に、喧嘩売りたいと思う?」


「あ……」


 一発で納得しちまった。そんなやつに喧嘩を売れるがわけねぇ。


 今のを見て仕掛けてくるやつなんざ、馬鹿か、戦闘狂かの二択だろう。


 しかも、大勢の観衆がいた中で起きた出来事だ。噂は勝手に広がっていくはず。


「というわけで、あっちで休憩しよう! ボルドさんたちが起きるまで」


 答えを聞く間もなく、ジェノはテラス席の方へ移動を開始する。


 そのまま言うことを聞いてやっても良かったが、なんだかバツが悪い。


 いい落としどころはないか、少し考えてみると、答えはパッと思い浮かんだ。


「しゃあねぇな。その代わり、甘いもんでも奢れよ」


「……ボク、パンナコッタが食べたい気分かもです」


 恩着せがましくそう言うと、ジルダも話に乗っかってくる。


 人のことは言えねぇが調子のいいやつだ。わざと負けたくせによ。


「何も悪いことしてないんだけどな。まぁいいや。奢らせてもらいます、よ――」


 すると、ジェノは渋々ながら了承する。

 

 ただ、何やら様子がおかしい。顔が青ざめてやがる。


「まさか、財布を落とした、とか言わねぇよな」


 真っ先に浮かんだのは、それぐらいだった。


 真面目なこいつが浪費するわけねぇし、妥当だろう。


「いや、そうじゃなくて……ないんだよ」


「財布が、だろ? 諦めろって。ここは僕が奢ってやるから」


「……違う。スーツケースがないんだよ! 中には『八咫鏡』が入ってるのに!」


 しかし、待っていたのは、より深刻な理由。


 不始末どころじゃ済まない、国宝の紛失だった。


 ◇◇◇

 

 イタリア。ベネチア。サンマルコ広場。ストリートキング参加受付所。


 黒いテント内に白い長机が置かれ、テント前には安っぽい木の看板がある。


 そして、テント内の隅の方には、銀色のスーツケースが無造作に置かれていた。


「おばあちゃん。負けたから、デバイス返しにきたよ」


 訪れたのは、リリアナ。手には人数分のグローブとゴーグル。


 背後には、ルーチオに背負われた気絶するジャコモの姿があった。


「あぁ、ありがとねぇ。……でも、お返しさせてもらうよぉ」


 答えるのは、テントの中にいる受付。白髪の老婆。


(うわぁ……。このおばあちゃん、ボケちゃってるよぉ。どうしよっかな)


 面倒そうな展開を前に、頭を悩ませるのはリリアナだった。


(ストレートに言い過ぎたら傷ついちゃうだろうし、回りくどすぎるのもなぁ)


 頭の中はボケていることを触れるか、触れないかの二択。


 無視して話を進めることもできたけど、やっぱりここはこうだよね。


「あははっ、面白い面白い。おばあちゃん冗談が面白い」


 リリアナは乾いた笑いと嘘臭い拍手と共に、そう言った。


 褒められて傷つく人はいないし、きっとこれが正解だよね。


「リリちゃん……。一応言っとくと、最大級の煽りだから、それ」


 哀れみの目でこちらを見てくるのは、ルーチオ。


 長年一緒だったから分かる。この表情、まぢなやつだ。


「えー、だったら、言う前に止めてよぉ。ルーくんならできるでしょ」


 だから、いつも通り責任転嫁してあげた。


 面倒で重い女だって、自分でも思っちゃう。


 でも、絶対受け止めてくれる。分かってるんだ。


「いや、そんな未来予知めいたことは……。いや、リリちゃん相手ならできるか」


 ほらね。面倒見の良さは、ずっと変わらないなぁ。


 見ず知らずの人と接する時は、あんなにイキってるのに。


「……ごほん。ちょいといいかい?」


 そんなやり取りをしてると、受付のおばあさんが口を挟んできた。


 言われた通り、怒らせちゃったのかもしれない。でも、謝りたくないなぁ。


「あー、今のはこの子が悪いけど、俺が悪いってことで許してもらえる?」


 すると、気を利かせたルーチオは代わりに謝ってくれていた。


 感心感心。これなら、リリアナ検定準一級ぐらいは進呈できそう。


「……気にしてないよ。それより、返すのにはちゃんとしたワケがあってねぇ」


 なんて考えてると、おばあさんは真剣な表情をしている。


(ボケてなかったんだ。……でも、なんだろう。出番は終わったはずなのに)


 複雑な心境のまま、リリアナは続きの言葉を待ち構える。


「負けたチームには、裏トーナメントの方に進んでもらうよぉ……」


 返ってきたのは、まさかの展開を告げる言葉。


「「裏トーナメントぉっ!?」」


 甲高い声と、声変わり前の声が同時に重なる。


 ラグーザファミリーの物語は、ここからが本番だった。

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