第7話 初戦から苦戦
サンマルコ広場中央。
ラウラとジャコモの戦いは、佳境に入っていた。
『クリティカルヒットを確認。マスターに200のダメージ。残り体力200』
目の前には、軽快なバックステップで後退していくジャコモ。
聞こえるのは、追い込まれたことを知らせるアイのアナウンスだった。
(……ちっ、体力がもうねぇ。後一発食らったら終わりだ)
ラウラは焦っていた。防戦一方で、敵の体力は満タン。
こっちは、クリティカルヒットを一発でも食らえば終わっちまう。
「ちょこまかしやがって。それでも男か、てめぇ」
食らったのは全てジャブ。
女々しいにもほどがある戦い方だった。
言いようのない焦燥感から、不満がそのまま漏れてしまう。
(あいつのジャブなんざ痛くも痒くもねぇし、センスでは勝ってるはずなのによ)
ジリジリとした肌が焼けるような緊張感を感じる。
恐らく次。もしくは、次の次辺りで決着がついちまうだろう。
「言ってろ。勝てばマフィア。負ければチンピラなんだよ。分かるか?」
対するジャコモは澄ました顔でそう言った。
(……くそっ、むかつく。それっぽいこと言いやがって)
マフィアの家で育ったからこそ、余計に納得できちまう。
それが無性に腹が立った。結局は、同じ穴のムジナってわけかよ。
(いや、イラついてる場合じゃねぇ。なんとかここは勝たねぇと)
ジェノは勝てても、恐らくジルダは負ける。
一勝一敗の状況でラウラが負ければ、チームは敗北。
負ければ眼鏡職人も、親父のことも分からずじまいのまま終わっちまう。
(……ただ、せこい戦法は使いたくねぇし、なんか逆転要素はねぇのか)
思考を巡らせるのは、ジャブ以外の方法。
納得できねぇやり方は、センスが乗らねぇからな。
だから、自分を納得させながら、逆転できる方法が欲しかった。
『体力が20%以下になり、ラッシュモードが使用可能になりました』
そこに聞こえてきたのは、アイの機械的なアナウンス。
(ラッシュモード、だと……)
恐らく、逆転要素のことだ。
上手く扱えば有利に働くのは間違いねぇ。
(さっきは意地張っちまったが、ここは……)
「おい、アイ。そのラッシュモードってやつの詳細を――」
喉から手が出るほど欲しい情報を前に、すぐさま食らいつこうとする。
「だっさ。ここにきて今更、説明書読むのかよ。それでも男か?」
そこに割り込んできたのは、ジャコモ。
無視すりゃあいい。聞けば勝率はぜってぇ上がる。
プライドなんかドブに捨てて、勝つことだけに徹底すればいい。
「……お前、後悔すんなよ」
なんてことは分かってんだけどよ、もう無理だ。
男呼ばわりされるのは、これ以上ない最高の誉れ。
今更、女々しい戦法を取れるわけがねぇんだ。だから。
「――煽って負けりゃあ、チンピラ以下なんだからよぉ!」
男らしく挑発に乗る。それが、今できる最善の行動だった。
◇◇◇
「このっ!!」
「おらぁ!!」
拳と拳がぶつかり合い、銀色と黄色の光が火花を散らす。
もう一方の戦い、ジェノとルーチオとの試合は接戦を繰り広げていた。
『クロスヒットを確認。両者に50のダメージ。残り体力200。敵残り体力200』
予想通り、実力は五分。拮抗した状態が続く。
「――くっ」
そんな中、ジェノは拳を弾き、一歩後退。
敵から離れたわずかな時間に、思考を重ねる。
(くそっ、押し切れない。明らかに喧嘩慣れしてる……。やりにくいな)
最初はリードしたけど、押し切れない状況が続いている。
恐らく、その状況を許してしまっているのは、場数。経験の差だった。
(センスを使えば、たぶん押し切れる。けど、今後のことを考えたら、ある程度余力は残しておかないといけない。でも、かといって、このままあっさり負けて、チームが敗退したら、終わってしまう。……どうしよう、何が今、最善なんだ)
対策を考えるというより、悩んでいる状態に近い感じ。
答えが一向に見つからないまま、焦燥感だけが募っていく。
『体力が20%以下になり、ラッシュモードが使用可能になりました』
そんな思考の狭間に響くのは、機械的なアナウンス。
切羽詰まったこの状況を打開できそうな、重要なお知らせだった。
「アイ、ラッシュモードについて詳しく教えて!」
間髪入れず、ジェノは尋ねた。
(利用できるものは、全部使わないとな)
余力を残した状態で勝てるなら、それ以上なかった。
『敵の隙を示す赤印。そこを捉えれば、クリティカルヒットが発生しますが、体力が20%を切ると、青印が発生する場合があります。そこを捉えるとヒット+ラッシュモードに移行。通常では1ヒット扱いの連打が、全て有効打となります』
返ってきた説明は、上手く活用すれば状況を優位に運べそうなものだった。
(互いの残り体力は200……。クリティカル一発を狙った方が早いか……)
ただ、今の状況ではあまり使えそうにない。
苦労して青印にヒットさせても、表面的なダメージは50。
同じ労力を使うなら、赤印を狙って、クリティカルで倒し切った方がいい。
(――よし、決めた。それなら、一つ試してみるか)
考えを整理し、ジェノはある作戦を決行する。
「抜き打ち勝負といきませんか。次で決着をつけましょう」
それは、相手が好きそうな展開。
真っ向からの勝負を持ちかけること。
「おっ、いいねぇ。乗ってやるよ。どうせ、俺が勝っちゃうけどね」
その提案に対し、ルーチオは食い気味に了承する。
どこから湧いてくるのか、自信は満々といった様子。
(経験なら相手の方がきっと上だ。でも、土壇場なら俺の方が強いっ!)
内なる思いを燃やしつつ、ジェノは拳を構える。
ここから先は小手先の技術は通用しない。男と男の勝負だ。
「……行きますっ!」
「おお、こいや!!」
互いが同意の元に成立した抜き打ち勝負。
何度目か分からない追い込まれた状況。土壇場。
(……もっと、もっと強くなるんだ)
思い浮かべるのは、理想の背中。
あの日見た、目指すべき理想の到達点。
(あの人を超えて、リーチェさんの一番弟子になるためにも)
ジェノは理想の先を見据え、大きな一歩を踏み出した。
◇◇◇
「えいっ」
軽い掛け声とともに、回し蹴りが放たれる。
「――くっ」
それを片腕で受けるのは、ジルダ。
完璧に受けたはずなのに、腕がビリビリしたです。
『ヒットを確認。マスターに50のダメージ。残り体力50』
状況は最悪。後一発でもヒットをもらえば負けてしまうです。
名前:【リリアナ・ディアボロ】
体力:【1000/1000】
意思:【288】
それに加えて、相手の体力は何度見ても、満タンでした。
ここから逆転するのは至難の業。今までの立ち回りなら、まず無理です。
(ラッシュモードにさえ入れば、きっとボクでも……)
唯一の希望は、逆転要素があることでした。
青い丸印に拳を入れて、連打すればきっと勝てるです。
「くひひっ、きみ弱いね~。初めて勝てちゃうかも」
リリアナは、悦に浸っていました。
見た目は可愛いのに中身は可愛くないです。
「……力比べで人より強いことが、そんなに偉いことなんですか」
出てきたのは本音でした。
強い弱いだけの世界は小さいです。
もっと大事なものが他にあるような気がします。
「うーん。偉くないけどさ、弱いのに強いってギャップがあって可愛いくない?」
そんな本音に対し、リリアナはさも当たり前のように言いました。
「……っ!!?」
頭が雷に打たれたようでした。
それは今までの価値観が全てひっくり返るもの。
弱くあることに可愛さを見出していた考えを上回る、新たな解釈でした。
「あっ、きみも可愛さを求めてた? ざーんねん♡ リリには勝てないよ」
頭の中を読み取られたように、リリアナはそう言いました。
負けている。強さも可愛さも全てが劣っているように感じてしまいます。
(弱さを極めることが近道だと思っていましたが、違ったのかもしれません)
ストリートキングを優勝したい理由。
ルチアーノファミリーを復興させたい理由。
そして、その先にある大きな目的を達したい理由。
その全ての成否に直結するセンセーショナルな出来事でした。
「……強くても、可愛いさは存在するのですね」
「なに、実力でも隠してた? いいよ。全部出しちゃえ♡」
「いいえ、参りましたです。今回はリリアナさんに勝ちを譲りますです」
ジルダは求める結果と、反対の行動を選ぶ。
それが、自身の追い求める理想の果てに繋がると信じて。
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