第6話 対するはマフィア


 イタリア。ベネチア。サンマルコ広場中央。


 銀髪の男が率いているファミリーとの試合が始まる。


 周りには大勢の観光客がいて、取り囲むように観戦している。


名前:【ジャコモ・ラグーザ】

体力:【1000/1000】

勝率:【1勝0敗100%】

階級:【銅】

実力:【1564】

意思:【334】


 相手の顔の横には文字と数字が表記されている。


 恐らく、今までの試合を元に計測されたデータの可視化。


 実力は1500を基準としたレート。意思はセンスを数値化したものだな。


『初の試合が始まりました。チュートリアルモードを起動しますか?』


 開始早々、語りかけてくるのは、アイ。


 また長々とした説明を聞かせられるんだろう。


「説明なんかいらねぇよ。相手の体力を0にすりゃあ、いいんだろっ!」


 ラウラは体から白い光。センスを発する。


 そして、光をそのまま拳に乗せ、振り放った。


 狙いは銀髪の男――ジャコモの顔面。右ストレート。


「センス頼りの馬鹿一丁っと……」


 対する相手は体から赤い光を発し、拳を構え、遅れて放つ。


 振るわれたのは軽いジャブ。威力を殺した、スピード重視の拳。


「――っ」


 交差する拳。先にヒットしたのはジャブ。


 腹に敵の拳が入るが、威力は全然大したことねぇ。


「うらぁっ!!」


 ラウラは構わず、拳を振り抜くが、ジャコモは後退。


 大振りの拳は空を切り、あっけなく外れてしまっていた。


(ヒットアンドアウェイが戦法か。せこせこしてやがんな)


 一方的なダメージトレード。先手は相手が一枚上手。


 だけど、こっちは威力重視。当たっちまえば、一発でKOだ。


 それぐらいセンスに開きがある。拳を交えた感触で、大体分かった。


(ま、こいつのジャブなんか何発もらっても痛くねぇ。どっかで一発決めてやる)


 仕切り直し、ラウラは再び構え、相手を見据える。


『クリティカルヒットを確認。マスターに200のダメージ。残り体力800』


 そこに突然、出鼻をくじくようなアイの声が響く。


 さきほど起きた拳のやり取りの、実況解説といったところ。


「はぁ!? なんかの間違いだろ! 対して効いてねぇぞ!!」


 ただ、納得できねぇ。なんでもないジャブだぞ。


 それが、体力の五分の一を削る判定なんてあり得ねぇだろ。


「説明書は読んだ方がいいぞ、間抜け。負けたいなら話は別だがな」

 

 一方、ジャコモはすました顔で煽り立ててくる。


 そんなこと言われたら、意地でも確認したくなくなっちまう。


「だったらよぉ、説明書読まずに勝てば、お前は大間抜けってことだよなぁ!?」


 決めた。こいつは確実にここで分からせる。


 ルールなんか知るか。拳が強ぇ方が勝つんだよ。


 ◇◇◇


 イタリア。ベネチア。サンマルコ広場中央。


(まずいな。ああなると頭の切れが落ちるんだよな。普段は頭いいのに)


 激昂するラウラを横目で見ながら、金髪の少年と向き合うのはジェノ。


「よそ見できるほど、余裕、ってか!」


 少年は、突くような蹴りを放ち、ジェノは横に跳んで、かわす。 

 

 まるで、型も流派もない。喧嘩だけで磨き上げたような戦い方だった。


(戦い方も年齢も力量も、おんなじ、ぐらいだな)


 冷静に状況を分析し、ジェノは相手を見る。


 その好戦的な顔の横には、ある情報が表示されていた。


名前:【ルーチオ・クアトロ】

体力:【1000/1000】

勝率:【1勝0敗100%】

階級:【銅】

実力:【1548】

意思:【322】


 恐らく、これは相手の戦績。


 別のチームに一勝しただけの誤差。


(決定的な差があるのは――意思の力。俺の方がきっと強い)


 相手の体に纏うのは、黄色のセンス。


 自分と比べて、単純に光量が少ない気がした。


 だから、長期戦になればなるほどこっちが有利になるはず。


『初の試合が始まりました。チュートリアルモードを起動しますか?』


 そう考えていると、ゴーグルに内蔵されるAI――アイの声が響く。


「お願い。できるだけ簡潔にね」


 当然、断る理由がなかった。


 この試合、ただ相手を倒すだけじゃない。


 ラウラの反応を見るに、何か特別なルールがあるはずだ。


『チーム戦は、個別の総当たり形式となっており、勝ち越したチームが勝利します。敵味方共に体力は1000。ヒットは100。クリティカルヒットは200。ダウンした場合は50のダメージがあり、体力が0になるか、スリーダウンで敗北が確定します』


 説明されるのはおおまかな概要。


 予想の範囲内で特に変わった説明はない。


「おら、おら、おらぁ!」


 その間に、金髪の少年――ルーチオの猛攻は続く。


 型のない拳と蹴りを、サイドステップでジェノは避ける。

 

(なんだ……これ。赤い丸?)


 そこで違和感があった。一発一発の攻撃の後。


 空振った相手の体の一部に、赤い丸印が見えている。


(もしかして、ラウラがさっきやられたのって……)


 頭に浮かぶのは、ある考え。アイに聞くより試した方が早い。


「なんだなんだぁ、逃げるだけかぁ?」


 安い挑発と共に、ルーチオの大振りな拳が空振る。


 相手の胸元には、先ほどと同じ赤い丸印が表示されている。


(ここだ)


 打て、と言わんばかりの印に向かい、ジェノは拳を軽く振るう。


「……っ」


 見事、敵のカウンターの形で拳はヒット。


 恐らく、予想が間違ってなかったら、この後に。


『クリティカルヒットを確認。敵に200のダメージ。敵残り体力800』


 聞こえてきたのは、アイのシステム音声。


 思った通りだ。この大会。腕っぷしだけの勝負じゃない。


「悪いですけど、俺が負ける要素がありません。難なく勝たせてもらいますよ」


 頭脳と肉体。両方を備えた方が勝つ。


 拳を振り回すだけの相手に、負けられない。


「へぇ。言ってくれるじゃん。じゃあ、ちょっと本気出しちゃおっかな!!」


 当然、それは相手も同じ。


 ルールを理解した上で、勝ってやる。


 ◇◇◇


 イタリア。ベネチア。サンマルコ広場中央。


 長い灰色髪のウェイトレス――ジルダは身構える。


「きみ、めちゃくちゃ美味しそうな体してるね。何たいなのかな?」


 問いかけてくるのは、黒髪にピンクのメッシュが入った少女。


 その可愛らしい顔の横には、重要そうな文字が表示されていました。


名前:【リリアナ・ディアボロ】

体力:【1000/1000】

勝率:【0勝1敗0%】

階級:【鉄】

実力:【1436】

意思:【288】


(これは彼女の情報ですね。相手は、一回も勝ってない……)


 チームは一度でも負けたら即敗退だとアイから聞きました。


 一敗してもチームが残ってるということは、残り二人が勝った。


 つまり、この人が相手チームの中で最弱。一番弱っちい人のはずです。


(足を引っ張らないように、頑張って勝たないと、ですね……)


 自信はあまりないです。意思という項目の意味も分かりません。


 それでも、逃げるわけにはいかないです。だって、優勝できなかったら。


「あの~もちもち? リリの話、聞いてる?」


 そう考えていた時、黒髪の少女――リリアナが声をかけてきました。


 なんでしたか。確か、美味しい軟体動物は、って聞かれたような気がします。


「ボクの好きな軟体動物はタコ、です!」


「ふーん。リリはねぇ、強いて言うならイカ、かなぁ……」


 なんです。この不毛な会話。


 聞いてきた意味がよく分かりません。


 無駄な会話をして油断させる作戦、なのでしょうか。


「って、そうじゃなくて! 何たいかって聞いてるの!」


「え……ボクは軟体じゃないですよ。なに言ってるんですか」


「むきー! もういい! 勝ったら教えてもらうから、覚悟してね」


 そこで会話は終わり、リリアナは怒ってるみたいでした。


 でも、関係ないです。最後に勝つのは可愛い方。ただ一人なのですから。

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