第5話 顔合わせ


 イタリア。ベネチア。サンマルコ広場。テラス席。


 白い丸テーブルをつっくけ、無理やり六人席を作っている。


 席に座っているのはラウラたちと、共闘を申し出た異国出身の三人だった。


「拙者はボルド。この御方はオユン様。でかいのはザーンだ。よろしく頼む」


 早速、青の民族衣装を着た男。ボルドは紹介を始める。


 赤色がオユンで、黄色がザーン。イメージ通りの名前だった。


 話し方から見るに、オユンってやつがこいつらの中で一番偉いっぽいな。


「あぁ、僕はラウラ、こいつはジェノ。こっちはジルダだ」 


 自然な流れで、こっちも名乗り、手を差し出した。


 ただ、なぜか、手を握ってこねぇ。やっぱり、こいつら。


「悪いが、グローブを合わせると試合が始まってしまう。安易に手は握れんのだ」


 と一瞬、疑いかけたが、すぐに意味が分かった。


 試合が始まちまったら、どっちかが負けるまで続く。


 お互いのための共闘なのに、それじゃあ本末転倒だわな。


「理解した。……それより、どうして初心者の僕たちを誘ったんだ?」


 手を引っ込め、ラウラは尋ねる。


 まずは情報のすり合わせからだ。


「それは……」


 ボルドはその質問に対し、言い淀んでいる。

 

 やっぱり、なんか裏があんな。当然だろうけど。


「見える。未来が見える。共闘の果てに、栄光を掴む姿が……っ!」


 そこに割り込むのは、オユンという赤い民族衣装を着た黒髪の女。


 長い髪を編んでまとめ、頭頂部に結ばれ、銀の髪飾りで止められている。


(あー。やべぇやこいつ)


 見てくれに問題はねぇが、発言がやべぇ。


 両手を前に突き出し、電波女みたいなことを言ってやがる。


「アホ死ね」


 対して、当たりの強い発言をするのは、黄色の民族衣装を着たザーン。


 ガタイはでかく、目は細く、短い黒髪を頭頂部にまとめ、髷を作っている。


(んー。こいつもやべぇや)


 恐らく、誰彼構わず悪口を言えるタイプ。


 口数が少なめで痛いとこ的確についてくる、暴言男っつーところか。


「オユン様は占い師でな。占いの結果、貴公らと手を組むのが吉と言われた」


 そこで補足してくるのは、ボルド。


 どうやら、こいつ以外まともじゃないらしい。


 こんなチームを率いるなんて気苦労が絶えねぇだろうな。


「事情は察した。交代で見張って、休憩時間を確保したいってことでいいか?」


 ラウラはこれまでの意見をまとめ、確認する。


「うむ。その通り。予選は如何に勝つかより、如何に負けないか、であるからな」


 占いうんぬんはおいといて、こいつは大会の本質に気付いてる。


 少なからず、チーム内で一番頭が切れそうだ。警戒するなら、ボルドだな。


「じゃあ、手っ取り早く、見張る時間帯を決めようぜ」

  

 なんて思惑を胸に秘めつつ、ラウラは話を進める。


 担当する時間は、揉める前にしっかり決めておかねぇとな。


「悪いが拙者らは連戦続きでな。これより六時間睡眠を取る。後は頼んだ」


 すると、ボルドは勝手なことを抜かし、腕を組んで、目を閉じる。


 続いてオユンは黒いアイマスクつけ、ザーンは机に突っ伏していた。


「おい、ちょっと待て。こっちは一度も戦ったことすら――」


 いくらなんでも話が早すぎる。

 

 すぐさま、止めに入ろうとするが。


「ぐがー」


「すぴー」


「……Zzz」


 もうすでに寝入っていた。


 どうやら、こっちを全面的に信用してるらしい。


「……きっと、疲れてたんだね」


「寝つきよくて、うらやましい、です」


 ジェノとジルダは、呑気な反応を見せている。


「そういう問題じゃねぇって。負けられねぇじゃねぇか!」


 こんな人通りが多い場所なら、まず間違いなく敵と出会う。


 責任重大だ。寝てる間は、絶対に襲われないようにしないといけねぇ。


「それは手を組む前でも変わらないでしょ。勝てばいいんだよ」


「ですです」


 どこまでも前向きなジェノはそう答え、ジルダはそれに乗っかる。


「……はぁ。確かにやるっきゃねぇか。先客も来てるみてぇだし」


 深くため息を吐きながらも、ラウラは状況を受け入れ、立ち上がる。


 背後には早速、視線を感じる。今か今かと待ちわびるハイエナのような気配。


「先客? なんのこと?」


「観光客しかいないですよ?」


 後ろを見るジェノとジルダは気付いてねぇみたいだ。


 まぁ、この感覚は、一朝一夕じゃ身に着かねぇから、無理もねぇ。


「出て来いよ。人混みの中にいるんだろ? 寝込み狙いの挑戦者が」


 ラウラは確信をもって振り返り、声をかける。


 そこは、観光客が大勢闊歩する広場の中央通りだった。


 人が多すぎてぱっと見では、いねぇ。ただ、敵は確実にいる。


 少なくはない修羅場を潜り抜けてきた経験と直感が、そう叫んでいた。


「……ちっ。一人、冴えるやつがいるな。面倒だ。出るぞ」


 すると、人混みから現れたのは、短い銀髪の男。


 黒いシルクハットをかぶり、黒のスーツに身を包む。


 青い瞳は飢えた狼のように鋭く、体は細く引き締まっている。


 手にはグローブ、顔にはゴーグルをつけ、腹辺りがやや膨らんで見える。


(こいつ、イタリアンマフィアだな……。腰には拳銃ハジキか)


 その出で立ちを見て、一目で分かった。


 犯罪に進んで手を染めるゴロツキどもの様相だ。


「えー、もう顔見せちゃうのー。もっと楽して倒したかったな♡」


 次に出てきたのは、語尾に毎回ハートマークがつきそうなロリ系の女。


 セミロングの髪は黒く、毛先は巻かれ、ピンクのメッシュが入っている。


 服装は黒いワンピース風ドレスを着ていて、グローブとゴーグルもつけていた。


「おっし、やるんだな。俺は正面突破の方が好みだ」


 仲間と思わしき三人目。黒スーツを着たショタ系の男。


 ツーブロックの金髪に、好戦的な展開に碧い眼を輝かせている。


 当然、グローブとゴーグルは装着済みで、三人はこちらへ近づいてくる。


「お前ら、どこのファミリーだ」


 ラウラは無言で拳を前に突き出し、反応を待つ。


 その質問に対し、正面に立つ銀髪の男は口端を上げ、答える。


「ラグーザファミリー」


「あ? 聞いたがことねぇな。新参か?」


 親父の件を探る過程で、マフィアについてはかなり詳しくなったはずだ。


 ただ、それでも聞き覚えがねぇってことは、つまりはそういうことになる。


「……いずれマフィア界の頂点に立つ一家の名だ。覚えとけ!」


 銀髪の男は、図星だったのか、頬を少し赤らめている。


 だけど、堂々とでっけぇ夢を言い切って、拳を前に突き出した。


 合わさるのは、拳と拳。対戦を開始するための条件は、ここに整った。


『チームラウラ対ラグーザファミリーの試合を開始します』


 聞こえてくるのは、アイの声。


 相手は、初々しいばかりの新参マフィア。


 ストリートキングでの初の試合は、こうして始まった。

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