もふもふ専門死霊使いは、虹の橋を渡らせない! -可愛がっていたあの子に会わせるから、私のそばにいてください-
冬寂ましろ
黒い犬と死霊使い編
ノーチと私と貴族の弟だったワンコの話
第1話-① 「ネネ、まだ人が怖い?」
あなたは犬を飼ったことはある? 猫でもいいよ。あるいは鳥でも魚でも。
なでたよね。優しい目で、あなたといっしょに喜んでくれる。
叱ったよね。しゅんとするけど、あなたのそばにいてくれる。
そんなたいせつな友達が死んだらどうする?
泣くしかないよね。わんわん泣くしかないよね。
だから私は死霊使いになった。
こうして虹の橋を渡ったこの子をまたなでるために……。
でもね。
そのせいで、みんな壊しちゃった。みんな……。
だから、私はずっと考えている。
私の生きる意味と、その贖罪を。
■アシュワード連合王国 北都グレルサブ スネグラチカ通り近くの路地裏 小さな石造りの家 デケンブリ大月(12月)15日 8:00
目覚めのシーンから始まるのって、なんだか陳腐な小説みたい。きっと読みかけの小説を握り締めたまま寝てしまったせいかな。そんなふうに思いながらまだ眠たい目を開ける。ベッドにはたどり着けなかったらしく、磨かれた古い板の床と積み上げた本たちが見えた。
私の体を温もりが包んでいる。手を動かすと、ノーチの柔らかい毛並みに触れた。温かい。気持ちいい。あと、なんだろう……。その心地よさを何度も確かめるように指を動かす。ゆっくりとした鼓動が伝わる。私はそれにとても安心する。それは生きている証だから。
ノーチは犬だ。体は大人よりずっと大きい。16歳の小さい私の体で比べると、身長も体重も倍はあると思う。黒い毛並みに銀色の帯が、星でできた川のように首元から背にかけて走っている。だからノーチ。名前の意味は『夜』ってこと。
手のひらでノーチの体に触れる。ゆるくカーブした背中も、どっしりと大きい手足も、ふさふさとした柔らかい毛に包まれている。こうして真冬の床の上でも暖かく寝られたのは、ノーチがそばにいてくれたから。
私が起きたことに気づいたノーチがゆっくりと頭を持ち上げる。私の寝ぼけた顔の匂いを嗅ぐと、そのまま舐め出した。
「……ノーチ。ノーチってば。それ、くすぐったいって。ねえ、もう少し寝ていたいんだけど、だめ?」
ノーチは困ったように舐めるのを止めた。頭を戻し、あきらめたように床に伏せる。しっぽだけがぱたぱたとしていた。
もう少しだけ寝たい。あと少しだけ……。
――ぐぅぅ。
お腹から食べ物を寄越せと抗議の声があがった。ノーチにも聞こえたかもしれない。急に体を起こして立ち上がった。大きな黒毛で覆われた足が、まだ寝たままの私をまたいでいく。
「わかったよ。起きるから」
仕方なしに私も起き上がる。気をつけてゆっくり立ったつもりだったけど、すぐに体がふらついた。ノーチがそばに寄り、倒れそうになった体で支えてくれる。私はありがとうと言う代わりにその背をなでてあげた。細い鞭のようなしっぽが、ぱたぱたとうれしそうに揺れる。
白い漆喰の壁に手をつきながら少しずつ歩く。小さな鏡台にたどり着くと、その上にあった丸いメガネを手に取った。顔にかける。まっすぐ鏡を見る。そこには長い黒髪と隈が濃い不健康そうな女の子の顔が映されていた。
……大丈夫。私は生きている。
そう自分に言い聞かせても、心に巣食う不安に負けてしまう。自分を映す鏡からふっと目をそらす。
大丈夫。きっと大丈夫だから……。
鏡台の上にある小さな花瓶が目に入る。枯れてしまった雪割草の花が一輪飾られていた。毎日のように花を持ってきてくれる人が、この部屋に入れなかったとわかる。
「エルヴィラさんに悪いことをしちゃったな……」
私はそんなことをした犯人へ目を合わせる。
「こら、ノーチ。エルヴィラさんは味方だよ」
そうは言われても、という顔でノーチは私を見つめた。ノーチは忠犬すぎる……。私はあきらめたように「もう」とだけ言う。ひとなでしてあげてから、下の階へと向かった。薄い水色の木の扉を開ける。古い家のひなびた匂いに包まれる。暗い廊下をノーチに頼りながら歩き、その先にある古い階段を手すりに捕まりながら降りていく。足を踏み下ろすたびに、ぎいぎいという音がした。
ノーチが待てなかったように階段を駆け下りて行った。下に着くと廊下の向こうを見ながら「ぼふ」という低く抑えた声で吠える。エルヴィラさんを呼んだのだろう。
私はその横を通り、開けてあった扉を抜けて、小さな居間へ入った。薄緑色のソファーといろいろな形をした椅子達が、いつもと変わらず出迎えてくれた。
ありがたいことに暖炉の火がまだついていた。そのそばにある黒い木の椅子に座ると、ノーチとは違う熱が私を温めてくれた。暖炉の中で揺らめく炎を見つめながら、寝巻き姿のままの私は考え出す。先にご飯を食べて、それから着替えて……。
ふいに気づく。外の音がしなかった。薪が爆ぜる音だけがしていた。きっと雪が降っている。雪は人の耳を隠す。責め立てる言葉から私を離してくれる……。
しんみりとしていた時間はわずかしかなかった。ノーチとエルヴィラさんの駆け寄ってくる足音がした。ふりむくと紺色のメイド服を着たエルヴィラさんが、何とも言えない顔をしていた。
「ごめんなさい。エルヴィラさん。おなかが空いちゃって……」
そう言うと、さらにすごい顔をされた。肩までかかる金髪をいらいらと掻き上げながら、エルヴィラさんは何も言わず廊下の奥へと戻ってしまった。
ノーチが不安そうに歩いてくる。そのまま私の座っている椅子の横にぽすんとお座りをした。
「怒らしちゃったかな。ノーチ、どう思う?」
首をかしげるノーチと顔を見合わせていたら、エルヴィラさんがばたばたと駆けてきた。その両手にはパンがつかまれていた。
「口、開けて」
勢いに押されて言われた通りにする。すぐに右手に持っていたパンが口へ突っ込まれた。砂糖にまぶされたうれしい味が口の中に広がっていく。
「あと、チーズ入りのもあるから。それ食べて。いま温かい飲み物を持ってくる。花穂茶でいい? あと干し果物も……」
普段から「どっしりとかまえていたらいいんだよ」と笑いながら言っていたエルヴィラさんが、いまとてもあわてている。その様子がなんだかおかしく思えてしまった。
「何笑ってるんだよ」
私はもぐもぐとさせていたパンをいったん口から離した。
「なんかこう……。なんかこうです」
「なんだいそりゃ。あんた3日も寝てたんだよ。心配もするさ」
やっぱり寝落ちしてたのか……。魔力切れか、それとも……。この体に無理をさせているのは自分でもわかっている。
「ごめんなさい、エルヴィラさん」
「いいけどさ。あんたに手を出そうとしたらノーチが怒るんだよ」
「私を守ってただけです。許してあげてください」
「あのねえ。まあ……いいけどさ。食べてくれないとあの日を思い出すんだよ。屋敷の部屋につながれたあんたのことを……」
それはほんの3年前のことだった。痩せこけた顔に触れながら泣いていた日を思い出す。あのとき屋敷のメイドをしていたエルヴィラさんに、こっそり食べ物をわけてもらえなかったら、私はそのまま死んでいた。
「大丈夫です。エルヴィラさん。いまはもう、こうして元気ですから」
エルヴィラさんがとても寂しそうな顔をした。ゆっくりと手を持ち上げ、私の頭をなでようとする。
頭の中で光景が爆発する。
蔑んだ目。嘲笑する目。拒絶する目。あなたのせいだからと異物混じりの食事を与えられる。私のためだからと殴られる。罵声。嬌声。嬉しそうにノーチを蹴る人。それを私に見せて笑う人。怒り。そして私が望んだこと。みんなの死、世界の死、死、死……。
光を失った瞳が私に問う。……命ってなに?
体がガタガタと震え出す。
「ネネ、まだ人が怖い?」
「……ごめんなさい」
「ああ、もう。あんたをこんな目に合わせた奴らをみんなぶっ殺してやりたい」
エルヴィラさんは優しい人だ。でも、私の手はこんなにも血まみれだから……。だからこう言わなくちゃいけない。
「大丈夫です」
「あんたね……。大丈夫じゃない奴ほど大丈夫って言うんだよ」
コンコンと玄関の扉を叩く音がした。エルヴィラさんが「はーい、いま行きます」と言いながら、すたすたと廊下へと戻っていく。すぐにエルヴィラさんがお客さんを部屋へ連れてきた。女の人だった。黒いコートにかかっている雪もそのままで、その人は言った。
「こちらで占いをしてくれるって聞いたんだけど……」
その人はコートのボタンに手をかけ脱いでいくと、古いけど気品あるブローチが白いブラウスの首元を止めているのが見えた。これはどんなに儲けた商人にも手にすることができない、貴族のプライドのような持ち物だとすぐにわかった。私も似たものを持っていたから。
まだ震えが残る体で、私はお客さんへぎこちなく微笑んだ。
「ようこそ、占いの店『コーシュカ』へ」
エルヴィラさんが「寒かったでしょう」と言いながら、お客さんのコートを脱がす。付いていた雪が滴に変わって床へ落ちていく。
「あれ、このコート……。少し重いですね。貴重品が入っているようでしたら……」
「ごめんなさい。私、うっかりしちゃった」
お客さんがコートのポケットに手を伸ばし、膨らんだ革袋を手にした。それを私に見せながら言う。
「これで足りるかしら? 金貨50枚入ってるけど」
ただの占いにしては額が大きすぎる。私はびっくりして首を横に振る。
「こんなにはいただけません」
「ほんと言うと占いはいいんだ。ここの裏メニューって言うの? 死んだ動物とまた話せると聞いて、そっちをお願いしたいんだ」
「それは……」
「もし足らなければもっとあげる」
「いえ……」
いつのまにかノーチがお客さんの匂いを嗅いでいた。
「かわいいね。君の?」
「はい。名前はノーチって言います」
「名前の通り、夜空みたいな毛並みだね」
お客さんがノーチの頭をなでようとする。それをかわすようにしてノーチが逃げた。少しだけしっぽを振って私のところに戻ってきた。
私はノーチの困ったような顔を見て、お客さんに詫びる。
「ごめんなさい。人見知りな子で」
「いいよ。うちの子もあんなんだったし」
顔が曇っていく。
きっと、その子に会いたいのだろう。
うーん。仕方がないか……。
「私は占い師であり、死霊使いです。虹の橋を渡ってしまった動物の声をあなたに伝えることができます」
「やっぱり話しは本当だったのね。お願い、あの子と話がしたいの。どうして死んでしまったのか知りたくて……」
死因を知りたいということは、そのときはそばにいなかったのだろう。ちょっとかわいそう、かな……。
エルヴィラさんがにこやかだけど、警戒を込めた声でお客さんにたずねた。
「ありがとうございます。ちなみにですが……。どなたからこちらをご紹介いただきましたか?」
「……ユスフ様から。フェリクス・ユスフ様から聞いたんだ」
意外な名前を聞いて、ついエルヴィラさんを見てしまった。エルヴィラさんも私を見ていた。
どういうことだろう……。私はお客さんにたずねた。
「フェリクス・ユスフは私の身請け人です。ただ、そのことについては秘密にしたがっています」
「そう? でも……」
「失礼ながらお客様は高貴な家の方だとお見受けします。お名前をお聞かせいただきたいのですが……」
「ごめんなさい。名前を明かすことはできないの」
「それならお金は受け取れません」
お客さんがあわてだした。
「待って! 私はどうしてもあの子に!」
「なら、お代の代わりにひとつ教えてください。イグナチェフ公爵の行方をご存知ありませんか?」
今度はエルヴィラさんがあわてだした。
「こら、それはフェリクスが探してるって……」
「私も探さないといけないんです」
「でもさ……」
私達がひそひそと話していると、お客さんが割って言い聞かせるように、はっきりと話し出した。
「有名な方だから、名前ぐらいは知っている。王都近くの屋敷が魔族に襲われ、多くの人たちの行方がわからなくなっている事件が3年前に起きた。公爵自身もどこへ行ったのかわからない。イグナチェフ家はアシュワード王家の遠縁だし、ずっと要職についている名家だわ。連合王国は軍まで使って必死に探している。社交界でもずっと噂の中心で……」
エルヴィラさんがつまらない話でも聞いたように、がっかりと言う。
「それは私達も存じております」
「でも、みんな言ってるわ。魔族が連れ去ったって」
魔族……。
私は心なく口を開く。
「そう、ですか……」
「ねえ。あなたとイグナチェフ公爵とは、どんな関係があるの?」
私の父。いまは父ではない。ただの敵だ。でも、それは言えない。
「あなたの名前が明かせないのと同じ理由です。もし、わかったら教えてください」
「約束する。それであの子に会えるなら」
私はゆっくりと椅子から立ち上がる。座っているノーチが心配そうに私へ振り向いたので、頭をかしかしと掻いてあげた。それからお客さんのほうへ向き直ると、胸に手を当て、頭を下げた。
「申し遅れました。私はネネと申します。対価をいただきましたので、あなたの願いを叶えます」
「ありかとう!」
お客さんはようやく笑ってくれた。
手招きして「こちらにお座りください」と、椅子にお客さんを座るようにうながす。もう術は始まっている。どんな椅子を選ぶのか、どんな位置に座るのか、そのことでお客さんの心理状態を見る。
お客さんは椅子を選んだ。暖炉近く。濃く青い少し寒い感じの椅子。
不安。恐れ。怖がっている。
何をそんなに……。
-----
よろしかったら☆や♡を押していただけたら嬉しいです!
反響が大きければ連載させていただきます!
よろしくお願いいたします。(*- -)(*_ _)ペコリ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます