星海に沈む

鍵崎佐吉

通信途絶

 幾千の雷を束ねたような激しい閃光が機体の左側から狭いコクピットを照らす。こんな状況では今のが敵と味方、どちらの砲撃なのかも判別不能だ。相変わらず計器類は耳につく警告音を響かせるばかりでこちらの操作を受け付けない。それは俺の運命が既に決したことを示す冥府の音楽だった。俺は固まって動かなくなった操縦桿に足を乗せ、窓の外で行われている命の奪い合いをただ傍観する。つい五分ほど前まで自分もこの戦争の参加者だったはずなのに、今は自分でも驚くほど心が落ち着いていた。

 それはまさに空戦ドッグファイトの最中だった。すれ違いざまに敵機を撃破した際に、敵の最後っ屁か、それとも流れ弾か、とにかくそれが機関部に命中して動力が停止した。奇跡的に機体の爆発は免れたが、そのせいで俺はなす術もなく暗黒の宇宙空間をさ迷っている。全体の戦局は激しさを増す一方で、死にぞこないの下級兵士をわざわざ回収しに来てくれる可能性は限りなくゼロに近い。そしてここから俺が自力で生還する可能性は無に等しかった。

 いっそのことさっさと終わらせてほしいとも思うが、敵からしてもこの機体が戦闘能力を失っていることは明白であり、もはや的にすらならないようだ。このような状況になってしまった時の対処法はマニュアルにも記載されていない。そこで俺は昔教官が言っていた言葉を思い出した。


「空戦隊員であろうともブラスターは必需品だ。どんな時も必ず携行するように」

「それは、敵と銃撃戦をする可能性があるということですか?」

 お調子者のベックがおどけた口調でそう言った。そんなことは現実的に考えてありえないのはわかり切っている。実に軍隊らしい、形式だけで中身を伴わないくだらない規則だと誰もが思っていた。しかし皆の予想に反して、教官は神妙な表情で短く答えた。

「いいや、自決用だ」

 教官が去った後も、しばらくは誰も口をきけなかった。


 俺は腰にぶら下げていたブラスターをゆっくりと手に取った。俺のいた隊では半数ほどの人間は丸腰だった。規則とはいえ、ないと困るような場面があるわけではないのも事実だ。しかし俺はどうしてもブラスターを手放すことができなかった。射撃の成績は良くなかったし戦場でこれを使うのも初めてだ。しかし今回は外す心配はないだろう。

 わずかに喉の渇きを感じる。なんだか少し息苦しいような気もする。吐いた息は白く曇っている。どのみちこのままだと俺はじわじわと苦しんで、餓死か窒息死か凍死することになる。しかし俺がどんな死に方をしたところで、結局は「戦死」の一言で処理されて二階級特進するだけだ。だったらできるだけ楽な方がいい。


 死の閃光が再び暗闇を照らす。無音の世界に壊れた機械の悲鳴だけが響いている。俺は心の中で教官に感謝の言葉を告げて、ブラスターの引き金を引いた。

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星海に沈む 鍵崎佐吉 @gizagiza

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