第31話 面倒で残念な人


 蘆屋道満は、京極蘭の精神へ潜り込んだ。

 術式は完成していたことで、1秒あれば問題無かった。

 圧倒的な存在能力を持つ蘭の躰を手に入れて、安倍晴明に勝つ。

 それだけが今の道満の行動原理である。


「ここが――あの少女の精神世界だと言うの?」


 道満の足下には無数の骨があった。

 人の骨。妖怪の骨。龍の骨。

 更には道満の知識内にはない異形の骨が、床を形成していた。

 空を漆黒。星々は光輝いているが、あの星を見続けてはダメだと、道満は感じて視線を逸らした。

 魅入られる。

 蘆屋道満が蘆屋道満でなくなるほど、強烈で悍ましく、また神々しく魅力的な光であった。


「蘭の心の中にダイブしてくるとはなあ」


 ケラケラと愉快そうに嘲笑する少女が、骨の地面に似付かない絢爛豪華な椅子に座っていた。

 見た目は背格好や顔は蘭と瓜二つ。

 しかし左右には赤黒い角が生え、髪は蘭がショートカットなのに対してロングヘアーで銀河のように光り輝き、眼は魔眼「神皇眼」が開眼している。

 超魔神皇A/Zだ。


(心の中に防御用のシステムがあるのは想定内! これを突破して、この躰を手に入れてやるわ!)


 一般人なら躰を乗っ取る事は容易いが、ある程度の強者となると乗っ取られを防ぐために様々な術で対策している事が多い。

 故にその対策として十二分に対抗策を道満は用意していた。


 道満は目の前にいるA/Zを斃すべく式神を喚び出した。

 現時点で道満が使役している式神の中では最強の1体。

 額からは二本の青と赤の二色が混じった角が伸び、躰は2メートルを超えていて肌は黒い。眼は紅く。手には妖刀を一振り携えている。


「ほう。我が今世で出会ったモノ達の中でも、中々の強さだな」


「当然でしょう。マンダラ中層に赴いて調伏した妖怪

日本三大妖怪の一体。鬼神・大嶽丸よ!」


「そうか。だが、我を舐め過ぎだぞ? 小娘」


 何も無かった。

 攻撃モーションは元より武器すらも持っていない。

 A/Zは足を組み、両手は足の上に置いているだけ。

 だというのに、A/Zが言い終えると、大嶽丸は四肢を切断されて仰向けに倒れた。


「我は転生直後で、転生前と較べると天地ほどの差がある訳だが……。

その程度の雑魚で本気で我を斃せると考えていたのか?」


 つまらなそうにA/Zは言う。

 超魔神皇が退屈凌ぎの為に闘いを挑んだ数多の魔神、闘神、戦神などなど。

 中にはレアなユニークスキルを持つモノ、銀河系を破壊するほどの魔力を持つモノなどもいた。

 それらと較べると、幾ら三大妖怪の一体に数えられる鬼神・大嶽丸とはいえ、A/Zからすれば物足りない相手でしかなかった。


「我は物足りないが――、蘭にはちょうど良いか?

たかだか式神を使えない程度で、我の蘭を見下すDQN共もウザいからなあ」


 A/Zは親指を斬り落とすと、それを大嶽丸へと投げて胴体へ侵食させた。

 大嶽丸は大きく跳ね上がると、斬り落とされた四肢は復元され、角は先程とまでとは比べ物にならないほど立派に生え変わり、躰も1.5倍ほど大きくなる。


「大嶽丸。大嶽丸!!」


 道満は必死で叫んだ。

 しかし肌で感じていた。――大嶽丸は、もう自分の式神ではないと。

 A/Zの指を埋め込まれた時点で、道満と大嶽丸の間にあったパスは千切られていた。


「大嶽丸。では、つまらんなあ。

よし! 主に名前を与える。これより「絶(ゼツ)」と名乗り、蘭の式神となれ」


『御意』


 大嶽丸は肯くと、この場から消え去った。


「さて、残るは――乙女の心に無断で侵入してきたお前の始末を残すのみ」


「――。う、うわあああああああん」


「お、おい。泣き喚くな。見た目が30ほどの大人が、赤子のように泣き喚くな!!」


「切り札だったのにぃ。奪われた。うっうう、もう絶対に晴明に勝てない。

うわぁあああああん」


「……これって我が悪者みたいじゃあないか」


 魔眼「神皇眼」は洞察力にも優れていて、相手の行動を嘘か真かを見抜く瞳力を持ち合わせていた。

 だから、今の道満の泣きが嘘泣きかガチで泣いているか、見抜くことができたる。

 結果は――ガチ泣き。

 A/Zから急速にやる気が削がれていった。


「どうせ私は晴明に勝てないわよ。ずっと負けっぱなしよ。

運命なんて大嫌い。晴明に私が勝てないと認知している人間どもも滅びればいいんだぁぁぁぁ。うわぁぁぁぁん」


「……。あー、そのだな。ここは蘭の精神世界であって、週末にOLが憂さ晴らしをする居酒屋じゃあない。

愚痴りたければ帰れ。

大嶽丸が献上品という扱いにして、寛大な心で我が見逃してやる」


 A/Zはハエで追い払うかのように、シッシッと手を動かしながら言った。


「もういいわよ。殺しなさいよ。どうせ生きていても、この先どうせ晴明に勝つことができずに負け犬としての一生が続くのよ」


「……死にたければ、勝手に死ぬがいい。

我と蘭を、お前への自殺幇助させようとするな」


「賭けだったの――。

成功してこの躰を手に入れられたら、晴明に挑んで勝てるって確信があった

失敗した場合でも、私は死ぬことで、晴明への想いに終止符を打てる

なのにぃ、失敗しても、乗っ取ろうとした相手に、殺されることもなく、見下されて、憐れまれるなんて――。

あぁぁあああああん」


「……よし。蘭には絶という式神をプレゼントするのだから、等価交換があっても良いな。

この面倒くさい残念女は、蘭に任せるとしよう」


 ため息を吐いたA/Zは、道満を強制的に精神世界から追放した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る