第30話 愛


 蘆屋道満。

 陰陽師としてはきっと安倍晴明の次ぐらいには有名だと思う。

 一応、私は陰陽師見習いってカテゴリされているから、大先輩ということになるかな。


 それにしても謙信さんと道満が友達なのか。

 前回マンダラを訪れた際に、呂布と白起は知り合いのようだったので、ここでは時代に関係なくコミュニティが形成されているのだろう。

 でも、謙信さんと道満が友達になる理由が分からないなあ。


「……わたしと道満が友という事が気になるかい?」


 私は頷いた。


「大したことじゃあない。お互いに女でありながら、性別を偽り男装をして、男として生きた間柄だったからね。酒友として交友を深める内に、仲が深まっていったよ」


「あ、マンダラにいる蘆屋道満は女性なんですね」


「ああ。同性の私から見ても、とても麗しい女性だ

だから女性という事を隠す意味もあって、姿を晒さずに醜男として振る舞っていたみたいだ」


「……謙信さんは、道満が変えたい運命がどんなのは知ってますか?」


「知ってる。彼女は勝って、自分を安倍晴明に認めさせたいのだよ

でも、マンダラでは生半可なことでは不可能だ。

安倍晴明と蘆屋道満が競えば、安倍晴明が勝ち、蘆屋道満が負けると、人々の普遍的無意識における認知設定に決定されている

そのため、何十、何百、何千と挑みはしているけど、道満は晴明には全く勝てていない。

――友にして自棄酒に付き合いはしてあげてるけどね」


 遠い目をしながら謙信さんは悲しそうに言った。


「……なんで道満は、そこまで晴明に拘るの?」


「本人は否定しているけど、わたしから見れば道満は晴明を「愛」している。

それが友愛か親愛か恋愛か――。

こればかりは、本人が自覚しないといけないことだ」


 愛。愛かあ。

 最強で無敵と謳われた超魔神皇が、最後まで得ることもなく、理解しなかった要素。

 ……転生した私も、十全に理解しているとは言い難いけど。

 しかし前世の記憶にもあるけど、愛とはつくづく厄介なものだと記憶している。

 記憶にあるだけでも、「愛」を建前に世界を滅ぼしかけた者が何人もいた。

 そこまで必死になれる事がなんだか羨ましかったという思いがあった。


「皆さんは愛を理解できてますか?」


 聞く気はなかった。

 でも、不思議なことにポロリと言葉が漏れる。


“教えてあげましょう! 帰ってきたら、ベッドの中で二人っきりで!!”

“↑自重してください”

“なんかちょくちょくおかしなコメントが流れるな”

“たぶんLANちゃんの知り合いじゃあないか”

“百合ですか? 百合ですか?”


“愛、ね”

“ここにいる奴らは大半が人生ソロプレイヤーだから、分からない奴が多いよ”

“↑自己紹介乙”

“俺はソロプレイヤーじゃあないんだよなあ”

“↑現実を見ろ。空想彼女はノーカウントだぞ”


 うーん、視聴者さんに「愛」について聞いたのは、間違いだった気がする。


「キミはどうする。きっと道満は、外でキミが出てくるのを待っている。

強いて言うなら、キミは罠にかかった獲物だよ」


「そうですね……」


 とりあえずこの洞窟にずっといるという選択肢はないね。

 私の両親が絶対に心配するし、配信者としてそんな退屈な映像を流し続けるのは許容できない。

 立ち上がり洞窟の入り口へと向かった。

 洞窟の入口からは雪が中へと吹雪いてきている。

 外は視界不良で、先が全くわからない。魔力循環を強化して、外をサーチしてみるものの、雪の効果でジャミングされている為か、どうなっているかも掴めなかった。


 左手の掌を左目に当てて術式を刻み込む。

 ――短時間のみ通常の目を魔眼へと変容させる魔術。

 変容させる眼は、かつての私……超魔神皇の両目にあった魔眼【神皇眼】

 歴代魔神皇と呼ばれた者へ代々継承されていた証の一つ。ありとあらゆる様々な特殊な眼の能力を奪い己の眼に組み込んできた唯一無二の至高の眼。


 【神皇眼】を発動させて雪を視た。

 同時に脳が痛み始め、思わず膝をついてしまう。

 処理する情報がっ、多すぎるっ。


「がっ――あっ――ぁっあああああ」


 僅か一秒。

 その程度の発動の時間だったにも関わらず、私の魔力が5割ほど失った。

 でも、この術式が、どんな物かは理解できた。


「大丈夫かい?」


「え、ええ。あの、刀を一振り借りてもいいですか?

もしかしたら壊れちゃうかも知れませんけど……」


「この術式をどうにか出来るというのか」


「はい」


「……分かった。では、酒友から酒の代金として貰った小太刀を貸そう。

出来ることなら壊しては欲しくはないけど、この規模の術式を破壊するというのなら、この刀も満足だろうさ」


 謙信さんはそう言うと服の中から小太刀を取り出して渡してくれた。

 一般的な包丁ほどの長さ。

 でも、分かる。この刀は間違いなく業物だ。

 もしも地上で見る人が見れば、数百――数千万の価値が付く可能性がある。


「あの、本当に、いいですか?」


「問題ないよ。わたしも此処から出ることができないと、酒が飲むことができない。また信玄と闘うこともできない。そんな人生はつまらないからね」


「……わかりました。お借りします」


 これは術式。ならば「終焉(おわ)」らせる事が出来る。

 刀を外に向けて全神経を集中させる。

 距離を「0」

 動作を「0」

 術式を「0」

 すべてを「終焉(おわ)」らせる。


 小太刀が啼き輝く。

 吹雪いている世界に亀裂が奔り、硝子のように砕け散った。

 洞窟の外に見えるのは、先程までの吹雪いて景色が見えない銀世界ではなく、まるで春のような緑色溢れる世界である。


 ……借りていた小太刀は、砕けていないものの刀身部分には亀裂が生まれていた。

 このレベル刀でも、「終焉」には耐えきれないかあ。

 振り返ろうとすると、地面に八枚の札が出現していた。


――八卦緊縛陣――


 これは、あの時に天使が使用した術式の上位版!?

 でも例え上位の術式だとしても、こちらは一度使用されているので、この術式の解除については関しては問題なく行える。


「貴女のその躰はあたしが貰うっ」


 いつの間にか現れた全身黒ずくめの女が、私の顔を左手で掴み取った。



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