第26話 推しの子



 新東名高速を一台のトラックが走っていた。

 そのトラックの運転席には、空閑禊がハンドルを握り、助手席には神喰キサラが座っている。

 

「凄い。凄い! あっと言う間に深層1階層攻略しちゃった!」


「キサラセンパイ。何を見てるんですか」


「ふふん。ダンジョン探索者で私の一推しの子。LANってハンドネームの探索者だよ。

まだ女子中学生で、深層突破したスゴくて可愛い子!」


「へえ。それはそれは。最近の若い子は、凄いですね」


「そんな事いうと空閑ちゃん。年寄りくさいよ」


「30越えた僕からすれば、中学生の若いパワーの前に僕なんておじさんですよ」


「いやー、空閑ちゃんは、まだ若いって」


 キサラはスマホで、LANの配信チャンネルを見ながら楽しそうに言った。

 同じ大学に通っている友達の探索者から、話題になっている子がいると紹介されて動画を視聴したところ、キサラはその子――LANのファンになった。

 圧倒的な強さ。

 それにキサラは魅せられた。


「深層2階層――。どんなモンスターが出てくるか楽しみだなあ。

応援したいっ。スパチャしたいっ」


「スパチャは自分のお金で、無理のない範囲でしてください」


「お金はあるから大丈夫。私、スマホゲーのガチャとかしてないから貯まってるの。

ブランド品とか服とかは、姐さんから色々と貰えるから自分で買う必要はないまである

それに輝夜ちゃんの血肉のお陰で、肌はエステとかいかなくても、若く保てるからね」


「うわあ、世の女性が聞いたら嫉妬のあまり惨殺されそうな一言」


 禊は苦笑しながら言った。


「それに心配しなくても、まだこのチャンネルはスパチャ設定されてないから、スパチャできないよ」


「まあ、自分のお金でする分には、経済が回って良いですけどね」


 そんな雑談を続けていると、LANは新しいモンスターと遭遇したようだ。

 遭遇したモンスターは、EXTRAモンスター。

 『ナイトメア』級ではないものの、ダンジョンでも上位に入る脅威度を誇るユニークモンスターの一種。


『……リッチ・パラディンマスター』


 LANは舌打ちをする。


「あ、この前の「愚者の輝石」で進化させたモンスターが現れちゃった。

まあ同一別個体だけど――」


「あの件の後始末で、東京から京都まで約6時間かけて運転するハメになってるんですけどね」


「仕方ない。先方が「失敗したんだから、娘だけは取り返せ」みたいな感じで新しく依頼してきたからね」


 ほぼサービスといって良いほどの金額で『JOKER』として依頼を受けた。

 前回に引き続きキサラと禊が、担当することになった。

 本来であればもう少し人員が増える案件である。

 ただし今はゴールデンウィークということもあり、桜香周辺の見張りは最低限の人員のみとなっていた事から、孔明が問題無いと想定した事もあっての人員でもある。


「警察病院から移動の使用した偽装救急車は、燃やして、スクラップにして、私が圧縮してボーリング玉ぐらいのサイズにしてレインボーブリッジから投げ捨てたから、車から私達に辿り着く事はないから大丈夫

GPSとかが付けられていたら面倒だから、着ていた物は全部脱がせて、空閑ちゃんも処置してくれたから、そっちも問題無い、ハズ」


 「完璧な仕事とは、仕事が終わるまで分からないものだ。故に「完璧」を目指して仕事を全うしろ」と、『JOKER』社長、臥龍岡孔明と常に言っていることだ。

 キサラはここまで問題無いと考えていた。

 念には念で、体内に埋め込まれていた場合に備えて禊の針術を使用する事で回避。

 更に陰陽術で探された場合に備え、キサラがそう言った系統の術を目くらませをするジャミングを張っている。

 空路や海路を使用しないのは、木を隠すなら森の中論法で、他のトラックが数多く通る高速なら特定し難いと考えたからだ。


『……無へと消え去れ、「虚無(ゼロ)」』


 LANは両手で魔力を溜めると、まるでか○は○波のような形で、リッチ・パラディンマスターへ向けて放った。

 すべての光を飲み込むかの如くの漆黒の光が、リッチ・パラディンマスターを飲み込んだ。

 射線軸の地面は大きく削れ、標的の「リッチ・パラディンマスター」が居た後ろ側は、大きな穴が空いている。


『あー、視聴者の皆さん、ごめんなさい。

さっきのモンスターは少し前に大切な幼馴染を殺そうとしたので、ちょっと剝きになっちゃいました。

え。さっきの技はなにか、ですか?

魔力を火や雷に変換する要領で虚無へと変換。放出されたそれは、触れた物、飲み込んだ物を消滅させる技です

今の私では魔力制御と変換制御などの集中して行う関係で、両手で魔力を収束させてからの変換という手間をかけないとできないので、隙が多い技なので多用することはないです』

 

「うわー、やっぱりLANちゃんって最高! ああ、喰べちゃいたい♪」


 爛々と目を輝かせ、舌なめずりしながらキサラは漏らした。

 因みに性的な意味も多少は含まれているかもしれないが、キサラの造られた特性上、喰うことで相手の能力などを得ることが出来た。


「いやいや、キサラセンパイ。相手は女子中学生ですよ。

手を出したら一発アウト!」


「禊ちゃん。わたしたちは、非合法組織なんだから、そんなの今更じゃん

ま、わたしも一番の推しがいなくなるのは嫌だから、見てるだけにするけどね」


「そうして――ん? なんか山の方、なにか動きませんでした?」


「うーん、妖怪図鑑で見たことがある。確か……牛鬼!

あの巨大な蜘蛛の胴体に牛の頭。間違いない

禊ちゃん。ちょぉぉとスピードあげようか。なんかイヤな予感がする」


「奇遇ですね。僕もちょうどそう感じた所でした」


 禊はアクセルを全開に踏み込むと同時に、牛鬼は飛翔して高速道路に降り立った。


 この後、キサラ達は牛鬼とのチェイスを繰り広げる事になり、最終的には禊が牛鬼の弱点に特殊な針を打ち込むことで撃退。

 

 場所が発覚した原因は、妖怪たちだけが嗅ぎ取れる香を桜香に吹き掛けられていた事だった。

 その特殊な香に気がつくまでの間、京都のある場所に桜香を運ぶまでに、京都にある陰陽庁からの式神が幾度となく送り込まれることになり、キサラも動画の視聴を続けることができなくなるほどだった。

 ちょうどマンダラへ突入するタイミングで、視聴を邪魔された事もあって、キサラは不機嫌となって襲ってくる式神たちを、怒りのままに撃退したのであった。


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