第20話 A/Z


 何が、起きたの……?


 文字通り一瞬の出来事だった。

 私が地縛霊を祓うために近づくと、胸元の宝石が突如として光り輝き割れた。

 地縛霊が雄叫びを上げると、黒い靄のような存在から、宝石が散りばめられた純白の鎧を身に纏った骸骨の騎士が出現した。


 その存在を相対しただけで分かる。圧倒的な実力差。

 ダンジョン深層にいるクラスの物だと思う。

 「シューティング・スター・プラチナ【ナイトメア】」ほどではないけど、近い強さを感じる。

 骸骨騎士は手に持つ剣を振り上げられ、無慈悲に振り下ろされた。

 あ、私は、ここで死ぬんだ――。

 思わず目を瞑ってしまう。


 ……。

 …………?


 いつまで経っても痛みが来ない。

 恐る恐る目を開けて見ると、振り下ろされた剣の剣身が握られていた。

 握っている相手は、蘭であって、蘭ではない、あの時に僅かに感じた気配を出している。


「この瞬間。蘭と我(ワタシ)の存在が入れ替わった事で、確定された未来は、今、リセットされた」


 蘭の黒髪はまるで銀河のように神秘的な光を発していて、頭の左右からは悪魔のような紅と黒が混ざった角が生えていた。

 骸骨騎士は柄を放し、後ろへと一歩一歩下がっていく。

 よく見たらカタカタと震えている。


「おい。たかだかリッチのユニーククラス程度の分際で、我の眼前で棒立ちとは――。『平伏せ』」


 蘭の姿をした者が発した言葉で、骸骨騎士は膝を折り、地面に平伏した。

 怖い。恐い。コワイ。

 近くにいるだけで、骸骨騎士以上の気配を感じる圧倒的な「死」の気配。

 でも、それでも、私はっ。

 蘭の姿をした者に詰め寄り、胸ぐらを掴むと、それに向けて言った。


「ら、蘭を返して! 返してよ!! 蘭は、蘭は私の大切な人なのっ。お願い――。お願いします!」


 蘭の姿をした者は、私の行動に呆気にとられた表情をしていたけれど、直ぐに笑った。


「ハッハッハハハ! 本体たる超魔神皇の肉体ではないとはいえ、この我の胸ぐらを掴み、啖呵を切ってくるとはなあ。

――蘭の記憶にある通り、光り輝く意思の持ち主だ。蘭が好きになる訳だ」


「す、好きって。蘭じゃあないのに、蘭の声形で変な事を言わないで!」


「我は蘭の半身でもある。蘭が京華が好きなのは、我が保証する。

まあ、その好きが、ライクかラブ、どちらに転ぶかは、これからの京華の行動次第ではあるがなあ」


「~~~~っ」


 蘭ではないとは分かっているけど、顔が熱い。

 掴んでいた胸ぐらを放して、赤くなっている顔をなんだか見られたくなくて、顔を背ける。


「ら、蘭の半身って――。色々と聞きたいけど、名前はなによ」


「む。超魔神皇は称号みたいなものだしなあ。思い返せばずっとソレで呼ばれていたから、元々あったであろう我の名は忘れたな。

よし! 今から我の名前は――そうだなA/Z。アズと呼べ」


「A/Zね。分かった。

で、さっさと蘭に戻って欲しいのだけど?」


「そう、急くな。あまり忙(せわ)しいと、蘭から嫌われるぞ」


「う、うるさいっ! 一々、蘭の姿で妙な事を言わないでくれるっ」


「ハッハハハハ。拗ねるな、拗ねるな。

心配せずとも、蘭は返す。それとだ。我は蘭を乗っ取る気など更々無いから、安心するといい

しかし、もうしばらく待て。

我という折角の「未来からの切り札」を、こんな形で使うことに成った者達への仕置きが終わってからだ」


 A/Zはそう言うと、陽気な顔を消して振り返った。

 そこには「言霊」の力で平伏したままの骸骨騎士がいる。

 平伏したままでもA/Zへ畏れを抱いている為か、震えているせいで甲冑の音がしてくる。


「蘭の大切な者を殺そうとしたお前には、存在する事すら憎たらしい思いではあるが、今の我は大変に優しい。

お前は深層では上位クラスらしいじゃあないか。その実力を買ってやろう。

――超魔神皇A/Zの名の下に命じる。これより殺そうとした京華を孫の代まで守護せよ。見事に果たせば、この件は無かったことにして、我の出来る範囲内での望みを1つ叶えてやろう」


――かしこまりました。その少女を三代先まで護ることができましたら、A/Z様の傘下の末席に加えていただきたい――


「……物好きな奴め。いいだろう。ただし、存在意義を賭けて必ず守り通せ」


――はっ――


「京華。これと式神契約せよ。

……この先、蘭と共に歩みたいのであれば、この程度の魔物を使役できないと厳しくなるぞ」


「――っ。分かったわよ!」


 A/Zに言われて私は骸骨騎士の前へと出た。

 陣を敷き、骸骨騎士と契約を行う。

 その際に「スカル」との名を与える事で、無事に式神契約が完了した訳だけど。

 キツイ。これは思った以上に、キツイ。

 魔力が、お風呂の栓を抜いて流れる水のように抜けていく感覚に襲われる。

 これが深層モンスターを使役する、と、いうこと――ッ。

 上等ッじゃない!

 正直、深層モンスターを使役した程度で、蘭と一緒のレベルと言うのは、烏滸がましすぎるけど、それでも一歩には変わりないっ。


「我としては、言っておいてなんだが、少し無茶かもしれないと考えていた

……まさか甘いところもあるものの、式神として使役を完了させるとはなあ」


「弥勒、京華、を、なめるんじゃあ、ないわよ!」


「ハッハッハハハ。良き眼差しだ。蘭だけではなく、我も好きになりそうだぞ」


「なに、戯言を言って」


 A/Zの特に言い返しては来ずに、笑みを浮かべるだけだった。

 だけど、その笑顔は直ぐに引っ込んだ。

 私の後ろ、扉の近くにいる桜香に目を向けると、先程までとは比べ物にならないほどの怒りの表情へと変わる。


「あの魔物は未遂であったから一定の赦しは与えたが……。

お前だけは別だぞ、天使桜香。

蘭の精神を絶望により潰そうとしたお前だけは、絶対に許さん!!」



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