第19話 2秒の壁
ちょうど月が出ている方向とは真逆に位置しているから、オフィス内は薄暗い。ただ外からの僅かな光で、完全な暗闇というわけではなかった。
室内の中心部に、黒い靄のようで僅かに人型をしている地縛霊が存在している。
【■■■ォ■■■ヵ■■■■】
呻く。誰の、何に対する怨みか。嘆きか。
もう生きていた時の事すら、覚えてはいないと思う。
この場に縛り付けられ、嘆き、怨み、それを呻き、僅かな呪いを振りまく哀れな霊だ。
「あれは私が祓うわ。蘭ならステンレス包丁で一撃でしょうけど、それだと……救われないわ」
「……きょーちゃん任せるよ」
頷ききょーちゃんへ地縛霊の退治を譲った。
たぶん私は陰陽師に向いてないのは、霊に対して寄り添ったりする感情が欠けているからもしれない。
例え憐れな霊だとしても、私はただ無慈悲に一撃で葬る。
戦闘力を抜いた陰陽師としての総評としては、確かに私は落ちこぼれてなのかもしれないなぁ。
『駄目です! ラン! キョウカをアレに近づけてはいけません!!』
クエビコが叫んだ。
きょーちゃんと地縛霊は、大凡で人3人分ぐらいの距離まで近づいていた。
良く見ると、黒い靄の中に紛れて分かり難かったけど、黒い宝石のような物が埋め込まれている。
『あれは深層のレアドロップアイテム『愚者の輝石』――。アンデット系・レイス系などのモンスターをユニークモンスターの頂点・EXTRAモンスターへ強制チェンジさせる物です』
「はぁあ! なにそのアイテムは! くっ、きーちゃん」
例え距離があったとしても、斬撃を飛ばせば問題無いっ。
ステンレス包丁を構え、地縛霊え向けて斬撃を飛ばそうとした所、想定外の事が起きた。
私の周りに8枚の符が浮かび、私を捕縛したのだ。
――八卦封鎖陣――
動きが、封じられ……た!?
首を動かして後ろを見ると、天使が符を使い私の動きを封じてきていた。
な、なんで。意味が分からないのだけど! きょーちゃんが危ない目に遭うかも知れない瀬戸際だというのにっ。
今は天使なんかに気を使っている時間はないけど。
【■■■■■■■■】
地縛霊は雄叫びを上げた。
胸元に埋め込まれた『愚者の輝石』は、妖しく光り輝き、地縛霊は存在が変容していく。
――あ、間に合わなかった。
『アナライズ完了。……ランクアップの工程完了確認。EXTRAモンスター『リッチ・パラディンマスター』と確認。不死性を持ち最上級の剣術と魔術を操るモンスター。
まさか深層のレアドロップをこんな風に使う人間がいるとは……。』
クエビコは呆れたような口調で言った。
これは――きっときょーちゃんを殺すための罠だった。
深層のレアドロップアイテムが、地上にあるのは問題無いとして、こんな所にあるのはおかしい!
私の動きを封じた天使が首謀者か、或いは共謀者、だろうけど。
今はそんな事を考えている場合じゃあない!!
『愚者の輝石』は砕け散ると、黒い靄は溶けるように落ちる。
そして現れたのは、右手に剣を持ち、宝石が幾つも埋め込まれている鎧を着た骸骨が現れた。
一番ヤバイのは、きょーちゃんとリッチ・パラディンマスターとの距離が近すぎる。
リッチ・パラディンマスターの持つ剣の長さなら、一歩を踏み出し振り下ろせば、確実にきょーちゃんの命は終わるっ。終わってしまう!
対応するにも時間が、……時間が足りない。
今の私は『超魔神皇』の力を使用した反動で、今は時を止める事が出来なくなっている。
正攻法で「八卦封鎖陣」を破壊してから、リッチ・パラディンマスターを相手をするのは。2秒ほど時間がっ、足りない!!
なにか、なにか時間を作る方法は――。
探るために幾つかの未来を視る。
ただ、見えた未来は、いつもと違い1つだけだった。
複数の未来が見えた場合は、未来に揺らぎがあって変わったり変えたり出来る可能性はあるけれど、1つだけの場合、私がそれを視れば、変えられないし、変わらない。
絶対的な確定された未来が決定されてしまう。
確定された未来で、私はどんなに急いでも、やはり2秒間に合わずにはきょーちゃんは死んでいた。
怒りに支配された私は先日よりも数倍の出力を出して「奥の手」を使用。
反動は先日と比べる事が出来ないほどだった。
ただ勿論、その必要はない。通常状態でもワンパンは確実な相手だ。しかし、それでも「奥の手」を使用して、怒りに任せたフルパワーでリッチ・パラディンマスターを殴り殺す。
間に合わない原因を作り、きょーちゃんを殺した事で目的が達したことで笑っている天使に対して、超魔神皇が開発した拷問した後で必ず死ぬ魔術「千殺万死」を行使。
1000を越えるほど殺されて、10000を越えるほどの死を、体感させられて死ぬ魔術。
ただ私は少しだけ最後を術式を弄った。本来なら最後は死ぬ魔術であるけど、死ぬ事はなくし、簡易的な不死性を与え、精神が壊れないようにして、通常の精神状態で未来永劫「千殺万死」をリピートするようにした。
「千殺万死」により悲鳴を上げる天使を背後に、私は絶命したきょーちゃんを抱きかかえて泣いた。泣いている。
超魔神皇の最大の弱点があるとすれば、自身への回復や蘇生の術は持っているけど、他者への回復や蘇生させる術を持っていないということ。
永劫の孤独の中にいた超魔神皇からすれば必要の無いスキルであった。
それが、私が視た、視てしまった未来の果て。
絶望に精神が汚染されていく感覚に陥る。
声が。脳内に、声が響いた。
――力の使い方を教えよう――
「あっ、あああああああ■■■■■■!!」
今までに無いほど身体全身に激痛が走る。
意識が、……意識が、――落ちる。
完全に意識が落ちる前に、私であって、私でない者がこう言った。
「この瞬間。蘭と我の存在が入れ替わった事で、確定された未来は、今、リセットされた」
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