閑話 ライバル【上】 


 私の名前は、愛染(あいぜん)冥火(みょうか)。

 目の前にいる玲衣奈お嬢様の序列2位の直属メイド。それが私だ。

 お嬢様の大切なヒトが、重体を負ってから2日が経った。

 今日も学校からの帰る途中でお見舞いに来たわけだけど、運が良いのか、悪いのか、玲衣奈お嬢様が気にしているもう1人と、偶然にも顔を合わせることになった。


「初めまして、弥勒京華さん。貴女の事はよくよく蘭さまから聞いてます。

蘭さまの唯一無二の大親友である四天院(してんいん)玲衣奈(れいな)と申します

以後、お見知りおき下さい」

 

「……私も聞いているわ。こちらこそ。初めまして、四天院玲衣。

名前、もう知っているようだけど、改めて名乗らせて貰うわ。

蘭の幼馴染みでずっと生まれた時から一緒にいる、弥勒(みろく)京華(きょうか)よ」


 京極家の前で、2人の少女は、自己紹介をすると、笑みを浮かべて握手をした

 2人の後ろには、まるでス○ンドのように竜虎がにらみ合う姿を幻視する。

 流石に、道端でキャットファイトを繰り広げないですよね?

 少女同士のキャットファイトは、暴力ではなく、ローションプールでヌルヌルの中を、組んず解れつする姿こそが正しい。

 玲衣奈お嬢様は元より、笑顔で火花を飛ばし合っている弥勒京華という子も、美少女だ。この2人がローションプールで組んず解れつするのなら、私の今後の寿命を全て悪魔に捧げても良いッ。

 出来たら片方は競泳水着で、片方は体操着(スパッツ)が望ましい。


「……冥火? 何か良からぬ事を想像しませんでしたか」


「まさか。玲衣奈お嬢様が、公道で喧嘩をしないかと、小心者のメイドは憂いておりました」


 四天院家は日本を代表する財閥であると当時に、魔力を一方向に極めて超能力まで進化させ由緒正しき血筋の家柄。

 中学生である玲衣奈お嬢様でも、2兵団規模の軍隊を討伐できる実力がある。

 見た感じ弥勒京華も、それなりに出来る子だろう。

 その2人が公道で喧嘩したとなれば、責任は子供である2人ではなくて、その場にいた成人――つまり私に降り注ぎ、各方面からお叱りを受けて、私のポケットマネーが飛んでいくだろう。

 世界の理不尽さに涙が出そうになる。


「それに先代序列1位のアレじゃあないんですから、身の程はわきまえてます」


「アレには感謝しております。アレのお陰で、運命の人――蘭さまと出遭うことができましたもの」


 現在の玲衣奈お嬢様付きメイド序列1位は、私の姉、愛染(あいぜん)冥月(みょうげつ)が務めている。

 本来なら姉の冥月が玲衣奈お嬢様に付きっきりであるが、今は玲衣奈お嬢様の命令で蘭さまの看病と世話を命じられているため、序列2位の私が玲衣奈お嬢様に付きっきりでいる訳だ。

 因みに私を蘭さまの看病と世話に送らなかった理由は、


『もし貴女を送った場合、蘭さまにいやらしい事をやらかして、万が一にでも嫌われる事態になる事を想像すると――私がストレスで寝込みます。

なら、安心安全の冥月を蘭さまの所へ送った方が、私の心は平穏を保てます。』


 仕える主からの真顔による評価に涙した。

 流石、蘭さまには手を出さないですよ?

 玲衣奈お嬢様を助けて貰い、身内のゴミを出してくれた、恩人だ。

 そもそも、あんな怪物に手を出すなんて、私の今後の全寿命を持ってしても無理。


 1年と少し前。私達姉妹が、四天院家でメイドとして実地・実務訓練を受けていた時の話。


 あの頃の玲衣奈お嬢様は、呪いにかけられていた。

 ネタバレだけど、玲衣奈お嬢様に呪いをかけていたのは、当時の玲衣奈お嬢様の序列1位の親衛メイドで、それを協力していたのが、序列2位から4位という。

 呪いをかけた術者が一番近くにいるとか、ある意味で完全犯罪に近かった。

 実際、玲衣奈お嬢様のお父様が実弾をばら撒く事で陰陽庁長官に働きかけ、陰陽庁随一の実力者である京極弥杜さまを派遣される手筈を秘密裏に整えるまで、4名は見事に完璧といっていいほど。


 運が良いのか。悪いのか。

 弥杜さまが派遣される日。地方で大規模な霊災が発生した事で、弥杜さまは依頼をキャンセルされた。

 緊急の事だったらしく、『両親の仕事について』という宿題を出されていた為、父親の弥杜さまの仕事見学に一足先に来られていた蘭さまは、四天院家についてから、その事を電話で聞かされたようだった。


 後に思う。

 もし霊災が起きずに弥杜さまが来られていたら――。

 ああ、所詮はあり得ない世界線。

 結果としてまともな弥杜さまは来られず、蘭さまという規格外の怪物が呪いを解くという事になるのだから。


『蘭さま。弥杜さまからご連絡があり、地方で霊災が発生したため、本日の破呪の件は、後日に回して欲しいと連絡がありました』


『私の方にも、お父さんがLIFEで連絡がありました』


 ランドセルを横に置き、出されたショートケーキと紅茶を子供らしく食べていた蘭さま。

 見ただけなら何処にでもいる小学生。

 ただ、私は警戒してましたけどね?

 だってヤバイ奴特有の気配を纏っているのですよ。少女の皮を被っている魔王かなにかですか。


 蘭さまは食べ終わったショートケーキのあったお皿をジッと見ている。

 普通の子供なら、美味しいケーキだったのでお代わりが欲しいと思うでしょう。

 でも、斜め上の行動をするのが蘭さまだ。


『お、お父さんが急用で来られなくなったのは、仕方ないです。

ですから、私が代わりにこの家のお嬢様の呪いを払って見せましょう!!

実力なら心配しないで下さい。私は、あの京極弥杜の1人娘ですよっ』


 後に蘭さまは漏らした。


『玲衣奈の破呪するために来るお父さんの娘ってことで、美味しいケーキとか出されて好待遇してくれてたのに、来られないって――。

なんか食い逃げするみたいな心境だったんだよ、あの時

とりあえず受けた恩は、返せる時に返しておかないと。人間の一生は短いからね』


 当主様と奥様は、娘の玲衣奈様が呪いにかかってからというものの、ずっと悲壮としていた。呪いを解くために、様々なことに手を出し、出費は100億を超えるほどだ。

 今は藁にも縋るほどの思いで、少しでも可能性があるならと、蘭さまの提案を受け入れたのでした。


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