第12話 呪いの館②

 不気味な館を気に留めず、ファイは準備を進める。

 持ってきた大荷物を広げ、瓶から瓶へとエキスを混ぜていく。

 ドロっと黄色い溶液の詰まった瓶が何本も並ぶ。

 各々で策を練っていたベテラン冒険者たちだったが、流石にファイが気になって周りに集まった。


「おい、ファイ。これが新しい爆発かぁ?その量、まさか1回分って訳ねぇよな?」

「いや、1回分です!それぞれに【錬成アルケミッド】しますが、全部一気に使って方を付けようと思ってます」

「へぇ~来るときは詳しく聞けなかったがよぉ、結局どうするつもりなんだぁ?そろそろ教えてくれや」

「えっと~これまでの戦闘でわかったんですが、爆発は屋内で使うには適して無いと思うんです」

「まぁなぁ、地下のダンジョンならまだしもよぉ、建物の中であの火力を使うと、建物自体が崩れてぇ・・・ってまさか!?」

「はい!!そうです!!」

「ファッハハハッ!やっぱり、面白ぇな!!」

 他の二人を置いてけぼりにして、高笑いするレドガー。

 爆発を知っているレドガーは、ファイの妙案を理解してわくわくしていた。


「おいおい!!二人で進めんな!!こっちも気になってんだ!!」

「そうよ~ズルい!レドガーばっかり!私たちにも教えてよね!」

 プクッと頬を膨らませたベテラン冒険者が、二人に詰め寄る。

「はいはい、近ぇよ!わかったから!ん~お前の職業のこと言ってもいいのかぁ?」

「はい!もう心の整理はできてますから・・・僕は<錬金術師>なんです」

「「えっ?」」

 ただただ驚く二人。


 レドガーはファイの過去や職業については伝えていなかった。

 伝えたのは、珍しい力を使う面白い冒険者が現れた程度の内容だ。

 <錬金術師>とは高尚な職業で、冒険者になる者はいないだろう。

 唖然とする二人は、ファイの次の言葉を待っていた。


「<錬金術師>と言っても、僕は貴族ではないんですけどね。それから僕は回復薬が作れないんです。だから、いろいろ試行錯誤し続けて、爆発に辿り着いたんです」

 二人は静かに飲み込む。

 もちろん引っかかる部分はある。

 ただ、冒険者とは誰しも何かしら抱えているものだ。

 これまでいろいろな冒険者を見てきた二人は、特に追及しなかった。


「それで爆発っていうのは、燃焼や破壊に特化した力なんです。だから、今回はこの館を外から爆発で、一気に破壊するんですよ」

「館を解体したい貴族からすりゃ~儲けもんってことさぁ」

「今作ってるのは、爆発の元となる溶液で、まぁ燃料みたいなものですかね?」

 ここまで黙って聞いていた二人。

 理解不能で目をグルグルと回すドントス。

 疑問を持ったガーネットが口を挟む。


「あの、ちょっといぃ~い?バクハツは、まぁ見てみないとわからないけれど、すんごい火力ってことは聞いてるわ。でも、この館には魔法障壁が張られてるでしょ?大丈夫なの?」

「あの白い障壁ですよね?多分問題ないかと。僕の考察ですが、爆発は<錬金術師>の力が特殊に変化したものだと考えています。魔法とは違う力なので、障壁の影響は受けないと思います」

「そういうわけ・・・中にいるワンダーデモンたちは、逃げられないってことね」

「そうです!悪霊とはいえ、物をすり抜ける訳ではないって聞いたので、建物に閉じ籠もってるのは好都合で!衝撃波や崩落でコアを破壊できると思うんです」

「すごいわファイ君!よ~く考えてる。バ・ク・ハ・ツって早く見てみたいな」

 グンッと近寄るガーネットと照れ笑いするファイ。


 汗をかきながら、理解が追いついたドントスがようやく口を開く。

「それじゃあよ!!オレらは特にすることねぇってことか??」

「いえ、そんなことはないです。実際、全てのワンダーデモンを倒せるかは不明で、逃げ出すかもしれないですからね。今日はこれしか持ってこれなかったので、討ち漏らしがあれば皆さんにお願いしたくて・・・」

 なるほどと三人は大きく頷く。

 ファイの作戦は、なかなかに穴がない妙案だった。


「あと、もう1つお願いしたいことがあって、館の周りにこの瓶を配置したいので、運ぶのを手伝ってほしいんです」

「よし来た、任せろ!!」「えぇもちろんよ!」「へぁっ?」

 ドンッと胸を叩くドントス。

 ファッと髪を掻き上げるガーネット。

 対象的に青ざめた表情のレドガー。

 爆発を知っているからこそ、その提案に少し腰が引ける。


 その表情でハッと気付くファイ。

「あっ!すっすみません。危ないですよね・・爆発の危険度を甘く見てました!!」

 ファイは一瞬にして猛省する。

 爆発の火力や殺傷能力は、生み出した自分が一番知っている。

 誰かに渡してもしものことがあってはいけないと、自分の心に釘を差した。

 既に被害を出したような表情のファイを見て、レドガーは優しく背中を叩く。

「いやぁいいんだ。まだ何も起こっちゃいねぇ。今回の爆発について説明してくれりゃ、こっちで判断するさ」

「はい・・・ありがとうございます」


 情けない声で謝ったファイは、今回の爆発を説明し始めた。

「今回使うのは、sample40:悠長な夕立のような爆発です」

「サンプル?え?ファイ君、なぁにそれ?」

「あっ爆発の名前です!sample40っていうのは、40回目の実験が元になっていて」

「へぇ~40回も!そんなにいっぱい実験してるのね!」

「えっと~実験自体はもっとしてますかね。多分4000回くらい・・・回復薬を作るための実験なんですけど、全部が失敗で。でも、その失敗作が爆発の元になってるんです!」

「「「はい!?」」」

 そう言いながらファイは、分厚い手帳を取り出した。


 ベテラン冒険者たちはその手帳を開いて覗き込む。

 分厚く大きな手帳には、びっしりと文字が並ぶ。

 捲っても捲っても続く実験の歴史。

 よく見るとファイの全身には、細かい古傷が無数にある。

 体も年齢も一回り小さいこの少年が、自分の価値を証明するために戦った足跡。

 自然と目頭が熱くなる三人は、その執念に畏怖すら感じていた。


 手帳を眺める三人が怖い顔に見えたファイは、気まずくなり説明を続ける。

「あぅっそれで、今回の爆発は、30分の遅延があるんです!だから悠長なのに、いきなり土砂降りになる夕立をイメージして、その名前にしてて・・・」

「ファイ!!あれだな!!名前をつけるセンスは無ぇんだな!!」

 ファイの説明への返しは、無鉄砲なドントスの悪気ない感想だった。

 感情が交錯して泣き笑う三人。

 ファイには、その反応が意味不明だった。


 館に近づかないよう、少し離れたところで身を隠すメリンダとハンナ。

 冒険者たちの姿は濃い霧のせいで霞む。

 ベテランに囲まれながら、何か作業している少年。

 作業の説明だろうか、ファイが中心となって話をしている。

 談笑しているようにも見えるが、おそらく作戦会議だろう。

 そのくらいしかギルド職員である二人にはわからない。

 ただ、子供たちが冒険者に憧れる理由をなんとなく感じていた。

 そんな話を二人でしていると、冒険者たちに動きがあった。


「よし!!じゃあ運ぶぞ!!」

「ドントス、わかってる?慎重によ!この液体が作戦の要なんだからね!」

「はいはい!!わかってるよ!!オレは丁寧で力持ちな漢さ!!」

 エキスを全て混ぜ終え、下準備が完了した。

 四人は瓶を抱えて館に近づく。

 30分の猶予があることと、設置する直前に【錬成アルケミッド】すると決めて、全員で運ぶことにした。


 近づくにつれて、館の不気味さが際立つ。

 誰かに掴まれているかのように足が重くなっていく。

 鋭い冷気に当てられて、ファイは身の毛がよだつ。

「よぉ~ここからは気を抜くなぁ。ワンダーデモンがいつ飛び出てくるか、わかんねぇからよぉ」

 完全にスイッチが入ったベテラン冒険者たちは一段と頼もしい。


 瓶を一箇所に集め、ファイは【錬成アルケミッド】と唱える。

 瓶ごとに時間差があると、一部だけが崩れ落ちた時間が生まれる。

 それは逃げ道になりかねない。

 つまり、爆発は全て同時が望ましい。

 量が多いからだろうか、溶液はいつも以上にピカッと強い光を放つ。

「「おぉ~!!??」」

 溶液は反応によって、トロトロとしたクリーム色に変化した。

 やはり、<錬金術師>がスキルを行使する姿は珍しいようだ。

 レドガーは二人の初々しい反応を見て、誇らしげにニヤつく。


「ここからは時間との勝負です。手早く慎重に行きましょう」

 30分の猶予はあっても余裕はない。

 手分けして瓶を置いていく。

 大きな館の外周に沿うよう、置かれていく溶液の詰まった瓶。

 反応させてから10分ほど経った頃、全ての瓶を置き終わった。


 急いで館から離れた四人は、メリンダとハンナの元へ合流した。

 実験とは違った大規模な実戦。

 今回はファイですら、爆発の及ぶ範囲がわからない。

 一行は館が手の上に乗るほど、小さく見える距離まで離れる。

 濃い霧によってぼやける視界でも、建物を確認できるギリギリの距離。


「えっと~?どうしてこっちに来たの?」

「それは・・・・・・」

 館を一周した冒険者たちが、なぜかこちらに走ってきた。

 館に変化はない。疑問を抱く二人に、ファイは爆発の説明を始めた。

 フレアティガ討伐の際には、理解してもらえなかった内容を繰り返す。

 ただ、その時よりも明確に言葉にできるファイ。

 きっと爆発と向き合い、自分の中で理解を深めたからだろう。

 2度目ということもあり、大体は理解が出来た二人。


 そして、作戦の説明も終わったところで、時は訪れた。

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