第11話 呪いの館①

「うぅ~イテテ。それにしてもファイ君、あれ本気で言ってたのかな?」

 メリンダは二日酔いの頭痛でうなされながら受付で呟いた。

 深酒のせいで曖昧な昨日の記憶。

 もう1つの頭痛の種であるワンダーデモンの騒動について、愚痴を漏らしたことまでは憶えている。

 それに対し、あのファイが「任せてほしい」と返答した記憶。

 あれは本当に、自分の知るファイだったのかと戸惑っていた。

 どんどんと成長する少年に頭が追いつかない。


「おはようございます、メリンダさん!早速、今日行こうと思います!」

 朝から元気なファイはいつにも増して大荷物。

 タプタプにエキスを詰めた瓶を10本ほど抱えて、歩くたびに重心がぶれる。

 相談を受けて、夜通しで準備してきたのだ。


 他の冒険者はそんなファイを遠目に見て、コソコソと話の種にしている。

 ここ数日間、ファイは噂の人物となっていた。

 フレアティガ討伐とは、それなりにパーティーの知名度が上がる実績だ。

 そんな強敵を、急ごしらえの二人組が討伐した。

 レドガーは失敗しない男として認知されているが、もう一人は無名の冒険者。

 それに、ランクは初心のEらしい。

 そんな事ありえるのか…あいつは何者だ…何か裏があるはず…と懐疑的な目を向けられていた。


 そんなことは露知らず、ファイは館の詳細をメリンダに聞いていた。

「ファイ君、気持ちはありがたいんだけどね。そもそもワンダーデモンの討伐クエストは、Eランクじゃ受けられないのよ」

「えっ?・・・そうか」

 ワンダーデモンは決して弱い魔物ではない。

 1体の討伐でも、中位のDランクのパーティーが受けるクエストになっている。

 それに今回は大量討伐のため、佳良のCランクのパーティーが推奨されていた。


 ワンダーデモンは悪霊の名の通り、空に浮きながら大鎌で首を狙う。

 魔法耐性が高く、斬撃や打撃はフワリとかわされる。

 ただ、弱点であるコアは脆く、攻撃が当たりさえすれば破壊可能。

 そのため、攻守の連携が取れたパーティーであれば、難なく討伐出来る魔物だ。


 討伐クエストを受けられないと知り、物悲しそうに大荷物を見つめるファイ。

 もちろん、クエストを受けずとも自主的に討伐しに行くことは可能である。

 討伐が確認できれば報酬も出て、その後にクエスト書は破棄されるだろう。

 ただファイは、今回の騒動に限って、クエストとして解決したいと考えていた。

 クエストを悪用した者とは違い、自分は真っ当にクエストを受けたい。

 冒険者として歩みだしたからこそ、ファイにプライドが生まれたのだ。


 メリンダとしても、ファイの挑戦を否定したかった訳ではない。

 ただ、ギルドにも非があるこの騒動をファイに、任せることが申し訳なかった。

 それにランクのシステムは冒険者を守るものである。

 分不相応なクエスト、魔物に挑まないようにギルドが基準を定めているのだ。

 今回は、フレアティガのように予想外の接敵というわけではない。

 メリンダは自らの手で、ファイを強敵へと導いていることが怖くなっていた。


「よぉ~そこで困ってるお二人さん。それオレにも一枚噛ませちゃくれねぇか?」

 ハッと横を向くファイとメリンダ。

 横にはハンナを連れてレドガーが笑っている。

 どうやら、ハンナはハンナでレドガーに相談を持ちかけていたようだ。

 ハンナの頼みということもあるが、レドガーは冒険者として同じ冒険者の不正がどうしても許せなかった。

 だから、朝一番にギルドに訪れてクエストの詳細を確認していた。


「メリンダ、そのクエストは馴染みあるBランクの奴らと受けることにしたぁ。一時のパーティーだがファイも入れ。この件はよぉ、オレらで解決するぞ」

「っはい!お願いします!」

 ファイは嬉しさのあまり何度も縦に首を振る。

 それは最高の提案だった。

 困った時に現れて、ベテランの視点で必要な助言や提案をするレドガー。

 そんな彼だからこそ、ギルド内での評価が高いのだろう。


「わかりました。それなら問題ないですね。・・・ん~でも、やっぱり私も一緒に行きます!準備しますのでちょっとお待ちを」

「「え!?」」

 不意をつかれて言葉が続かない二人。

 目を丸くして顔を見合わせる。

 戦闘職ではないメリンダが同行するのは、単純にリスクが増えるだけ。

 だが、女性の力強い宣言に何も言えなくなってしまった。


 とにかく、黙って待つことにしたファイとレドガー。

「準備してきました。行きましょう」

「はいぃ~もう出発できますよぉ~」

 しばらくすると、とても討伐に向かうとは思えない、軽装備の二人が来た。

「えっとぉ~あれぇ?ハンナさんも来るんですかぃ?」

「もちろんですよぉ~!」

 メリンダが宣言する前から、ハンナは同行を決めていた。


 決意を固めて、凛とした表情の二人。

 ギルド職員として、事の顛末を見届けるべきだと考えていた。

 メリンダはそれに加えて、いい加減ファイに何が起こっているのか知りたい気持ちもあった。

 少し前までは、失敗続きの<錬金術師>として俯いて暗い顔をしていた少年。

 そんな少年が、今やベテラン冒険者とパーティーを気軽に組む関係になっている。

 ファイの言うバクハツとは何なのか、気になって仕方がなかった。

 それぞれの思いを胸に、ただ目標は同じく解決に向けて、四人はギルドを出た。



「おぉ!お前がファイって坊主か!今日はよろしくなっ!!」

「へぇ~あなたがファイ君ね。レドガーから話は聞いてるわよ~会いたかったわ」

 レドガーの馴染みあるBランクの二人と合流し、一行は館へ向かっていた。


 一人目はドントスというスキンヘッドの大男。

 レドガーよりも一回り大きく、重厚な鎧の下には筋骨隆々な肉体が見える。

 歩く度に鉛がぶつかる音が響く重装備、まさに<タンク>といった見た目だ。


 二人目はガーネットという褐色肌の女性。

 肌の露出が多い軽装備が、滲み出る妖艶さに拍車をかける。

 スラリと伸びる足は美を追求したわけではなく、<狩人>として戦闘のために鍛え抜いた結果だ。

 

 ベテラン冒険者である二人から見れば、ファイは可愛いひよっこ冒険者。

 頭を撫でられ、頬を突かれ、とにかく距離感が近い。

 そんな二人に挟まれて、もじもじするファイ。

 二人に絡まれるファイを、傍観していたレドガーだったがようやく助け舟を出す。

「それにしてもよぉ~ファイ。一段と大荷物だなぁ!もともとは一人でこなすつもりだったんだろぉ、どうする気だ?」

「はっはいレドガーさん!フレアティガの報酬で色々素材を買って、新しい爆発をいくつか作ったんですよ!今日も新作です!」

「おぉ!そりゃ~楽しみだぁ!!」

 ファイは二人を引き離すように、レドガーと会話をし始める。


「出た出た!バクハツだろ!!早く見てぇな!!」

「そうよね~レドガーったら、面白い冒険者がいるって言うのに、詳しく教えてくれないんだもん」

 引き離した途端、先程より近づく二人。

 仲の良いレドガーが突然、話題に出した若き冒険者。

 二人はそんなファイに興味津々だった。


 盛り上がる冒険者を、後ろから優しく見守るメリンダとハンナ。

「ファイ君、とぉ~ても人気者ですねぇ~」

「フフフッ肩書じゃなくて、ファイ君の実力に人が集まって・・・なんだか、感慨深いわね」

「あ~メリンダさん、なんだかぁ~お母さんみたいですねぇ~」

「お母っ!!お姉さんみたいの間違いよね!そんなハンナはどうなの?いつも何かあると、レドガーさんを頼りにしてるけど?」

「えぇ~!いや、そんなぁことはないんですけど~」

 いつもより少し早口になるハンナ。

 ニヤニヤと目を細めるメリンダ。

 まるでランチにでも向かっているかのように、和気あいあいとしている一行。


 先ほどより随分と足元が悪くなってきた。

 ここは目的地である館がある湿原。

 晴れてさえいれば若緑の草木と、青空を写した水面が広がる絶景。

 ただ、濃霧で少し先すらぼやけている今は、何とも不気味である。


 深い霧を掻き分けるように前へと進む。

 すると、一面に蔦を生やした3階建ての洋館が姿を表した。

「これか!!どでけぇ館だな!!」

 筋肉が脳まで侵食を始めているドントスは、いつも通りの大声。

 他の三人の冒険者は、静かにそれぞれ観察を始めていた。

 メリンダとハンナは気味の悪い館に、寒気を感じている。


 館は白みがかった障壁に覆われていた。

 魔法耐性が高いワンダーデモンが大量に集まったことで、魔法を防ぐ障壁が出来上がったようだ。

 館の内部の情報は一切ない。

 どんな構造なのか、どれほど老朽化が進んでいるのか、無策で突入すれば身を滅ぼすことは間違いない。

 そして、ワンダーデモンの甲高いうめき声が、外まで聞こえている。

 声の量から察するに、その数は10や20では収まらないだろう。


 ベテラン冒険者たちは頭を悩ませる。

 館は想像よりも遥かに最悪の状況だった。

 ただ一人、いつも通り黙々と準備を進める若き冒険者。

 ファイにとっては、それほど絶望的な状況ではなかったのだ。

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