第10話 スタンと一段落
「うわぁ~今日も大賑わいだ!よし、いろいろ買い込むぞ!」
ファイはキュリスを連れて、市場に来ていた。
アセンブルはもともと、国内最大級のダンジョンに挑む冒険者たちが、休息を取る小さな町だった。
そこに目をつけた商売人が集い、町は大きく発展していった。
そして、その町を公爵家が統治し始め、より大規模な都市へと成長させた。
ファイが訪れたのは、町の頃から続く市場で、規模は王国随一と言われている。
朝食を取ったばかりでも、食欲がそそられる料理に目移りしながら、お目当てである素材店の通りに到着。
そこには近場で採取できない素材が、数多く取り揃えられている。
「あっこれチョコレ草だ!状態も最高だし!・・・えっ!こっちはヨウカソンの粉、すごっ!」
ファイは楽しくて仕方なかった。
これまで用いた素材もあれば、手が届かなかった高級素材や、初めて見る珍しい素材が並ぶ。
頭の中で実験を浮かべながら、年相応に目を輝かせる。
今まで娯楽という娯楽に触れてこなかったファイだが、目の前に広がる夢のような光景に心躍っていた。
ファイは持ちきれないほどの素材を買い込み、急いで帰宅する。
そして、その足で研究所である洞窟に向かった。
誘惑に負けて買ってしまった料理を食べながら、実験に取りかかる。
この日の予定をパンパンに詰め込んだファイには、まだ行くところがあった。
それは荒れ地である。
フレアティガを討伐し、素材や食事に融通が利くほど、懐に余裕が出来た。
ただ、ゴブリン討伐クエストは未だに完了していない。
冒険者として更なる経験を積むため、ファイはいい加減ゴブリン討伐クエストを終わらせるつもりでいた。
手早く実験を進める中、ボワッと火の粉がファイの髪にかかる。
「クックォーーー」
「ふぇっ?って冷たっ!!!」
動揺したキュリスは、口から冷却ガスを放出した。
この冷却ガスは、体内で生成される冷却液を霧状に飛ばす、水晶ペンギンの防衛行動である。
一瞬にして、白塗りしたかのように、真っ白になるファイの顔面。
キュリスは心配性なのか、それとも赤茶の髪が残り火に見えたのか、念のためにプシューともう一発。
白塗りはより厚化粧になる。
「あの~キュリス?ありがたいんだけど、そう何度もしなくていいよ。あとさ、いきなりだと肝を冷やすから・・・顔面もね」
「クォー!!」
キュリスは満足そうに胸を張る。
そんな事がありながら、ファイは新たな爆発を完成させた。
市場で取り揃えた素材で作った、ゴブリン討伐に適した爆発。
早く試したい気持ちが抑えきれず、興奮気味に荒れ地へ向かう。
影が大人に見えるほど伸びる夕方、ファイは荒れ地に到着した。
フレアティガの脅威が消え、いつも通り3体でグループを作るゴブリン。
気配を消してエキスを混ぜるのも慣れた手つきだ。
ファイには自信があった、この爆発なら消し去ることなく討伐できると。
「んんっお前ぇらに怯えるオレは・・・いや、口調まで真似しなくていいか。もう、お前らに怯える僕じゃない。その顔を見るのも今日で最後さ。sample107:金槌の衝突のような爆発」
ゴブリンの頭上へと投げられたフラスコは、ギンッと鈍い音とともに弾けた。
その一帯を揺さ振るような衝撃波が、ゴブリンの全身に伝う。
耳栓をしていたファイとキュリスにすら届く鈍痛。
光、熱、炎はなく、圧縮された音と衝撃のみを放出する爆発。
ひどい耳鳴りと目眩に襲われたゴブリンは、バタリバタリと気を失う。
ファイはゴブリンに歩み寄り、ショートソードで息の根を止めた。
成功した高揚感か、自らの手で殺した動揺か、心拍がいつもより速い。
3体分の右耳を剥ぎ取り、日が落ちるまでの残された時間でゴブリンを探す。
結果、この日に討伐できたのは6体のゴブリン。
この爆発は討伐に時間がかかる。
だが、戦闘不能に追い込む爆発は実用的で、今後も使えると確信していた。
今までの爆発と違い一撃必殺ではないため、多少は気軽に使える。
だからといって距離感を誤れば、地面に顔を埋めるのは自分になる。
ファイは実戦での使い方を思案しながら、大きくため息をつく。
「はぁ~とにかく、準備に時間かかりすぎか。ばったり遭遇したら負け、気付かれたら負け、一度外せば負け・・・まだまだ問題点ばっかりで、ピーキーな力だなぁ~」
ファイはレドガーから多く学び、現状の問題点を洗い出していた。
ファイは頭を悩ませながら、夜のアセンブルに戻ってきた。
ギルドに居るのは昼間とはまた違った顔ぶれで、少し不気味さを感じる。
受付には、くたびれた表情のメリンダがいた。
「メリンダさん?・・・メリンダさん!!大丈夫ですか?」
「え?あっファイ君、大丈夫よ!」
ファイが来て顔色が良くなるメリンダだが、その笑顔には疲れが見える。
「ゴブリンを討伐してきました!今日は右耳もあります!」
「あ!うん。これなら報酬が出せるわ。バクハツだったっけ?まだよくわからないけど、ファイ君は戦えるようになったんだね」
「はい!これからの僕は戦う<錬金術師>になります!」
いつも通りの自然な笑顔に戻ったメリンダから、ファイへ報酬が手渡しされる。
報酬は、銀貨1枚と銅貨8枚。
フレアティガの一件と比べれば、なんてことない金額かもしれない。
それでも、この二人は特別な重みを感じていた。
「これと同じのをもう1杯ください。ファイ君はほら~もっと食べなきゃ、まだ若いんだから!!」
完全に出来上がっているメリンダ。
ファイは、メリンダのくたびれた表情がただの働き疲れではない気がして、仕事終わりに食事へ誘った。
酒場に入って2時間、これといった話はせずにただ飲み続けていた。
「あの!メリンダさん、やっぱり何かありましたよね?いつも頼ってばかりの僕だけど、愚痴なら聞けます!」
「・・・ファイ君。そうかぁ~フフフッじゃあ聞いてもらおうかな・・・」
メリンダは話し始めた、ギルド内の騒動について。
ことの発端は、ファイが発注した見守りクエストだった。
仕事ができるハンナがあんな凡ミスを犯すわけがない。
そう思ったメリンダは、フレアティガに関して一段落した後に経緯を聞いていた。
ハンナは見守りクエストの参考にした、2枚のクエスト書を持ってきた。
1枚目は、ワンダーデモンという悪霊の討伐クエスト。
2枚目は、その討伐を確認するクエストだった。
その昔、とある豪商がアセンブル近郊にポツンと立派な館を建てたそうだ。
建ててすぐに豪商は事故で命を落とし、そのまま館は長年放置されていた。
今から1年前、その一帯を開墾しようとした貴族が見たのは、冷気を帯びた不気味な廃館。
近づくことすら怖くなった貴族は、急いで冒険者ギルドに調査を依頼した。
調査の結果、館には大量のワンダーデモンがいるとわかった。
人が寄り付かなくなった分、悪霊が住み着いてしまったのだ。
なんとしても開墾したい貴族は、館を解体するために討伐クエストを発注した。
ワンダーデモンはもともと、討伐を証明しにくい魔物とされている。
倒されると霧のように消えて、薄緑の灰だけを残す。
なにぶん灰なので採取も保管も難しい。
そもそもワンダーデモンは、森や湿原を独り彷徨うため、これまで討伐クエストの対象に上がらなかった。
討伐を証明しにくい魔物の大量討伐依頼。
冒険者から嫌煙されて余ったこのクエストは、悪者の目に止まってしまった。
ワンダーデモンの討伐クエストに同行し、討伐数を確認すること。
報酬はワンダーデモン討伐の5割。
メリンダが懸念していた負の循環を、悪用しているものがいたのだ。
メリンダとハンナで調べたところ、1年間クエストを延長して銀貨5000枚が動いていることがわかった。
ワンダーデモンの討伐数は1万体以上。
いくら立派な館でも、そんな馬鹿げた量がいるわけがない。
これは虚偽報告に違いない。
なぜギルドは気付かなかったのか。
否、何者かに隠蔽されていたのか。
詳しくはまだ調査中だという。
ファイとレドガーのクエストとは違い、多額の報酬が支払われているこの一件。
報酬はクエストを発注した貴族とギルドから出されている。
双方には、既に大きな損失が生まれてしまっている。
何より原因である館は、おそらく手を付けられていない。
ワンダーデモンはまだ館に住み着いているだろう。
つまり、悪用した犯人がわかってたとしても、討伐クエストは残ったまま。
最悪の状態だった。
「・・・ってことが今ギルドで起こっててさ、ホントどうしようかな。はぁ~」
メリンダは酔っ払いながらも理路整然と話した。
話し終わりに大きくため息をついて、息を吸うように酒を飲む。
この騒動のせいで、いつも以上に疲れ果てていたようだ。
「ごめんね、ファイ君。こんなつまんない愚痴聞いてもらって。もっとギルドがちゃんとしてれば、こんなこと起こらないんだけどね・・・」
「ん~あの!その館に関して、僕に任せてもらえませんか!?今の僕なら力になれる気がするんです!」
「えっ?」
ファイは自信満々に胸を張る。
今まで世話になり続けてきたメリンダに、恩返しできるチャンスが到来したのだ。
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