第9話 初めての討伐報酬
ムクリと起床するファイ。
怒涛だった昨日の疲れが残っていて体が重いようだ。
「クォーーー!」
寝ぼけているファイの顔面に、飛びかかる小さな水晶ペンギン。
そのまま全身をスリスリと擦りつける。
「ちょっ!ハハッ、キュリスは朝から元気だな。おい、ちょっと痛い。結構痛い。ねぇ水晶痛いって」
なぜ水晶ペンギンがいるのかというと、フレアティガを討伐した後まで遡る。
ファイを背負ったレドガーは、アセンブルへと歩を進める。
ペタペタペタ・・・先にその足音に気付いたのは、もちろんレドガーだった。
「んぁ!?何者だ!・・・って水晶ペンギンじゃね~か。なんか用かぃ?」
「クォー・・・クォー」
1匹の小さな水晶ペンギンが、物悲しく掠れた鳴き声を上げる。
その姿を見て、二人は自ずと理解する。
「もしかして、おめぇ・・・」
「あの水晶ペンギンの子供でしょうか?」
「あぁ~おそらくな」
後をつけてきたのは、フレアティガが捕食していた水晶ペンギンの子供。
どうすることもできず、ただ物陰に隠れていたのだろう。
ファイはレドガーの背中を降り、無惨な姿となった親の水晶ペンギンを埋葬する。
その一連を傍観するレドガーは、なにか言いたげだった。
言わんとすることはファイもわかっている。
そもそも、逃げるために見て見ぬふりをするはずだった命で、人を襲わないとは言え水晶ペンギンも魔物だ。
冒険者として正しい行動かと言われれば判断が難しい。
ただ、ファイは冒険者として若くて甘い。
それを言い訳にした、せめてもの弔いだった。
埋葬を終えて立ち去ろうとすると、子供の水晶ペンギンが腕にしがみつく。
「ンックォー!」
「ん?どうした?もうフレアティガは倒したから、山へ帰りな」
「グォークックォー!!!」
「ありゃ、ど~やら気に入られたな、ファイ。多分だが、もう帰る場所もねぇのかもな・・・そうだ!使い魔にしてやったらどうだ?アセンブルに戻ったら登録してやりゃいいさ」
「使い魔?・・・はい、そうします!」
離れようとしない小さな体が冷たく愛くるしくて、連れて帰ることにした。
ギルドで登録を済ませて、従魔の首飾りを購入し、クリスタルからもじってキュリスと名付けた。
こうしてキュリスとの生活が始まったのだ。
「さて、このお金どうしようか・・・」
机には簡素な朝食と、布袋に詰められた大量の銀貨が置かれている。
ギルドで使い魔の登録を済ませる少し前、ファイとレドガーはクエストの報告をしに受付に訪れた。
受付にはメリンダがいて、やっと良い報告ができるとファイはニヤニヤしていた。
「おぅ~メリンダ、クエストの報告に来たぜぇ~」
「あら、レドガーさんとファイ君?水晶ペンギンも?なんで二人が一緒に?」
「あれぇ?ハンナさんから聞いてねぇのか?まぁいいや、ファイのゴブリン討伐クエストと、オレの見届けクエストについての報告だ」
「見届けクエスト?・・・ちょっと確認するのでお待ち下さいね」
ファイの討伐クエストは知っているメリンダだが、レドガーの見届けクエストにハテナを浮かべて席を立つ。
席を立ったメリンダに、ハテナを浮かべるファイとレドガー。
「見届けクエストについて、知らなかったんですかね?」
「どうやら、そうみてぇだな。だが問題ないだろうよ。クエスト発注書もあるだろうし、何より今日はハンナさんもいるからな」
「そうですよね・・・ん?どうしてハンナさんがいるって、知ってるんですか?」
「・・・そういやぁ相当数討伐したな。数ヶ月は生活できるんじゃね~か?」
「でも8割はレドガーさんの報酬なので・・・あのハンナさんのことは?」
「・・・」
微妙な空気感の二人の元へ、ハンナを連れてメリンダが戻ってきた。
疲れ切った表情をしていたレドガーは、慌てて身なりを整えて眉に力を入れる。
「ハンナから見届けクエストについて聞きました。それから発注書も見ました。とりあえず、ファイ君言わなきゃいけないことあるよね!?」
「え?・・・あっ!その~見届けクエストの魔術師っていうのは嘘で、自分のことだったんです。ハンナさんすみません」
「えぇ~!?嘘ぉ?だから、二人が一緒にいるんですねぇ~。でも、ファイ君が嘘を付いてるようには、見えませんでしたぁ~」
「それについては、オレから説明させてぇもらう。魔術師ってのは嘘だが、それ以外に嘘はねぇんだ。だから、あんまりファイを責めねぇでやってくれよ。実力はオレが確認したからよ。ゴブリンだって、いっぱい討伐したんだぜぇ?」
「レドガーさん、そもそもこのクエストの内容には問題があるんですよ」
「「「・・・えっ?」」」
ファイとレドガーとハンナの時が止まる。
ファイが発注したクエストには、確かに嘘があった。
魔術師に同行して討伐を確認するという内容だが、ファイは魔術師ではない。
だが、問題はそこではなく、そのことに最初に気付いたのはレドガーだった。
「ん?あ~これだと、虚偽の報告する可能性があるってことかぃ?というか、そう報告すれば、大量に報酬が手に入っちまうな・・・」
「えぇ~?でも、レドガーさんは嘘つかないですよぉ~!それに、こういう内容のクエスト書を、前に見た気がするんですぅ~」
そう、この見届けクエストには2つの問題点があった。
それは、討伐を確認するのが同じ冒険者であることと、報酬がゴブリン討伐報酬の8割であること。
1つ目については、冒険者が互いの利益のために、口裏を合わせる可能性がある。
もちろん討伐を証明できる何かがあれば別だ。
しかし、今回はゴブリンが跡形もなく消えているため証明できない。
ギルド職員や、討伐依頼を出した住民が同行すれば、問題なかっただろう。
2つ目の報酬については、討伐報酬を払うのはギルドであり、それを同行の報酬にしてしまうと、ギルドが一方的に報酬を払う循環が生まれてしまう。
それを悪用して、1体も討伐せず100体討伐したと虚偽の報告をすれば、討伐してないと証明ができないギルドは、ただ報酬をばら撒くことになってしまう。
いくらギルドから信頼の厚いレドガーとはいえ、一介の冒険者にすぎない。
レドガーは嘘をつかないと信じたハンナ。
ハンナが持ってきたクエストに疑念を抱かなかったレドガー。
討伐を証明することしか頭になかったファイ。
この三人で勝手に進めてしまったから、出来上がった残念な状況。
三者三様の謝り方で、互いに頭を下げる三人。
そして、見届けクエストは、メリンダの判断で不成立となった。
ゴブリン討伐について振り出しに戻り、遠くを見つめるファイだったが、ここで思わぬ相手に声をかけられる。
「あの!さっきの方々ですよね?アイツ!あのバケモノどうなったんですか!?」
それはフレアティガから逃げ出した、三人組の駆け出し冒険者だった。
フレアティガの殺気にあてられた三人は、一目散に逃げ帰った。
顔面蒼白で泣き崩れる三人を見たギルド職員たちは、事情を確認していた。
「そうよね!?ゴブリン討伐に行ってたってことは、ファイ君たちもフレアティガを見たのよね!今、会議が行われてて、討伐隊を組む話が進んでいるのよ」
「あ~見たというか・・・討伐しました」
「フフゥハハハ!よぉよぉ~メリンダ、そのフレアティガだがな。ファイとオレで討伐済みさぁ」
「「「「「・・・はぃぃぃい?」」」」」
メリンダとハンナと三人組の時が止まる。
恥ずかしそうに微笑むファイと、大笑いするレドガー。
レドガーは決め顔でゴトッと魔石を置いて、嬉しそうにファイの頭を撫で回す。
「えぇ~~これってぇ魔石じゃないですかぁ~?あのフレアティガを本当に、討伐したんですかぁ~!?」
メリンダとハンナは急いで、魔石の鑑定を始める。
魔石とは、ある一定以上の強さを持つ魔物から採取できる宝石である。
なぜ魔物の体内にあるのか、どんな力を持っているのか、まだほとんどが解明されていない謎多き宝石。
大きさはまちまちだが、掬い上げた清水のように無色透明で、じんわりと熱を帯びているのが特徴だ。
研究を進めるために王族の指示の下、ギルドが高値で買い取っている。
そのため、高ランク冒険者の貴重な収入源の1つでもあった。
フレアティガの魔石は、超火力の爆発を以てしても一切の傷がない。
「ほっ本当にフレアティガの魔石だわ!それじゃあ、ファイ君とレドガーさんだけで討伐したっていうの!?初心のEと熟達のBの二人だけで?」
「そうなんです!でも、レドガーさんの戦術のおかげで、僕はそんなに・・・」
「オイオイ!ファイがいたから倒せたんだろうが!爆発について口で説明できねぇけどよ。さっきも言ったろ、お前の実力はオレが認めるって!!」
レドガーはファイを冒険者として認めていた。
まだ未熟な部分も多いが、経験はこれから積めば良い。
何より特異な力の爆発に惚れている。
レドガーはフレアティガとの死闘中、異常なほど冷静な自分が怖かった。
レドガーは今になって理解していた。
あの時は超火力を信じて、ファイに背中を預けていたから、自分は時間を稼げばいいと落ち着いて戦えた。
結局、冒険者に1番必要なのは討伐する力、火力、破壊力だ。
その点で言えば、ファイは既に一流だろうと改めて認めていた。
ファイは、レドガーの思いを全て汲み取れた訳ではない。
ただ、尊敬する冒険者レドガーが、冒険者ファイの背中を押してくれたことが嬉しく、涙が止まらなかった。
呼応するように、目頭が熱くなるレドガー。
そんな今日が初対面だとは思えない二人を、温かく見守るメリンダとハンナ。
「ふぅ~ハンナさん、ゴブリン討伐の分がなくなったのは悲しいが、その魔石を買い取ってもらいてぇんだ」
「はいぃ~もちろんですぅ~。それからフレアティガに関しては、討伐の報酬も出ると思いますよぉ~」
一気に慌ただしくなるギルド職員たち。
緊急討伐クエストを発表する直前に訪れた朗報。
入れ代わり立ち代わり事情を聞きに来るが、誰一人爆発を理解は出来なかった。
ただ、ゴブリンとは違って魔石という討伐証明がある。
フレアティガ討伐分と魔石買い取り分を合わせ、100枚ほどの銀貨が用意された。
月に銀貨5枚で十分な生活が送れるファイは、その銀貨の量に少し目眩がした。
その銀貨を分配しようと数え出したところで、レドガーに頭をポンと叩かれる。
「ファイ、オレが受けたクエストはゴブリン討伐を見届けるってぇやつだ。報酬はゴブリン討伐の8割。だからよぉ、その金は受け取れねぇな」
「え?でも、フレアティガは二人で・・・」
「いぃ~んだ、いんだよ。今日は楽しかった。安定を求めたオレは、つまらねぇ冒険しかしてなかったのかもな・・・ファイ、お前は面白ぇ冒険者になる。常識すらぶち壊して進め・・・あと~いつでも頼れ、先輩面ならオレの十八番だからよぉ」
レドガーはそう言い残して、ギルドを後にした。
ファイの全身を流れる血液が熱くなる。
特異な力を持つ自分は、同じ道を歩めないかもしれない。
それでも、いつまでも追いかけたい冒険者の姿を目に焼き付けた。
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