第8話 超火力の初見殺し
荒れ地には今日も多くの、ゴブリンがグループを作っている。
荒廃した大地でろくな食物は採れない。
他の魔物に劣るゴブリンは、逃げるように荒れ地を生息地としていた。
ただ、他の魔物がいない広大な荒れ地で生息でき、大量に繁殖していると考えれば生存競争に勝っていると言えるだろう。
ただ、そこに現れたのが近隣住民の依頼を受けた冒険者だった。
冒険者の働きによって、ゴブリンは年々数を減らしている。
それでも相当数いることに変わりないが、被害が減少傾向であることは事実だ。
ファイとレドガーは、慎重に荒れ地を進んでいた。
ここまでに討伐したゴブリンは4つのグループ。
最初にレドガーに爆発を見せた、10体のグループを皮切りに、13体、26体、19体のゴブリンを討伐した。
それぞれの爆発を傍らで見ていたレドガーの反応は常に新鮮で、まるで手品に釘付けの子供のようだった。
「うぅあぁぁぁああ!?ド派手にオレンジの炎だな、こりゃ灼熱だぜ!!夕方になったのかと思っちまったよ!!」
「くわぁぁぁああ!?何だぁ今の衝撃波!!オレの服飛んでっちゃいねぇか??」
「んぁあ?こりゃ目眩ましか?ただの煙ぃ・・・ありゃ?ゴブリンが居なくなってんぞって熱っっっつ!!!先に言えよ!ちょっと近づいちまったじゃねーか!」
ダンディなベテラン冒険者の反応がいちいち面白く、ファイも一緒に喜んだ。
その言葉はファイへの称賛でもあり、ファイは爆発がもっと好きになっていく。
そして、自分が発注したクエストを受けてくれたのが、レドガーで良かったと改めて嬉しくなっていた。
レドガーからすれば自分の反応に嘘や大袈裟な部分はなく、全てが見たこともない力に対しての本音だった。
それを証明するようにレドガーは驚き疲れていた。
朝にセットしたオールバックは乱れ、白髪も少し増えて表情筋は疲弊している。
若い冒険者が魅せる目新しい力と、気疲れしている自分に、悔しくも歳を感じるレドガーであった。
「もう結構な数を討伐したと思うんですが、どうしますか?」
「ん?あぁ~まぁな・・・ちなみによ、爆発はあと何回分残ってる?」
「えっと~あと2回分ですね。今日の討伐のために用意したものなので、全て使ってもいいですよ?」
「んぁ~いや、ちょっとな・・・まぁそろそろ帰るか」
ファイは現時点で完成している4つの爆発を、全て見せて満足していた。
すでにこの日の討伐数は68体。
Eランクのパーティーが、1日に討伐できる数を優に超えている。
まだ日は高いがファイは、十分すぎるほど成果を上げていた。
それに対して、レドガーはなんだか煮え切らない返答だった。
ゴブリン討伐のクエストとしては申し分ない結果だが、どうしても気になることがあり考え込んでいた。
それはゴブリンの数が多すぎること。
荒れ地全体を回れば68体以上を発見することは容易いが、二人が回ったのは荒れ地の一端にすぎない。
ゴブリンは3~6体のグループを作ることがほとんどで、2つのグループが統合し10体ほどになることもあるが、それは稀で頻繁に出会うことはない。
ただ、この日に出会ったのは全てが2桁のグループ、つまり統合したグループだ。
最高の26体に至っては、5つほどのグループが統合した状態だろう。
この状況にレドガーは、違和感と不気味さを感じて考えを巡らせていた。
冒険者として調査するべき状況だが、今できることではないと帰ることにした。
そして、荒れ地から出た二人は見てしまったのだ、その違和感の正体を。
(こりゃまずいな、何が起こってる?なんでこんなとこにフレアティガが・・・)
レドガーは固唾を呑む。
荒れ地から出てすぐ、山脈の麓で人通りは少ないが踏みならした道がある場所。
そこに居たのは、隆々とした肉体から青白い炎を噴出させている大柄の虎だった。
フレアティガは、熟達のBランクのパーティーが倒せるかどうかの強さで、こんな場所に生息している筈がない魔物。
不幸中の幸い、まだ二人は気付かれていない。
今はこの鉱山で暮らす水晶ペンギンを、バリボリと音を立てて捕食している。
自分こそが捕食者だと主張し、周りにひれ伏すことを強制させる佇まいだった。
ファイは今まで出会った魔物と、明らかに違う風格に全身が強ばる。
物音一つ立てないように爪の先まで気を張っているが、隣のレドガーに聞こえてしまうほど心臓は大音量で鼓動する。
爆発があるからといって、今の自分が関わってはいけないと本能で感じ取る。
レドガーは、ファイにハンドサインで指示を出す。
(足音を立てねぇで、こっちについて来い。あいつから出来るだけ目を離すな)
ファイはレドガーの意図を汲み取り、ゆっくりと着いていく。
1つの足跡しか残らないほどに、歩調が合っている二人は同じ事を考えていた。
この近隣にはちらほらと農村がある。
アセンブルに戻り討伐隊を組んで進行して、万が一の事態に間に合うのだろうか。
或いは爆発ならどうにか・・・ファイの方をチラリと見るレドガーは、その思考を掻き消すようにゆっくりと首を横に振る。
爆発の火力は重々承知しているが、ベテラン冒険者として今の状態が完成形とは言い難いという感想も抱いていた。
慎重に衣擦れの音すらしないように、その場から離れる二人。
だが、往々にして不幸は連鎖する。
「うわぁ何だよあいつ!見たことない魔物だ!!!」
「ホントだ~!メッチャ強そう!」
「え?ナニナニ?」
二人の後方から、若者三人組の話し声が聞こえる。
声の主はゴブリンを討伐に来た駆け出し冒険者で、若さとは無知とは時に残酷だ。
フレアティガから随分と離れた距離の彼らに危機感はなく、既に警戒区域に足を踏み入れていることすら気付いていない。
ゴブリンを討伐することに無我夢中になっていた数日前のファイであれば、同じ過ちを犯していただろう。
レドガーと過ごした数時間は、冒険者として学ぶことが多かった。
駆け出し冒険者の声がファイたちの耳に入ったと同時に、フレアティガは首をグルリと回して声の先を睨みつけた。
そして、見つけたと言わんばかりにニヤリと笑って舌舐めずりをし、力いっぱいに大地を蹴る。
その殺気は芽吹いたばかりの若草が萎れるほど鋭い。
「ファイ、爆発の準備を。オレが引き付ける」
レドガーは端的にするべきことを伝え、駆け出し冒険者の方向へ走り出す。
ベテラン冒険者であるレドガーの判断は、ファイの数段先を行く。
ファイは言われた通り、即座に爆発の準備に取り掛かった。
レドガーの中に葛藤はなかった。
フレアティガが振り向いたときに、おそらく自分たちも発見されている。
気付かれず、立ち去ることが不可能となった今、できることは唯一つ。
熟達のBランクのパーティーが、苦戦するフレアティガを討伐すること。
その可能性があるとすれば爆発という超火力、それに賭けるしかなかった。
フレアティガは駆け出し冒険者に向かって一直線。
ようやく過ちに気付いた駆け出し冒険者は、慌てふためいて逃げていく。
レドガーは地面に剣を突き刺して、大地に切れ目を入れるように切り上げる。
すると切れ目から湧き水が吹き出し、フレアティガと駆け出し冒険者を隔てるように水の壁が作られる。
レドガーは<魔法剣士>で、水魔法と剣術を駆使して、その地位まで上り詰めた。
標的をレドガーへと変えたフレアティガは、グングンと距離を詰める。
鬼火のように青白い炎をいくつも浮かせて、レドガー目掛けて一斉に発射する。
螺旋を描くように剣に水を這わせ、飛んでくる鬼火を払い切るレドガー。
水魔法を使うレドガーにとって、炎を攻撃の基盤にするフレアティガは悪くないマッチアップだが、防戦一方でこちらの攻撃は決定打に欠ける。
レドガーはファイをチラチラと確認しながら、フレアティガの攻撃を捌いていく。
一発でも受ければ、致命傷になる攻撃の数々を丁寧に対処する。
「準備できました!!!」
ファイからの完成の合図に、レドガーは振り返る。
目線を外した隙を突いて、レドガーに飛びかかるフレアティガ。
完全に捉えた・・・炎を纏った鉤爪がレドガーを切り裂く。
ピシャっとレドガーから血が吹き出す。
しかし、それはレドガーの姿をした水の塊、吹き出したのもただの水だ。
そして、それはただの身代わりではなくレドガーが仕掛けた罠。
着地したフレアティガは、ぬかるみに足を取られる。
レドガーは水の塊が立っている地面を水浸しにして、ぬかるみを作っていたのだ。
フレアティガの足がもつれた時間は、僅か1秒程度だろうか。
ただ、戦闘ではその僅かな時間が命取りとなる。
「ファイ!今だ!」
「ドカンと・・・飛び散れ!!!」
フレアティガ目掛けて、ファイはフラスコを投げつける。
ようやくフレアティガは立ち上がるが、既に手遅れ。
そして、見事な大爆発。
戦闘の終わりは派手だが呆気なく、1度の爆発で幕を閉じた。
フレアティガが爆散したことを確認して、ファイを抱き上げるレドガー。
「やったなファイ!勝ったぞ、オレらだけでよぉ!あのフレアティガ相手にだぞ!?やっぱり爆発は凄まじぃ力だ!ほ~ら見ろ、アイツの魔石が転がってる!」
「ハッハハ。よかったです・・・」
「おっおい・・・まぁ疲れたよな!よぅし、帰るか!」
緊張の糸が切れたファイは、ドッと疲れが出てその場に倒れ込む。
レドガーはそんなファイを背負って歩いて行く。
その背中は逞しく頼もしい、冒険者の鑑のようだった。
勝った、確かに勝った。
フレアティガに引導を渡したのは、ファイの爆発だ。
ただ、全ての筋書きはレドガーの戦術によるもの。
どれだけの鍛錬と、どれだけの経験を積んできたのか、冒険者レドガーは思ったより遠い存在だった。
この類まれなる戦闘巧者に、ファイは改めて尊敬の眼差しを送る。
二人は語り合いながら、アセンブルへと帰還する。
ペタペタペタ・・・後ろを追いかける影に二人はまだ気付いていない。
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