第7話 ベテラン冒険者

「ハァ~なんでオレ、こんな面倒くせぇクエスト受けちまったんだろ・・・ガキのおもりとか性に合わねーのに」

 そう漏らしながら気だるそうに葉巻を燻らすのは中年冒険者のレドガー。

 レドガーはファイの少し後ろを歩きながら一緒に荒れ地へ向かっている。


 白髪交じりのオールバックに無精髭を生やし、使い古された鎧と長剣には歴戦の跡が見える37歳のベテラン冒険者。

 若き頃は身を削りながら、破竹の勢いで熟達のBまで功績を上げたが、そこから伸び悩み己の限界を感じたのが25歳。

 それからは安定志向に変わり、巧みな技術と経験による計略を駆使して、ギルド内で最もクエスト失敗率が低い男となった。

 そのため、冒険者ギルドの中でレドガーの信頼は特に厚く、仕事ができるハンナは彼にクエスト書を持って行ったのだ。

 

 そして今、レドガーは憂鬱そうに一回り以上年の離れたファイの背中を見つめる。(もしコイツが息子だったら、楽しい時間になっただろうがよ~赤の他人じゃ気が乗らねぇ・・・でも、ハンナさんの頼みじゃ断れねぇからな)

 37歳で子供は疎か恋人すらいないレドガーは、ハンナに気があった。

 そんなハンナに頼られて、任せとけと二つ返事で承認してしまい今に至る。

(つーかさ、このクエスト前金なしで討伐報酬の8割ってどうなんだ?もしコイツがゴブリン1体すら討伐できないガキンチョなら、普通にタダ働きじゃねぇーか・・・魔術師っつーのに杖とか持ってねぇし。コイツ何者だよ・・・詐欺かこりゃ?)

 レドガーは前を歩く少年に懐疑心が収まらない。


 一方のファイはというと、こちらはこちらで考え込んでいた。

(このクエストだと僕って魔術師になってるんだよな・・・そんなの絶対バレるじゃん!どうしよう・・・それに爆発を見せるのはカラナ以外で初めてだし、一体どう思われるんだろう・・・)

 嘘の下手さに自覚があるファイは、どう誤魔化そうか悩んでいた。

 そして、爆発という異質な力を普通の冒険者はどう思うのか、気になって仕方がなかった。

 同行しているのは、自分より何倍も経験を重ねた熟達のBの冒険者。

 一見、葉巻を片手にダラダラと歩いているように見えるが、常に周りに警戒を配り全く隙がない。

 冒険者として生きるためだけに、鍛え抜かれた肉体は重厚な威厳に満ちている。

 ファイは、渋い冒険者の理想像のようなレドガーに、自然と敬意を持っていた。


 微妙な空気感で無言の時間は続き、不揃いな足並みで二人は荒れ地へ到着した。

「あっあの僕、魔術師じゃないんです。嘘書いてすみません!!僕は<錬金術師>なんです!」

「ぶっへぃ?」

 ファイは誤魔化すことを放棄した。

 荒れ地に着いた途端、物静かだった少年が急に、声を張り上げたからレドガーは変な声を出した。

 そして、少年の言葉の意味を理解する。

「はぁ!?何言ってんだよ!やっぱり詐欺かよこれ・・・ってめぇ優しいハンナさんを騙しやがったな!」

 実害を被るであろう自分より先にハンナを気にかけるあたり、どうやらレドガーは本気のようだ。


 問い詰めるように、威圧感満載でファイに近づく。

 ただただ申し訳無さそうな表情のファイを見て、こんな少年に何を威嚇してるんだと正気に戻るレドガー。

「まぁあれだ、ちと熱くなっちまったが・・・どういうことだ?<錬金術師>ってのは本当なんだろうなぁ?」

「はっはい、でも普通の<錬金術師>とも違くて・・・説明が難しいので僕の戦闘を実際に見てもらってもいいですか?」

「は?ん~~~まぁいいか」

 ファイは自分の力について、詳しく説明するよりも見てもらう方が早いと思い、用意できる分のエキスを全て持ってきていた。

 今のファイには、こんな投げやりな提案しかできない。

 頭が固い相手には無理な提案だろうが、レドガーはそんなタイプではなかった。


 レドガーとしても意味不明な言い訳を信じ切った訳ではないが、信念の炎が灯るファイの瞳に思うところがあった。

 自信満々にとにかく前だけ見て、突き進んだあの頃を思い起こしていた。

 なによりこれから対峙するのはゴブリンだ。

 1対1体丁寧に捌けば、足元をすくわれることもない。

 レドガーはその自負があったから、万が一の事態も想定した上で、ファイについて行くことにした。


 荒れ地を歩いていると、10体のゴブリンのグループを見つける二人。

「あぁ~ちょっと多いな、2つのグループが統合したのか。ここは避けて別の・・・ってオイ!」

 危機感もなく黙々とエキスを混ぜ合わせるファイに、自然とツッコむレドガー。

「あっ静かに。気付かれたくないので・・・」

(なんでオレが言われる・・・まぁそれもそうだな~)

 ファイの戦いを見届けることがレドガーのクエストであり、先程それを正式に了承したわけだ。

 レドガーはファイに従うことにした。

 それに気付かれていないのなら、奇襲を仕掛けられる。

 ただ、肝心のファイは敵ではなく溶液と向き合っている。


(おぉ!!こりゃすげ~や!コイツ本物の<錬金術師>じゃね~か!!)

 ファイの手から光が溢れる光景に、レドガーは感動していた。

 ファイの姿が<錬金術師>そのものだったから。

 もちろん、レドガーはこれまで【錬成アルケミッド】を生で見たことはない。

 ただ、幼い頃に愛読していた勇者の物語のシーンを、切り取ったような姿に胸が熱くなっていた。


(そうそう、この光だよ!これで勇者が完全復活する神秘の雫が生まれるんだ!!!・・・ってなんで今回復薬作ってんだ?)

 ファイは徐にフラスコを握りしめ、ゴブリンに向かって放り投げた。

(ん?へ?・・・な~にしてんだぁコイツ?なんで回復薬を・・・)

 レドガーは綺麗な放物線を描くフラスコを見つめる。

 刹那、まるで日光を直に見てしまったような、眩い光がレドガーの目に飛び込む。

 続けざまに轟音、衝撃波、炎・・・見事な大爆発。


「なっっっなんじゃこれぇぇぇぇぇえええ!!!!はぁぁぁぁああああ!?!?」

 レドガーは薄目を開けて、その一部始終を見ていた。

 長い冒険者歴で体験したことがない、エネルギーを放出する爆発という現象。

 存在したことすら嘘だったかのように消え去ったゴブリン。

 レドガーは突然目の前に地獄の門が現れて、魂を奪われたように仰天する。

 空想の物語でも描かれたことがないような、前代未聞の大迫力な映像を、脳が何度も再生する。


「オイ!オイ!オイ!!なんだよ今の!!!何がどうなったってんだよぉ!!」

 腰を抜かしたのか膝を付きながら、ファイを問い詰めるレドガー。

 ファイは若干引いていた。

 このベテラン冒険者に対して、憧れに近い感情を抱いていたが、崩壊した顔面に垂れる鼻水が何ともみっともない。

 先程までのダンディーな漢の姿はなかった。

 ただ、それと同時に爆発の異質さを再確認する。


「これが僕の力、爆発です」

「・・・バ、バクハツ?はぁ?なんだぁ~それ!」

 ルドガーは、聞いたこともない謎の単語に戸惑う。

 ただ、その単語が実際に体験したデタラメな力であることは理解している。

 そして、冒険者として探究心が収まらなかった。

「オイ!バクハツってのが何か、詳し教えろよ!!」

「はい!まず、僕は<錬金術師>なんです。それに<錬金術師>と言っても今まで失敗続きで・・・・・」


 目を輝かせるレドガーに、ファイは自分のこれまでの道程を説明した。

 <錬金術師>として、これまで失敗続きで無力だった自分に突如訪れた力。

 否、自覚した力と開かれた道。

 ときに悲しみ泣いて、ときに笑い転げて、ときに驚き息を呑んで、レドガーは楽しげに耳を傾ける。

 ファイもその反応1つ1つが嬉しかった。

 爆発という力に至ったのはつい最近で、ようやく永遠の悲劇から脱したであろう、現在進行系の物語。

 そんな自分の道程に一喜一憂してくれる、レドガーに自然と心が開いていく。

 ファイは幼い頃に両親を亡くし、近所の老夫婦に育ててもらった。

 そんなファイだから、もし父さんが居たらとレドガーに想像の父親の姿を重ねた。


「ふぅ・・・なるほどなぁ~まだ若ぇってのにいろいろ経験してんなぁファイ。とりあえず言えるのは、爆発って力は偶然じゃねぇ、お前の努力が実ったんだよ。それに間違ぇなく一級品の火力を持ってる。今までいろんな奴とパーティーを組んだが、どんな魔術師にも・・・魔物にもあんな瞬間火力出せやしねぇさ」

 レドガーは、ファイの頭をクシャと力強く撫でながら、優しく温かい言葉を贈る。

 ファイの頬に涙がつーっと伝う。

「あとよぉ、さっき言ってた他の爆発ってのも見せてくれよ!さっき倒したのが10体だから、銀貨3枚か?ちゃんと報告してやっから、もうちょい狩って行こぜ~」

「僕もそう思ってました!行きましょう!それにいっぱい討伐しないとレドガーさんの報酬も安くなっちゃいますからね!」

「あぁ~ん?まぁそうか・・・よし、行くぞ」

 お互いに理解をし始めて歩調が徐々に合っていく二人。

 より多くのゴブリンを討伐するため、もっとファイの可能性を確かめるため、二人は荒れ地を行く。

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