第6話 初めての討伐クエスト
ファイは飢えていた。
ゴブリンを難なく討伐し、何でもいいから誰でもいいから爆発をとにかく試したい欲求に飢えていた。・・・とかではなく、シンプルに空腹で飢えていた。
ゴブリン討伐クエストを受けてから4日、ファイの討伐数は未だ0のまま。
報酬を貰えないファイは3日前から何も食べていない。
では、ファイはゴブリンを1体も討伐出来ていないのかと、言うとそうではない。
むしろ、報酬で1ヶ月は生活できるほど討伐している。
どういうことか。それでは討伐1日目から遡ろう。
~討伐クエスト1日目~
ファイはギルドでゴブリン討伐クエストを受け、すぐに帰宅した。
討伐に行くのは明日へ持ち越して、準備に取り掛かった。
爆発を存分に試してやろうと意気込んで、エキスを抽出する。
爆発とは、素材から抽出したエキスを混ぜ合わせ、溶液を作って【
ファイはエキスの状態で持ち運び、それ以降は現地で行うつもりだった。
数十回の戦闘を見越して、エキスを仕込み終えた。
~討伐クエスト2日目~
いつもより少し早起きしたファイは、興奮気味に身支度を済ませる。
準備は万端、体調も万全、天気も良好、良き門出だ。
アセンブルを出て、ゴブリンがよく出没する荒れ地に向かう。
荒れ地に足を踏み入れると、どこからか死臭が漂う。
臭いの元へ近づくと、4体のゴブリンが家畜の死骸を貪っている。
苔色の悪人面を前に緊張感が走る。
まだ気付かれていないファイは、ひっそりと音を立てずエキスを混ぜ合わせる。
そして、溶液に手をかざし【
「さぁ初陣だ、失敗は許されない・・・sample21:アジサイの群衆のような爆発」
ゴブリン目掛けフラスコを放り投げた。目の前に飛んできたガラス瓶にハテナを浮かべる4体のゴブリン。
「ドカンと飛び散れ!」
ファイはメガネをクイッと持ち上げて得意げに決める。
フラスコが地面に触れた瞬間。
眩い光と重い破裂音、乱れる衝撃波に弾ける炎、複合的なエネルギーの放出。
見本のような大爆発だった。
ゴブリンがいた一帯は空間が削られたように消え去る。
ファイは満足のいく結果にニヤリと笑い、次に討伐するゴブリンを探しに行こうとしたところで気がつく。
思い描いた通りの爆発と、想像を遥かに超えた威力。
ゴブリンは跡形もなく消え去っている。
「あれ?右耳は・・・って、これじゃ駄目じゃん!!!」
そう、爆発は高火力過ぎた。
討伐しているのに討伐数0の矛盾はこうして出来上がった。
「・・・ドカンと!・・・もう一回!!・・・飛び散れ!!!」
荒れ地に爆発音が響く。何度やっても同じこと。
いくら討伐しても死骸の山を築く事はできない。
これは無駄だと感じたファイは、昼過ぎに切り上げて帰路についた。
「ん~~21回目の実験を元にした爆発だと威力が高すぎるんだ。理想的な爆発だったのになぁ~・・・こっちなら・・・いや、これかな?」
丁度良い爆発を求めて、手帳のページを見比べる。
~討伐クエスト3日目~
ファイは実戦でいくつかの爆発を試すために、数種類のエキスを用意した。
そして、荒れ地には昨日の惨状を知らない新規のゴブリンたちが集まっている。
「よし、始めよう!sample8:真夏の恋心のような爆発・・・飛び散れ!」
爆発によって、5体のゴブリンを吸い込むように火球が生まれる。
その炎は激烈で小さな太陽のようだった。
パラパラと灰になってしまったゴブリン。フィアは頭を掻きながら次へ向かう。
「次は行けると思うんだけど・・・sample59:巨人の張り手のような爆発・・・ちょっとだけ飛び散れ!」
爆発によって4体のゴブリンを弾き飛ばすように衝撃波が生まれる。
その衝撃は、圧倒的で埃を飛ばす突風のようだった。
細切れになり散り散りに飛んだゴブリン。
ファイは深い溜息をつき次へ向かう。
「頼む頼む!次こそは・・・sample88:砂漠のイカスミのような爆発・・・いや、もう飛び散らないで!!」
爆発によって8体のゴブリンを覆い隠すように黒煙が生まれる。
その煙は、灼熱で大地が空気を炙っているようだった。
蜃気楼のように体が蒸発するゴブリン。ファイは肩を落として頭を抱える。
ファイが用意した爆発は全てが一撃必殺の高火力。
この日もファイは討伐数0のままだった。
~討伐クエスト4日目~
そして、ファイは飢えていた。
これまでコツコツ貯めていたお金も底をつき、腹の音が収まらない。
爆発で戦うには毎回フラスコを消費する。
だから、ファイはこのクエストに備えて大量にフラスコを仕入れていた。
普通の人間にとっては需要が低く、フラスコはそこそこ良いお値段。
もちろん、ファイが爆発のために集める素材は食べられるものが多い。
ただ、<錬金術師>として、どうしても捨てられないプライドがあり、素材には手を付けられなかった。
食事を二の次に考えていたが、フラスコに齧り付いても腹は膨れない。
そして、空腹よりも重大な問題は、このままではクエスト失敗になるということ。
初心のEには、クエスト失敗のペナルティとして、3週間クエストを受注できないという規則がある。
これまでは高ランクのメンバーがいるパーティーだったので、関係なかったが今はソロの冒険者。
初心のEには反省や成長を促すために、ペナルティ期間が設けられている。
つまり、このまま失敗すると今よりも困窮した生活を送ることになってしまう。
何も食べていない筈なのに、ファイは胃が痛くてたまらなかった。
ファイは爆発の火力を抑える目処が、全く立っていない。
単に薄めればと思って作った試作品は、何も反応を起こさなかった。
ファイの足取りはゆっくりと重くなる。
「マズいマズいマズい、どうしよう・・・あんなに息巻いて討伐クエストを受けたのに・・・」
爆発は常に成功している。
自分のやりたいよう魔物を討伐できているのに、成果を証明できない。
ファイは意を決してギルドに足を運んだ。
「あのメリンダさんはいますか・・・」
「今日はお休みですぅ~」
受付にメリンダの姿はなかった。ファイは少しホッとしてしまう。
さて、どうしようか。
ファイのことを知っているのはメリンダくらいで、今受付にいるのは初対面のおっとりした女性であるハンナ。
初対面の相手に自分の現状について説明しようにも、<錬金術師>と爆発を理解してもらえる筈がない。
ここでファイは妙案を思いつく。
「んっん、あの1つ聞きたいことがあるんだけど・・・僕は魔術師でね。それにとても高火力の魔法しか使えないんだ。最近、冒険者になったばかりだから、ゴブリンとやらのクエストを受けたんだがね。あいつらは脆くて跡形も残らないんだ。さて、どうやって討伐を証明すればいいかな」
ファイはねっとりとした声で、鼻につく喋り方の魔術師を演じた。
30代後半で整った髭の紳士であれば様になるが、ファイだと違和感しかない。
そんな事は百も承知のだが、想像上の魔術師を演じる愚策しか思いつかない。
ただ、この相談は全てが嘘ではない。困っている本質はそのままだ。
「えっとぉ~でも、登録には<錬金術師>になってまぁすよぉ~それに2年在籍してまぁすしぃ~」
おっとりしているが、ハンナは仕事ができる。
「あっ・・・いや、僕の話では無いくてです!そういう友人がいますのですが、どうすればいいのかなと」
「変なぁ言葉になってますよぉ~本当ですぅかぁ~」
おっとりしているが、ハンナは細部に気が回る。
「本当ですって!だから、友人の話です!」
「友人かぁ~ん~それはぁ困りましたぁねぇ~」
ただ、ハンナは世の中に嘘つきなどいないと思っていた。
ペラリペラリと資料を見てゆっくりと喋りだす。
「もし跡形も残らないならぁ、討伐の証明はできまぁせんねぇ~ギルド職員が同行すればぁ確認できますがぁ~危険ですからぁ~・・・あっ!・・・お金が掛かりますがぁ他の冒険者にぃ同行してもらえばぁいいんじゃないでしょうかぁ~~使役クエストとしてぇ発注すればいいんですよぉ~」
そして、やっぱり仕事ができる。
ハンナのおっとりとした喋りと同じリズムで頷いていたファイは、その提案に目から鱗が落ちる。
「そ、そのクエスト発注したいです!!!報酬は・・・ゴブリン討伐報酬の8割とかでどうでしょうか!!」
「えぇ~でもぉ友人の話じゃ~」
「友人のために僕が発注します!!」
「とても~お優しいぃんですねぇ~じゃあ発注しておきまぁすねぇ~」
苦し紛れに次から次へと嘘が続く。
それでも、ハンナは特に疑うことなく、朗らかに笑ってクエスト書を発行する。
ファイはその笑顔に胸を痛めるが、致し方ないと嘘を突き通した。
まるで今にも止まりそうなメトロノームのように、ハンナの周りは時間の流れすらゆったりとしている。
こんな嘘を信じてしまうハンナのこの先が不安になるが、善悪の分別がつく大人の女性なので問題ないだろう。
そして、ファイが発注した使役クエストは、その日のうちにベテラン冒険者が手に取るのであった。
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