第5話 ソロの冒険者
カラナと別れて洞窟へ戻ったファイは、気絶するように眠りについた。
徹夜でヤケ実験をした後、長距離を全力疾走した肉体は限界だった。
それに肉体だけでなく精神も疲弊していた。
カラナを助けるため気を張っていたが、魔物を目の前にして心根は怯えていた。
ファイはこれまでにいくつものパーティーで魔物の討伐を経験してきた。
しかし、<錬金術師>のファイが矢面に立ったことはない。
凶悪な顔面、鼻を劈く獣臭、大地を揺らす巨体・・・ファイは思い出して悪夢にうなされる。
ポワンと泡が弾けた。
すると、魔物は消え去り温かい風が全身を包む。
そんな夢を見ながら、ファイは丸1日眠り続けた。
ファイは起き上がりグゥーと体を伸ばす。爽快な目覚めだった。
日が落ちる前に川で水浴びをして、その冷たさに頭が冴える。
それからファイは分厚い手帳の1ページ目を開いた。
初めて記録した失敗作。否、爆発。
これはどういう爆発だったかファイは回想する。
そして、ページを捲る。
ファイは失敗の歴史を振り返るように、ゆっくりと時間を掛けて手帳を読み込む。
ファイはとにかく嬉しかった。
口元は朗らかに緩み、ボタリボタリと大粒の涙をこぼす。
これまでの全てが無駄ではないとわかったから。
自分にも進む道があるとわかったから。
ファイは実験がもっと好きになった。
爆発という新しい力があれば、自分でも魔物と戦えるという確信に満ちていた。
ファイはこれまでの実験で失敗の反応に着目したことはなかった。
これからは違う。
どんな爆発になるか、どうすれば威力を出せるか・・・実験の方向性が一新する。
もちろん<錬金術師>として回復薬への未練がなくなった訳ではない。
ただ、今は爆発のことで頭がいっぱいだった。
ファイは回復薬への未練を押入れの奥へ奥へと仕舞い込む。
「ふぅ~こんなに実験してきたんだ・・・毎日やってたもんな・・・」
ページを捲り熟読して、ページを捲り熟読して。
ファイは2日間にわたって手帳とにらめっこした。
6歳頃から毎日続けた実験が途絶えたが、その時間はとても充実していた。
全てのページをさらって、次に行いたい爆発のための実験を書き記す。
ファイは満足そうに大きく頷く。
悠然と広がった雲が夕日を映してオレンジ色に染まる。
夜を引き連れて雲は流れ、一瞬にして森は黒一色。
不安と希望が溶け合いコップを満たす。
今すぐにでも冒険者として活動したい気持ちを抑え、ファイは寝床についた。
ファイは起床してすぐに荷物をまとめて洞窟を出た。
6日ぶりのアセンブルはなんだか行き交う人が多い。
ファイは久々の人混みに少し酔いながら冒険者ギルドへ向かう。
王女が同行した視察団は既に出立していた。
滞在期間は4日間、既にアセンブルはいつもどおりの街並みに戻っている。
王都に引き籠もっていた王女の初遠征が何事もなく終わる訳はない。
どうやらこの期間に一騒動あったようだ。
未だアセンブルには緊張感の残り香が漂う。
そんな状況とは露知らず、ファイはギルドの扉を開ける。
新人冒険者としてスタートする若人、新天地アセンブルに来た中堅どころ、新結成したであろうパーティー、春は大勢の冒険者で賑わう。
召喚者が・・・王女一行に・・・ダンジョンマップには・・・様々な話題が飛び交うギルドは、冒険者の情報交換の場でもある。
ファイは人混みを掻き分け真っ直ぐ受付に向かう。
「すみません!」
ファイは意気揚々としている。
大忙しの受付、流れるように仕事する職員たち。
「はいはい、只今・・・ファイ君!!ギルドに全然来ないから心配したわよ・・・あれ~何か・・・いえ、どうされましたか?」
今日の当番はメリンダのようだ。
明後日には来るとギルドを飛び出したファイが、3日後も4日後も来なかったのでメリンダは大層心配していた。
ただ、6日ぶりのファイは見違えるほど頼もしく見える。
絶対に何かあったであろう少年の姿。
この数日間で何があったのか詳しく聞きたい自分の気持ちを抑えて、ファイの要件を優先することにした。
ファイはファイで色々と話したいことがあったが、見るからに大忙しの受付でゆっくり話せる内容ではない。
そう思った、ファイは簡潔に決意表明するように要件を伝える。
「はい!僕はこれからソロの冒険者になります!!なので、クエスト一覧を見せてほしいです!」
「そう、ソロで活動するのね・・・わかったわ!」
力の入った宣言にメリンダはニッコリと笑う。
メリンダの本音は少し不安だった。
ファイに提案したのはソロで活動するか雑用としてパーティーを探すか、メリンダのおすすめは後者だった。
冒険者とはいつも危険と隣り合わせ。
どんなクエストでも魔物と遭遇する可能性はあるし、ソロは全て自己完結しなければならない。
メリンダはこれまでのファイを見てきたからこそ、思うところがあった。
ただ、今のファイに気持ちだけが先走っている様子はなく、何か確信を持っている雰囲気を感じる。
メリンダはファイを信じてクエスト一覧を取り出した。
冒険者とはFからSまで実績に応じてランク付けされる。
それぞれのランクには、新人のF、初心のE、中位のD、佳良のC、熟達のB、無上のA、覇業のSという呼び名がある。
覇業のSは勇者しか到達したものがいない。
勇者への敬意を込めてそれ以上は目指せないという意味で、Aランクはそれより上がない”無上”とされている。
ただ、魔王から世界を救った勇者の物語は伝説と言われていて、魔王がいないこの世界で勇者ほどの武勲を立てることは不可能。
そのため、中には”無上”を、これより先は無駄という皮肉と捉える者もいる。
ファイのランクは初心のE。
冒険者歴2年は新人とは言い難い。
そもそも、新人のFは仮登録のために作られたようなもので、いくつかクエストを受けた時点でEに昇格となる。
これまで実績がないファイは初心者そのもの。
「初心忘るべからず」の教訓が要らないほど、現在進行系で初心だった。
メリンダはクエスト一覧のEランクが受注できるページを開く。
「ありがとうございます。それじゃあ、今ある討伐クエストをお願いします!!」
「え?討伐?・・・採取じゃなくていいの?ファイ君には採取が合っている気がするけど・・・」
ファイは自信満々の表情だが、メリンダは徐々に不安が大きくなっていく。
クエストには採取、討伐、使役の3種類がある。
採取は素材を集めるクエストで、討伐はモンスターを打ち倒すクエスト、使役は護衛や配達など誰かに仕えるクエスト。
メリンダの見立てではファイの適正は採取クエストだった。
<錬金術師>として日々、自ら素材を集めるファイは素材の採取が上手い。
実際、これまでのパーティーでも魔物から素材を採取するのはファイだった。
採取の手際や管理方法は一目置かれていた。
そんなファイが討伐という魔物との戦闘がメインのクエストを受けようとしていることにメリンダは疑問を抱く。
メリンダが知っているのは失敗続きの<錬金術師>であるファイ。
ただ、今のファイに<錬金術師>という肩書は似つかわしくないだろう。
爆発という力は圧倒的に討伐向き。
それを自覚しているからファイは討伐クエストを選んだ。
メリンダは首を傾げるが、ファイに大丈夫ですと念を押され、討伐クエストを指差して案内する。
「なるほど・・・ゴブリンにコボルト、ホーンラビット、サンドワーム・・・うーんと、ゴブリンのクエストを受けます!」
よし決めたとファイはゴブリンの発注書を指差す。
Eランクの討伐クエストは小型モンスターばかりで、まさに初心者向けだった。
ファイはその中で、誰もが最初に通ったであろうゴブリンを選択した。
この選択をメリンダは快く受理する。
この中で一番安全なのはゴブリンだろうとメリンダも思っていたから。
人間より一回り小さくグループを作るが統率はなく、腕力や小狡さが厄介だが、俊敏さは冒険者に及ばない、ゴブリンは特に初心者御用達だった。
もちろん、こんな扱いのゴブリンでも戦闘職でない人々にとっては、野盗のような邪悪な存在。
本来、<錬金術師>のファイにとっても侮れない敵である。
「それでは、ファイ君のゴブリン討伐クエストを受け付けます。討伐の確認はゴブリンの右耳で行うから忘れないように!討伐数に応じて報酬が変わるからね。期限は1週間。期限内であれば何度でも右耳を持ってきていいから。その都度、報酬が出ます。もしも1週間で討伐数が0だったら、クエスト失敗になるから気をつけて!頑張るのよ!・・・え~とそんなところかな・・・あ!あと危なかったらすぐ逃げること!無理はしないって約束ね!」
メリンダはクエストの説明にファイへのお願いを付け加える。
早口だが抑揚があり聞き取りやすく、まるで心配する母親・・・否、年の離れた姉のようだった。
ファイはいつも通りの調子のメリンダに何だか嬉しくなる。
さっきまでは不安が見え隠れしていたから。
そして、説明をしっかり聞いて元気いっぱいに返答する。
「はい!頑張ります!とにかく見ててください!」
ファイは、そう言い残して今日も一足飛びにギルドを後にした。
さて、ファイが新たに手にした爆発の力は如何なものか。
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