第4話 爆発

 少女は上半身が消失したロッシュリザードを指差し、ファイに疑問を投げかける。

「あ・・・あれ・・・あなたの力なの?」

「・・・え・・・なにこれ・・・どういうこと・・・」

 ファイは理解が追いつかない。

 何が起こったのか、少女が何を言っているのか訳がわからなかった。

 今までのどんな戦闘でも見たことがない状態の魔物の死骸。

 ロッシュリザードの上半身は蒸発したように消え去っている。


 ファイは何故と考えようとしたが、真っ先にするべきことが頭に浮かぶ。

「・・・あっ・・・ごっごめんなさい。やっぱり失敗作でした。結局、僕には失敗作しか作れないみたいで・・・本当にごめんなさい。あなたに飲ませてしまうところだった・・・」

 ファイは半べそをかきながら、頭を土に擦り付ける。

 まだ怖かった。

 回復薬だと思い込み、飲ませる選択肢を取った自分が怖かった。


「・・・いったい何故、謝っていらっしゃるのですか?私は救われたのです。あなたの力に!・・・確かに、私が飲んでいたと想像すると怖くはなりますが・・・あなたは気付いて止めて下さったではないですか」

 少女の表情からは驚きすら消え去っていた。

 それから徐々に張りのある声になっていく。

 ファイは少女から溢れる温かい空気を感じて、土だらけになった顔を上げる。


「あなたが仰っていた ”ドカンと飛び散る”の意味が今わかりましたわ!!これが失敗作という・・・失敗作??・・・そもそもこれは失敗作なのですか?これほど素晴らしい力、見たことがありません。」

 ファイはポカンとした表情で少女の話を聞く。

 ただ、呆然と聞き流している訳ではなく、頭はフル回転している。


「優秀な魔術師でもロッシュリザードの装甲を一撃で破壊するなんて不可能ですよ!少なくともそんな話を聞いたことがありません。先程の音も炎も衝撃も放出する現象はなんと言うのですか??」

 少女は喜々として雄弁に語る。初めての体験に興味津々だった。

 高揚して身振り手振りをする少女。

 ファイはようやく少女の素顔を見た気がした。

 まるで、日光に呼応して光り輝く、優雅に咲き誇る牡丹のようだった。

 少女は力説しているが、残念ながらファイはその刹那を見ていなかった。

 少女からフラスコを遠ざけることで精一杯だったから。


 少女の話を聞き、徐々に状況を飲み込む。

 そして、恐る恐る少女に質問する。

「あの・・・ちょっと待ってください・・・このロッシュリザードは僕の失敗作によってこうなったのですか?」

「そうですよ!!ご覧になってなかったのですか?私の手から離れたガラス瓶は、ロッシュリザードの頭の近くで飛び散りました。その威力は私達をこんな距離まで吹き飛ばしたのです。間近で受けたロッシュリザードは一溜りもなかったのでしょうね」

 そう、ロッシュリザードは二人に追いついていた。あと一息だった。

 眼の前の獲物を頬張ろうとした瞬間、絶命したわけだ。

 口惜しい最後だっただろう。


 ファイの質問に対して、自分のことかのように自信満々に返す少女の語りは続く。

「ロッシュリザードの装甲を割ったのでしょうか。それとも燃やしたのでしょうか・・・詳しくはわかりませんが、装甲を突き破り体まで消し飛ばしたのです。その証拠にほらあなたの体に・・・」

 ファイが自分の体を見ると全身に血がベッタリと付いている。

 どうやら”いつにも増して弾け飛んだ”のはフラスコだけでなかったようだ。

 少女に返り血は殆どついていない。

 何の因果か少女の純白は守られたようだ。


 ファイからするとあの黄金色の溶液はいつもの失敗作。

 反応するまでに数時間の遅延はあったが、あれは間違いなく失敗の反応の一つ。

 <錬金術師>のファイにとって失敗作は使い道のないガラクタに過ぎない。

 それが今までファイの価値観だった。

 ただ、少女の説明通り、失敗の反応こそがロッシュリザードの上半身を消し飛ばした要因だった。

 少女は失敗作を素晴らしい力と捉えている。

 ファイの凝り固まった価値観と少女の体験による価値観。

 だから、先程までファイは少女が何を言っているのか訳がわからなかった。

 そして、少女の説明でファイは全てを把握する。

 把握したから理解に苦しむ。頭の中はグチャグチャに入り組んでいる。


「・・・あれは失敗作で・・・失敗作はいつもあんな感じだけど・・・回復薬は作れなくて・・・僕は<錬金術師>なのに・・・」

 ファイは頭を抱えてグチグチと独り言を漏らす。

 そんなファイの姿を見て、プクリと頬を膨らませながら少女は近づく。

「何を思い悩んでいらっしゃるのですか!!あれ程の力を持っているのに!あれは失敗作などではありません!確かに回復薬ではないかもしれませんが、素晴らしい力ではないですか!!」

「僕は<錬金術師>だから、回復薬が作れないと・・・」

「確かにこの国ではそう言われていますね・・・ですが、他の国では異なります!!隣国の<錬金術師>は回復薬ではなく、金や鉄などの鉱物を変質できるのです。この国の常識に囚われてはなりません!それに、他の<錬金術師>にあの素晴らしい力は作れないでしょう!」

「でも、僕は何者でも無くて・・・ずっと<錬金術師>には成れなくて」

「あの、良いですか!何者でも無いということは、何者にも成れるということではありませんか!!普通の<錬金術師>では無くとも、あなたはあなただけの何者かに成れるのです!!!!」

 二人は見つめ合い問答を続けた。


 ファイは不思議だった。

 初対面の少女にどうしてここまで打ち明けているのだろうか。

 どうして少女の言葉に心を奪われるのだろうか。

 ファイは隣国の<錬金術師>の話を初めて耳にする。

 田舎産まれのファイに他国の文化や歴史を学ぶ機会はなかった。

 ファイが知らないだけで世界は広い。

 何かと自己否定してしまう自分を否定してくれる少女。

 自分の存在を肯定してくれる少女に全てを受け止めて欲しくなっていた。


 少女は不思議だった。

 初対面の少年にどうしてこんなにもやきもきしているのだろうか。

 特別な力に今まで自覚がなかった少年に怒っているのだろうか。

 常識を覆す力に興奮しているのだろうか。

 自分の命を救い、伴に生死を彷徨った少年に心の熱が止まらなかった。


「先程の現象は偶然ではないということですよね?」

「そ、そうです。今まではただの失敗だと思ってて、その被害を受けたのも自分だけだったから・・・」

「そうですか。あの現象・・・ドカンと飛び散る、爆ぜるような力の発散・・・爆発バクハツとはどうでしょうか」

「バクハツ・・・」

 この世界に爆発という概念が生まれた瞬間である。

 これまで爆発という言葉すら無かった。

 もちろん自然界で災害として何かが爆発することはあっただろう。

 そのため現象として爆発はあったかもしれない。

 ただ、人工的に爆発を引き起こしたのはファイが初めてだった。


 この世界に炎の魔術師という存在も居るが、彼らにできることは火を生み出すことや火を操ること。

 それに、魔法が生活水準を上げる手段の世界において、化学は発展していない。

 そのため、火薬や兵器が存在しない世界で、爆発という概念は生まれなかった。


「バクハツ・・・爆発バクハツ・・・爆発・・・」

 ファイは爆発という言葉を飲み込んでいく。

 新しい概念、新しい言葉、新しい思考、ファイの心臓は新しい血液を送り出す。

 その鼓動はバスドラムのように力強く小気味良い。

 腕に足に脳に全身に巡る巡る血液。

 巡る巡る新しさ。


 音は重なり深まり幅を広げ、表現力を増していく。

「爆発・・・これが僕の力・・僕の生きる道」

 そして、爆発した。

 音はオーケストラの大合奏となり、ファイの全身を駆け巡る。

 そして、ファイは確信した、今日が運命の日だと。


 そこに居るのは先程までの気弱で臆病な少年とは別人だった。

 少年から溢れる覇気や神秘的な雰囲気に圧倒され、少女はゾッと畏怖の念を抱く。

 まるで自分とは別次元にいるような少年。

 同時に少女はどこか心を惹かれる。

 少女は呼吸すら忘れて見惚れていた。


 ファイは自分の思考に没頭していたが、ふと少女のことを思い出す。

「あっすみません。色々考えてました・・・それから、ありがとうございます!何か掴めた気がします」

「・・・そうですか!良かったです!こちらの方こそ心からお礼申し上げます。改めて・・・カラナ・レン・フェルムと申します。カラナとお呼びください」

 少女は礼節に則りファイへお辞儀した。

 辺りに舞踏会の情景が浮かぶ。

 ファイは礼節など全くわからないが、カラナに釣られて不格好に返す。

「あっ僕は名前がファイ・アーケインと申すのです」

「すみません。こんな格好なのにいつもの癖で・・・」

「僕のだって、いつもの癖です!普段からこう言ってます!」

 フフフと微笑むカラナと耳を赤らめるファイ。

 ファイも笑いが込み上げる。

 転がるロッシュリザードの下半身。

 血みどろのファイ。

 なんとも異様な光景だが、二人にはお構いなしだった。


 恥ずかしさを掻き消すようにファイは喋りだす。

「もう日が傾いてきています。急いで森を出ましょう」

「そうですね。歩きならこの足でも問題ないと思います」

「そうですか・・・それじゃあ肩を貸しますね」

「はい!・・・ファイ様は何故、森の中にいらっしゃったのですか」

「様ってそんな柄じゃないです・・・僕は森の中で・・・・・・・」

 街道に向かって歩く二人。もう互いに気を許している。

 アセンブルで冒険者になって2年、同年代の友人もいなければ、色恋など無縁だったファイにとって素敵な時間だった。


 街道に出るとカラナは笑顔で「ここまでで十分です」と伝え、深々とお辞儀する。

 そして、また必ず会えると信じて手を振った。

 カラナにはわかっていた。

 自分と会話しながらもファイは爆発について考えていると。

 新たな可能性を確かめたい気持ちでいっぱいなのだろうと。

 道具を残してきたと言っていたから、また森に帰るのだろうとわかっていた。

 そして、ファイの気持ちはカラナの思った通りだった。

 ファイはカラナに餞別の言葉を伝え、また森の中へ向かう。

 その足取りは軽く、迷いはない。


 この二人の出会いは互いの人生を大きく動かす分岐点となる。

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