第13話 呪いの館③

「みなさん、耳栓を!そろそろ30分経ちます!」

 期待と緊張でざわつく面々。一同は一心に館を見つめる。


「メリンダさん!今までいっぱい迷惑かけてすみません・・・でも僕は、今の僕なら、誰かのために使える力を持ってる!!これからは、悩みの種なんか僕が消し飛ばします!!」

「えっ?何?耳栓で聞こえな・・・」


 霧でぼやける建物を眩い光が包む。

 同時にドガァンッと鳴り響く爆発音。

 まるで空から降ってきた巨大戦艦が、地面に叩きつけられたような轟音。

 その衝撃波は空気を弾き、漂う霧すら押し流していく。

 湿原全体の水面に波紋が広がる。


 視界が開けて見えた館は、既に粉塵の中。

 爆発で木っ端微塵になった1、2階の柱と壁。

 館はグシャリと潰れるように崩壊していく。

 ワンダーデモンの甲高いうめき声が徐々に弱まっている。

 そう、ファイの作戦通り爆破解体は成功したのだ。


 専門家のように評価しつつ唸るレドガー。

 声にならない雄叫びを上げるドントス。

 体をよじって喜ぶガーネット。

 もはやロングトーンで驚くハンナ。

 早口で楽しげにまくし立てるメリンダ。


 それぞれ大声を上げて、大迫力の大爆発に大興奮する。

 作戦の成功に、その反応にホッとするファイ。

 普段から戦いの場に身を置く冒険者は、爆発の火力を認めてくれるだろう。

 だが、ギルド職員の二人は、怯えてしまうのではないかと不安でいた。

 爆発初見の四人は全員が楽しそうだ。

 幸い遠距離でメリンダとハンナは、演芸や芸術を見ているような感覚だった。

 傍観者という立ち位置だから、そこに恐怖心は生まれなかったようだ。


 粉塵の中から飛び出す影。

 6体のワンダーデモンが隙間を縫って逃げ出した。

(突然、集会所が潰れた。同族の殆どが下敷きになった。何事か)

 白装束で覆われたのっぺりとただれた顔が、憤怒の相に変わっていく。

 そんな気が立っているワンダーデモンが捉えたのは、何やら嬉しそうに騒ぐ一行。

(アイツラか、アイツラに違いない)

 矛先を見つけて急加速する。


 ワンダーデモンの殺気に気付いたベテラン三人は、一瞬にして陣形を取る。

「メリンダ!ハンナさん!オレらのぉ真ん中に!」

 三人は戦えない二人を囲むように、逆三角形に広がった。

 前衛はドントスとレドガーの二人で、ヘイトを分散しながらコアを狙う。

 後ろのガーネットは、弓術で遊撃する。


 ワンダーデモンの攻撃に合わせて、陣形を回したり狭めたり。

 最適な声掛けと、隙のない押し引き。

 ワンダーデモンの大鎌が中の二人に届くことはない。

 そして、1体また1体と排除していく。


 ファイは見惚れていた、その完璧な連携に。

 咄嗟の判断で組んだ陣形のはずが、護衛の陣形として完成されている。

 そこには冒険者パーティーとして、理想的な動きが詰まっていた。

 中の二人が何かしている訳では無いが、この五人は一枚岩のように思えた。


 グサリッ


「えっ??アッグハァッ・・・」

 下を向くと、大鎌が自分の腹を貫通している。

(あぁ、そうか・・・”五人”だ。僕一人は浮いてたんだ・・・何してんだよ)

 ドボドボと溢れる血。

 ズンと内臓をやられた深い痛さ。

 吸っても吸っても息が苦しい。

 熱くて寒くて重くて怖い。

(死・・・っぁぁああ!いやだ!死。いたい!死。いやだ!死。いだぁぃいい!)



「ーい!フーー!ーきー!」

「おい!ファー!ーきろ!」

「おい!ファイ!起きろ!」


「っはぁ!!!」

 レドガーに頬を打たれて、目を覚ますファイ。

(え?何が起こった?さっきのは夢?否、あの重い痛みが夢なわけない。でも今は・・・あれ?)

 痛みは消え去り、先程までの疲れさえも無い。

 熟睡から目覚めたように爽快な心身。

 濡れた口元と横に転がる小瓶。

 ファイの理解は早かった。


(あぁ・・・回復薬だ)

 ファイが血反吐を吐く声を聞いて、五人は振り返った。

 一人突っ立っていたところを、ワンダーデモンに襲撃されたのだ。

 くそっとぼやき、駆け寄ったレドガー。

 ファイを襲ったワンダーデモンは、ガーネット渾身の一射がコアを貫いた。

 残ったワンダーデモンは1体だけ、ベテラン二人で片付けられる。


「レドガーさん、ファイ君の容態は・・・?」

「完全に腹をいかれてらぁ。でも大丈夫だ。幸い首や心臓じゃねぇ」

 傷口は大きく、鮮血がカーペットのように広がる。

 見る見るうちにファイの顔色が青ざめていく。

 レドガーは手早く小瓶を取り出した。

 黄金色の液体が入った小瓶。


 そう、初級の回復薬だ。

 Bランクの冒険者であれば、常備していてもおかしくはない。

 小瓶を口に突っ込み無理やり流し込む。

 すると、いともたやすく傷口は塞がり、顔色も回復していく。


 初級の回復薬が持つ効果は、直近に出来た傷の治癒と疲労回復。

 中級になれば、少し前の傷や病すら治癒できる。

 バフや自然治癒力を高める白魔法ではこうは行かない。

 というより、こんな嘘のように傷や病を治す方法は他に無い。

 だからこそ、回復薬は崇められ、高値がつくのだ。

 だからこそ、<錬金術師>は唯一無二の職業と言われているのだ。


 ファイは初めて回復薬を飲んだ。

 初めて身をもって実感した、人智を超えたその効果を。

(これが回復薬の力・・・)

 あの痛みが夢だと思えるほど、体は回復している。

 それに、脳を埋め尽くした”死”という言葉すら消えていた。


(あぁ、生きてる・・・あぁ、なんて凄い)

 実感したからこそ、冒険者たちがこの回復薬を求める意味がわかる。

 商店で何度も手に取った。

 冒険者に実物を見せてもらった。

 ずっと作れると夢見ていた。

 長年追いかけて、手にできなかった力。

 そんな力に今、救われた。


 ファイはぼんやり遠くを眺める。

 まるで血液が凍ったように、指先は冷たく震えていた。

(あぁ、悔しいな・・・悔しい。僕は・・・)

 

 大丈夫かと近づく五人。

 不安げな表情でファイの顔を覗き込む。

「うぁっ!?・・・プフゥッ!!」

 それぞれの顔面が歪むほど、顔を押し付けてぎゅうぎゅう詰めの大人たち。

 ファイは思わず吹き出してしまった。


 爆発に興奮して、接敵は冷静に対処して、大怪我を心配して。

 そんな自由な大人たちを振り返って、すぐに思い詰める自分が馬鹿らしくなった。

(確かに凄い、回復薬は凄い!だけど、自分を嫌いになる必要はないんだ。弱くなるな!弱くなるな!!今は爆発がある!自分を好きになれる理由を見つけたんだから!)


 ファイはムクリと立ち上がり五人に頭を下げる。

 戦闘中に気を抜くなんてあってはならない。

 ベテランたちは放っておいた自分たちの責任だと、逆に謝罪した。

「はぁ~見てぇくださいぃ~!すっごくぅ綺麗ですねぇ~」

 ハンナの言葉で全員が景気に目をやった。


 今の湿原に湿った空気は似合わない。

 濃い霧が晴れたのだから。

 緑と青で染まった大地を陽の光が泳ぐ。

 吹き抜ける暖かい風が、春に芽吹いた若葉の成長を促している。


 一行は崩れ落ちた館に近づく。

 積み重なる木片や瓦礫。

 それに大量の薄緑の灰が混じっていた。

 それは倒したワンダーデモンの残滓。

 細かい灰が山のような量になっている。

 そこから察するに100体ほどは集まっていたのだろう。


 これで騒動の原因はなくなった。

 それでも、まだ解決とは言い難い。

「アセンブルの冒険者ギルドにはね、2つの派閥があるの・・・」

 メリンダは語り始めた。

 どうやら隠蔽について、思い当たる節があったようだ。


 冒険者ギルドとは国や民族、階級に縛られない冒険者のための組合だ。

 しかし、その地域で根付き運営するためには、パトロンや協力組織が必要になる。

 アセンブルは元々、商人と冒険者で盛り上げた町。

 ただ、今の大都市を作り上げたのは、その町に目をつけた公爵家。

 つまり、商人派閥と公爵家派閥で対立していた。

 長く太い商人との繋がりと、数十年で一気に広がった公爵家や貴族との繋がり。


 なにより面倒なことに、商人と公爵家は仲違いしていない。

 本人たちと関係ないところで、派閥や対立が生まれている。

 対立といっても、これまではいざこざに過ぎなかった。

 優秀な冒険者を商人発注のクエストと、貴族発注のクエストで取り合う程度だ。


 今回ほどのことはなかった。

 貴族発注のクエストを悪用し、貴族とギルドに大打撃を与える騒動。

 おそらく商人派閥の過激派だろう。

 ここまでの推察を話して、メリンダは大きくため息をついた。

 メリンダとハンナはどちらの派閥でもない。

 ただ、ギルド職員として無視できない状況だ。


 メリンダの話を聞いた冒険者たちは、うーんと腕を組む。

 おそらくこれ以上、冒険者に出来ることはない。

 それでもファイは、はつらつとした表情だった。

「何かあったら力になります!また、相談してください!!」

「うん!頼りにしてるわ!」

「っはい!!」

 ファイの心には、新たな思いが灯っていた。

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