第12話

「ふざけてはいませんよ」

 穂刈直樹(ほがりなおき)は、にやり、と笑って告げる。

「事実を事実として、ありのまま記事にしているだけです、今は止めていますが、これをこのまま私が編集部に持って行けば、来週の頭には雑誌に掲載され、全国にこれが流れる事になります」

 直樹はにやついて言う。

「バカバカしい……誰がこんな三流ゴシップ誌の記事を本気にするものか」

 白衣の男が言う。

「そうですね」

 直樹は頷いた。

「確かに、うちの雑誌は『そういう』雑誌ではあります、ですが……」

 直樹は、くくく、と笑う。

「『これ』に関しては、入念な取材の結果、かなり『事実』に近い内容の記事が出来た、と思いますがねえ」

 直樹の表情は、ちっとも崩れない。

 白衣の男は、ぎりり、と歯ぎしりしながら直樹を見ていた。直樹はにやついたまま、雑誌の記事に視線を落とす。

「それにしても、とんでも無いですね、おたくのこのドクター、美作沙希って方は」

 直樹は言う。

「金のある患者、社会的な地位の高い患者、もしくはその身内達、そういう患者ばかりを優先し、金の無い人間や地位の低い人間はろくに治療もしない、中には半ば見殺しにされてそのまま亡くなってしまった者もいるとか?」

 直樹は、喉の奥で笑う。

 男は何も言わない。

「『美人過ぎる女医』とか言われている優秀な医師の、とんだ裏の顔だ、ブン屋の端くれとして、これは放っておけませんね」

 ふふふ、と。

 直樹は笑う。

 男はまだ黙っている。沈黙だけが、二人の間に流れた。


「そんな事実は、無い」

 白衣の男は絞り出すように言う。だがその声は弱々しく、書かれている記事の内容が全て事実だと、何か心当たりがあるのに、それを目の前にいる直樹に悟らせまいとしている、というのが丸わかりだった。

「その言葉」

 直樹は言う。

「彼女に『見殺し』にされた患者達や、その遺族に対しても言えますか? 例えばこの……」

 直樹は、目の前に広げられた記事の見本の一部分を、ペンでとん、とん、と叩いた。

 そこには、半年ほど前に、自宅の庭で転んで怪我をしてしまった、何処かの金持ちの息子と、同日に事故に遭い、怪我をしてしまった地元の小学生の女の子、その二人がこの病院に運ばれた際、あの美作沙希は、転んだ金持ちの息子を優先、事故に遭った女の子の方の診療は数時間も遅れ、結局そのまま帰らぬ人になってしまった、という記事が書かれている、直樹はにやにやした表情を消し、汚物を見る様な目で、目の前の白衣の男を見ていた。

「あの女に見殺しにされた小学生の女の子の父親、或いは母親に、その言葉を吐けますか? 何ならこの場に連れて来てやっても良いんだぜ?」

 ふん、と直樹は鼻で笑った。

 白衣の男は、歯ぎしりして項垂れる。

 ややあって。

「君は、何がしたいんだ!?」

 ばんっ、と。白衣の男がテーブルを叩いて怒鳴った、近くにいた喫茶の利用客や関係者などが、びくっ、とした顔で振り返るが、男は気にした様子も無く直樹に向かって言う。

「言ってくれ、君は何がしたいんだ?」

 白衣の男は、縋る様な目で言う。

「頼む、彼女は優秀な医師なんだ、将来はこの国の医療を支える優秀な人間なる、この国には、彼女の様な医師が必要なんだ、それをこんな……」

 白衣の男はチラリ、と、テーブルの上に広げられた記事を見る。

「こんな、嘘か本当か解らない、こんな事で台無しにするわけにはいかないんだよ、だから頼む、この記事はここで処分してくれ、まだ、知っているのは私と君しかいない」

 男は、顔を上げて直樹を見る。

「今ならば、まだ何も無かった事に出来る、こんな記事が世に出回れば、確かに彼女に対しての風当たりは強くなるだろう、だが、彼女に味方をする人間だって出て来るぞ? そしてそいつらは君が言った通り、社会的な地位や立場が上の者達だ、君が勤める雑誌社くらい簡単に潰す事が出来る連中だ」

 男は言う。

「そうなったら君とて面倒な事になるだろう? だから、ここまでにしてくれ、もし……」

 男はそこで言葉を切り、白衣の胸ポケットから何かを取り出し、直樹に差し出す。

「もし、金が欲しいというのであれば、これに好きな金額を書いてくれて構わない」

 差し出したのは小切手だ、震える手で差し出されるそれを、直樹は黙って見ていた。

「だから、頼む」

 その言葉に。

 直樹は、にやり、と笑う。

 そして。

「院長先生」

 直樹は言う。

 男が顔を上げた。

「あんたはさすがだ、こういう手合いを黙らせる方法を、きちんと弁えてやがる」

 そして直樹は、小切手を乱暴にばっ、と、男の。

 この病院の院長から取り上げ、テーブルの上に広げると、さらさらと書き始めた。

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