第6話
がた、と音がする。
優治が、椅子から乱暴に立ち上がっていた。
「……和也」
優治が言う。
「俺、ちょっとトイレ行って来るわ」
そのまま優治は、和也の返事もまたずに歩き出す。
「おい、優治」
さすがにその様子に、和也は声を上げていた。
明らかに、現れた女性に対しての嫌悪感を感じる口調だ。
だが。
「良いのよ」
女性が言う。
「和也君」
女性は、そう言って和也の顔を見る。
「優治君」
女性は、優治の顔も見たけれど、優治はふんっ、と鼻を鳴らした。
「貴方達の大切な彼女を、助けられなかったのは……」
「ああ」
優治は冷ややかな口調で言う。
「あんただよなあ? 美作先生よお?」
優治は吐き捨てる様に言う。
「おい、優治」
和也は咎める口調で言う。だけど。
「良いのよ」
女性が言う。
そのまま女性は目を閉じる。
「私が、医者として未熟だった、それだけの事なんだから」
「ああ、その通りだ」
優治は言い放つ。
「優治!!」
和也はさすがに声を張り上げた。
「いい加減にしろよ、先生はあの時だって千奈津の為に……」
和也は言う。
だけど。
「他の患者の治療で、千奈津の手術が遅れたんだよなあ!?」
優治は怒鳴る。
「優治!! お前……」
和也は言う。
「それも事実ね、あの日、もう一人急患が運び込まれて来て、執刀できる医師が私しかいなかったの、そして結果として……」
女性は目を閉じる。
「ああ、千奈津の執刀が遅れたんだ」
優治は言いながら、じろり、と女性を睨み付けた。
「……それは仕方の無い事だろう」
和也が言う。
「良いのよ、和也君」
女性が言う。
「何を言っても、言い訳にしかならないもの、大切な人を……」
女性は目を閉じる。
「大切な人を、失う苦しみは、私にだって解る」
「……別に失ってねえよ」
優治は吐き捨てる。
「千奈津は、まだ生きてるんだからさ」
優治は言う。女性は何も言わない。
優治はそのまま、ドスドスと荒々しく歩いて行った。
「……すみませんでした」
優治が去った後、和也は女性に頭を下げる。
「気にしなくて良いわ」
女性は、穏やかに言って首を横に振る。
「私は、あの子を助けられなかった、そしてあの子はもう歩けない……それは事実だものね」
「でも……」
和也は言う。
あんな言い方は良くない。
和也にも、それは解っている。
だけど。
「……貴方も」
女性は、薄く笑う。
「貴方も、私には色々と思うところがあるんでしょう?」
「……そんな事……」
無い。
そう、言い切れるだろうか?
和也は、自分に問いかける。
あの日、千奈津が事故に遭った日、何処かで別な誰かも事故に遭っていたらしい、その人物がどれだけの怪我をして、どんな状態だったのかは、残念ながら和也には解らないけれど……それでも、そいつよりも千奈津を優先してくれていたら……
そう思った事だってある。
だからと言って……
「すみません……」
だからと言って、彼女を責めても何もならない。優治の怒りだって解るけれど、それでも……
それでも、彼女を責めて、千奈津がまた再び歩けるようになるわけじゃ無い。
そうだ。彼女を責めても何もならないのだ……
頭で、和也だってそれは解っている。
解って、いるんだ……
「さあ」
女性が言う。
「私なんかより、早くあの子のところに行ってあげなさいな、その為に来たんでしょう?」
「……はい」
和也はその言葉に頷いて、ゆっくりと……
ゆっくりと、椅子から立ち上がる。
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