第5話

「はあぁ……」

 優治が盛大なため息をついた。

「な 何だよ?」

 和也はそんな優治の顔を見て言う。

「……お前さ、もうはっきりと、それでも千奈津と一緒にいたいんですー、って言ってるんだし、さっさと告ってこいよ、な?」

 その言葉に、和也はむっ、とした顔で黙り込む。

「……そんな単純な話じゃないんだよ」

 和也は言う。

 そうだ。

 和也は頷く。


 神藤千奈津が、好きだ。

 それは、和也にとってはずっと前から変わらない『事実』。

 だけど……今の彼女は……

 今の彼女は、歩く事も出来ない。

 彼女は事故に遭ってから、全く笑わなくなり……

 口数も、少なくなった。まだ、彼女は自分が歩けない事を知らない、少なくとも和也も優治も、そして家族達も言っていない。だけど……

 だけど彼女は、とても頭が良いのだ。

 もしかしたら……

 否。

 彼女はとっくに、自分がそういう身体である事に、気づいているのだろう。

「……っ」

 和也は目を閉じた。

 その状態でも無論、自分は……

 自分は、彼女を受け入れる。

 だけど……

 だけど彼女は……

 彼女はきっと……

 きっと、優しいから……

「……っ」

 和也は閉じていた目を、ぎゅっ、と、さらに強く閉じた。


「はあ……」

 そんな和也の耳に、またしても優治のため息が聞こえた。

「お前ね、いつまでもそんな事ばかり言ってると、千奈津を他の男に取られちまうぜ?」

 優治がからかう様に言う。

「……他の男……?」

 和也は優治の顔を見る。

「ああそうさ」

 にやりと笑って優治が言う。

「あいつを狙ってる奴は、沢山いるんだぜー? 例えば今、お前の目の前にいるイケメンとかな?」

 優治が言う。

「イケメン?」

 和也は軽く笑って言う。

「……お前、鏡見た事があるのかい?」

「あるさ、だから言ってるんだ」

 ふふん、と。

 優治が笑って言う。

「……そうか、それは気の毒に、この病院には確か眼科も入っていたから、ついでに見て貰ったらどうだ?」

 和也がバカにした様に笑う。

「……何をぉ!?」

 優治が怒った口調で言う。

 和也はそれを聞いて、少しだけ笑う。

 この『親友』が……千奈津の事で、自分が悩んでいるのを見て、背中を押してくれているのだ。

 それは解る。

 だけど……どうしても……

 どうしても……

 自分には……

 一歩が……

 和也は目を閉じる。

 自分には、一歩が踏み出せないのだ。

 一歩が。


「ちょっと貴方達」

 声がする。

 年若い女性の声だ。

 和也と優治は、ゆっくりと顔を上げてそちらを見る。

 そこにいたのは、一人の女性だった。

 白衣を着、その下には赤い服を着ている。

 すらりとした長身に、肩の辺りで切りそろえた髪は、短くても黒く艶やかだ。

 顔には銀色の縁の眼鏡、その向こうには穏やかではあるけれど、何処か冷ややかな色が宿っている。

「ここは病院なんだから、もう少し静かにしなさい、それから……」

 女性が言う。

「この喫茶店は、入院患者か関係者以外の人間は入っちゃダメなの」

「はい」

 和也は頷く。

「すみません」

 和也は言いながら頭を下げ、女医の顔を見る。

「美作(みまさか)先生」

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