第一章:集まった七人

第2話

「……?」

 何処か遠くから、自分を見ている視線を感じた気がして、切原和也(きりばらかずや)は、思わずぴたりと足を止めていた。

 辺りを見回す。どんよりとした曇り空、街の大通りには、こんな空模様なのにも関わらず、沢山の人があちこちに向かって歩いて行く、誰も彼も、和也の事なんか見ていないし、気にしている様子も無い。

 それでも。

 それでも和也は、確かに、ほんの一瞬感じたのだ。

 遠い、とてつもなく遠い場所から和也を見ている『何か』の視線。

 それはまるで……

 まるで……玩具を見つけた子供の様な。

 否。

 それは……もっと別の……

 もっと……

 悪意に満ちた……


「おーい」


 声が響いた。

 振り返る暇も無く、ぐいっ、と首に腕を回され、そのまま抱きしめられる様に身体を密着させられる。

「ぐっ……」

 和也は思わず呻いていた。

「なーに変な顔してんだよ? 和也ー」

 朗らかな少年の声。

「……変な顔なんかしてない、っていうか離れろ」

 和也は言う。この少年は、自分にとっては無二の『親友』と呼べる存在ではあるが、こうしていつもいつも、何かというと自分にくっついて来る、まさか変な趣味でもあるんじゃ無いだろうな? と、和也は一瞬背筋が寒くなるのを感じながら思った。

「おい」

 友人の少年が、ちょっと怒った様に言う。

「言っとくけど、抱きつくのは俺の『癖』みてえなもんで、『そういう趣味』とかがあるわけじゃねえからな?」

 友人の少年の言葉に、和也はゆっくりと彼の顔を見る。

「良く僕が何を考えてるか解ったね?」

 和也はそいつに向かって言う。

「お前は考える事がすぐに顔に出るからな、解るんだよ、和也」

「……それは……」

 和也はその言葉に口ごもる。確かに、自分では意識した事が無いけれど、どうやら和也はそういうタイプの人間であるらしく、いつもいつも、考えている事をすぐに言い当てられてしまう。とりわけこいつは、和也にとってはずっと小さい頃から一緒に過ごして来た、所謂『幼馴染み』という関係だからなのか、すぐに和也の考えている事を見破ってしまう。

 そのくせ、和也自身は、この『幼馴染み』の考えている事をちっとも読めないというのは、何とも理不尽な話だ。

「それはすまなかったね、それよりも早く離れてくれよ」

 和也はじっと。

 『幼馴染み』にして『親友』の顔を見て言う。

「優治(ゆうじ)」

 その言葉に。

 『親友』、優治は軽く笑いながら、すっ、と和也の首から腕を離す。


 切原和也(きりばらかずや)。

 宇津木優治(うつぎゆうじ)。

 この街の高校に通う二年生。

 どちらも成績の方は今ひとつ、加えて遅刻やら授業中の居眠りやらが多く、教師達の評判はあまり良くない、それでも二人はいつでも朗らかで明るく、クラスの良いムードメーカーになっている、この騒々しいが明るくて楽しい二人組の事を知らない生徒は、二人の同級生の中にはいないと言っても良い。

 そして。

 この二人がいつも、放課後にはこうして『ある場所』に向かっている、という事も、既に全員が周知している。


「着いたー!!」

 優治が明るく言う。

「バカ、静かにしろよ……何処だと思ってるんだ」

 和也はさすがに咎める声を出した、近くにいた何人かの人が、あまりにもこの場所に似つかわしくない明るい声に、びっくりしたような顔で振り返る。

「良いから良いから、ほら、まずはあそこの喫茶店で『作戦会議』と行こうぜ」

 優治が指差したのは、建物に入ってすぐのロビーの奥、そこに設置された喫茶店だ。何人かの人間がソファーに座り、くつろいだ様子でコーヒーを飲んだりデザートを食べたりしている。

「あそこは『関係者』以外は使っちゃいけないって、こないだも言われただろ?」

 和也は言うけれど、優治は気にした様子も無く、和也の手を取った。

「誰もそんなの守ってないって、さあ行くぜ」

 そのまま強引に、優治は和也の手を引いて歩いて行く。

 和也は、少しだけ息を吐いて、優治の後に続いた。


 優治に手を引かれて歩きながら、和也はちらり、と視線を上に向けた。

 そこにあるのは、眩しいくらいの照明が取り付けられた、綺麗な天井だけ。

 だけど……

 和也は、目を閉じる。

 そうだ。

 『彼女』は……

 今日も、ここに一人で入院しているのだ。

 この……

 この、『総合病院』に。

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