第3話 出会い〜スローモーションの景色〜

「また会いましたね」


 穏やかな声が、私の耳をとらえて離さない。

 いつ頃からだろうか。

 何故か彼に良く出会うようになった。

 通勤電車でたまたま見かけて以来、偶然は私たちを引き合わせるかのように良く訪れた。

 

 ある時は通勤途中の雑踏の中。

 ある時は書店の中。

 ある時は満員電車の中。


 そう言えばこの前、朝通勤中の電車内で倒れそうになったところを、偶然乗り合わせていた彼が助けてくれた。

 いつも見かける、目元の涼しげな男性だ。

 癖のない艷やかな黒髪。

 見上げると視線があうような身長差。

 顔もルックスもまあまあで悪くない。

 爽やかな好青年という感じ。


 ある日の帰り道、まるで打ち合わせたかのように、私は彼と同じ電車に乗り合わせた。向こうもちょうど仕事帰りだったのだろう。


「ひょっとして、今帰りですか?」

 

 正直心臓が飛び跳ねるかと思った。何かばくばくいってるんですけど。


「俺も今帰りなんですよ。途中まで、一緒に帰りましょうか」

 

 不思議だ。

 偶然にしては出来過ぎだ。

 大丈夫だろうかという不安がゼロとは言い切れない。

 でも、何故かいつも一緒にいるような安心感を彼には感じて、正直悪い気はしなかった。


「ええ。ご一緒しましょう」


 電車の中の温度が妙に高くなった気がした。暖房なんて入っていないはずなのに。

 いつもどこか退屈気味だった退勤時間に、突然舞い込んできた“偶然”。

 私の平凡に割り込んできた、優しい侵入者。

 ゆっくりと落ちてくる夜のカーテン。

 窓から見える景色はいつもと違ってどこか緩やかだ。

 何かが不意に背筋を抜け、甘く走ってゆく。

 お互いに名前さえ知らないのに、いつの間にか気になるようになっていた。

 彼の優しそうな目が、 私に微笑みを投げかけてくる。

 遠くから見守ってくれるような、あたたかい微笑みだ。

 

 ◇◆◇◆◇

 

 あれからどれ位経ったのだろうか。私はあっと言う間にタメ口になったけど、レイジさんは変わらず丁寧語のまま。

 二十五の私より二つ年上なのに。

 何故だろう?

 良く分からないけど、それが彼のスタイルなら良いかな。


 そんなことをあれこれ考えていると、肩に手を置かれる感触と重みで私はふと我に返った。


(やばっ! つい考えごとをしてしまったけど、まだ仕事中だった! )


 私は急いで脳内を現実に戻して振り返ると、同僚であるアリサの顔が見えた。彼女の顔がどこかニヤついてるように見えるのは、私の目の錯覚だろうか?

 

「ふふふ……マリアったら、何を考えているの? ひょっとして……例の彼氏のこと?」

「例のって何なのよ……てか、まだ勤務中だよアリサ」

「あと三分じゃない。おカタイこと言わないの。もうみんな片付けに入ってるわ。そんなことよりねぇマリア、今日のお昼さぁ例のお店に行かない? ここの会社の近くに出来たばっかりの喫茶店。私、あそこのサンドイッチが無性に食べたくなっちゃった」

 

 ……と言いつつ、恋バナ好きな彼女のことだ。きっと私に色々探りを入れようとする魂胆だろうなぁ。別に隠すことではないしまぁ、別に良いかな。私もあのふわふわ卵がたっぷりと入ったサンドイッチ食べたいし。


 そこで彼の笑顔がふと脳裏に映った。ここの会社と彼の会社、最寄り駅は同じだけど結構距離はあるんだよね。

 

 (……あの喫茶店、レイジさん知ってるかなぁ? 今度誘ってみようかな……)

 

 私はパソコンを閉じながら、密かに休日の計画を立てた。

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