第2話 出会い〜桜開花宣言〜

 あれはいつ頃だっただろうか。

 通勤途中の電車の中で、俺はあの人とたまたま目があった。

 他にもたくさんの乗客外いる車内での出来事だった。

 どちらもすぐ視線を外したけど、何だか不思議な感じがした。何かに引き寄せられるような、そんな感じだった。今までそんなことを感じたことはなかった。


 窓の外は、走るように過ぎ去ってゆく風景。

 それだけは、普段と変わらない光景なのに。


 (何故だろう? )

 

 少し緩めのパーマをかけた、セミロングのダークブラウンの髪。

 ぱっちりとした濃褐色の瞳。

 少し小作りな顔。

 薄化粧に、小さな口元には桜色のルージュ。


 (綺麗な人だな……)


 それが、あの人を見た最初の印象だった。


 だが、慌ただしい早朝だ。

 通勤途中で偶然綺麗な人を見かけた。

 ただ、それだけのこと。

 十歩も歩けば忘れてしまうこと。

 名前すら知らない、二度とあうこともないだろう、見知らぬ人。

 最初は、そう思っていた。


 だが、何故かその偶然が続いた。


 ある時は通勤途中の雑踏の中。

 ある時は書店の中。

 ある時は満員電車の中。


 何故かあの人に良く出会うのだ。


 (これは一体……何かのいたずらか? )

 

 度重なる偶然に、つい俺はあの人と何かの縁を感じてしまった。


 彼女の姿が、何故か心に残る……。


 ある時、通勤電車で俺はあの人と同じ号車に一緒に乗り合わせた。吊り革も握れない位に凄く混んでいる車内で、ぎゅうぎゅう詰め状態だ。そんな中、突然急ブレーキがかかった。


「あ!」


 (危ない! )


 バランスを崩してよろけそうになったあの人の肩に、俺は思わず手をかけた。彼女の身体は勢いそのままに俺の胸に飛び込んできた形となり、周囲に柑橘系の爽やかで、優しい香りがふわりと漂った。ダークブラウンの髪が俺の頬をくすぐり、布越しに伝わってくる温もりと柔らかい感触に、心臓がどきりと強い音をたてる。


 その時、身体が密着していたのに気づいたあの人が、少し慌てた様子で身を離した。緊張しているのだろう。声が少し震えていた。


「あら、やだ私ったらごめんなさい! 痛かったでしょ!?」

「大丈夫ですよ」

「支えて下さって、ありがとうございます」

「いいえ」


 (優しそうな声だな……)


 その時交わした言葉はそれだけだった。だけど、俺はあの人のことが妙に忘れられなかった。少し恥ずかしそうな顔をしていたあの人のことが――。


 ◇◆◇◆◇


 俺達の出会いはこんな形だった。

 それからまた偶然が続き、二人の間でやり取りがいつの間にか始まっていた。

 交際の申し込みはこれと言ってしていない。

 俺からも、あの人からも。

 ごく自然な成り行きで連絡先を交換するようになり、現在へと至っている。

 時々一緒にでかけたり、一緒に食事をしたりする、そんな気楽な仲だ。

 友人からは


「おいレイジ。お前彼女出来たんだろ? 最近オレと付き合い悪いしな。隠していないでオレにも紹介しろよ」


 と肘で突かれつつ良くせっつかれるが、正直自分達のやり取りが交際にあたるのか、いまいち良く分からない。


 その時だった。スマホが震え、新しい通知を知らせてきた。


「今凄く桜が綺麗なの。ねぇレイジさん、次の日曜日、一緒にお花見に行かない?」


 あの人からだった。

 三週間前に会って以来だ。

 きっと仕事が忙しかったのだろう。

 俺の指は踊るように即快諾の返事を送った。


 マリアさん。俺は、あなたの笑顔が見たい――。

 頭の中は、ただそれだけでいっぱいだった。


 

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