4
高山圭は昔から、よい子だった。
人の言うことはよく聞いたし、成績は優秀だったし。誰からも愛される存在で、なるべくなら自分もそんな世界を愛したいと思っていた。
中高とバレー部のキャプテンを務めた。理由は背が高いからと親に勧められて。実際背の高さは彼を救ったし、彼の才能を助けた。けれどプロになれるくらいうまいわけではなかった。ただ人並みよりちょっと優れているくらいだった。彼はそれが自分の限界だと感じていたし、他人もそれを許した。だからなるべき彼も他人を許したいし、そうでありたいと思っていた。彼は骨の髄までよい子だった。
そのよい子が、自分の思うとおりにならないと憤慨している。ゆりもすずも、そして世界もタカシゲもなぜ自分の思うとおりに、みんなよい子でわきまえないのか、と憤っている。
――けれどそれはよくない考えなんだ。それにどうせ圭自身も保てなくなる。例えば、ほら、こんな風に。
「……!!」
べっとりとした精をティッシュペーパーに出して圭はため息をつく。
ゆりと付き合ってから、圭はすずでオナニーしてばかりいる。こんなことは今までになかった。
もう一度ため息をつく。
すず。
……すべてが愛おしい。
けれど……。
自分にはゆりがいる。だから……。
「……」
だからこそ燃え上がる。すずを強引に手に入れたくなる。何もかもをぶちこわしてすずに精を注ぎたくなる。
そう、なにもかも、ぶち壊せたら。
けれどそれはよくない考えで。
よい子の自分にはできないことだった。
タカシゲはまだ戦っていた。
断られても断られてもプロムの相手として女子にアタックをかける。三年だけにとどまらず、声かけは下級生にも及んだ。それでもだめだった。エロシゲの噂は何よりも素早かった。
そしてある日、ついに心が折れた。放課後、校舎の誰もいないところでうずくまる。
疲れた。やはり自分はエロシゲなのか。
エロシゲでいられることをいいことにセクハラじみたこともしてきた。
それが悪かったのか。それはいけないことなのか?
でも女子は美しくて、エロくて、セックスしたくて。
心が、体が、どうしようもない。
「探していたけど、いざ探すとなると見つからないなんて、あなたってほんと迷惑な人ね」
「ドラゴンか……」
顔を上げるタカシゲ。そこにはドラゴンこと水原ゆかり生徒会長が立っていた。
「そして泣いてるあなたはもっと迷惑」
「……」
「どっちにしろ迷惑なんだからせめていつも元気でエロくありなさい」
「でもみんながそんな俺を嫌うぜ」
「このおばかさん」
生徒会長はタカシゲの真ん前に立つ。
「?」
「自分が自分を好きであればそれでいいじゃない」
「けれどもう無理なんだよ。だってプロムがあるだろ。あれで自分がただのスケベのセクハラ野郎って白日の下にさらされる。下級生にも迷惑をかける。もう、きついんだよ。降りたいんだよ」
生徒会長はタカシゲの隣に座る。そしてぽつりと言った。
「エロシゲさ。いつか私を誘ってくれたことあったわよね」
「ああ、あれは冗談で」
「受けてあげる」
「え?」
聞き返すタカシゲ。生徒会長ははず改組巣にもう一度言った。
「受けてあげる」
「慰めか?」
「いっちょ前に」
生徒会長は軽く笑う。
「だったら受けないぞ」
すねるタカシゲに生徒会長は少し考えて言う。
「うーん、私ってドラゴンじゃない?」
「はい?」
「ドラゴンに恋のお誘いをかける男子ってあんたぐらいなのよね。実際」
「……」
「だから受けようって。この人は自分を特別視しないんだって」
「あれは冗談だって……」
「ううん、ふざけてくれる人すら私にはいないの。だから」
「……」
「受けてくれない?」
「ほんとに……ドラゴンが?」
「ほんと」
諭すように生徒会長。タカシゲの感情が爆発した。
「ほんとか! 俺エロいこといっぱいするぞ!」
「そんなにエロい体じゃないけど、したいなら、いいわよ」
「ほんとか、ほんとだ!」
「気安く触ってるんじゃない!」
「いて!」
「……まあ、プロムが終わったらね」
そう言って生徒会長はタカシゲをひっぱたいた手でお別れのゼスチャーをすると立ち上がり、歩き去って行ってしまった。
「あー恥ずかし」
去り際に小声で言う。生徒会長は顔を耳まで真っ赤に染めていた。
圭はとうとう、土壇場になってゆりとの関係を清算することにした。放課後呼び出し、別れを切り出した。
「ずっと夢を見ていたんだね。私」
ゆりは実際夢見るようにそういった。そんなゆりに圭はごめんともいえずに声をかける。
「……いままでありがとう、ゆり」
「圭のバカー!!」
その言葉を聞いて、ゆりは圭の頬をひっぱたいた。こうして半年続いた関係はあっけなく破壊された。
「……」
ゆりはそのまま行ってしまった。圭は唇をかむ。
何のための破壊か。
新しい関係を築くための破壊だ。
だから作らなくてはならない。いますぐ。いますぐ。
「ごめん。あたし、プロムには出られないよ……」
なのに、なんで、なんで。
「けーちゃん。ごめん……」
その足ですずの家に向かった圭は、思いもしないすずの拒絶に困惑してしまった。
「諦めないんじゃなかったのか」
つぶやくように言う圭。走ってきたから喉がカラカラだった。
「……ごめん」
ひたすらに謝るすずにとうとう圭は爆発した。
「どいつもこいつも! 謝ってばかりで、理由を説明しろ! 俺は言ったぞ! ゆりに言った! お前のことが好きだからって、お前とはプロムに出られないって。俺は言った。だからお前も話してくれ!」
「……」
「その理由を話してくれ……頼む」
すがるように、圭はすずに言った。すずは顔を赤らめると覚悟を決めた。
「上がって。見ればわかるから」
上がった家にはすずの母親がいたが、すずの決死の表情を見たのだろう。何も言わずに圭を通した。圭も頭をぺこりと下げるだけして、すずの家に入る。
「あたしの部屋で待ってて」
そう言い残してすずは部屋を出て行ってしまう。
圭は一人すずの部屋に取り残された。
すずの匂いがする。息をするだけですずの匂いが入ってきて、それが少し圭の心を落ち着かせた。呼吸を整える。
そしてすずの母親に礼を失したかなと今更思う。これじゃあどこかの不良のあんちゃんだな。
でももうすぐだ。もうすぐだ。よくわからないがもうすぐすずが手に入る。そんな思いだけが今の圭を突き動かしていた。
ドクドクドク。
心臓の音が速い。
圭はまるで一個の獣のようだった。
やがて、ノックの音がして。
「すず?」
「うん……」
その言葉とともにドアが開いて、パーティドレス姿のすずが現れた。
「これがあたし……。今のあたしなの……」
そういって背中を見せる。それで圭はわかってしまった。すずの肌には……。
「わかったでしょ。日焼けの跡、残っちゃってる……おまけにこすったら、肌がボロボロになって、見られたもんじゃないの……」
「すず……」
「こんなんでけーちゃんの隣歩けない……ゆりにも見せられない……こんな醜いあたしが圭を奪ったなんて……!」
「……」
萎えた。中折れだ。台無しだ。日焼け跡が最高だったのに。こんなにボロボロにしやがって。
(うるさい)
醜いなぁお前。がっかりしたよ。せっかく焼いた肌なのに。
(うるさい)
こんなふうになるなら、もっと早く言っておくべきだった。お前の日焼け跡、サイコーだったって。
「うるさい! うるさい! うるさい!」
とうとう圭は実際に叫んだ! 虚空をにらんで不快な考えと対決する。
(誰もが不器用に生きてるんだよ! それを醜いだとか、萎えたとか言うな! そんな奴は俺が行って殴ってやる。いますぐ俺が行って破壊してやる! すべてを! すべてをだ!)
(壊してやる! ぶっ壊してやる! よい子のフリはもう終わりだ! なにもかも! なにもかもをだ! 壊して!)
壊して……?
(そうして、俺はすずを……)
「手に入れる!」
「けーちゃん……?」
「ああごめん。ちょっと自分を殺してた」
「?」
不思議そうに首をかしげるすず。圭は改めてすずに向き合うと言った。
「きれいだよ。すず」
「嘘」
「ああ、そうだ。ごめんな」
確かに嘘だった。圭は謝った。
「けーちゃん……」
「でもプロムはお前とでたいよ」
そして本心を言う。
「……」
「もっと肌隠したドレス、探そうぜ」
「……」
「それなら、いいだろ?」
「でもせっかく借りたドレス……」
「探そ」
「はい……」
うなずくすず。そんなすずを圭は呼んだ。
「こっち来て」
「うん……」
圭はやってきたすずを抱きしめた。そのままキスを交わす。
「上手だね」
唇を離して、すず。
「初めてだよ」
本当のことを言う圭。
「うそ……」
「……信じて」
「信じる……」
もうどちらでもいい。口づけを交わす。もうどちらでもいいってくらい何度も。何度も。
こうして、すずと圭はプロムに出ることになった。
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