3
季節は秋になっていた。圭とゆりはなんとなく付き合っている。とはいえ、まだ帰りに映画を見るとか、図書館で一緒に受験勉強をするとか行ったその程度だ。副生徒会長と書記の仲はギクシャクしたままだ。
生徒会長は、そんな二人の関係に、一人、頭を抱えていた。
「いい加減仲直りしなさいよ、あんたたち」
「別にけんかしてません」
「僕には理由がわかりません」
のれんに腕押しといった状況に生徒会長は困り果てていた。なんだかんだ言って仕事をちゃんとやってくれている二人のことを信頼していたのである。絶対に口には出さないけど。
「はぁ……」
ため息をついてしまう。楽しくない。楽しくないことは悪いことだ。だから。楽しくする。それがモットーの生徒会長も、人の内面まではさすがに踏み込めないというのが本当のところなのである。とはいえ……この状況を打開しなければプロムの成功はおぼつかない。生徒会長は顎を組んだ手に乗せる。
「あんたたち、仲直りのセックスしなさい」
「はぁ?」
「ええっ!」
「ああごめん、思わず口に出しちゃった」
「ひどいものいいじゃないですか」
「あんまりですよ会長!」
「ごめんごめん、私、気まずいし恥ずかしいから帰るね! あとよろしく!」
二人の避難の声をよそにひゅんと消える生徒会長。あとには気まずい二人が残された。
「あれだけ勝手な物言いができるのがうらやましい」
「どうせ、会長のそういうところが好きなんでしょ?」
「え?」
「このドマゾ!」
書記は悪態をついた。副生徒会長の顔が紅潮する。がらり、副生徒会長は椅子から立ち上がった。言う。
「なんだと……」
「やるかーっ! かかってこいっ」
書記も立ち上がりファイティングポースをとる。それを見てはっと悟ったように副生徒会長は首を横に振った。
「……やめだ」
「なんで」
「なんか今意識させるようなこと、わざと言わなかったか?」
「べっつにー」
「いや、言った」
「……言ったらどうだって言うのよ」
「意識した」
「意識したらどうだって言うのよ!」
書記はしだいに声を荒げるが、副生徒会長は書記のそばに寄ってきてまだ拳を握りしめている手を恐る恐る取る。書記も手を引こうとはしなかった。手は握りを変え、二人は手をつなぐ。書記は副生徒会長の次の言葉を待つ。
「結婚しよう」
「はやっ!」
「でも好きになったら結婚だろ?」
「それは最終的には……そうだけど……。とにかく私が悪かったわよ!」
いきなり謝る書記。
「え、謝るの? 何をさ」
「その……、言わせちゃって、ごめんって」
書記はすまなそうにそう言うと言葉を続ける。
「私が言うべきだったのに、意地張っていえなかった、一生いえないと思っていた。それを言ってくれた。だからごめん、ありがとうだよ」
「……」
「……」
それからは互いの目を見つめ合う。それだけで二人幸せだった。しんと静まりかえって生徒会室、残るのは二人だけ。
「そろそろ、仕事に戻ろうか」
「うん……」
ようやっと二人は離れそれぞれの席に座る。
「……君のこと、大事にするよ」
副生徒会長は言った。
「ありがとう。でもどうせ最後は結婚するなら……ここで一発いっておく?」
書記はそう言って、そっとスカートと太ももの境目に手を当てた。
一方、圭とゆりのカップルである。
二人は特に進展もなくだらだらと続いていた。
すずはやきもきしていたが、圭はゆりと別れるそぶりも見せず、暇ができたら二人は映画を見たり、ショッピングモールで買い物したり、ファストフードを食べたりした。
そんなんで彼女づらかよと思うむきもあるだろう。しかしそんなことで喜んでしまうのが、秋頃の皆沢ゆりなのであった。それになにより高校三年生は受験を控えている。そんなにおおっぴらに遊ぶことはできなかった。
夏の大会が終わった後、特に推薦とかはもらえなかったので圭は家で二時間は勉強してるし、塾にも通い出した。
ゆりも推薦からははじかれたので、あわてて短大の受験勉強に切り替えた。
すずも同様だった。しかしすずは四年制の大学、しかも圭が第一志望の大学を密かに狙う。
高校で負けても大学で取り返す算段だった。けれど、プロムをまだ諦めたわけではない。なにしろ高校最後の大イベントである。絶対に逃すわけにはいかない。ゆりとすず、二人の水面下での戦いは続いている。
そして時は進みクリスマス。圭の塾にはクリスマス模試という素敵なイベントがあったので予定はあいにく塞がっていた。すずは内心喜び、ゆりは進展するチャンスを逃したと悔し涙を流した。別にセックス! というわけではないが、キスぐらいしたかったというのが本音である。
正月も明けて、プロムに参加する生徒は衣装を選び始めた。男子は貸し衣装で大体済ませることにしたが、女子の方は親がかわいい娘のためとお金を出して買ったり、母のお古をいやいや着たり、いとこや親族からパーティドレスを借りたりもした。
親族から衣装を借りる。すずもその一人だった。送られてきた衣装を見て頬を染める。
「これ、あたしが着るの……?」
豪華な真珠色のパーティドレス。背中の切り込みは深く、胸も大きく開いている。親族はアクセサリーまで贈ってくれた。そのパールネックレスは衣装になじんで、きっと着た人間の肌を美しく彩る、だろう。
「でも……あたしは……」
すずは水泳で日焼けしてまだ元に戻らない黒い肌と競泳水着の跡を見ながら思う。水泳部三年は十月まで水着で泳いでいたのだ。日焼けの後はまだまだ色濃く残っていた。
「こんなんじゃ、きっと笑われる……」
「いっそ跡がなくなるまで焼いちゃおうかな」
「でもそれも……」
「どうしたらいいんだろう……?」
すずは悩み、ひとり涙を拭った。なんだか、自分の体が世界から嫌われているようだった。
「だから付き合うとか、だれそれが好き! だとかみんな面倒なんだ」
そして、それが圭の心の奥底の叫びであるし、実際にタカシゲに向かって言った言葉でもある。
「でも、俺も俺たちもいつまでも今のまんまじゃいられないんだぜ」
それに応えてタカシゲがいう。そしてポテトをひとつまみ。
ふたりは圭の家で勉強をしていたのだ。とはいえタカシゲは半ば遊びに来たようで休憩時間を長引かせようと、圭のどうでもいいような愚痴にあえて乗ってみる。
「それはわかるけどさー、なんか面倒なんだよな」
椅子に深く身を沈めて圭。
「じゃあ別れちゃえば」
素っ気なくタカシゲ。
「なんかそれも悪いしな」
「おまえの気持ちだろ」
しゃっきりしない圭の言葉にタカシゲがやや語気強めに言う。
「そうなんだけど」
「もてるうえに付き合ってる人がいる、むかつくやつだ」
「恋人がいるからこそわかるつらさもあると知ったよ。こういうこと言うとさらにむかつかれるだろうけど」
「やれやれ、マジでむかつく」
バリボリボリ。タカシゲは本当にいらついているようで、ポテトの残りをつかんで強引に口に入れた。
「それよりプロムだが」
圭は話題を変えた。
「おまえからふってくるなんて珍しいな」
「相手決まったか?」
「まだ、だ」
「そうか……じゃあ」
「すずちゃんを推すなんてことはするなよ」
先手を打ってタカシゲは言った。
「俺は自分で、自分の手で相手を見つけてやる」
「でも下級生が困るだろ?」
「知ったことか、俺は俺だ!」
言葉のエスカレーションに二人は若干にらみ合い、やがて両者ため息をついた。
「はぁ、勉強、続きするか」
「ああ」
こんなことを話しているくらいなら、勉強でもしていた方がましだ。二人の意見は一致した。
そして圭は心の中で思う。
「だからつきあうとか、だれそれが好きだとか、本当に面倒なんだ!」
と。
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