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 一方、素っ裸でシャワー浴びてる女子バレー部の面々。

 すでにプロムの話は女子の間には周知されていた。シャワールームはその話で持ちきりである。

「うちらは大変よね」

「なんでなんで?」

 よくわかってない部員が聞く。背の高い部員が説明した。

「うちらより背の高い男子、あんまいないじゃん」

「やっぱり背の高い男子にエスコートされたいよねー」

「ですよねー、皆沢部長」

「うるさい」

 ゆりの一喝。女子部員は震え上がったがすぐになだめにかかる。

「か、からかってなんていないですよ部長。ただもうお似合いの人がいるじゃないですかって言いたいだけで」

「そうそう、男子の圭部長!」

「圭部長なら皆沢先輩より高くてお似合いですよ!」

「あーもう、うるさい! 一緒にでられるかさえまだわかんないのに!」

「す、すみません……」

「今日も会話するの失敗しちゃったし! ちょっと強く当たっちゃたし! だめだよ、こんなんじゃ……」

「部長……」

「だめだ……私……」

 胸の前で拳を握るゆり。そう、皆沢ゆりは高山圭のことが好きなのであった。そんなゆりの背にのんきな女性の声。

「ゆりちゃーん」

 椎野すず。高山圭の幼なじみで女子水泳部の部長。誰にも気さくな、ゆりの恋敵。

 いやそう思っているのはゆりだけだけど。

 すずはゆりの隣に来ると肌に張り付いた競泳水着を皮を剥がすように脱いで床に落とす。処理されたアンダーヘアがゆりの目に映った。

「処理してるんだ、下の毛」

 つぶやくように言う。シャワーを浴びてるのに喉がカラカラのような気分。

「まあ、水泳部はね」

 一方あっさりを答えるすず。

「そうよね……」

 何を気にしてるんだろう、ゆりは思いシャワーに視線を向ける。そんなことですらでる悔し涙を隠すためでもある。

「でも、夏だけだよ」

 ゆりに何かしたのかと思い、すずは小声で言った。二人並んでシャワーを浴びる。

 身長はゆりの方が5センチぐらい高いだろうか。けれども肩幅はすずの方が広い、さすが水泳部部長と言ったところか、見事な背中と胸の筋肉を載せていてその上にわりと大きめの乳房が張り付くように乗っている。まあゆりの方が胸はでかいのだが。


 そしてそんな胸の話から置いてけぼりされてしまうかわいそうな胸をお持ちなのがスタスタと生徒会室への道を歩く水原ゆかり生徒会長である。

「あぶなかった……私……」

 脳裏にはタカシゲの誘いが焼き付いている。

「ぐいと迫られちゃうと断れないのよね私……」

「まあ断る理由もないんだけど、危なかった……」

 そう思いながら歩いて、ふと足を止める。

「断る理由……ないんだ、私……」

 息が止まる。世界がガラガラと崩れそうになる。タカシゲのことで頭がいっぱいになる。生徒会長はそれを必死に食い止めた。

「だれもぐいぐい私に来ないのが良くない!」

「だからあんな、おとぼけエロシゲと!」

 一人かんしゃくを起こし、スタスタスタと歩いて生徒会長であった。


 舞台は女子のシャワーに戻る。

「決めた! 決めた決めた!」

 唐突にゆりがシャワールームで叫んだ。ゆりは決めたのだ。そう、ここで苦しんでいても何も解決はしない、と。

「な、なにをですか先輩?」

 突然の叫びに後輩が聞く。

「私 高山に告白する!」

「いつですか」

「今すぐ!」

 そう言って、裸のままのしのしと歩いて行くゆり。すずはと言えばそんなゆりの後ろ姿を見送るしかできない。それをみてざわざわとざわめき出すシャワールーム。

 ゆりは初戦を決めたのだ。すずの機先を完全に制した。


「どーするんですか、すずさん」

「とられちゃいますよ。圭先輩、うちのキャプテンに」

 けらけらと笑いながらバレー部のほかの部員。

 そんな中、全裸のすずはただひたすら口をぽかんと開けるしかできないのだった。


 そして。

「高山ー!!」

 叫びながら高山たち二人に走り寄ってくるゆり。

「なんだよ」

 だるそうに振り返る圭とタカシゲ。

「好きだ!」

 圭の前まで来ると、ピタリと止まり、高らかにそう宣言した。

「はぁ?」

「私と付き合え! そして一緒にプロムに参加しよう!」

「俺もいるのに高山に告白だと……?」

「うるさい、お前は見届け人だ!」

「は、はい!」

 ゆりの剣幕に、思わず直立するタカシゲ。ゆりは圭に迫る。

「で、どうするんだ?」

「えっと、いったん保留で」

 圭は言う。ゆりは首を横に振った。

「だめだ、今決めろ」

「じゃあお断り……」

 圭は言う。ゆりは首を横に振った。

「それもダメだ。受け入れろ」

「受け入れる以外の選択肢は?」

「ない!」

「……すげー」

 ゆりの怒濤の押し込みに感嘆の声を上げるタカシゲ。

 一方の圭はどうすればいいのかわからない。助け船はないかとタカシゲの方を見るがタカシゲは目を閉じて首を横に振った。あきらめろのサインだ。しかたない。圭は覚悟を決めた。

「じゃあ……しょうがないかぁ、なぁ……」

「え?」

「いいよ。別に」

 圭にしてはあっさりと言う。

「ほんとに!?」

「う……まあそれしかないんなら」

「やったー!!」

 叫ぶゆり。

「でも付き合うと言われても何すればいいかわかんないぜ」

「とりあえず、一緒に帰ろう!」

 戸惑う圭の言葉に目をキラキラさせながらゆり。

「皆沢、おまえの告白と結実、確かに見届けたぜ、じゃあお邪魔虫はここで……」

 むにゃむにゃとそう言ってタカシゲは去ろうとする。それを圭が引き留める。

「まてよ三人で帰ろうぜ。俺、何したらいいかわかんないし!」

「だめだよ、それは」

 けれども、タカシゲは寂しそうに笑う。

(タカシゲー! タカシゲー!)

 圭の心の中でかつてないタカシゲコールが沸き起こるが、たしかにそれはダメだろうとは圭もなんとなく理解していた。

(だから付き合うとか面倒なんだ!)

 圭はそう思ったが、しかたない。圭は諦めてゆりと初めての帰路についた。


 

 帰り道、ゆりとの初めての寄り道で本屋とファストフードをつまんでしまい、圭が家に帰るころには日が落ち始めていた。ゆりと別れて自宅の前まで来ると、のっそりと大きくて黒い影が圭の家の前に立っている。なんてことはない、人影は日焼けしたすずである。すずは圭を待っていたらしい、呼びかけてくる。

「けーちゃん」

「やめろよ昔の名前呼び」

 そういうときは何かお願いがあるときって決まっているのだ。圭のすずセンサーがビンビンに反応していた。きっとこれは良くないお願いだ、と。

「ちょっと話さない?」

「ここで?」

「公園行こ」

 家族には話せない話か。圭は了解し、すずと一緒に近くの公園に向かった。


「プロムのこと」

「ああ……」

「けーちゃんは誰を誘うの?」

「あー……。そういえばあれ、参加しなくちゃいけないだろうな」

「悪辣な罠だよね。今後の部活のことを考えたらでないわけにはいかないもん」

「まったくだ」

「でもでるからには相手決めなきゃ」

「そうだなぁ」

「で、けーちゃんはどっちにするの?」

「どっち?」

「ゆりちゃんとあたし、どっちをプロムに誘う?」

「それは……」

「告白、受けたんでしょ?」

「まぁ……」

「あたしも、けーちゃんとでたいな」

「すず……」

「遅れちゃったけど、好き! あたしと付き合ってください!」

 頭をさげるすず。

「けーちゃんのこと好き! 告白って先着順じゃないよね?」

「うーん……。まあ、そう、かも、でも……」

「付き合うって言っちゃた?」

「まあそれしか選択肢がないって言うから……」

「そこを断るのが男じゃない!」

「うう……」

 まくしたれられて、さすがの圭もひるんだ。

「けーちゃん」

 すずは圭の目を見て言う。

「すず……」

「あたし、あきらめわるいから」

 そして息をすう、と吸う。

「ぜったいプロムにけーちゃんとでるから!」


 そう言い捨てるとすずは走り去っていってしまった。圭は追いかけようにも追いかけられず公園で一人立ちすくむ。

(だから付き合うとか面倒なんだ!)

 そう思いつつ。


「どう、進捗は」

 一方こちらは生徒会室。生徒会長は副生徒会長から報告を受けていた。

「タキシードとかパーティドレスとか用意できないと苦情がガンガン届いてます」

「このあたりの貸衣装の店を回って方で何割かまけるように交渉したんだけど、だめ?」

 生徒会長は言うが副生徒会長は首を横に振った。

「だめです。それでも高すぎます」

「女子はともかく男子は制服じゃだめなんですか。葬儀の時も学生は制服で大丈夫ですよね」

 書記が口を挟む。

「制服は見慣れてるでしょ、ときめきがないわ。それに男子だけ制服というのも不平等じゃない」

「しかし、お金かかるうえに予算配分に影響が出るとなると心の底まで恨まれますよ。そんなパーティ開いて楽しいですか? 会長?」

「うう……。わかった! 私がなんとかする!」

 書記の言葉にしばらくの間うなってた会長だが、やがて解決案を見つけたのか、姿勢を正して咆哮する。

「なんとかするってどうやって……」

 書記の言葉に生徒会長はない胸をぽんと叩く。

「この生徒会長に名案があります」


 三日後。


「あああああ! 何やってるんだ生徒会長はこっちに来ないで! 仕事が、苦情が、山のように来てるのに!」

 頭を抱えて副生徒会長。そんな副生徒会長をなんて可愛いいんだろうと思いながら書記は言った。

「ほら、悲鳴を上げない。会長から、裁量権は与えられているから、少しずつかたづけましょ?」

「うう、わかったけど 終わるかなぁ、最終下校時刻までに……」

 副生徒会長がぼやいているとがらりと生徒会室の扉が開き、現れたるはドラゴンゆかりこと生徒会長。開口一斉こういった。

「みんな、待たせたわね!」

 そして大きくブイサイン。言葉を続ける。

「予算ぶんどってきた」

「どこから?」

 書記が聞く。

「国から」

 生徒会長は答えた。

「国ってマジかよ」

 驚いて副生徒会長が言う。

「まあ厳密にはお金じゃないんだけど、プロムに参加する男子のタキシード貸し出し代と女子のドレス貸出料、全額無料になる」

「すげー」

 心の底から感心して副生徒会長。

「どうやってもらってきたの」

 書記も知りたくなって尋ねる。

「少子化対策にご協力をってね。学校のプロムなら酒類も出ないし先生の監視の目もある。安全な青少年の出会いの場! ってアピールしたらモデルケースとして通った」

「通るのかよ……」

 公務員志望の副生徒会長が顔に手を当てる。

「そのかわり」

「ああ、何かあるんですね」

 書記が諦めたように言う。

「データを色々ととるみたい。それのとりまとめ、よろしくね」

 書類の束をどんと副生徒会長の机に置く生徒会長。

「あああああ!」

 副生徒会長は今度こそ悲鳴を上げた。




「ひどいひどいひどいひどい」

「はいはい、ひどいひどい」

「横暴横暴横暴横暴」

「はいはい、横暴横暴」

 副生徒会長の恨み節をいなしながら書記は副生徒会長の仕事を手伝っている。ブツブツとつぶやく副生徒会長だが、やがてとんでもない言葉が飛び出した。

「これでプロムに会長を誘えなかったら恨むぜ」

「え……」

 書記の手が止まる。

「やっぱ出るからには会長と並びたいよなぁ……」

「私帰る」

 唐突に立ち上がる書記。

「なんでさ、今まで手伝ってくれてただろ。これでも感謝」

「なんではそっちよ!」

 書記はそう叫ぶと荷物を持って出て行ってしまった。



「あきれた、あきれたあきれたあきれた!」

「ドマゾ、ドマゾドマゾドマゾ!」

 一人帰り道を急ぎながら独り言を言う書記。いなす人はここにはいない。

「……」

 やがて怒りは悲しみへと変わった。

「わたしってなんなんだろう……」

 そりゃきれいじゃないし、背も高くないし、胸もでかくないし、だけど。

「それなりに、一生懸命だったのになぁ……」

 なにが一生懸命だったのか知らないが、涙ながらに月を眺める書記。もう名前ですら呼ばれない。

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