第27話「私は、君と『現在』を生きているから。」
夏目先輩の演奏会から、1年が経とうとしていた。ケイは、あれからなんだか様子がおかしい日々が続いている。別にずっと落ち込んでいるわけじゃない。でも、何かぼーっとしていたり、1人で出かけて夜まで帰ってこないことが多々ある。この生活になってからもう4年近くになるし、互いの生活にとやかく言うつもりもないし、言ってもこなかった。それでも、私たちはそれまでの3年間とはまるで違う雰囲気になっていた。多分、夏目先輩も春人くんも、相馬くんだってケイの異変に気づいているから。
3ヶ月くらい前に、春人くんがケイを問い詰めたことがあった。ケイは驚いている素振りをみせていたけど、自分が問い詰められる理由は分かっていたと思う。でもケイは、『何でもない、心配かけてごめん。』の一点張り。春人くんは少しイライラしていたけど、私も夏目先輩も深くは突っ込まなかった。いずれケイから話してくれるって、信じてたから。
一方で、共存エリアはますます成長してる。エリア零だけでなく、他のエリアも開発が進み、文化交流も順調みたい。正直、私たちが成し遂げたかったことって、もう成功してるって言っていいんじゃないかって思う。まだまだ居住惑星には人口が残っているけれど、無理矢理彼らを地球に招いたりしないし、それは私たちも望まない。でもこのままの調子なら、どんどん人とヒューマノイドの共存は進んでいくと思う。もちろん、これからだっていくつも障壁があると思うけど、乗り越えられないことはないように感じる。
–––––––––でも、ケイ。君はどうしてそんなに苦しそうにしているの。
私はそんな君を見ていることしかできないのかな。
私は今、病院で仕事をしている。以前お世話になった病院の先生の紹介で、働かせてもらえることになった。人間の病院とヒューマノイドの病院は、やっている診療はもちろん違うけど、同業者として意見交換したりすることはあった。今思うと、こんなに明らかなアンドロイド用の施術をしながら自分のことを人間として認識していた過去が信じられない。だからか、人間の病院の方がなぜか親近感を覚えて安心した。
私が働いている病院は、人間とヒューマノイドの診療をどっちもやっているところで、受付でどっちかを言うことで別々に案内している。私が受付で働いている時は、人間の職員さんともよく喋る。今もすぐ横に安西さんという結構年上の女性が座ってて、よく相談に乗ってもらっている。
「ちょっとユウナちゃん、この前の彼、どうなの?元気取り戻した?」
「あ、あぁケイのことですか。うーん、変わらずですね。今日もどこかに1人で行ってしまいましたし。」
「あらそうなの。もう仕事休んで彼について行っちゃえば良かったのに!」
「いやいや、そんなことできませんよ。皆さんに迷惑かけてしまいますし。それに、ケイもそんなこと望んでいないはずなんです。」
「ユウナちゃん、またそんなこと言って。いい?ユウナちゃんよく聞いて。人が何考えてるかなんて完全には分かりっこないのよ。それは私たちもあなたたちも一緒。彼が『心配しなくていい』って言ったから?世の中にはそんな事言って心配してもらいたい輩もいるの。」
「えーいや、ケイはそういう性格ではないと思いますけど、、、。」
「いろんな人がいるっていう意味で言ったのよ。今ユウナちゃんは、彼が何に悩んでいるのか分からないし、それにどこまで踏み込んでいいのか分からないんでしょ?」
「はい、そうですね、、、。」
「だったら、わかるところから攻めるのよ、彼を。」
「わかるとこから、ですか?」
「そっ。彼の好きなもの、喜ぶこと、安心すること。あなたなら分かるでしょう。彼が何かを抱えててマイナスな気分になってるなら、少しでもプラスをユウナちゃん、あなたが与えてあげなさい。彼は今、孤独なはずよ、自分で選んだ孤独。自ら孤独を選ぶってことはね、きっとただ事じゃないわ。ちゃんと寄り添ってあげなさい。」
「なるほど、、、、。うん。なんか、何とかなりそうな気がしてきました。ありがとうございます、安西さん。」
「いいのよぉユウナちゃん。普通のことを大袈裟に言っただけだわ。また何かあったらいつでも相談してちょうだい。」
不思議な感覚で、安西さんに相談すると、いつも心がスッキリする。もやもやせず、真剣に悩むことができる。
『自ら選んだ孤独』かぁ。安西さんは大袈裟にって言ってたけど、案外その通りだったりするのかもしれない。ケイの『分かるところ』から考えよう。ケイが私たちに相談してこないってことは、まだケイの頭を悩ませているものが真実かどうか分からないからだと思う。憶測で私たちを困らせたくないから。きっと、真実が分かったらケイは私たちに話してくれる。それまで待つ。その姿勢は私もみんなも変わらない。でもそれじゃ、ケイは孤独を抱えたまま。
うーん、どうしたらいいのかな。悩みを聞いても意味がなさそうだし。私はケイの何を知っているのかな。–––––––––あっ。
仕事から家に帰ると3人とも家にいて、今日は珍しく私が最後だった。
「みんな今日は早いね。ってあ、そっか、今日は記念日だったね。」
「あれれ?ユウナちゃん忘れてたの?」
「ごめんなさい夏目先輩、朝は覚えてたんですけど、今日ちょっと忙しくて。」
「冗談冗談、先シャワー入ってきていいよ。ご飯の準備しとくから。男性陣はそこら辺座っときな。」
「あれ、夏目先輩、今日は皆さん来ないんですか?」
少し間があった後、春人くんが口を開いた。
「今日は、4人だけだよ。みんなには、それぞれで『共存エリア:零の発足4周年記念パーティー』を開いてもらってる。それだけ街も賑わってきたってことだね。良かったんじゃないかな。」
「そうなんだ。まぁ4人だけってのも逆にいいかもね、昔に戻ったみたいで。じゃ、シャワー入ってきます。」
シャワーに打たれながら、さっきの春人くんの言葉を頭の中で再生していた。きっと、私たちだけなのは別の理由だ。きっと、春人くんがそうしようと言ったんだと思う。
シャワーから上がると、美味しそうなご飯やおかずがテーブルいっぱいに並んでいた。もちろん、私とケイの分と春人くんと夏目先輩の分は別れていたけど、最近は人の食事も美味しそうに感じる。何より見た目がいい。人がそれを美味しそうに頬張っている姿を見るだけで幸せな気分になる。早くいただきますしたい。
「食べ始める前に、一つだけいいかな。」
春人くんの一声が響く。
「せっかくのご馳走なのに、冷めちゃうよ〜いいの?春人。」
「夏目は少し静かにしててくれ。」
「何その言い方、今日はみんなで祝う日じゃないの?なんで春人はそんな暗い顔してるわけ。」
夏目先輩の声色と顔色が変わる。食卓の雰囲気もそれと同時に一変した。ケイは、何となく予想していたのか、そこまで驚く様子はなく、それでも少し驚いたふりをしている。
「ちょっと春人、夏目さん、どうしたんだよ。」
夏目先輩の方を向いていた春人くんがケイの方を向き、勢いよくテーブルに両手をつく。
「ケイ、僕は以前言ったはずだ。夏目のステージ以降、こそこそと何をしているのか知らないが、僕らに隠していることがあるならそう言えと。だが君は何度聞いても、『何でもない、心配かけてごめん。』とばかり。そして忠告したはずだ。君の行動と態度が今後も変わらず、夏目のステージから1年が経とうものなら、君にはここから出ていってもらうと。」
「ねえちょっと春人。勝手に何言ってんのさ、そんなのいきなり言われたらケイがかわいそうじゃ、」
「言ったはずだ。覚えているよな、ケイ。今のその顔は、覚えている顔だ。せめて僕だけならいい。夏目やユウナさんがどれほど君を心配したと思う?心配するなと君が突き放すたびに、僕らは苦しめられるんだ。どうしてそれが分からない?」
「ちょっと春人やめて!」
夏目先輩の声が部屋中に響き渡る。私は口を挟むことができずに、ただ圧倒されていた。
「ねぇ春人、やめてよ、、、。ケイだって、辛いんだよ。それくらい春人も分かるでしょ?悩みを共有することだけが一緒に背負うってことじゃないんだよ。ただ見守ろうって話し合ったじゃん。」
ケイは、まだ黙っている。でも、ただ黙っているだけではないのが、隣に座る私には分かった。両手を強く握りしめている。歯を食いしばっている。ケイが感じているのは、悔しさか、怒りか、もどかしさか。何かははっきりしないけれど、気づくと私も自分の拳を強く握りしめていた。
「春人、夏目さん、ユウナ、俺は、、、。」
ケイの言葉は、続かない。なら–––––––––。
『分かるところ』から攻めればいい。
「ケイってさ、実は心配されたがりだよね、うん。」
さっきまでの重たい空気から一転、周囲の人物全員の頭にハテナが浮かぶのが見えた。あれれ、スタート間違えちゃったかな。
「ユウナ?」
「ユウナさん?」
「ユウナちゃん?」
まずい、この後の言葉、特に考えてないや。まぁ、話しながら考えればいっか。
「いやだって、そう思いません?こんなに『俺辛いですぅ』みたいな顔して、そんで私たちが心配したら『何でもない』って。何でもないわけないじゃんって。昔からそうですよね、ケイは。頭良くて難しいこといっぱい考えてるのに、嘘が下手すぎ。そう、ケイはツンデレだよ、ツンデレ。クールぶってカッコつけて、でも突っ込んだらすぐバレバレの見栄を張っちゃう。この1年もきっとそうだよね。ずっとケイは辛かったよね。でもまだ私たちには言えないことなんだよね。だけどツンデレなケイは、自分が辛いことを知ってほしかったんだよね。でもそんなこと恥ずかしくて言えなかったんだよね。でも、大丈夫だから。私たちはちゃんと分かってる。君が大きな悩みを抱えていること、孤独に戦っているってこと。それを知っている人たちがそばにいることを忘れないで。私は、私たちは、君と同じ『現在』を生きているから。」
静かな時間が流れる。自分が最後に喋ってから沈黙が続くと、変なこと言ってしまったんじゃないかととても心配になる。うん、でも実際変なこと言ったし、仕方ないか。
春人くんが静かに椅子に座る。私からまた喋り始めるべきかな、とか考えていると、夏目さんが突然吹き出して笑い始めた。
「はははは、やっぱり私、ユウナちゃんのことすっごい好きだな。うん、そうだね。私たちは未来を生きているんじゃない。ケイと同じ時間を生きているんだよね。君だけが今を生きているんじゃないよ。まぁまた辛くなったら、その表情と言葉を矛盾させてくださいな、ツンデレくん。」
「ツンデレくんって、なんか酷いなぁ2人とも。」
「春人も言いたいこと言ってスッキリしたでしょ?そしてその顔はユウナちゃんの言葉が響いている顔だ、お姉ちゃんには分かるぞぉ。」
「夏目うるさい。分かったよ、それでも僕は隠さずに話すべきだと思っている。それは変わらないからな。」
春人くんの目の下が少し赤いように見える。それに気づいた夏目先輩はクスクスと笑っている。
「それじゃご飯食べよ!せっかく夏目先輩が作ってくれたのに、冷めちゃうからさ。」
夕食が終わって、夏目先輩が立ち上がって片付けを始めようとしたところを、ケイが呼び止めた。
「みんな、聞いてくれ。実は、俺が今まで黙っていたことを、今日やっと話せるようになった。でも今日は大事な日だから、言うべきではないと思ったんだ。まずは今まで黙っててごめん。そして、みんなそれに気づいて心配してくれてありがとう。確かにユウナのいう通り、俺は心配して欲しかったのかもしれないな。俺がこれまで黙ってたのは、確定した情報ではなく、みんなの誤解を招くと思ったからだ。だから今日までその真偽を確かめるために動いていた。そして、やっと今日話すことができる。」
夏目先輩は再びテーブルにつき、3人で聞く姿勢に入る。
ケイが初めて情報を掴んだのは、夏目先輩のステージの直後だった。
【ケイの記憶】
夏目さんのステージのあと、その期間にちょうど地球にきてステージを見にきていた仁村隊長から声をかけられた。重要な話があると言ってたから、誰にも聞かれない場所まで移動した。そこで、仁村が『ヘルシャフトと接触した』という事実を聞かされた。接触というのはもちろん共存計画が始まった後のことだ。つまり、俺たちが行ったあの実験施設で奴は姿を消して以降、初めて俺たちの前に現れた事になる。どうやら、奴と仁村が話せる時間は限られていたらしく、少なく曖昧な情報しか得られなかったそうだ。
仁村は、奴からこんな言葉を受け取ったそうだ。
「今の私は、『視ていることしか』できません。主導権は、今の私にはありません。しかし、その事実は、君たちが自由であることと同義ではないということを覚えておきなさい。未来を楽観視してはいけません。あなたたちの障壁は何かをよく考えなさい。」
仁村がその真意について尋ねた時には、既に奴とは話せなくなっていたらしい。俺は仁村からその話を聞いて、嫌な予感がした。ただ、何か悪いことが起きている証拠は何一つなかったから、明らかになるまでは誰にも伝えないことを仁村に約束した。
俺はその日から、ヘルシャフトと接触するためにあらゆる手段を試したが、俺の前に奴が現れることはなかった。共存計画は順調に進んでいるのに、月日が流れるほど俺の不安は大きくなっていった。
だが今日、小学校地下の廃実験施設で、ヘルシャフトの記述が追記されているのを発見した。奴の記述はこうだ。
《私の権力は『新たなるヘルシャフト』に奪われてしまったのです。もう、私にできることは少ない。ですが、私の実験はまだ続いているのです。『彼ら』がいる限り、世界の未来は不確定なのです。ヒューマノイド計画は、これからがクライマックスなのです。》
「新たなヘルシャフトだって?どういうことだ。」
春人くんが思わず口を挟む。
「その名の通りだ、ヘルシャフトが持っていたAIとしての能力は、新しいAIが奪った。」
「じゃあ、その新ヘルシャフトの目的を探るのが、これから私たちがすべきことってことだね。」
「そうです、夏目さん。でも、旧ヘルシャフトを頼ることも難しいでしょうし、どうやって調べるべきか。」
「ちょっとそれは相馬に相談してみるしかないな。」
「そうだな、春人から言ってもらっていいか?」
「もちろんだ。」
「でもそんな情報が入ってから1年も何もないのが不穏だよね。」
「あぁ、確かにユウナのいう通り、こんなにも順調に共存計画が進んでいるのが不思議なくらいだ。」
ケイの表情が変わる。
「いや、やっぱり順調すぎる。今までどうして気付かなかったんだろう。」
「どういうことなの?ケイ。」
何か引っかかった様子のケイに私は尋ねる。
「ここまで共存計画が順調なのは、確かに俺たちや一人一人の人間、ヒューマノイドの協力のおかげだ。それは間違いない。だけど、やっぱり順調すぎたんだ。リベレーションの普及も、共存エリアの展開も。」
ケイが必死に考えているのがわかる。でも確かに今思えば不思議なくらいとんとん拍子で計画が進んだ。理想に向かっていると信じて突き進んでいたから疑わなかったけど、振り返ると心底思う。全てが『早すぎる』。
多分、ケイの言葉を聞いてから、そこにいる4人全員が同じ思考回路で、同じ仮説に行きあたったはず。記憶を辿り、皆同じところで顔が青ざめる。–––––––––あの人だ。
ケイが、少し震えた声で私たちに尋ねる。
「なぁ、色摩さんはどこにいる?3人とも、最近会ったか?」
「いや、僕は会ってない。」
「私も。」
「私もだよ。」
さっきよりも震えた声で、全員の頭をよぎったことを告げる。
「まさか、色摩か、、、。『リベレーションを改良したあのヒューマノイド』が、『新しいヘルシャフト』なのか。」
数秒の沈黙の後、4人しかいない空間のなかで、5人目の声がした。
《よく分かったね、君たちの推理力には脱帽したよ。そりゃ『先代の支配者』も目をつけるわけだね。》
「誰だ!!」
ケイの大声が響き渡る。
《もう分かっているはずだろう。さぁ、始まるよ。君たちの『答え』を、僕にも見せてよ。それじゃあね。》
「おい!誰だ!答えろ!」
ケイの叫びに、応えはない。その天の声に、鳥肌がたった。これまで積み上げてきたものが、一気に崩れていくような予感がした。ううん、それは予感じゃなくて、もう既に始まっているんじゃないかって、そんな気がした。
その時、外から大きな爆発音がした。それと同時に、家のドアが激しく叩かれる音がした。ケイはすぐに玄関に向かいドアを開けた。
そこには汗だくの相馬くんが立っていた。
「はぁ、、、はぁ、、、、。みんな、早く、、、きてくれ。街が、、、危ない。」
彼はひどく息切れしていて、言葉が聞き取りづらい。でも、緊急事態であることはすぐに分かった。
私たちは外に出ると、その光景に言葉を失った。その光景は、遠く昔のように感じていた記憶と感情を掘り起こした。
–––––––––『ドロイド=タイタン』が、その巨腕を地面へと振り下ろした。
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