最終章、憎しみの先に
第26話「共存する世界」
ヒューマノイドと人間が、分け隔てなく暮らす世界。
俺たちはそんな世界を望み、そして多くのヒューマノイドと人々が同じことを願ってくれた。今はまだ、居住惑星にも多くの人々が残っている。地球に住むヒューマノイドをいまだ恐れる人、地球へ移住することで惑星から人口が減る事を利用する人、地球に興味がない人。彼ら一人一人の選択は間違っていない。どちらの世界を選ぶか、それは個人の自由である。それはヒューマノイドにも言えることだ。地球上で暮らす彼らにも、人と暮らすことを好まない者も多くいる。それは尊重されるべきだ。
それでも、俺は考えてしまう。もし全てのヒューマノイドと人間が、互いを認め、共存を受け入れることができたのなら。その先にある世界は、どんな景色なのだろう、と。
想像してしまう。そんな世界の先に、『俺たち』はどんな姿で存在しているのだろう、と。
今、地球には大きく分けて3種類の居住エリアが存在している。
1つ目は、ヒューマノイド=エリア。その名の通り、ヒューマノイドだけが暮らすエリアだ。
2つ目は、人類エリア。地球に移住してきた人々のなかで、人間だけで暮らしたいと希望した人々が暮らすエリアだ。
3つ目は、共存エリア。人とヒューマノイドが混じって暮らすエリアだ。
当然、各地域の政府が管轄している土地を勝手に共存エリアや人類エリアとしては使えなかった。ただ、地球上には多くの未開発地域が存在した。未開発エリアはどこの地域の所有でもなく、土地開発が自由であったため、ほとんどはそれらを利用して人が住めるエリアを開発した。
共存計画開始から3年経った現在、世界には二十一箇所の共存エリアと、八十三箇所の人類エリアがある。居住惑星から地球に移住してきた人々は約九十万人に達していた。俺たちは、最初にヒューマノイドがネットワークから解放された街を『エリア:零』とし、共存エリアとして暮らしている。ユウナや春人、夏目さん、父さんもここで暮らしているが、定期的に各エリアを周り、ヒューマノイドと人間の互いの理解を深めるための活動をしている。3年経った今では、多くのエリアで互いに尊重し合う生活が実現し始めている。
もちろん障壁は多く存在していた。言語はなぜか全く問題なかったが、食事や睡眠方法は全く異なり、娯楽も互いに受け入れられないものがあったという。倫理観にも違いがあった。法律の違いが多くあり、その差をどう埋めていくかは大きな課題となっている。
ただ、互いに異なることを、みんなが楽しんでいた。共存エリアの開発に協力してくれる仲間は、人であれヒューマノイドであれ、好奇心に満ちた者が多かったからだろう。
3年という短い年月にしては、順調すぎるほどだった。もちろん順調であることは幸せだし、自分たちがしていることを疑ったりはしなかった。ただ、俺の脳裏には常に”奴”の存在が浮かんでいた。奴は今、俺たちを見て何を思っているんだろうか。俺たちは、”賭け”に勝ったのだろうか。
「ちょっと、また考え事してるでしょ?ケイの番だよ。」
「あぁ、ごめんユウナ。で、えっと、『3』は出せるんだっけ?」
「おいアホか、『2』が一番つええんだよ。」
「あぁそうだったわ、このゲームむずいわ。」
「ケイって意外とゲーム下手なの?」
「いいや、違うよユウナちゃん、これは上手い下手以前の問題だ。」
「ちょっと言い過ぎだろ相馬。」
今は、『大富豪』とかいうゲームをしている。トランプはずっとこっちにもあったのに、こんな遊び方があったなんて知らなかった。相馬が教えてくれたが、『2』が一番強い理由を知りたい。なぜキングじゃないんだ?
「じゃあジョーカー出すわ。」
「『スペ3返し』って授業で習わなかった?ジョーカーの1枚出しは悪手だね、せめてスペ3出たの見てから使わないと、CPUムーブだよそれ。」
相馬がドヤ顔で俺のジョーカーに重ねてくる。こいつはいつも一言多い。
「ケイがこんなに頭悪かったなんて、私失望したよ、、、。」
「はぁ、、、俺の負けでいいよもう。」
俺は自分の手札を見て絶望しながらそう言った。
すると、春人が走って帰ってきた。
「3人とも、始まるぞ!」
目を輝かせた彼は、そう言ってまたすぐ走り去った。
「嘘っ!?もうそんな時間!?」
ユウナが慌てて時計を見る。
「14時からだろ、そんな急がなくてもいんじゃね?」
まだ大富豪を続けたそうな相馬だったが、俺は無理矢理トランプをまとめた。
「最前列で見るんだ、もういくぞ相馬。」
3人で急いで会場へ向かうと、もう既に観客席に多くの人が入っていた。
「え〜もうこんなにいっぱいいるじゃん。最前列で見れないよ。」
ユウナが肩を落としていると、遠くから大きく手を振る青年が見えた。
「お〜い、みんな、席取っといたぞ〜!」
「お、春人やるじゃん。」
「春人くんさすがだね〜。」
春人が席を確保してくれていたおかげで、4人揃って観客席の最前列で観ることができる。4人揃ってというのは、もちろん、夏目さんは観客席にいるべき人ではないからだ。
今日は、夏目さんのバイオリンの演奏会だ。屋外ステージだったため天気が心配されたが、予報通り晴れている。この街に住む人々が、人間とヒューマノイド関係なく夏目さんのステージを楽しみにしている。双方の文化交流の意味合いも兼ねて開催される演奏会だったが、夏目さん自身もバイオリニストとしてステージに立つことを夢見ていたそうだ。ステージの周りには、出店がいくつか並んでいて、多くの住民で賑わっている。
俺たちはそんな景色を見ながら、観客席の最前列で夏目さんの出番を待っていると、そのステージの主役が目の前にきた。きらびやかなドレスに身を包んだ彼女の美しさは、呼吸を忘れさせるほどだった。
「やっほーみんな。今日は来てくれてありがとうね!こんな目の前で聴かれちゃうなんて、緊張するなぁ。」
照れ笑いをする彼女が腰に当てていた左手を、ユウナが両手で握り持ち上げる。
「夏目先輩、すっごく綺麗です!今までで一番輝いてます!バイオリン、すっごく楽しみにしてますね!」
「ユウナちゃん、期待が重いなぁ。」
困った顔をする夏目さんの手を、ユウナは離そうとしない。
すると、俺の横で鼻息が荒い音が聞こえる。首を振り右を見ると、真っ赤な顔をした春人が夏目さんを凝視していた。もし血縁関係がなければ、夏目さんにとっては確実にトラウマものに違いない。春人はもう少し周りの目を気にした方がいい、と今更ながらに思う。ユウナや春人に相馬も混ざって、夏目さんと開演前最後の雑談をしている。そんな景色が俺にはたまらなく嬉しかった。ただそれだけに、この幸運がこれからも続いていく未来がなぜか見えないことに、どこか苛立ちを感じていた。
「ね、ケイくんからの激励の言葉はないんでしょうか?」
そう言いながら、ドレスの彼女は右手の人差し指で俺のおでこを軽く弾く。思い込みだろうか、彼女の顔は、俺の苛立ちを心配しているような表情に見えた。
「夏目さん、とても綺麗です。ステージ、頑張ってください。」
何の捻りもない、そのままの言葉だった。
「大丈夫、『私たち』は頑張ってきたから。これからもきっと大丈夫。」
「えっ。」
そう言って、彼女はステージ裏へと向かった。言葉の一つ一つに、深い意味を感じ取ろうとしてしまうのは、俺の悪い癖だろうか。こんなんだから、今の幸せを十分に噛み締めることもできないのかもしれない。それでも、俺の大切な人たちが幸せでいてくれることが何よりの救いだ。なんて、自己犠牲みたいなカッコつけた考えに至る自分に吐き気がする。もう一度『奴』に出会ったら、この思考回路を何とかしてくれるよう頼んでみるか。
「ね、ケイ。いよいよ始まるね。」
ユウナが隣で笑みを浮かべてそう言うとすぐに、夏目さんがステージに上がってきた。その姿は、同じ衣装を身に纏っているにもかかわらず、登壇前よりも美しかった。
夏目さんの演奏が始まった。
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あぁ、緊張する。
何でこんなに緊張するんだろう。
演奏中でも手が震えてるのが自分でもわかる。
これまで死と隣合わせの試練が何回もあって、そんな試練たちを超えてきたのに。
今は、ただ練習でやってきたことをみんなの前で披露するだけなのに。
それだけなのに、動悸が止まらない。
でも、なんだかそれが心地よい。
生きてるって感じがする。
これまでの死が近かった人生とは全然違う。
すっごく幸せだなぁ、私。
こんな幸せを感じられるのは、いつまでなんだろう。
私にはわかる。
ケイが何を考えて、何を感じているか。
君の表情が何を語っているのか。
時折見せるその暗い表情が、何を危惧しているのか。
そして、私は知っている。
君がそんな表情をしている時、『それ』は現実となってしまうんだって。
ねえ、この先何が起こってしまうのかな。
私たちは、私たちの『現在』を守れるのかな?
この世界を望んだ私たちが間違ってなかったって、胸を張って言える日が来るのかな?
そんな不安が、私の手の震えを止めてしまうんだ。
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会場中から拍手が巻き起こった。とても、とても美しい演奏だった。ただ同時に、どこか儚げで、哀しい演奏だった。演奏の終盤から、彼女は涙を流していたが、その理由を俺たちは聞かなかった。
【その日の夜】
「ちょっと久坂くん、話がある。」
「何ですか?仁村隊長。」
「重要な話だ、とりあえずは君にだけ話すことにする。その後については、君自身で決めてくれ。」
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