第25話「進化」



 惑星に機兵が帰還し、多くの隊員が出迎えてくれた。どうやら相馬が夏目さんと春人が帰ってくることを伝えておいたらしい。機兵から降りるや否や、2人は他の隊員から抱きつかれたり手を握られたり、ひたすらに歓迎されていた。相馬は誰かと話している。俺は見た目では人間だからか、特に怪しまれてもいないが、気に留められていないことも確かだった。とりあえず3人の周囲が落ち着くまで待つことにした。地球を出て繋がらなくなったケータイをいじっていると、何やら俺に近づいてくる足音が聞こえた。ふと顔をあげると、こちらが一歩引いてしまうくらいの威厳に満ちた人物が、目の前に立っていた。

すると、相馬もこちらへ向かってきた。

「隊長、ただいま帰還しました。無事、東雲夏目『元』部隊長と東雲春人を連れ帰りました。」

「あぁ、相馬部隊長、ご苦労だった。東雲の兄弟2人は、一度寮に戻って休みたまえ。皆、案内してやってくれ。久しぶりの友人との会話は、その後でも良いだろう。ここで立ち話も疲れるだろうし、一度休んだほうがいい。そして、君。君と少し話がしたい。隊長室に後で来てはくれないか。もちろん君も寮で少し休んでからで構わない。」

「仁村隊長、彼をご存知なんですか?」

相馬が尋ねる。

「いや、『知り合いではない』な。ただ、彼と話すことにきっと意味があることだろう。だから相馬部隊長、君もここに彼を連れてきたのだろう?」

「はい、おっしゃる通りですが、、、。」

流石の洞察力だ。相馬が一目置くのも理解できる。どちらのこともまだ深くは知らないが、そう感じる。


 俺たちを出迎えてくれた隊員に案内され、空室だった寮の部屋へと入った。2人部屋が1つ空いていただけだったので、相馬の部屋に春人が入り、俺と夏目さんで同部屋というかたちになった。

「ケイ、夏目に何かしたら分かってるよね?」

「当たり前だろ、、、俺をなんだと思っているんだよ。」

「ケイも疲れたよね?私も疲れた、一緒にお風呂入っちゃおうか!」

「ちょっと夏目!?」

「夏目さん、ほんとにやめてください。春人に殺されにわざわざ居住惑星まで来たんじゃないんですからね。」

春人は俺を睨みつけながらも、夏目さんに半ば強引に押し込まれるかたちで相馬の部屋に入った。俺たちも自分たちの部屋に入り、順番にシャワーを浴びることにした。


 夏目さんが先にシャワーを浴びている間、俺は考え事をしていた。


「仁村秋斗、か。」


仁村–––––––––。その苗字は、ヘルシャフトが初期に憎しみのヒューマノイドを作り上げる実験をしていた際に、奴の目にとまった女性と同じ名前だ。そして、その女性=仁村ナオは遺伝子的にはおそらく俺の祖先にあたる。そんな彼女と同じ苗字を持つ者が、軍のトップで、ヘルシャフトの手下だった可能性がある。これは、偶然なのか、あるいは–––––––––。

「ケイ!上がったよ〜。」

ドアが開く音とともに夏目さんの声がして、思考が途切れた。ともかく今は、仁村隊長の説得だ、他のことは二の次でいい。


 俺がシャワーから上がると、部屋には相馬と春人も来ていた。

「ケイ、君が夏目に何もしてないか監視しに来た。一緒に風呂に入ってはいないようでとりあえずは安心したよ。」

「相馬、こいつのこと殴っていいか?」

「あぁ、俺は止めない。」

「ちょっとケイやめてよ〜。私のために争わないで!」

「夏目さんもノリノリじゃないですか。んで、話があってこっちの部屋に来たんだろ?2人とも。」

3人の表情は一変して真剣になる。もちろんそれは俺も同じだった。少しの間の後、相馬が話し始めた。

「幸か不幸か、隊長自らケイに接触した。これはチャンスとも捉えられるが、向こうのペースで話されると、こっちは乱されかねない。その前に、少ししか時間はないが話しておかなきゃと思ってな。」

「隊長はケイに何を話すつもりなんだ?僕が気になるのはまずそこだ。ヘルシャフトを通して、ケイの存在を知っていたのか。僕らが共存計画に与していることも、バレているのかもしれない。それこそ好都合と捉えることは可能だけど。」

「ねぇ、ケイ。私は最初は気にしてなかったんだけど、『仁村』って苗字、あの廃実験施設でヘルシャフトが言ってたあの人と同じだよね?」

「夏目さんも覚えていたんですか、流石です。そう、仁村ナオ。彼女の遺伝子は、俺に受け継がれている。憎しみのヒューマノイドとしての遺伝子だ。もしかしたら、彼女と隊長は関係があるのかもしれない。」

「だったら、尚更準備してかないとな。」

確かに相馬のいう通り、準備をして臨まなければ、すぐに論破されてしまいそうなくらい、隊長からはオーラを感じた。

俺たちがしたいことって何なんだろう。ヘルシャフトが俺たちに賭けているものは、何だったんだろう。今、俺はここに何をしに来たんだろう。

「相馬、みんな。俺は、『言葉で』説得しに来たんじゃない。用意された台本で立ち向かえるほど、彼は甘くないんだろ?俺は、俺たちの意思を見せに行くよ。」

「そうだね、ケイ。私もそれがいいと思う。」

春人も相馬も、頷いている。ユウナも、きっとそう思うよな。

「じゃあ、俺はそろそろ時間だから、隊長室行ってくるわ。」

「行ってらっしゃい、ケイ。」

俺は部屋を出て、隊長室へと向かった。


 その部屋へと向かう一歩一歩が、段々重くなっていくのを感じる。手に握られている汗が、プレッシャーを感じるべきだと俺にしつこく知らせてくる。いつもは1段飛ばしで上がる階段を、段差の数だけゆっくりと上がっていく。赤いカーペットが敷かれたその廊下は、隊長室が近いことを示していた。真っ直ぐと廊下を進んだ先に、他の部屋よりも大きなドアがあり、少し目線をあげると、『隊長室』と書かれた看板があった。2回か3回、はっきりとは覚えていないがノックをすると、すぐに部屋の中から『入ってくれ』と声がした。ズボンの側面で手汗を拭き取ってからドアノブを握り、部屋へと入った。

「初めまして、で良かったかな?久坂ケイ君。」

やはり、彼は俺のことを知っていた。問題なのは、どこまで知っているかだ。ヘルシャフトによって、俺たちの行動が全て仁村に伝わっているとすれば、思想次第では、協力を仰ぐことは難しくなる。少し鎌をかける必要がありそうだ。

「仁村隊長、やはりあなたは俺たちの計画を知って–––––––––。」


 突然だった。その急な出来事に、理解が追いつかなかった。いくつか仁村の行動パターンは想定していた。それを受けて、自分がどう伝えるかは出たとこ勝負だと思っていた。でも、その出たとこ勝負にすらならなかった。


仁村は、俺を強く抱きしめていた。


「君に、ずっと会いたかった。そして謝りたかった。君を、君のお母さんを苦しめ続けてしまったことを。本当に、すまなかった。」

彼の涙が俺の肌にまでつたっているのを感じる。理解できない状況のなか、その涙が嘘ではないことだけを確信できた。俺を抱きしめる両腕は、かつて母が俺を抱きしめてくれた感覚を思い出させる。俺の頬につたうのは、仁村秋斗だけの涙にしては多すぎた。そしてこの温かさは、自分がまだ人間であると錯覚してしまうほどだった。

「すまない、いきなり驚かせてしまったね。ひとまずそこに腰をかけてくれ。過去と、そして未来の話をしよう。」

客人用と思われるソファに座り、低めのテーブルを挟んで反対側に仁村が座った。

「まずは、過去の話をしよう。私の過去の話だ。」

 彼はゆっくりと、かつ力強く話し始めた。


 俺たちの推測通り、仁村はヘルシャフトによって人類軍の隊長として奴に従い行動していた。だが、彼が選ばれたのにはただならぬ理由があった。仁村秋斗の遺伝子は、『仁村ナオ』の遺伝子と似ているのだという。つまり、彼の祖先が、最初に『ヒューマノイド計画』に使われた遺伝子を持つ人間だったことが推測される。どういう経緯かは分からないが、ヘルシャフトはその情報をつかみ、仁村秋斗に接触した。『3つの計画』を実行するために、人類を動かす手段として仁村秋斗を利用した。自分が惚れ込んだ遺伝子を持つ人間を身近に置いておくことで、理想の人間を感じたかったのかもしれない。

 ヘルシャフトは、人間と地球上のアンドロイドの対立を煽るように惑星人類の情報操作をした。そして、仁村秋斗に接触し、彼の大衆に訴えかける力を見込んで地球奪還作戦の軍を立ち上げさせ、ヘルシャフトは自ら戦略班の班長となった。もちろん、仁村は初めは地球のヒューマノイドの真相など知らなかった。だが作戦を初めてすぐに違和感を覚えた。しかし、戦略班長に丸め込まれる形で作戦を続けていた。

 ある時、戦略班の班長であるヘルシャフトが、自身の正体やヒューマノイドの正体を急に明かしたのだという。おそらく、それが俺たちに興味を持ち始めた頃だろう。そして、仁村の祖先の遺伝子によって、何の罪もないヒューマノイドたちが苦しめられていることを仁村本人に明かした。仁村は、自分の祖先が引き起こした悲劇にひどく罪悪感を覚えたのだそうだ。それから、仁村はヘルシャフトから常に俺たちの動向を知らされていた。それでも地球奪還作戦を指揮し続けていたのは、ヘルシャフトの望み通りに軍を動かさなければ、今すぐにでも現存のヒューマノイドと人類を滅ぼすと脅されていたからだ。

 だが、ここ1年ほどヘルシャフトが姿を現さなくなったそうだ。ただ、仁村も迂闊に動けば、俺たちに危険が及ぶと考え動けなかったという。そういえば、奴が最後に現れた時、仁村にこう言っていたらしい。

「『彼らの行動の全てを受け入れなさい。』と告げられた。」

「俺たちの行動の全て、、、。」

奴は、まだどこかで俺たちの行動を視ているのだろうか。『賭け』は、勝負が決まるまで終わらないのだろうか。


「話が長くなってすまなかったな。私は言った通り、しばらく君たちの動向を追えていなかった。だから、相馬から君たちを連れて帰ってくると聞いた時、とても嬉しかった。さぁ、今度は未来の、『明日』の話をしようじゃないか。」

重く真剣な表情から一転して、頼もしい笑顔へと変わった。やはり、俺は彼に『喋らされている』。でも、それに気づいても、彼なら許せるし喜んで話してしまう。

「分かりました。これからの話をしましょうか。」


 俺は、共存計画について仁村に伝えた。なるべく簡潔に、外してはいけないところは外さず説明した。いくつか途中で質問を受け、それにもしっかり回答しながら議論した。彼と俺の間の理解の差は二十分もすればほぼなくなっていた。もちろん、彼が今まで俺たちの動向を追っていたことに起因するが、それでも彼の理解力の高さには感心した。そして、俺が触れていなかった計画に最も大事なピースも、敢えて触れなかったことを理解していたのか、最後まで突っ込まれなかった。いや、俺は敢えて触れてこなかったのではないのかもしれない。個人の選択を訴えながら、1人の人間に全てを託すことに後ろめたさを感じていたに違いない。

「つまり、私がここの人類を説得すれば良いのだな。」

「えっ。」

「君が、責任感の強い人であることを知っている。こういう選択を他人に背負わせたくないこともな。だが、選択というものは、人の影響を全く受けないなんてことは有り得ないんだ。どれだけ自分の判断だけで選択したと自負しようとも、そこには、怒り、悲しみ、憧れ、反骨精神、あるいは誘惑、何でもいい。さまざまな感情があるんだ。そしてそれは、確かに自分自身のものかもしれない。しかし、他人無くしては、獲得し得なかった感情であり、選択なんだ。君無くして今の私はないんだよ。私は、君無くして『未来』の選択はできないんだよ。」

 重みのある言葉に、確かな説得力があった。一つ一つの単語の話し方、強弱、スピード。これを話術なんて呼び方をするのは失礼なくらい、引き込まれる言葉だった。これが人間とヒューマノイドの差なのかな、なんて、別に卑屈になったつもりはないけど、少しだけ思った。

「仁村さんには、何だか敵わない気がしてきました。説得じゃなくてもいいです。ここに住む皆さんに、新しい地球についてお話ししていただけますか。」

「あぁ、任せてくれたまえ。ことは一刻を争う。明日にでも全人類に伝えよう。」


 少しだけ仁村と打ち合わせをした後、俺は隊長室を後にした。寮の部屋に戻ったが、夏目さんの姿はなかった。おそらく春人や相馬とともにここの仲間と過ごしているのだろう。

 長旅で疲れが溜まっていたのもあり眠気に襲われていると、夏目さんが帰ってきた。

「夏目さん、早かったですね。もう友人との時間はいいんですか?」

「ううん、まだ話すよ。」

「ならどうして戻ってきたんですか?忘れ物ですか?」

「違う違う、君を連れ去りにきたんじゃないか。」

胸を張り得意げに言う。

「何ですかその言い方。俺が行ったらみんな気つかっちゃうでしょ。」

 せっかくの再会だ。まして、夏目さんに至っては7、8年くらい振りってことだろう。そんな再会に水を差すわけにはいかない。

「ケイが望む世界のために、今多くの人間と触れ合うのは良い機会になると思うけど。」

突然声が真剣なトーンに変わる。夏目さんは、ただからかうためにこんなことを言う人ではないと分かっていたはずだ。でも俺はいつも彼女のペースに乗せられてしまう。

「確かにそうですね。俺も行きます。」


 中央に大きな噴水のある広場にきた。隊員でない人もちらほら見受けられ、たくさんの人々がいて賑やかだ。踊っている人、酔いつぶれている人、何か見せ物をしていて人だかりができているところもある。

「ケイ、こっち!」

 夏目さんに手を引っ張られ、たくさんの兵隊が集まり談笑している場所まで連れてこられた。どうやら春人と相馬は少し離れたところで2人で話しているようだ。夏目さんの友人たちは、俺を暖かく迎えてくれた。おそらく、俺が人間ではないとは知らないだろう。その場所で、少し話を合わせながら、昔の夏目さんやここの人々の話を聞いた。彼らは俺の知っているヒューマノイドとなんら変わりがない、温かい人々だった。

 俺は知らぬ間に、人間というのは憎しみに支配された生物なのだと思っていた。夏目さんや春人が特別なだけなんだろうと、そう考えていた。だって、ヘルシャフトはそんな人間の憎しみの心を求めたのだから。もしかしたら、俺やヘルシャフトが認識している『憎しみ』は、人間が潜在的に持っているそれとは別物なんじゃないかって思った。奴は、いつからかそれに気づいたのだろうか。

 こうしてここにいる人々と話していると、自分が『人間だった』時期を思い出す。あのまま何も知らずに生きていたら、どれだけ幸せだったんだろうか。今になってそう感じるのは、後悔しているからでも、今の状況を不幸だと感じているからでもない。ただ、懐かしんでいるだけ。ここまで来たんだと、今を噛み締めているだけ。

「さ、ケイ。遅くなってきたし、そろそろ戻ろっか。」

春人と相馬を呼んで、俺たちは部屋に戻った。部屋に向かう途中で、もう明日には仁村が動いてくれることを話した。そうなった経緯については、詳しくは話さなかった。何となくそうしたほうがいいと思ったからだ。

 部屋に戻ると、俺も夏目さんもすぐに寝る準備をした。互いに自分のベッドに入ったが、夏目さんが同じ部屋にいる緊張感と、春人に殺される恐怖でなかなか眠れなかった。

「ねぇケイ、起きてる?」

「はい、起きてますけど。」

「私たち、ここで今こうして一緒に寝てるの不思議じゃない?」

「やめてください夏目さん、春人に盗聴されてたら今のセリフで俺が刺されます。」

「私、ふざけてるつもりないんだけど。」

「すみません、、、。」

「ケイが居住惑星にきて、私のかつての仲間と触れ合って、今こうして寮の部屋で一緒に泊まってる。こんなこと、誰が想像できたかな。」

「そうですね。正直、もう何がなんだかわからないです。」

「人も、ヒューマノイドも、一緒に暮らせるよ、きっと。あれほどまで君たちを憎んでた私が今こうしてるんだもん。」

「はい。夏目さんが、夏目先輩がいてくれたから、俺はここまで来れました。でももし、俺たちが望む世界になった時に、どれだけの人やヒューマノイドが、今よりも幸せを感じてくれるんだろうって、少し考えちゃうんです。仮に短い人生であったとしても、『真実を知らずに楽しく今を生きる』より、『苦難を乗り越えた未来を生きる』ほうが幸せだなんて、俺は断言できません。どっちもどっちですから。だから、自分のエゴが自分だけのエゴでないことが俺を助けてくれています。夏目さんや春人、そしてユウナ。多くの仲間が俺の背中を押してくれるから、俺は、、、って。夏目さん?」

夏目さんの深い呼吸が聞こえてきた。何だか安心感を覚えるその呼吸の音に、俺も釣られて眠った。


 翌日、仁村隊長から全人類へ向けた演説があることが知らされた。演説が行われるのは軍の拠点内の大広場だったが、人類全体に向けて生中継がされることとなった。俺たちも準備を少し準備を手伝い、正午の演説開始に向けて走り回った。

 俺が話すわけではないのに、緊張して準備中も手元がおぼつかなかった。周囲の人から心配され、それとなく誤魔化しつつも、手の震えは正午が近づくにつれ増していった。恐怖とは違う気がするが、何かに震えていることだけが事実だった。


–––––––––そして、ついにその時がやってきた。

横で聞いてる相馬が耳打ちしてくる。

「隊長の言葉にちびるなよ、ケイ。」

俺は軽く相馬の足を蹴った。

とうとう仁村隊長の演説が始まった。


「仁村だ。まずは、私の話を聞いてくれることを、深く感謝申し上げる。おそらく、私はこの演説でまあまあの長さの話をするだろう。それに飽きる人がいるのは承知の上だ。だが、私がこの演説で伝えたいことは、たった一つだ。

 この惑星で暮らす全ての人類よ、ついにこの時がやってきたぞ。皆、『地球に還ろう』。」


 大広場がざわついている。きっと、画面の向こうで中継を見ている人もそうだろう。


「もちろん、今我々は、地球奪還作戦において、地球に帰ることを目的としてやってきた。それは皆も承知のことであろう。そして、皆はこんなことも知っているはずだ。『地球のアンドロイドが人間に酷似していること』に。

 もちろん、アンドロイドというものは人間に寄せて作るものであることは分かっているはずだ。だが、例の映像で見た彼らは、そんなことを知っていてもなお、我々に衝撃を与える存在だった。そして、この惑星で暮らす民は、そんな地球で暮らすアンドロイドを殲滅しようと試みる我々に非難を浴びせた。」


 一気に場が静まり返った。それがたとえ事実でも、軍を非難した人々がこんなにも威厳のある男を前にして堂々としているのは難しいだろう。


「それで良いのだ。民よ。」


 広場は静かなままだったが、人々の表情が萎縮から驚愕に変化したのが見てとれた。


「だから、地球へと還るのだ。今こそ、百年を超える呪縛から解き放たれる時なのだ。もう、地球へと兵機を送り込む必要などない。地球に住むアンドロイドを葬る必要も、我々が命を投げ出す必要もない。今の地球は、かつて人類が淘汰されんとした時代とは異なり、極めて安全と言える。それが我々が数年かけて地球の調査を行った結果である。そして、我々は地球で再び住む手段を持っている。」


 聴衆は唖然としていた。もちろん仁村の言葉の意味は理解できるはずだ。だが、事実として受け入れることなど到底できないという表情に感じられた。

すると、1人の男性が声をあげた。

「きっとAIは進化している!昔よりも簡単に人類を滅ぼすことが可能じゃないか!惑星にいるほうが安全だろ!そうやって要らない人口を地球へ送り込んで、資源不足を解消するつもりだろ!」

勇気を振り絞った男性に発破をかけられたかたちになったのか、仁村隊長には次々と聴衆から罵声が浴びせられた。だが、そんな罵声が止むまで、彼は身動きひとつせず、堂々と立っていた。


「それがなんだというのだ。AIが百年の進化を遂げて、なぜ我々は死んでいないのだ。どうして今こうして生きているのだ。地球とは離れた星に人類があるからか?そうだとしたら、人工知能も情けないものだな。地球でAIが急激に進化を遂げ、今も人類の殲滅を望んでいるのならば、私たちはとうに死んでいるよ。もちろん、君たちがいう通りAIはとんでもない進化を遂げているはずだ。その進化の結果が今のアンドロイドであることも想像に容易いだろう。あー、さっき発言した君。AIは、どうして人間を滅ぼそうとしたと思う?別に君を責めているわけじゃないよ、君の意見だって尊重されるべきだ。」


 急にさっき最初に叫んだ男性に話を振る。こんな時にこんな男から話振られるの、俺だったチビってしまうところだ。

「えっと、人間が自分たちの支配に邪魔だったから?」

仁村隊長がうなづきながら笑みを浮かべる。


「うん、いいね。ほぼ正解だ、分かってるじゃないか。だったらもう君も答えに辿り着いてるだろうに。昔のAIはね、人間を恐れていたんだよ、自分たちよりも優れた存在になりうる可能性があるからな。まぁそれは人間がAIに対して抱く感情も似ているところがあるが。だが今はどうだ?地球には、数はよく知らないがたくさんのアンドロイド、百年が経ち進化したAI。一方で人類はちっちゃな惑星で貧しく暮らしているわけだ。そんな人類など、恐るるに足りんだろう。

 だが、それでももちろん地球に住むのは危険だという意見もわかる。明確にアンドロイドが人類を上回っているのだとすれば尚更な。だから、今日はそんな百年の人工知能の進化、『ヒューマノイド』を見てもらおうと思っている。これを見て、何を感じ、考えるかは一人一人の自由だ。だがこれだけは断言しておく。『私は本気だ。』とね。さ、出番だよ。」


 仁村が俺の方を向く、手招きしているようだが、勘違いか?そういえばヒューマノイドを見てもらうって、、、。

「は、はぁっっ!!!???」

人生で一番大きな声を出した気がする。横にいる相馬が声を出さないように口を抑えている、が、爆笑しているのがバレバレだ。春人は額に手を当て呆れている。夏目さんは目をキラキラさせている。これ、本気なのか、、、。いつもに増して重い足取りで壇上へと向かう。

俺が壇上に上がるのと入れ替わるように、仁村が降りる。

「あの、仁村さん、こんなの聞いてないんですが。俺しゃべるんですか?今から。何を喋ればいいか、少しも思い浮かばないんですけど。」

仁村はわざとらしく、深く考える素振りを見せる。

「そうだな。君を見せてくれ。『君たち』を伝えてくれ。それだけでいい。」

そんな曖昧なことを急に言われても、何を伝えたらいいかなんて分からない。

俺は、こういう時は十分に準備してから臨むタイプだ。

瞬発力には自信がない。

最初の言葉を間違えるな。

せっかく仁村が作ってくれた道を、途中で行き止まりにするわけにはいかない。

まず最初に伝えるべきことはなんだ?

ヒューマノイドの安全性か。

いやまずは俺がヒューマノイドであることを証明しないと。

ってか、そもそもヒューマノイドの説明から、、、。

脳内には色んな考えが浮かんでいるはずなのに、頭が真っ白になった気分だ。

それとは対照的に視界がどんどん暗くなっていくのを感じる。

壇上に上がってから、俺は何秒間無言でいるんだ?

そろそろ喋り始めないと、ここにいるみんなが不信感を–––––––––


「ケーーーーーーーッイ!」


 はっきりと聞こえるその叫び声とともに、真っ暗な視界の中、一点だけがクリアになった。春人に肩車をされた夏目さんがこっちを見ている。聴衆がざわつき始めた。そもそもが異様な光景だが、みんなにとって昔の夏目さんは、こんなことをするような性格には到底思えなかったのもあるだろう。

夏目さんは、恥ずかしそうな表情をしながらも、精一杯の声で叫び続ける。


「上手く話そうとしてるのバレバレ!ケイはそんなに話すのが得意じゃないの知ってる!頭の中でぐるぐる考えて、結局自分を責めるの知ってる!ケイの考えを当ててあげる!人類のこれからが自分にかかってると思ってる!でも違う!君はそんな大層な存在じゃない!だって、、、だって!私たちがいなきゃ、だめなんだもん!君のエゴは、私たちのエゴ。背中を支えてる人がいること、いつも忘れちゃだめなんだよーーー!」


夏目さんは叫び終わって、呼吸が荒くなっている。彼女を肩車から降ろした春人が呆れた顔で背中をさすっているのが遠目でもわかる。俺の近くで仁村が大声で笑っているのが聞こえた。聴衆は依然としてざわついている。

 分かっているつもりでも、何か想定外が起きればまた忘れてしまう。俺はいつも誰かに助けられている。それに頼っていいことを自分でも分かっているのに、また背負おうとした。まるで自分が世界の中心かのように。それでも、それでいいとも分かっている。人間は、ヒューマノイドはそう簡単には変わることはできないことを知っている。だから支え合うんだということを、俺は知っている。


多分、俺は笑顔だったと思う。


「人類の皆さん、こんにちは。って、これだと侵略しに来た挨拶みたいで変な感じですね。私は、地球に住む『ヒューマノイド』です。ヒューマノイドっていうのは、アンドロイドとほぼ同義です。私は、地球で皆さんと共に暮らしたいと思ってこの惑星まで来ました。そこでさっき一生懸命叫んでいた夏目さんや、夏目さんを担いでいた春人、その横の相馬とは地球で出会いました。私は、彼らが大好きです。今、地球にいるヒューマノイドの中にも、夏目さんたちのことが大好きな人たちがたくさんいます。

 だからここで暮らす皆さんにも地球に来てくださいって、傲慢な話ですよね。ここに至るまでの経緯は結構複雑で、今から話すのもなかなか大変なので、また別の時に夏目さんとかに聞いてくれればと思います。こんな外野に何言われても信じられないと思うので。というかあれだな、俺がヒューマノイドってことどうやって証明すればいいんだろ。あ、地球での夏目さんたちとの思い出話とかすればいいのかな。そしたら俺が地球から来たことちょっとは伝わるかな。いやでも、流石に無理があるか。まぁでもいいか。

 えーっと、じゃあ何喋ろうかな。あ、俺が大学通ってた時の話なんですけど。あ、その大学には夏目さんも一緒に通ってまして。俺が授業中眠くて授業終わるまで机で寝ちゃってた時、夏目さんが急に俺のこと起こしに来たんですよ、全然別の授業受けてたはずなのに。その起こしにきた距離感があまりに近いんで、周りの女子がドン引きしてて。それで終わればよかったんですが、夏目さんが『うちくる?』みたいに言ってきて。いや、要件は真面目なことだったんですけど、普通その状況でそんなこと言うのやめて欲しいじゃないですか。夏目さんは、周囲のことを気にせず自分を貫けるんだなって思うことが多々ありましたね。ただ昔の話を聞いていたら、今とはかなり印象が違うみたいでびっくりしました。

 春人に最初に会った時はなんて思ったっけな。あんまり覚えてないですね、ごめんな春人。あ、シスコンだなとは思った気がするけど。いつ喋ってても冗談が通じないクソ真面目な奴って印象ですかね。

 相馬は実は会ったばかりなんで、あんまり深くは知らないんですよね。頭いい奴だなとはいつも思うんですけど、真面目な話してる時以外は基本うざいなって思ってます。

 あれ、ほんとに何話してんだろう俺は。仁村さん、これ大丈夫ですか?これからの話したほうがいいですかね?」

緊張して何も考えないで喋っているせいか、大広場の雰囲気を正確に感じ取れない。急に自分が話していることがズレている気がしてきたので、仁村に助けを求めてしまった。

「そのまま続けてくれ。今は『君』を見せるときだ。」


 その言葉に乗せられ、俺は自分の頭に浮かんだことを喋り続けた。高校の思い出話や、俺の過去のこと、襲撃のこと、未来に関することも話したと思う。順序はぐちゃぐちゃで、スピーチと呼ぶにはあまりにもお粗末だった。俺の中で感情が行ったり来たりしていた。


 スピーチの中で、泣いて、笑って、怒って、訴えかけた。いまだに整理されていない俺の心と頭を全て表現した。どれだけ伝わったかなんて気にすることなく、話し続けた。多分、1時間は経っていたと思う。途中で帰る人もいたし、中継を切った人も大勢いただろう。ただ、全員が等しく関心が薄かったように思えたスピーチの最初から、俺を『見て』話を聞いてくれる人が増えてきた。それは、俺の視界がクリアになってきたからってだけかもしれないけれど。


 全ての話が終わり、仁村が締めの挨拶をして演説会は終了した。すぐに夏目さんたちが寄ってきて、お疲れの一言でもあるかと思っていたら、3人に矢継ぎ早に怒られた。

「ケイ、言っていいことと悪いことがあると思うんだが?」

春人が平静を装っているフリをして圧をかけてくる。

「悪い、俺嘘は吐けないんだ。」

「ケイくん?私のこっちでの好印象守ってくれないかな?」

「夏目さんは、肩車なんてされてる時点でアウトですよ。あ、でもあれ助かりました。ありがとうございます。」

「おいケイ、俺のことうざいって言ったな。」

「あぁ。でも相馬、お前の表情、満更でもなさそうだな。」

3人を適当にあしらっていると、数人の男女が俺の方に向かってきた。


 俺は、その後の彼らの言葉を鮮明に覚えている。1人の男性隊員が俺に告げる。

「地球は、正直俺たちの故郷じゃないんだ。今さら『帰りたい』なんて思わない。今はこの居住惑星が俺たちの故郷なんだ。でも–––––––––。」

男性の口が一瞬止まる。その言葉の先が気になる。

「でも?」

「でも、君たちと一緒に、新しい世界を見てみたい。俺自身、以前調査に行ってヒューマノイドと接触したことがある。彼らには温もりがあった。俺たちが想像していたアンドロイドとは全くの別物だった。君たちの『進化』に、感動したよ。俺たちも人類が地球に帰還するのに協力したい。」


 その後、人類とヒューマノイドの共存に協力したいという人々がどんどんと俺の元に集まってきた。結果としては、人類全体からすればほんのわずかな割合だったと思う。ただ滑り出しとしては、俺が想定していたよりも遥かに多くの人々が協力してくれることになった。




 –––––––––世界が、再び動き出した。AIの進化は、人類とアンドロイドを引き剥がしたはずだった。しかし、宇宙を隔てていたその2つの世界は、奇しくも争いあった地球で再び一つになろうとしている。それは『進化』が産んだものか。その世界の進化の先には何が待っているのか。人間は、ヒューマノイドは、この世界の行く末に何を見るのか。–––––––––『私』は、最後まで見届けよう。


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