第24話「最強の相棒」


 俺たちが共存計画についての動画を公開してから、約半年が経とうとしていた。

動画はものすごいスピードで再生回数を伸ばしていったが、それに反して計画に協力してくれる人は最初の街の二百人ほどに加えて、世界各地のヒューマノイドを合わせても数千人程度だった。もちろん十分集まったとも考えられるが、世界全体のヒューマノイド数からすれば、ほんの一握りだった。ただ、リベレーションを改良してくれた男性ヒューマノイドによると、リベレーション普及率は90%を超えているとのことだった。ここまで普及した理由は最後までわからなかった。

 俺たちは賛同してくれた数千人に対して、実際にどのように人間と共存していくかの計画をオンライン上で説明した。計画に賛成してくれた人々は、嬉しいことに世界中にいたが、それは同時に、彼らがすぐに協力することが物理的に難しいことを表していた。

 結果的に、最初にリベレーションを普及させた街から人類を受け入れ、実験的に共存を目指すことにした。世界中の至る所にいる計画の賛同者に、最初の街=『共存エリア:零』の様子を見せることで、どのように共存をしているのかを理解してもらい、将来的な共存エリアの拡大をスムーズに行うことができるようにした。だが、最も大きな問題が一つ。


 具体的な計画の実行手順と、協力してくれるヒューマノイドたちへの説明が終わったところで、そろそろ次の手を打たないといけないと思い、その日は俺と夏目さんの二人で東雲家で話し合った。

「さて、どうやったら人間がヒューマノイドと一緒に暮らしてくれるか考えないといけないですね。」

「ケイ、考えてなかったの?」

夏目さんがわざとらしく顔をしかめている。

「いや、考えてはいます。ただ、春人の乗ってきた新型機兵がまだ稼働できそうにないのが誤算でした。俺たちの睡眠カプセルのエネルギー技術と同じって聞いてたので、すぐ破損した箇所を直せると思ってたんですが。」

「意外と高度に作られてたみたいね。ま、意外でもないか。それで、今は機兵が動かないから待つしかない、と。」

椅子に座りながら両脚をパタパタと交互に揺らし、もどかしそうな顔をしている。

「なんせ、地球を発って惑星に到達する手段がありませんから。」

「そうだね、あのリベレーション改良してくれたメガネくんに頑張ってもらうしかないかぁ。ね、今日はユウナちゃんと春人は?」

「ユウナなら俺の父さんに会いにいってますよ、なんでかは知らないですけど。春人は人類食物の栽培エリアに。夏目さんも手伝ったらどうですか?」

「えぇ私はいいよ、がさつだし。植物枯らしちゃう自信しかない。」

「めんどくさいだけでしょ、、、。」

「ん?ケイくん?なんだって?」

容赦ないデコピンが飛んでくる。マジで痛い。

若干の涙目になりながらおでこを抑えていると、激しい足音が迫ってきた。

「みんな!いるか!」

結構な量の汗をかいている。相当な距離を走ってきたようだ。夏目さんが俺のおでこを俺の手の上からさらに隠しながら、汗だくの春人へ目線を向ける。

「どしたの春人、そんなに焦って。」

「ユウナさんは、いないのか?」

「ユウナなら俺の父さんのとこに。」

春人は少し呼吸を整えてから、再び話し始めた。

「そうか、まぁ二人だけでも構わない。聞いてくれ、惑星人類の新型機兵が地球へと上陸した。」

「うそ!?」「なんだって!?」

「すぐに僕と来てくれ。今は時間が惜しい。説明は移動しながらにさせてもらうよ。」

俺と夏目さんはそう春人に急かされるかたちで、すぐに支度をして東雲家を出発した。


 五人乗りの車の助手席に春人を乗せ、機兵が上陸したという目的地へと向かった。

「すまないねケイ、君に運転させてしまって。こっちでは免許を持っていないもので。あ、そこ右で。」

交差点に入る直前に指示をしてくる、反射神経を鍛えるには非常にありがたいナビだ。

「っぶね、おせぇよ。てか、春人はこっちの法の外の存在だろ、別に律儀に守んなくたっていいだろ。夏目さんもバイク乗ってるんだし。」

「私はこっちで免許とったんだよ?」

夏目さんが後部座席から顔を覗かせる。

「そうなんですか!てっきり無免かと。お金どうしたんですか?」

「バイトして稼いだ。」

「夏目は地球でバイトしていたのか?あ、ケイそこ高速入って。」

「おい春人貴様。」

「うん、めっちゃ稼げるとこ。」

「夏目さんその先は怖いので詳細は言わないでもらっていいですか。」

「りょーかい!んで、そろそろ本題聞かせてよ、春人。」

夏目さんが話題を戻す。高速に入ったためしばらくこの悪ナビに振り回されなくて済む。

「そうだね。僕が作業をしている時、先に音で気が付いたんだ、新型機兵の音だって。そして、音のする方を向くと、一機だけ空中に留まっていた。周囲を確認し、今から向かうところへと機兵は上陸しに行った。襲撃するような素振りは、一つもなかった。」

「一機だけ?妙だな、新型機兵は遠隔操作できない仕様なんだろ?ってことは、上陸したのは1人だけってことか?」

「いや、最大2人だ。機兵にはもう一人分の座席が用意されている。」

「だとしてもおかしくないか?なんの目的で一体誰が。」

「今からそれを確かめに行くんでしょ?春人。」

「そうだ、そして、願ってもないかたちでチャンスが降ってきた。そうは思わないか?ケイ。」

「チャンス?」

「あぁ、僕らが惑星に住む人類と交渉するチャンスだ。」


 高速を抜け、春人が予想していた機兵着陸地点のあたりまで来た。ただ、見つけるのに骨が折れるのはこれからだ。このあとどう探して行こうかと相談をし始めた時だった。

「春人!」

後ろから春人を呼ぶ声がして振り向くと、そこには1人の青年が膝に手をつき息を切らして立っていた。俺は見覚えがない。夏目さんを見ると、額に手を当て考えていた。思い出そうとしている様子だ。ちょっとだけ面識があったのだろうか。しかし、一番呆然としていたのは春人だった。

「相馬、、、なのか。」

春人は一歩、また一歩ゆっくりと息を切らした彼に近づき、強く抱擁を交わした。


 その後の2人の会話の内容は、俺にはわからないことが多かった。惑星人類側の状況の話だろう。夏目さんもあまり理解できていなかったみたいだ。だが、春人の口調を聞いていると、状況はそう悪くないように聞こえた。

「すまない夏目、ケイ。彼の名は相馬義敏だ。夏目は少し顔を合わせたことがあるかもしれないな。僕と一緒にバディを組んで以前地球にやってきたことがある。」

春人と組んでいたっていう隊員か。つまり、俺の父さんとも面識があるってことか。今までの彼の行動や話し方から察するに、こちら側の状況にかなり理解がありそうではある。

「夏目さん、会えて嬉しいです。あなたは、アンドロイドの方ですか。」

「あ、あぁ。」

「あれ、こっちのアンドロイドって自分のこと人間だと思っているんじゃなかったっけ。俺がいない間に随分と状況が変わっているみたいだな、春人。」

「あ、うん。そうだね、色々長くなるだろうし移動しながらゆっくり話そう。機兵は大丈夫か?」

「大丈夫だ。搭乗型機兵も改良されててな。着陸地点を登録すれば、惑星との行き来だけなら無人でできる。そして機兵に誰か近づこうもんなら俺の端末まで通知が来る。だから基本は置きっぱで問題ないさ。」

「今はそんな機能があるのか、すごいな。じゃあとりあえず移動しようか。ケイ、車出してくれるか?」

「おう、分かった。」

急に春人が取り仕切り出したことに違和感を覚えつつも、俺は東雲家へと向かい車を出した。


 さっきまでと同じ景色が逆再生されていく時間で、相馬がなぜ今になって機兵で、しかも単身で地球へとやってきたのかを聞いた。

 相馬がこの地へやってきたのは、簡潔に言えば春人の救出が目的だったのだという。それは、上層部からの命令ではなく、相馬自身が隊長に直談判し続け、やっとのことで実現したのだという。

惑星では、地球に現存するアンドロイドは危険性が低いことが認められ、大々的に報じられた。その影響もあってか、相馬は単騎での発艦を認められ、地球へとやってきたのだという。

「惑星では、地球のアンドロイド殲滅を目的としていた地球奪還作戦に疑問を持つ声が段々と大きくなってきている。というのも、以前に俺と春人も参加した作戦のあと、別の班の奴らが『とある映像』が収められたカメラを見つけ、それを軍に秘密で世間にばら撒いた。見るか?」

「俺も見る。ちょっと止まっていいか。」

俺は車を道端に止め、映像を見た。

 そこに映っていたのは、火の海の中で悶え苦しむヒューマノイドたちだった。撮影者の悲鳴が聞こえる。一瞬カメラが空へと向く。そこには、ハッキリとは映らないながらも多くの搭乗型機兵がレーザーを打つ姿が映っていた。間も無くして映像は真っ暗になり、数秒後に大きな爆発音が鳴ったと同時に、映像は終了した。きっと、撮影者は身を挺してカメラを守ったんだろう。

「この映像は、世論に大きな影響を与えた。人間のような見た目、死に際にアンドロイドであることが明らかになる様、悲痛な叫び声。その姿を見て、何も思わないほど、人の心は腐っちゃいなかったってことだな。」

「だが、こんな映像を流されちゃ軍の上層部は黙ってないんじゃないか?」

春人が当然の疑問を投げかける。俺は再び車を走らせ始めた。

「その通りだ。だが、上層部が対応に踏み切ろうとした頃には、既に収拾がつかないほど世論が傾いていた。今は、流されるかたちで奪還作戦は『中断』している。」

「中断なの?中止じゃなくて?」

「さすが夏目さん、鋭いですね。正直、今は誰も正解がわからない状況になっています。隊員は皆暇を持て余していますよ。」

「そんな状況でよく機兵引っ張って地球まで来れたね。」

「逆だね、こんな状況だからこそだ、春人。今、人類は気づき始めている。自分たちが望んでいるのはアンドロイドの殲滅なんてものではないんだってな。実際のところ、なんとしても地球を取り返したいなんて考えてる奴は少ないんだよ。」

バックミラーで夏目さんが顎に手を当てているのが目に入った。

「でも、このまま人口が増えれば、確実に惑星の資源不足で人類は衰退するよね。地球奪還作戦の発端はそこでもあるはず。」

「なるほどね。」

「気づいたか?春人。」

「うん。だから、今惑星人類が必要としているのが、僕や夏目だってわけだね。ここで多くのヒューマノイドと接してきた僕らが、地球へ人類が帰還するために必要だと判断された。だから相馬の上陸が許されたんだ。」

「そういうこと。てかヒューマノイドっていうんだな、ここのアンドロイドは。まぁでも、もともとは春人を見つけられれば御の字だったんだけど、まさか本当に夏目さんと合流できていたなんてな。」

「結局のところ、相馬の目的は僕らを連れて帰ることなのか?」

「表向きはな。だけど、『ただ連れて帰るだけ』かは春人たちに会ってから決めようと思っていた。見たところ、そう易々と機兵に乗って帰ってくれそうもないし。」

「まぁ、そうなるね。でもそもそも機兵に3人は乗れないんじゃないのか?」

「いや、今は4人まで乗れるようになってる。」

「そうか、、、。なるほどね。うん、やっぱりチャンスみたいだね、ケイ。」

「あぁ、そうだな。」

「チャンス?」

不思議そうに相馬は呟いたが、そう言っているうちに東雲家に帰ってきた。


 家に上がってからは、寝転がったり、ソファに座ったりと各々が少しの間ぐったりしていた。俺のすべきことは分かっていた。人類との共存を目指す上で、これほどの好機はない。相馬に協力を求め、惑星人類とのパイプを作る。

 しばらくすると、もともと今日は4人で話し合う予定だったため、ユウナが帰ってきた。彼がいることに最初は驚いていたが、なんとなく状況を察したのか、相馬に挨拶をして、洗面所に向かい、すぐに戻ってきた。そのタイミングでソファに座っていた俺は姿勢を正した。他の4人もその意味を理解し、少し緊張感のある空気が流れた。


 さっきまでユウナがいなかったこともあり、最初はおさらいも兼ねて相馬から惑星人類の現状とここに来た目的について話してもらった。その後、俺はヒューマノイドやヘルシャフトの事実を交えて、共存計画について相馬に話した。基本的には俺が説明し、他の3人に補足してもらうかたちだった。

「いきなりで理解しづらかったと思うけど、どうかな。地球上での共存が可能になることは、人間にとっても悪くないはずだ。」

俺はなるべく丁寧に、かつ人間にとってもメリットが十分あることを強調して説明した。

「そうだな、だいたいは分かったよ、君らがやりたいこと。」

言葉の上では納得したような内容だが、言い方に含みを感じ取った。俺たちが返事をする前に彼は続けた。

「そして、ヒューマノイドと人間のパイプ役が必要になり、丁度よく俺が選ばれたってわけだ。」

少し意地の悪い言い方に聞こえたが、言っていることはその通りだ。

「あぁ、そうなる。」

「そこは隠さないんだな。」

相馬が笑いながら答える。

「今何かを隠すことは、俺たちのメリットにもならないからな。まぁでも、すぐに答えを出す必要はない。そもそもこの状況をすぐに理解するなんて無理な話だ。だから–––––––––。」

「協力するよ。」

「えっ。」

「俺は君たちに協力する。これが第一の答えだ。」

また含みを持たせた言い方だ。

「第一のって?」

ユウナが横から口を挟む。だが俺も同じところに突っ込んだだろう。

「あくまで俺の意思で、君らに協力する行動をとるつもりってことだ。だけど、君たちの計画の成功可否は、残念ながら俺に懸かっているものではないな。期待外れで申し訳ないが。」

「というと?誰に懸かっているんだ。」

彼は本当に次の質問を引き出すのが上手いなと、感心してしまう。

「俺たちの軍のトップ、『軍隊長』だ。さっきケイから聞いたヘルシャフトの話で、軍の行動で引っかかっていた点のだいたいは納得がいった。おそらく、隊長が一枚噛んでいることは間違いないだろう。どこまでヘルシャフトとやらに従っているかはわからないけどな。地球奪還作戦部隊ができてから隊長はずっとあの人だ。おそらく、世論形成の始まりの人でもある。まぁ、ヘルシャフトに協力するってことは人間ですらないかもな、実際。」

相馬が話している間に、春人が隙をみて問う。

「確かに隊長がヘルシャフトに従っている存在ってのはあり得るとして、どうしてこの共存計画の可否に大きく関わっているんだ?今、世論は軍を信頼してないんだよね?」

「まぁな。でも、別に世論は君らの計画に寄り添ってるわけでもねぇ。惑星で暮らせりゃそれでいいなんて連中も山ほどいるんだ。」

俺の横で夏目さんが腑に落ちたような表情をしている。俺とユウナはずっと顔をしかめたままだが。

「そっかそっか、それで隊長ね。やっぱ話には聞いてたけど、頭いいね、相馬くん。」

「夏目?何か分かったの?」

「『ジョーカー』だね、隊長は。諸刃の剣と言ってもいいかな〜。」

相馬が夏目さんの言葉に少し笑う。

「夏目さん、その通りです、その認識で合ってますよ。いいか、春人、みんなも。今、君らは人類の世論を勝ち取らなければならない。そして、残念ながらそれは俺でも無理だし、夏目さんや春人でも無理だ。まして地球から来たヒューマノイドだったら尚更だ。だけど、隊長ならできる。彼の言葉は人類を動かし続けてきた。それが仮にヘルシャフトの意思だったとしても、人々の心を動かしたのは隊長の言葉に他ならない。俺も含めて、君らはヒューマノイドと人類をつなぐ鍵になれるかもしれない。でも、そのドアを開くのは人々なんだ。そして隊長は、人々にドアノブを握らせることができる人物なんだ。」

相馬の話の一つ一つの言葉に聞き入ってしまう。俺からしてみれば、彼も十分に言葉で人々の心を動かすことができる人物だと感じる。だけど、そんな彼にここまで言わしめる人物が、『隊長』なのだろう。確かにその人物に賭けてみたくなった。だがやはり懸念点はあった。

「ヘルシャフトに協力していたような人物を、そう簡単に説得できるのか?」

俺の言葉に相馬は、余裕さえ感じる笑みを浮かべる。

「君らの存在や行動は、ヘルシャフトの計画をねじ曲げるほどのものだったんだろ?そんな『親』の意思を変えちまうような奴らなら、従っている『子供』の1人や2人の意思ねじ曲げるくらい簡単だろ。」

「ねじ曲げるって、言い方悪いな。それに、人々の心を動かすのは俺たちには無理だって言ったじゃないか。」

「適正の話だよ、対象の数も立場も違うだろ。」

「なるほどな、納得した。」


 俺たちは、相馬の提案に乗るかたちで、軍隊長の協力を得ることを次の目標とすることになった。そして、これもまた相馬の提案で、機兵に俺、春人、夏目さんを乗せ、惑星へと向かい、直接隊長に俺たちから話をすることになった。

 出発の日、ユウナを置いていくのはあまり気が進まなかったが、彼女は笑顔で送り出してくれた。相馬と俺たち3人は機兵へと乗り込み、地球を飛び立った。

「なぁ相馬、その隊長の名前ってなんていうんだ?」

その隊長の名前を聞いた時に、戦慄したのをはっきりと覚えている。彼の名は



–––––––––仁村秋斗。




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