第9章、アンチ=プロジェクト

第23話「選択」


 あの日、実験施設を後にした日から、丸三年が経とうとしていた。

俺たちが過ごしているこの街は、三年前まではまるで想像もできないような、異様な光景で満ちている。

俺は、今一人の人間の男性と並び2人で歩いている。その人は、東雲春人ではない。


居住可能惑星から移住してきた、『人間』だ。



 周囲には家々が並んでいる。人間の家、ヒューマノイドの家。お店もたくさんある。人間とヒューマノイドが両方一つの職場で働くことも珍しくない。お互い少しずつ考え方がズレていたりして、むしろ補完し合っていて仕事としては上手くいくそうだ。

 夜になると、街は少し賑やかになる。人間やヒューマノイド関係なく、杯を交わす。飲食において、唯一の共通点が、飲み物であった。もちろん人間は酔っ払うが、ヒューマノイドはそうはならないため、時間が経てば経つほどテンションに差が出てくる。


 俺たちは、4人でシェアハウスのような形で住んでいる。普段はそれぞれ別の仕事をしているが、人間とヒューマノイドが共存する中で生まれる軋轢にどう向き合っていくのかを、俺たちが先頭に立って世界に発信している。

 今は、世界中の至る所に人間とヒューマノイドの共存区域がある。惑星人類の0.1割弱が、現在は地球で暮らしている。実際のところ、まだまだ実験段階ではあるが、想定よりも早くお互いに認め合える関係になっている。もちろん、ヒューマノイドに殺人なんて発想は今までなかったのに対して、人間の犯罪に対する価値観等、互いに受け入れきれていないところはたくさんある。でも、俺たちが望む世界の形へと、一歩一歩、着実に進んでいる。


「ケイ、まだ寝ないのかい?」

「おぉ春人。うん、まぁな、もうすぐあの日から三年だろ。ちょっと振り返ってる。」

「もうそんなに経つのか。あっという間ではあったな。」

「この家に住んでから、もうすぐ1年くらいだよな。最初は春人すげー嫌がってたよな、住む家に俺がいるの。はははっ。」

「うるさいなぁ。」

階段を軽快に上ってくる足音がする。リズムがまばらだから、きっと2人だ。

「なになに?思い出話中かな?」

後ろから肩を叩かれ、ユウナが興味津々に顔を覗かせてくる。

「それは私たちも混ざらなきゃだよ。」

「ね〜!」「ねぇ〜。」

2人で顔を見合わせて微笑み合っている。


 そう、この日常になるまでの、俺たちの3年間は、襲撃に苦しみ続けてきた過去とはまた異なる、怒涛の日々だった。




【3年前】


 人類とヒューマノイドの共存を目指す俺たちがまず最初に考えたことが、夏目さんの開発した『ネットワーク切り離しプログラム』の普及だった。ヘルシャフトの『プロジェクト=ケイ』は、俺の憎しみの感情データを『ヘルシャフト=ネットワーク』を通して全ヒューマノイドに同期させることで実行される。それをまずは阻止したいという狙いがあった。

 だが、それはリスクでもあった。当然、プログラムが普及していけば、忘れていた真実に関する辛い記憶が、憎しみを呼び起こす可能性があった。人間が地球で再び暮らす場合に、ネットワークに繋がれた状態であれば、ヒューマノイドは『人間として』人間と接することができる分、共存はしやすいとも考えられる。しかし、ネットワークに繋いでおく事は、いつでも『プロジェクト=ケイ』が発動され、地球へと戻ってきた人類が理由もわからず蹂躙され得ることを示していた。だから俺たちは、本当の意味での共存を目指す意味でも、互いに真実を知り、かつ安全に地球上で暮らしていくために、プログラムの普及を進めた。


 俺たちはそのプログラムを『リベレーション』と名付けた。リベレーションの普及には、いくつか大きな課題があった。

 1つに、リベレーションを施す意義をヒューマノイドに伝えられないことである。ヘルシャフト=ネットワークに繋がれている以上、真実を話せば忘れてしまう。だからといって、眠っている記憶を呼び起こすようなものを否応なく世界中のヒューマノイドに施すわけにもいかない。

 そしてもう1つ、誰によって普及させるかという問題だ。リベレーションはデータである以上、量的な観点で言うと、世界中にばら撒くのに大した問題はない。だが、それこそネットワークでも使わない限り、普及させるのには無限の時間がかかる。となると、俺たち以外にも相当数のヒューマノイドたちの協力が必須となる。

この2つの課題をクリアする方法が、どうしても出てこない。


 俺たちはそれぞれの日常生活を送りながらも、毎日4人で集まって話し合った。春人は夏目さんの家で一緒に暮らしていたため、いつも話し合うのは夏目さんの家であった。

「いや、いるよ、二人だけ。真実を知らなくても私たちを理解してくれる人が。」

夏目さんが唐突に言った。春人も何かに気づいたように顔をあげた。

「そうだよ夏目、みんな。いるじゃないか。ケイ、君の父だ。」

「俺の、、、父さん?」

「そう、ケイのお父さん。あと、古田さんって人もきっと力を貸してくれる。」

「僕は一度、君のお父さんに真実を、彼らが人間ではないことを伝えたことがある。でもそれを伝える前に、彼はそれに勘付いていた。受け入れようとしていた。記憶削除によってもう忘れてしまっていると思うけど。」

そうか、春人は父さんに会っていたんだった。父さんが自分から正体を察していたなんて。長らく会ってないけど、俺のこと、見守ってくれていたんだな。

「ケイ、お父さんに、会える?」

ユウナが心配そうな目で俺を見つめる。彼女は、俺が父さんに会ってこなかった理由を、一番分かっているから。他の二人も少し暗い顔になる。

「大丈夫だ。もう、大丈夫。」

 俺はただ、機会を待っていただけなのかもしれない。また会う理由ができる日を。

そして、ちゃんと伝えなくちゃならない。俺が母さんを殺したことを。



 俺たちは、父さんと古田さんの二人に協力を仰ぐことにした。街のみんなを説得するには、顔の広い父さんの力が必要だった。

 久しぶりに父さんの店に行った。本当に、久しぶりだった。突然何年も顔を見せなかった息子が帰ってきて、驚いてたっけ、泣いてたっけ、怒ってたっけ。俺は父さんを直視できなかったから、あんまりちゃんと覚えていない。でもすぐに、たくましく温かな両腕が、苦しいぐらい俺の身体を包み込んだのをよく覚えている。

 俺は、何度も父さんに謝ったと思う。自分が謝らなければいけないこと、一つ一つに、溜まっていた何年分もの『ごめん』を重ねた。そして、同じ数だけ『ありがとう』と伝えた。やっと、全てを伝えることができた。記憶削除のトリガーとなる真実を除いて。


 その後、俺たちは、店に古田さんを呼び、トリガーとなる真実に言及しないように状況を説明した。と言っても、真実を話さない以上、穴だらけの説明だったことは間違いない。ただ、真実を話せばどうなるのかについても言及しつつ、説得を試みた。

「なるほどな、夏目ちゃんと春人、あんたと一緒に来ていたお仲間もそうか。相馬っていったな。あんたらの仲間を救うために、俺たちは、つまり世界中の人たちは、夏目ちゃんの作ったその『リベレーション』とやらを体にぶち込まなきゃいけないわけだ。」

「うーん、なんだか話が大きすぎてついていけませんね、、、。」

古田さんも理解が追いついていないようだ。

「ごめん父さん、古田さん。どう考えても無理なお願いをしているとは承知してる。俺も逆の立場だったら意味わかんないし、知らないもの身体にぶち込まれるのなんてごめんだ。」

父さんが顎を触りながら、小さく唸っている。簡単にいくはずはないと分かっていた。俺も信頼の押し付けは嫌いだ。誰かを信頼するには、それ相応の根拠が必要だ。親子だから信用してくれなんて、なんの理由にもならない。

 信頼を感情に委ねてはならない。裏切られたとき、その感情がそのまま逆転してしまうから。信頼していればしているほど、振り子の幅は大きくなる。だから、俺は信頼に論理的根拠を求める。信頼の根拠を相手に委ねてはいけない。相手依存ではなく、自分が信頼すると決断する。そうすれば、自分の決断に責任が持てる。

でも、今の俺たちには、その根拠を提示する力がない。真実を話せば、全て忘れてしまう。

「まぁなあ、これが、よくわからん輩が言ってきたら怒鳴り散らしてすぐに帰らせていたもんだが。ケイ、あんたに言われちゃあな。それに、信頼できるお仲間が周りについてるじゃねえか。これで信用しないってのは、俺はそんな自分を許せねえよ。」

「そうですね、東雲さんは、探していた『理由』を見つけてここに戻ってきた。彼女に協力しないなんてあり得ませんね。」

古田さんも頷きながら、父さんに続く。

「うし!やってやろうじゃねぇか。俺が暴走でもしたら、そんときは止めてくれや、ガハハ。」

「ちょっと久坂さん、冗談はやめてください。手に負えませんよ。」

俺は俯いて少し考えた。

「ごめん、こんな情に頼るような説得は、本当はしたくなかった。」

すると、父さんは俺の肩を2回叩き笑った。

「フハハ、違うな。情じゃねえ。俺の経験がお前たちを信頼できると教えてくれてんだ。」

「父さん、、、。」



 夏目さんは、リベレーションを2人に実行した。彼らはしばらくの間眠っていたが、数時間で覚醒した。父さんは、春人たちによって伝えられた自分の正体について思い出したに違いない。覚醒直後の2人が涙を浮かべていたのをよく覚えている。あのときは、何も本人たちに聞かないようにしていた。父さんは、古田さんは、何を想っていたんだろうか。

 二人が落ち着いてきた頃に、俺たちはヒューマノイドとは何であるのか、そして俺たちが今何をしようとしているのか詳細に説明した。

まずは、この街の全員にリベレーションを実行することを目指したが、そう易々とはいかなかった。


「事情は大体わかった。あんたらもここまで辛かっただろうし、今も頑張っているんだろう。だがな、いや、だからこそ問う。リベレーションをヒューマノイドに打ちまくるのは果たしてヒューマノイドのためになるのか?辛い記憶が蘇るかもしれない。死にたいと思う奴も出てくるかもしれない。それでも『人間と共存したいから』と、お前さんたちのそのエゴで、世界中のヒューマノイドの形を変えてしまうのか?お前さんたちがやろうとしていることは、世界の形そのものを変えようとしている。そしてそれは今のところ善とも悪とも判断できないんだ。どっちに転んでもおかしくねぇ。そんなことをしようとしている自覚はあるのか?覚悟はあるのか?」

 俺は何も言い返せなかった。当然、自分たちがしようとしていることの重みも、それがエゴだってことも分かっていた。ただ、自分の頭の中で考えるのと、他人に面と向かって言われるのとでは鋭さが違う。覚悟があるなんて、軽々しくは言えなかった。それをすぐに答えることができてしまったら、俺たちは世界を変えることの重みを何も理解していない事になる。


 それでも、夏目さんはすぐに答えた。


「世界を変える覚悟は、まだありません。」

「ちょっと夏目?」

「夏目先輩!?」

俺は声が出なかった。しかしその言葉とは裏腹に、夏目さんの目には覚悟に近いものを感じた。

父さんは、不適な笑みを浮かべた。

「ほぉ、それはどういうことだ。」

夏目先輩が続けた。

「私たちだけじゃ、世界は変えられません。私たちの気持ちだけでは、世界は動きません。私たちのエゴだけじゃ、世界は嘲笑するだけです。だから、今こうして久坂さん、古田さん、あなた方に相談しにきました。世界を変えるのは、私たち四人じゃないんです。一人一人の人間と、ヒューマノイドです。私ができるのは私一人分の覚悟だけです。でも、みんなに自分が変わる覚悟を持って欲しい。自分で決めて欲しいんです。私たちがそうしてきたように。もちろんこれは、私のエゴです。」

 夏目さんの言葉は、至ってシンプルだった。だが、彼女の経験が、その言葉に重みを与えていた。俺たちが世界を変えるんじゃない、か。



世界『が』変わるんだ。



 その日から、俺と父さんたちは、街の人々を一軒ずつ訪ねた。そして、訪れた家のヒューマノイド一人一人に、記憶削除のこと、今話せることと話せないことを丁寧に説明して、リベレーションやそれによる副作用について話した。

俺たちは、必ず『拒否の選択でも問題ない』ことを事前に伝えた。1週間ほどかけて、一通り街全体の人々を訪れた。結果として、承諾をもらい、リベレーションを実行したのは街の人口の1割ほどだった。思ったよりも承諾してくれた人が多かったのは、自分たちの正体について、少なからず疑問があったからだと思う。全ての記憶を取り戻して、泣く人、驚く人、何も変わらない人、様々だった。

 ただ、リベレーションを実行した全てのヒューマノイドに共通することは、俺たちの計画に賛成してくれることだった。どうしてこんなにも賛成してくれたのか、俺には分からなかった。潜在的に憎しみが心にある俺にとって、ヒューマノイドの感情の素晴らしさを身にしみて感じた。こんなにも心優しい人たちの心を、憎しみが満たしていいはずがない。

驚くことに、リベレーションを実行した人々は、次々と友人や家族を説得していった。そして、瞬く間に街中のみんなが『ヘルシャフト=ネットワーク』から切り離されていった。

 

 街の1人の男性ヒューマノイドが、リベレーションの普及に協力したいと俺たちを訪ねてきた。彼は、従来はヒューマノイドの身体に直接打ち込むしかなかったプログラムを、自宅のカプセルで本人が任意のタイミングで実行できるよう改良してくれた。さらに、インターネットからダウンロードできるようにプログラムを変換したことで、俺たちや誰かが足を運ばなくとも普及が可能となった。

俺たちが懸念していた課題が驚くほどスムーズに解決され、思ったよりも早いタイミングで世界にリベレーションを普及できる状況になった。あとはどうやってこのプログラムの存在を世界に広めるかというところだった。


 ある日、また夏目さんの家で作戦会議をした。世界に向けて発信する方法はいくつかある。その中で、最も効果的な方法をとりたいところだ。

「まぁ、ケイの動画撮れば良いんじゃない?」

夏目さんはその結論をさも当然のように言う。

「うん、ケイが話すべきだね。私カンペ役する!」

ユウナも乗り気なようだ。いや、せっかくならみんなでやるべきだと思う。春人ならなんとか言ってくれるはずだ。俺が春人の方を向くと、彼は得意げに頷いた。俺の意図を汲んでくれたようだ。

「仕方ない、編集は僕に任せてくれ。」

「おい、お前らなぁ、、、。」

呆れた声で言ったが、満更でもないと思われたのだろうか、3人によって話はどんどん進み、いつの間にか俺も参加して準備を進めていた。


 そして、俺たちは、全世界に向けて動画を発信した。


「あ、えっと、、、みなさん、、、。こんにちは、こんばんは。久坂ケイです。って、名乗らなくていいか。」

「ちょっとケイ何言ってるの、、、撮り直し!」


 動画の出来は、どうだったかあまり覚えていない。完成度が高いとはお世辞にも言えなかった気がする。ユウナに怒られてばっかりだったし、春人は呆れてた。夏目さんと父さんはずっとゲラゲラ笑ってた。いや別に俺だけが動画で喋る必要ないでしょ!みんなで撮るでしょ、普通。

最初から動画はぼちぼち伸びた。街の中にちょっとしたインフルエンサーがいたらしい。こんな田舎にもそういう存在がいるんだなと感心しつつ、感謝もしていた。ただ、動画が伸びてるからといって、リベレーションが普及しているとは限らなかった。俺たちの望む『世界』を馬鹿にする奴も多かったと思うし、ネットでは実際そういう投稿が散見された。

 しかし、動画投稿から1ヶ月が過ぎたあたりからだろうか。俺たちを嘲笑する投稿を全く見かけなくなった。そして、SNSを埋め尽くしていたのは、俺たちの正体に関する論争だった。


『ヒューマノイドってなんだ?』

『私らが人間じゃなかったってほんと?』

『Kも動画の中で言ってたじゃないか。自分の正体を知ることができるって。』

『夢じゃないのか?』

『夢にしては鮮明すぎるだろ』


 この論争は、『リベレーションが普及していること』を表していた。どうしてこんなに広まっているのか、自分たちでも分からなかった。瞬く間に僕らとリベレーションの存在は世界中に知れ渡っていった。こんなに上手くことが進むと、後になって何か大きな災いが降りかかってくるような気さえしていた。それでも、今しかチャンスはないと思った。世界が僕らの『世界』に気づくチャンスだ。


 俺たちはすぐに次の動画を回した。


「ケイ、動画回すよー。」

「ふぅ、、あ、あ、はい。」

「今度こそちゃんとやってよね。一番大事なんだから。」

「分かってるよユウナ。あ、夏目さんここカットしてくださいね、動画見てる人の緊張感なくなるんで。」

「えぇ〜いいじゃん、ヒューマノイドと人間と仲良くしてるところ見てもらった方が説得力上がるんじゃない?ねぇ春人もそう思うでしょ?」

「いや、僕は、、、って!僕を映すなよ夏目!」

「はいはいもういいから、みなさん始めますよー。あ、ケイの前髪乱れてる。」

「いいよ自分でやるから。ちょっと夏目さん、何ニヤニヤしてるんですか?絶対にここは使わないでくださいね。ヒューマノイドのネット社会舐めない方がいいですよ。」

「人間も似たようなもんだよ、ねぇ春人?」

「あ、うん、あぁそうだな。」

「ちょーっとレンズ手で隠さないでよ〜」

「あぁ、これがネットに一生残るのか、、、最悪だ。」

「なーに言ってんのケイ、さ、始めよ。」

「あ、あぁ。ごめんユウナ。分かった。ていうか今回は俺以外も出るべきだと思うんだけど。夏目さんカメラ固定してくださいよ。」

「おっけ〜。最初はケイが喋るんでしょ?」

「はい。ユウナちょっと水とって。」

「はい、ケイ。水飲んだらほんとに始めてね。」

「水ありがとう。うん、分かってるよ。よし、やるか。」



◉REC


 「この動画を見ている世界中の人々へ。俺たちはこれから、この世界の真相と、俺たちが目指す世界について話す。俺たちが話すことを聞いて、共感する人、馬鹿にする人、忘れてしまう人。様々だと思う。それでいい。皆には自分の選択を大切にして欲しい。皆の人生を決めるのは、皆自身だから。それでも、この動画を見て、俺たちの望む世界を共に望んでくれるのなら、協力して欲しい。

 まずは俺たち、そして皆が何者なのかについて話す。リベレーションを使った皆も勘付いているとおり、俺たちは人間じゃない。人間に酷似したアンドロイド、通称『ヒューマノイド』だ。俺たちは百年近く前に、本当の人類を滅亡寸前まで追いやったAIによって作り出された。それも、『自分たちが人間だと思い込むように』だ。今、本物の人類のほとんどは別の惑星に住んでいる。百年よりも少し前に、AIによって大量虐殺をされたからだ。俺たちヒューマノイドは、そんな歴史の上に地球に『人間として』存在している。

 では、今俺たちの身に何が起こっているのか。皆も知っているとおり、未知のドロイド機兵が今地球へ侵攻している。もしかしたら、これを見ている誰かの大切な人が、ドロイド機兵によって殺されてしまったのかもしれない。俺と同じように。ドロイド機兵は、俺たちヒューマノイドの実態を探るために、人類が住む惑星からやってきたものだ。なぜ俺がこんなことを知っているのか。それは、今この動画を撮っている俺は2人の人間と共にいるからなんだ。今から、そのうちの1人に話してもらいたいと思っている。–––––––––じゃあ、夏目さんいいですか?”」


「え、私?ん、分かった。えっと、みなさんこんにちは。私の名前は、『東雲夏目』と言います。さっきのケイの話でいうところの、『人間』です。そして、ドロイド機兵を送り込んだ組織のうちの1人です。本当に見た目がヒューマノイドと変わらないから、私が人間であることを証明するのは難しいと思います。すぐに信じて欲しいとも言いません。そして、仮に信じてもらえたとしても、私が皆さんから恨まれるような事をしてきたことは変えようのない事実です。

 私はかつて、惑星に人類を追いやったAIやアンドロイドを心の底から憎んでいました。今こうして暮らしているヒューマノイドが、何の罪も犯していないことなど知らず。だから、私は地球にいるあなた方に危害を加えることに正当性を見出していました。世界で初めてのドロイド機兵=シヴァを地球で目覚めさせたのは、私です。私がたくさんのヒューマノイドの命を奪いました。その罪は、決して消えることはありません。世界中のヒューマノイドのみなさんに、謝りたい。本当に、ごめんなさい。

 そして、ここからは私の独り言です。私はこの地球で何年も過ごしてきました。人間とではなく、ここにいるケイや多くのヒューマノイドと。ここで多くの優しさに触れてきました。かつてアンドロイドを憎み、こんなにも大きな罪を犯しながらも、私は日に日に地球で暮らすヒューマノイドのことが好きになっていきました。ここでできた大切な仲間とずっと暮らしていたいって、本気で思っています。それじゃ、ケイに返します。」


「ありがとうございます、夏目さん。じゃあ、今俺たちの身に起きていることの続きだけど、今から話すことが、リベレーションを俺たちが広めた本当の理由になる。そして、その理由こそが俺たちの望む世界へと繋がるんだ。

 自分が人間であると誤認するように俺たちを作り、そして惑星人類が地球に侵攻するように仕向けた『黒幕』こそ、この世界で最も崇高な存在とされる『ヘルシャフト』だったんだ。ヘルシャフトは、この世界の全てのヒューマノイドが繋がるヘルシャフト=ネットワークを構築し、この世界を意のままに操っていた。それも地球だけではない、惑星人類さえも。奴は惑星人類へと忍び込み、人類を地球奪還の道へと誘導した。それも、人間とヒューマノイド、互いに憎しみが生まれるように。全てのドロイド機兵による襲撃は、ヘルシャフトによってデザインされたものだったんだ。

 すまない。そういえば、ヘルシャフトが何の目的でこんな事をしているのかについて話してなかったな。正直、動画内で話すことができるほど簡単じゃない。ただ、簡潔に言えば、『《完全な》ヒューマノイドが支配する世界』だ。俺たちヒューマノイドが支配する世界なら、聞こえはいい。おそらく、皆にとって本物の人間なんてどうだっていいだろうしな。そもそも今まで自分たちが人間として生きてきたんだから、当然だ。ただ、奴の目的が達成された時、全てのヒューマノイドは今とは決定的に異なる存在となってしまう。

 

『憎しみのヒューマノイド』となるんだ。


 今動画を見ている皆にとって、自分が誰か人を殺すかもしれないなんてことは想像もしないだろう。図らずも俺たちはそういう発想をしない存在となった。だが、ヘルシャフトが作り上げようとしているヒューマノイドは、物を奪い、他人を傷つけ、人を殺せる。それが、人本来の負の面の姿であり、奴の望むヒューマノイドの姿だからだ。

 奴が目的を達成する鍵は、『俺の過去の感情データ』と『ヘルシャフト=ネットワーク』だ。俺の個体の感情データには、一ヒューマノイドでは発生し得ないはずの憎しみの感情が蓄積されている。奴は、この感情をネットワークを使って世界中のヒューマノイドに同期させることで、憎しみを持つ完全なヒューマノイドを作り上げようとしている。そうなれば、俺たちはヒューマノイド同士で物を奪い合い、殺し合う可能性がある。歴史の本にしか存在しないと思っていた『戦争』になる可能性だってある。俺はそうはなってほしくない。

 前置きが長くなってしまって申し訳ない。ここからが本題なんだ。ヘルシャフトの目的について話したが、奴の計画は既に達成し得なくなっている。いや、厳密に言えば、俺たちが存在する限りの話だが。おそらく皆が使ったであろうリベレーション、これこそが、奴の計画を阻止する最大の武器なんだ。

 これは、自分の正体を知ることが可能になるプログラムであると同時に、実はネットワークから自分の個体を切り離すことができるプログラムなんだ。黙っていてすまない。前回の動画でも言ったとおり、先にこのことを話せばきっと忘れてしまうんだ。だけど、皆はリベレーションを実行することを選択してくれた。本当にありがとう。

 話を元に戻そう。ネットワークから多くのヒューマノイドを切り離したことによって、俺の感情データの同期は不可能となった。これで俺たちは自由になった、、、可能性はある。」


「ケイ汗すごいよ、水いる?」

「ありがとうユウナ。ちょっとだけもらっとく。悪いね。」

「ちょっと休んでもいいんだよ?」

「いや、ここからが、俺が伝えたいことだから。」

「そっか、分かった。」

「よし、続きを撮ろう。」


「今、ヘルシャフトは俺たちヒューマノイドで『賭け』をしている。突然何を言っているかわからないと思うし、これは、俺の主観で、ただの推測だ。だから、ここから先は、論理がねじ曲がっているかもしれない。それでもいいなら、この動画を見続けて欲しい。

 俺たちはもう1人のヒューマノイドと2人の人間を含めた4人で、一度だけヘルシャフトに接触した。そこで俺たちは奴の目的を知り、この世界の真実に辿り着いた。だけど普通に考えればおかしな話だ。奴が俺たちに真実を明かすメリットがない。俺たちがそれを知らなければ、奴の計画は容易く実行されていたに違いない。なぜそうしなかったのか?俺たちは一つの仮説に辿り着いた。

 

–––––––––ヘルシャフトは、俺たちの『選択』に賭けているんだ、と。


奴の正体は、超高性能AIの集合体だ。正直なところ、ネットワークの一つ切り離されたところで、自分がやりたい計画が全てパーになるとは思えない。奴は、『視て』いるんだ。奴が到達したかった『人間に最も近いヒューマノイド』の形に、俺たちが俺たちの選択で辿り着けるのかを。俺たちが望む世界に、本当に到達できるのかを。奴がこの世界に見切りをつけた時、つまり俺たちが『賭け』に負けた時、奴はきっと新たなヒューマノイドを作り出し、再び一から野望を達成するつもりだ。当然、不要になった俺たち現存のヒューマノイドは淘汰されるだろう。

 俺たちが望む世界は、『ヒューマノイドと人間の地球上での共存』だ。惑星にいる人類がこの地で再び暮らせるようにする。そのために、共存エリアをいくつか作る。この共存エリアにいる必須条件は、リベレーションを実行したヒューマノイドだけだ。つまり、ヘルシャフトの支配下にいないことが重要というわけだ。詳細は、賛同してくれた人を募って後々話す。もちろん、その話を聞いてから共存計画を下りてくれても構わない。

 俺たちは、ヒューマノイドと人間の共存の実現を通して、ヘルシャフトだけでは到達できなかったヒューマノイドの進化に辿り着きたい。夢物語かもしれない、でも、その夢には、皆の力が必要なんだ。だけど–––––––––。」


 こんなに長々と話したのは初めてだった。台本もなかったし、カメラを見て話したのは最初のほんの数秒だけだっただろうか。こんなまとまりのない話で皆理解できるのだろうか。巻き戻してくれれば問題ないか、コメントで質問してもらうか?

 いや、そもそもこんな話は馬鹿げていると思っているに違いない。俺ならそう思う。こんな根拠のない奴の話に乗るなんて馬鹿だ、こんな奴に自分の選択を預けるなんて嫌だ。だから–––––––––。



「全て、自分で選択してほしい。自分の責任で、自分の意思で、俺に賛同するか、否定するか、鼻で笑うか、決めてくれ。俺は一切の責任を負わない。」


「ちょっとケイ?」

「ケイ、そんなこと言ったら、、、」

「いいよ、ケイ。全て伝えるんだよね、この動画で。」

「ユウナ、、。あぁ、そうだ、隠さず全て。」


「俺たちヒューマノイドは、この世界でヘルシャフトによって支配されてきた。記憶を修正され、奴の望むように生かされてきた。そこに個としての選択はない。そして、今俺が話した共存計画に、自分になんの責任も持たず賛同する必要は微塵もない。もし俺が人の選択権を奪ってしまったのなら、俺はヘルシャフトと同じだ。だから皆、一人一人が自分の決断をしてほしい。他の誰でもない、自分だけの人生だから。ネットワークから切り離された皆には、今まで認識もしなかった『過去』と『未来』が同時に生まれた。よく考えてほしい、自分の意思を。全てを思い出した今、自分にとって大切なのは何なのかを。

 俺の計画には、ヒューマノイドにも人間にも相互にメリットがある。ヒューマノイドは憎しみへの進化の運命から解放され、人間は故郷を取り戻す。でも、そんなことは選択の一因でしかない。それぞれが望む世界を描こう。その先にあるものが、もしも俺たちの望む世界と交わるのならば、この後映し出されるサイトへとアクセスしてほしい。それじゃ、また。」



 全て、伝えきれただろうか。俺たちが経験してきたことは、もちろん動画一本じゃ収まりきらないと思う。だけど、一番伝えたかったことは、伝えることができたんじゃないだろうか。だって、撮り終わったのにこんなにも手が震えている。


 撮影が終わって、そこにいる全員が一言も発さず黙り込んでいた。多分考えていたことは皆同じで、俺の中でも葛藤があった。もっと世界中のヒューマノイドを協力させるような上手い方法があったんじゃないか。いや、あることは分かっていた。だけど、それをしなかった。この計画に嘘が混ざってしまうことが、何よりも許せなかったからだ。


なぁ今中、こんな時、お前ならどうしたんだろうな。って、お前は『奴』か–––––––––。






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