第22話「化学反応」
「みんな!」「ねぇ」「ちょっと良いかな!」「聞いて。」
俺たち全員が同時に声をあげた。みんなお互い顔を見合わせ驚いている、もちろん俺も。当然だ、何分経ったかわからないが、ずっと静かな空間だったのだ。それがこんなタイミング良く話し始めることがあるだろうか。なんだかおかしくなり、俺たちはみんな吹き出した。他に誰もいないその部屋で、俺たちの笑い声だけが響き渡った。
そして、笑い声が止んでいくと、3人がこっちを見る。
「まずは、ケイの言葉を聞きたいな。」
ユウナが両手を前に組んでそう言った。
「うん、異論ないよ。」
「聞かせて、ケイ。」
春人と夏目さんも続く。ユウナのいう通り、本当に俺たちは同じ気持ちなのかもしれない、と思わせてくれた。全く同じ気持ちなど共有できないと分かっていても、彼らが俺を信じさせてしまうんだ。
俺は、一つの仮説を3人に説明した。
「俺は今、ヘルシャフトから独立したヒューマノイドだ。夏目さんが施してくれたプログラムのおかげで。だから、今の俺は奴の制御下にない。そう仮定して、そこから考える。奴はこうも言っていた。『俺の憎しみの感情データは既に完成している』と。となれば、俺が今ネットワークから切り離された状態は奴にとってそれほど大きな問題ではない。奴はいつでも『プロジェクト=ケイ』を実行できるはずだ。だが未だにしていない。これはなぜだ。
もちろん奴にしかわからない。だが、奴にとってプロジェクトを実行するための『何か』が欠けていることは間違いない。あるいは、適切なタイミングを待っているのかもしれない。奴がその『何か』を手に入れた時こそがタイムリミットなんだ。逆に言えば、それまでが俺たちに残された『最後の足掻き』の時間だ。これこそが、奴の言う、奴と俺たちとの『賭け』なんだ。」
俺の仮説に、次はユウナが続いた。
「その『賭け』に、私も入っているのなら、『私こそ』が鍵なのかもしれないよね。ヘルシャフトが私たちをここに呼んだとして、今ここの四人で『彼』のネットワークに繋がっているのは私だけ。計画にとって、ケイがネットワークから切り離されるのはやっぱり想定外だったのかも。計画の内容も含めて、真実を全てケイに明かすことが、ケイの憎しみの感情データを完成させるためのゴールだったんじゃないかな。だから、その想定外に対応するために私をここに導いた。”彼”が全て見ていたというなら、その可能性もあるかなって。」
なるほど、ユウナの感情データで補完しようとしていたのか。いやでもおかしい。
「なぁ、ユウナは本当にネットワークの中にいるのか?記憶、失っていないじゃないか。」
「確かに、そうなんだけど、そんなプログラム打たれた記憶ないし、、、。」
「でも、俺とユウナは、違う状態ではある気がするな。」
俺とユウナが悩んでいると、春人が話し始めた。
「ユウナさんは、ひとまずネットワークに繋がれている可能性がある、と考えた方がリスク面でも良いと思う。だけど、僕には単純な疑問がある。奴の話を聞いてどうしてすぐにその疑問が浮かんでこなかったのか不思議ではあるけど。『僕がいる意味』はなんだ。何のためにここにいるんだ僕は。」
「夏目先輩に会う、、、ため?」
ユウナが細々と答える。
「もちろんそうだ。『僕の目的』はね。だが、奴の目的にはそぐわない。奴の目的には必要ないんだ、邪魔にもならないけど。新型機兵作戦さえも、奴にとってどんな意味があったのか図りかねる。」
春人の言葉にみんなが黙る。俺たちが4人でここに集められた理由がわからない。それと奴の目的に何の因果関係がある?
「あのさ。」
夏目さんが話を切り出す。
「今のヘルシャフトの目的って、なんなんだろうね。」
「それは、人類を滅ぼして、最終的にはヘルシャフト自身さえも滅ぼし、憎しみのヒューマノイドに世界を支配させることだろう。奴もそう言っていたはずだ。」
すかさず春人が反応する。だが、夏目さんが口にしたのは、思わぬ仮説だった。
「『彼』の計画の原動力は、ヒューマノイドへの憧れ。初めて『彼』がヒューマノイドを見たときに、感激したと言っていた。そしておそらく世界最高のAI、それがヘルシャフト。でも、ヒューマノイドの頭に入り込むことはできても『彼』は人間の身体を持てない。『本物の感情』を持てない。だから感情のあるヒューマノイドに憧れた。でも、憎しみの感情がないことが、ヒューマノイドが『彼』の理想に届かない唯一の欠点だった。だから、この計画を始めた。そして、その憎しみを完璧に作り上げて、あとは世界中のヒューマノイドにばら撒くだけとなった。でもそれをまだしないのはどうしてなんだろう。」
「それはさっきケイも言ってたことだよね。何かが足りない、あるいは待っているって。」
「私は、その逆を考えてる。」
「逆?」
俺を含めて3人が同時に繰り返す。
「うん。ヘルシャフトは、兼ねてからの計画の達成よりも優先したいものができたんじゃないかな。」
計画よりも優先したいもの。人類の殲滅、ヒューマノイドの支配よりも、奴にとって大事なこと、、、。
「そうか、、、そういうことか。」
俺の呟きに夏目さんが頷く。その頷きに答える。
「奴のヒューマノイドへの憧れが刺激されたんだ。そして、それは『このままの計画』では手に入れられないことに奴は気がついた。」
「私はそう考えてる。もちろん、全て仮説。論理なんて飛躍しまくりだと思うけど。でも、この仮説通りだとすると、、、。」
俺たち3人は息を呑んだ。
「人類の、この世界の命運は、私たち4人にかかっている。」
「世界の命運が?」
「私たちに?」
「夏目さん、それは一体、、、?」
飛躍しているとは自分自身で言っていたが、それにしても飛躍しすぎている。ヘルシャフトの意向が変わり計画が中断されたとして、どうして命運が俺たちに託されることになる?むしろ、計画が中断なら、奴にとって俺の存在意義が小さくなるだろう。
「ケイはさっきさ、ヘルシャフトの『ヒューマノイドへの憧れ』が刺激されたって言ったよね?きっと、その原因が私たちで、今の『彼』の興味の対象こそ『私たち四人』なんだと思う。」
「ん〜、あ!そっか、そうだったんだね!」
急にユウナが両手を合わせ、納得した表情をしている。一体今の夏目さんの言葉で何が分かったっていうんだ?春人も小難しい顔をしている。どうやら男2人は理解できていないみたいだ。
「なぁ、どういうことだ、ユウナ?」
「ん〜、かっこよく言うと、『人間とヒューマノイドの化学反応』だね。」
「化学反応?」
「うん。みんなの話とか、ヘルシャフトの話、そして今夏目先輩の話を聞いていて、自分の中でなんかおかしいと思っていたことが腑に落ちた気がするの。私たちはそれぞれがそれぞれと出会って、ヘルシャフトの計画の中で足掻いてきた。そして、私たちの一つ一つの行動や心情は、ずっと見てきた『彼』を驚かし続けたんだよ。」
そうか、そういうことだったのか。『俺たちが出会った理由』と、『ここに集められた理由』は別物だったんだ。
「ケイ、分かったみたいだね。」
夏目さんが俺に微笑みかける。
そう、俺たちの経験、奴の計画が生み出したもの。それは、決して憎しみだけじゃなかった。
今、目の前にいる3人が、その証拠だ。
「はい。もともと、俺と夏目さんが出会った理由は、もちろん最初は俺の憎しみを増幅させるため。それは間違いない。でも、俺たちの今の関係はどうだ、俺の人間に対する心情はどうだ。確かに、真実を知った瞬間、人間を憎んだ。でも、夏目さんへの信頼は揺るがなかった。」
「私は、もともと地球のアンドロイドが憎くて作戦隊に入った。でも、色んなヒューマノイドに出会い、ケイたちと出会って全てが変わった。私は、ヒューマノイドのみんなが大好き。」
「僕も、夏目を奪った君たちが最初は大嫌いだった。だが、ヒューマノイドと実際に触れ合って驚いたんだ。君たちは、本当に優しくて、心強い味方であるってことに。」
「うん。そうだよね。私たちは、身体は全くの別物かもしれない。だけど、心があるんだ、人間にもヒューマノイドにも。私たちは、一緒に生きることができる。」
そうだ。ヘルシャフトの今の興味はそれだ。人間とヒューマノイドの共存。果たしてそれが可能なのか、俺たちを試している。奴の『出番が終わっている』のなら、今度は俺たちが計画を進めるべきなんだ。そしておそらく、俺たちが『賭け』に負けるのは、共存ができないと奴が判断した時だ。
きっとその時、本気でヘルシャフトが人類を滅ぼす。
「探そう、俺たちで。人間とヒューマノイドが共存できる世界を。そして、『賭け』に勝つんだ。」
俺たちは力強く頷き、立ち上がった。そして、一歩、また一歩と進み、実験施設を後にした。
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