第21話「それぞれの現実」


 俺は、人間にとってもヒューマノイドにとっても『悪魔』なんだ。俺の存在が、人類を滅亡させ、ヒューマノイドの感情を憎しみで満たすことになる。正確に言えば、重要なのは今の俺の存在ではない。俺が生きてきた、利用されてきた過去が少しずつ悪魔の形を成してきた。奴曰く、それはもう完成している、と。

 母さんはどうして実験施設に毎日俺を連れて行ったんだろう。どうして、どうして母さんは、俺に殺されることを受け入れていたんだろう。俺はどうして母さんを刺したんだろう。目の前の女性を、『ごめんね』と告げるその女性を、俺はどうして殺すことができたんだろう。

 こうして自分が犯した罪を振り返るのは何度目だろうか。何度繰り返しても慣れない。心が押しつぶされそうだ。他にも多くの罪を犯した。一つ一つ、振り返る。ここに出発する前も、こうして自分を振り返った。その時は、整理された前向きな気持ちだった。でも今はぐちゃぐちゃだ。それでも俺は両手を広げて全てに向き合う必要がある。

 感情って忙しい。一度気持ちを切り替えて、過去を受け入れたと思っても、結局振り返ってしまう。過ちを清算することは、消化することと同義ではない。『本棚にしまうようなもの』だ。何かきっかけがあれば、何度でも読み返せるように、ひとつひとつの『過去』という本が『記憶』という本棚に並んでいる。そして、読む度に同じ気持ちになる。いや、その本に書いてあることの理解度が深まるほど、気持ちが大きくなっていく。だから俺は、また全部読んで本棚にしまうんだろう。

 俺が死ねば全て終わるって、人間であれば思えたんだと思う。でも、俺はヒューマノイドだ。俺が死んでも、感情データだのなんだのがきっとどこかにあって、俺に似た誰かが作られ、この計画は引き継がれていくんだろう。


 いや待てよ。でも今って俺はヘルシャフトのネットワークの外だよな?夏目さんの話からすると、俺は完全に独立した個体。ヘルシャフトはどうしてこんなことを許した?俺はもう用済みだからか?それとも–––––––––。



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 私が声をかけられることなんて、一つもないのかもしれない。ケイは、一人で世界の運命を背負ってる。いや、ヘルシャフトによって背負わされてるだけだけど。春人くんも夏目先輩も、多くのものを背負ってここまで来た。自分と責任とプライドと、過去と現実と、全てを受け入れようとしている。


私は、なんでここにいるんだろう–––––––––。


 私はヘルシャフトの実験をやらされたヒューマノイドでも、地球奪還にきた人間でもない。世界を変えてしまうような存在でもない。目の前で起こっていることの重みに、私だけ実感がない。ケイに『同じ気持ちだ』なんて偉そうに言ったけど、本当はただ頼ってほしかっただけだった。みんなと同じだけのものを背負えないのが悔しかった。私だけ、蚊帳の外のように感じた。

 もちろん私がここにくる前から分かってた。いつも私はみんなから知らない話を聞くだけだったし、どうやって行動するかは他の3人が提案してた。当たり前だった、私だけが一般人、いや一般ヒューマノイドだから。でもそれを分かった上で、私は自分の意思でついてきた。だからこそ、自分と彼らの積み重ねてきた過去の重さの違いを突きつけられて、とても辛い。

 ケイにとって、私がそばにいる意味はなかったのかな。きっと、私がケイのそばにいようがいまいが、ケイは利用されていた。ケイがよく笑うようになってくれたから、それだけで私がそばに居続けた意味があると思ってた。でも、ヘルシャフトはケイから憎しみを集めることができた。結局、私ができたことはなんだったんだろう。

 なんて、またまるで他人想いの良い子ちゃんみたいな思考回路をめぐらせている。もちろん良い子ちゃんの思考になるのは、まだ私にそういう一面もあるからなわけで。でも、でも。ここにきた理由は、違うんだった。


私は、私のためにここにきた–––––––––。


 私が勝手に春人くんについてきて、ケイと夏目先輩に協力するとか言って。私のエゴでここにきた。私が今までしてきたことなんて、彼らに比べたら小さい。だからこそ、私にできることがある。背負っているものが少ない私だから、手を差し伸べられるの。勝手に差し伸べるの。全部見てるっていうなら、ヘルシャフトに見せつけてやらなきゃ、私たちの未来を。


 あれ?全部見てきたって、どこから?どこまで?ここに私がいるのは偶然なのかな、それとも–––––––––。




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 僕は、これからどうしようか。地球のヒューマノイドたちをたくさん殺して、惑星にいる仲間を裏切って、それでも夏目に会いたいと思ってここまでやってきた。そして、夏目に会うことが叶って、夏目と、みんなと共に真実に辿り着いた。でも真実の先には道は見えない。ヘルシャフトの計画は、僕らがどうこうできる問題ではなかった。

 奴は、どこからどこまで噛んでいるんだろう。タイタンが奴の計画のうちだというのなら、ドロイド機兵という技術は全て地球のAIが作り出したものとなってしまう。いや実際にそうなんだ。だから、ヒューマノイドのエネルギー技術と新型機兵のそれは同じだった。地球奪還作戦すらも、奴によって始まったのか。自分でも考えすぎだと思っても、驚くほどピースが繋がる。上層部が情報を隠していたことにも、納得がいく。夏目が最初の作戦の後帰ってこなかったのは奴の狙いか?

 でも、これから何が分かっても、何か新たな疑問が生じようとも、僕たちにできることはない。ヘルシャフトの前では無力なんだろう。影響力が違いすぎる。奴はただ楽しんでいる。奴の力をもってすれば、その気になればいつでも人類を捻り潰せる。僕も夏目も殺すことができる、『プロジェクト=ケイ』によって。

 あぁ、この世界の残酷な行く末を、ほんの少しだけ先に知ってしまった。せっかくなら、最後の最後まで、希望を持って生きていたかった。相馬は、今何してるんだろうか。僕が勝手に地球を飛び出して、イライラしてるかな。きっと、僕の気持ちを理解した上で、それでも僕に怒っているだろう。多分、僕とバディの相馬には処分が下るよね、軽いと良いけど。だってこの先人類は、そう長くないんだから。もし惑星のみんなに許されるなら、死ぬ前に、もう一度だけ夏目と一緒に惑星に戻って、仲間や友人と過ごしたいな。こんな残酷な真実なんか忘れて。もしかしたら、乗ってきた新型機兵が稼働できる状態なら、夏目を連れて帰れるかもしれないな。ただ夏目はついてきてくれないだろうな。

 ん?そういえば、新型機兵作戦ってなんのためにやったんだ?奴の計画のうちにはなかったような。だいぶ人手もかかる作戦だったし、なんで奴はこんな面倒なことしたんだろう。ただの気まぐれか?それとも–––––––––。



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 希望と、絶望。2つが同時に存在していて、それを一度に認識するのって本当に難しい。私は、一度絶望した。自分の憎しみの行き先を失い、故郷を失い、仲間も失った。でも、立ち直った。たくさんの人やヒューマノイドに導かれて。古田さん、久坂さん、サークルのみんな、ユウナちゃん、春人、そして、ケイ。また歩き出して良いんだって思えた。その先に希望が見えたから、生きる意味があったから。

 希望ばかりが見えていると、後ろをついてくる絶望に気づかない。でも、希望に向かって歩き続けないと、絶望に追いつかれる。今、私たちは、立ち止まってしまっている。でもそれは、絶望に追いつかれたからじゃない。希望だと思っていたものが、絶望へと姿を変えたからだ。その落差に、心は崩れ身体は動かなくなる。絶望に遭遇した時、頭がなぜか冴わたる時がある。今までのことは全て自分が悪かったと、論理立てて考えてしまうことがある。

 例えば、私がケイに真実を伝えようとしなければ、ヘルシャフトはケイの感情データを勝手に使うだけ使うに留まって、ケイ自身がこんな苦しい想いをせずに済んだんじゃないかとか。例えば、私がネットワークから切り離さなければ、ケイは辛い記憶を失ったまま幸せに過ごせたんじゃないかとか。例えば、私がケイに出会わなければ、、、とか。

 でも、そんな思考にはもう慣れた。毎回苦しい『だけ』だ。あの時の絶望なんて絶対超えない。私の前でただ死んでいる仲間を目にしたあの時に比べれば。今だって身体は震えている。でも、歩き出せないわけがないんだ。自分はどんな罪悪感に駆られても生き続けるやつだと、自分で分かっているから。美桜の、近衛さんの死体に背を向け歩き出したあの瞬間から。

 昔、シヴァのコアを私に渡してきた少年が、ヘルシャフトだったことは理解できた。最初から私を使って、ヒューマノイドが人類への憎しみを増幅させるように仕向けたんだ。私が地球に棲むアンドロイドを憎んでいることを、ヘルシャフトは知っていたから。ヘルシャフトは、『計画通り』だと言っていた、私がシヴァを紛失したこと以外は。でも、それは明らかにおかしい。だって、ずっと私を見ていたのなら、私の『憎しみの行き先』が変わったことにも気づいているはずなんだ。

 本来のヘルシャフトの狙いは、『ヒューマノイドの憎しみに溢れる私』と、『人類・そして世界への憎しみを増幅させるケイ』をぶつけるため。だから、ケイが目覚めた時に私を地球に送り込んで3つの計画を開始した。でも、『たった一つの誤算』によって私たちが出会ったことは計画の邪魔にしかならなかったはず。それを、放置した。楽しんでいるだけだとは、到底思えない。ここに私たち四人を集めて、真実を伝えることが、『彼』のシナリオ通りだとして。その狙いは、真実を伝えることによる絶望だけとは限らない。


私は、絶望の先に、希望を見る。だから–––––––––。





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