第8章、ヒューマノイドと人間

第19話「テント」

 


 俺は基本的に、自分で目にしたもの、聞いたこと、経験しか信じてない。だから、自分の勘とか、誰かの無責任な『きっと大丈夫』とか。一番信じてこなかったと思う。でも予感がしたんだ。ここに来れば、大きく物語が動き出す、そんな予感が。



「ユウナ、俺は、、、」

言葉を続けようとしたが、すぐ横をものすごいスピードで人が駆け抜けた。

「夏目!夏目。生きてた。僕は信じてた、絶対また会えるって。この日のために僕は生きてきた。会えて、、、良かった。」

そう言った彼は夏目さんを強く抱きしめる。彼女は、黙ったまま、自然な涙を流し抱擁に応えた。

すぐに分かった。この人は夏目さんの『故郷』の大切な人である、と。

「は、ると、、。ごめん、私、私、、、春人に何も言わないで。ごめん。私、、、私は、、、」

「いいんだよ姉さん。僕は『今の姉さん』を知ってる。それを知ってもなお会いに来たんだ。姉さんに協力するために。」

彼は抱きしめた腕を離さずにそう答える。『今の夏目さん』。それが何を指すのか、すぐには理解できなかった。

「今の、、、私?」

「うん、僕は、そこにいる赤星ユウナさんと一緒にここまで来た。夏目、君と、久坂ケイ、あなたの話を彼女から聞いて。」

彼は夏目さんからそっと離れ、ユウナの方を向いた。

俺はユウナと、なかなか視線が合わない。目を見ようとしても見れないのは、俺なのか彼女なのか。

「ケイ、、、。ひ、久しぶり。」

「お、おう。久しぶり。つっても2ヶ月ぶりくらいか。ちょくちょく大学で会ってたからな。」

「うん。」

気まずい空気が流れる中、春人が話し始めた。

「ここで立ち話しててもしょうがないので、どこかで一度ゆっくり話しましょうか。僕は夏目といろいろと情報交換しとかなければならないので。ユウナさんたちも積もる話があるでしょう。」

その一声にユウナが反応する。

「うん、そうしよっか。」

 微妙な距離感で無言のまま少し歩き、ベンチがあるところまで来た。

「ここで話しましょう。」


 そこから、彼は自分が何者であり、どうして地球に来たのか、どのようにユウナに出会ったのか、そして何を目的に俺と夏目さんを探していたのかを話し始めた。驚くことに、彼は俺たちの行動を恐ろしいほどに予測できていた。

「そっか、春人は一人で地球に来たんだね。新型機兵、、、そんなのが今はあるんだ。ユウナちゃんは、どうして春人と一緒に来てくれたの?」

「え、あぁ、、、私は、その、春人くんが困っていたから、それで、、、。」

ユウナは終始ぎこちない顔をしていた。でも、そんな理由でユウナがここまで来ることはないことは、分かっていた。別れたあの日から。


「ユウナの道だから。ユウナがすべきことだから。自分のために、だろ。」


 俺は、小さな声でそう呟いた。普通なら嫌味に聞こえる言葉だ。でもそうじゃないことは彼女が一番理解しているはずだ。

ユウナは少し驚いていた。でもその後ちょっとだけ微笑んだ。

「うん、私が何度も立ち止まって、振り返って、それでも進むって決めた道。」

彼女だけでなく、そこにいる全員が微笑んでいた。もちろん俺も。ユウナの言葉の意味を、俺たち全員が正しく理解していたからだ。


 今度は、俺からこの小学校に辿り着いた理由、俺たちの正体、ユウナも知らない記憶喪失前の俺の過去を話した。ひとつ気がかりだったのが、ユウナは俺たちアンドロイドの正体について知ったはずなのに、その記憶を保持していることだった。

「ケイが暗い顔をしていた理由、それだったんだね。実験の度に記憶を消されても、悲しい感情は消えなかった。だからケイのお母さんを殺してしまった日、ケイはその罪悪感に耐えられず、限界を迎えてしまったんだね。」

「あぁ。なぁユウナ?今中のことは思い出せないのか?」

「今中、、くん。うん、はっきりとは思い出せない。でも、よく夢に出てくるの、ケイとその人と3人で遊んでるところ。」

「そうか、、。」

ユウナは、俺が夏目さんから受けたネットワーク切り離しプログラムとはまた別の何かを受けた状態なのだろうか。


 その後も僕らは数時間かけて、自分たちが持つあらゆる情報を交換し合った。


「今日はもう夜だし、僕はテント2つ持ってるからここら辺で寝泊まりしよう。明日、明るくなったら小学校に入ろう。」

「そうだな、今はもう廃校になってるなんて知らなかったが、好都合だ。」



 俺は寝る準備をし、テントに入り寝袋に入ろうとしたが、外から呼ぶ声がして外に出た。テントの入り口を開けるとユウナが顔を覗かせて立っていた。

「ケイ、ちょっと話さない?」

彼女は両手の人差し指でベンチの方を差し、そこで話そうと示してくる。

「分かった、話そう。」

寒さに身体を震わせながら、ベンチに横並びに座った。

遠くもないが、少し距離がある。きっと意味のある距離感だった。

「とんでもないことになっちゃったね。私あんまり何が何だか理解できてないやぁ。ははは。」

「正直俺もだ。情報の整理が仕切れないまま、次の行動をしてる。進んだり立ち止まったり、忙しいよ。ユウナもだろ?」

「うん、忙しい。ケイと同じくらい。ふふっ。」

実際のところ、彼女はこの短期間で真実を受け入れ、ここまで来た。俺には到底無理な話だ。色んな感情がユウナを襲ったに違いない。簡単な決断なんてなかったはずだ。それらを乗り越えて、ここまで来たんだ。

「やっぱすごいな、ユウナは。」

「そうかな?ありがと。、、、ねぇ、ケイ?」

「ん?」

「私たちって、アンドロイドでしょ?なのにどうして、人間みたいに生まれて、今こうして生活しているんだろうね。」

そう、彼女の言う通りだった。俺たちの喜怒哀楽は、どうして生まれたんだろうか。本来は持つはずのなかった感情を、どうして兼ね備えているんだろうか。

「どうして、だろうな。これからそれを知ることになるんだと思う。」

「うん、、、そうだね。ケイは、人間みたいで良かったなって思う?」

難しい質問だった。今までの経験を振り返れば、良いことばかりではないことは明確だった。

「分からない、そうじゃない俺を知らないから。でも、うん。良い瞬間はたくさんある。」

そうだ、ユウナに会えたのも、夏目さんに会えたのも、こんな人生でなければあり得なかった。

こんな言い方すると、まるで運命って言っているみたいだ。でも、近いのかもしれないな。

「確かに確かに。辛いことも、いっぱいあったもんね。でもまたこうして一緒にいられて、私は嬉しいよ。」

「あぁ、俺もだ。」

 それから少しだけ話して、二人ともテントに戻った。


 テントの灯りがまだ付いていた。

「春人さん、眠れないんですか?」

「春人で良いよ、敬語もなしで。同い年らしいから。」

「そっか、オーケー春人。そっちもケイでいいよ。」

お互い寝袋に入り、仰向けで話していた。

「ケイ、今まで夏目のそばにいてくれてありがとう。」

「なんだよ急に。さっきまでの話だと、俺は春人たちの敵だ。アンドロイドは夏目さんを苦しめてきたと思うけど。」

「もちろん、皮肉だ。」

「なんだよ。」

俺は春人に背を向けた。

「でも、アンドロイドが夏目を苦しめたわけじゃない。これは事実だ。夏目を追い込んだのはこの世界の真実だ。そして仲間を殺したシヴァだ。君たちアンドロイドじゃない。もちろんその真実の先に君たちがいたら僕は君を許さないけど。」

「じゃあなんで俺たちに協力する?」

「夏目がいるからに決まっているだろう。正直僕は君に興味はない。」

「そうですかい。」

「・・・・だけど、君がいなければ、夏目に関わってくれたアンドロイドたちがいなければ、夏目は押しつぶされていた。今こうして会えなかった。だから、本当に感謝しているんだ。」

「・・・そうですかい。」

「ケイ、君は、良い人だと思う。」

「俺たちはアンドロイドだよ。」

「今は、僕らが何者だとか、関係がない。って、ユウナさんは言ってたよ。」

「・・・そうか。」

「うん。」

少しの間、沈黙が流れた。

「・・・春人も、短い間だろうが、ユウナのそばにいてくれてありがとな。」

数秒後、春人のいびきがテント内に響き渡った。

「寝てるのかよ、、、。」

俺は灯りを消し、目を閉じ眠った。



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 ケイと少しだけ話して、私はテントに戻った。灯りは消えていて、探り探り寝袋を見つけて寝る体制に入った。

「ユウナちゃんももう寝るの?」

暗闇から夏目先輩の声がした。

「ごめんなさい夏目先輩、起こしちゃいました?」

「ううん、私も実は眠れなかったの、君たち2人の話し声聞いてちょっと癒されてた。」

「私たちの声、うるさかったですか?というか内容聞かれてました?」

「ううん、内容までは分からなかったし、うるさくはなかったよ。」

彼女の優しい笑い声が聞こえる。その優しい笑顔が、見えずとも目に浮かぶ。

「二人だけで話すのって、実は初めてですよね?」

「確かにそうだ、不思議だね。」

「んー、と言っても何話せばいいか分かんないですね。」

「ケイの話する?」

「あー、いや、やめときます。なんか悔しくなりそうなので。」

「ははは、そっかそっか。なんか嫌な女みたいになっちゃったね、ごめん。間違ってないかもだけど。」

「ふふっ。いえいえ、私こそそんな感じになってすみません。」

「ユウナちゃんがずっと前からケイのこと支えてるんだって知って、驚いちゃった。」

「私の方が、夏目さんの過去聞いて驚きましたよ。」

「みんな全然違う過去があるんだね、当たり前だけど。」

「そうですね、違う道を進んで、今こうして交わってるんですね。」

「かっこいいこと言うね、ユウナちゃーん。」

「そうですか?ケイの受け売りかもしれません。」

「なるほど、それは納得。」

私は、夏目先輩に一番伝えたいことをなかなか口にできずにいた。しばらく、沈黙が流れた。今日は、このまま寝ちゃおうかな。

「ユウナちゃん?まだ起きてる?」

「は、はい、起きてます。」

夏目先輩のさっきまでとはトーンの違う声に慌てて反応する。

「あのさ、春人をここまで連れてきてくれて、ありがとね。ユウナちゃんなしじゃ、絶対ここまでこれなかった。春人、繊細だから。ほんとにありがとう。」

先に言われてしまった。先延ばしにしようとしていた自分がちょっとだけ憎くなった。

「いえ、お互い様です。春人くんの人柄じゃなきゃ、私もここまで来れませんでしたから。彼にはたくさん助けてもらいました。それに、、、」

「それに、、、?」

少し言葉に詰まる。でも、伝えなきゃ。

「ケイのそばに居てくれて、ありがとうございます。夏目先輩が居てくれたから、ケイも、私でさえも、一歩踏み出すことができたんです。本当に、ありがとうございます。」

勇気を振り絞って伝えた、、、のに、反応がない。暗いし表情も見えない。

「夏目、、、先輩?」

「あぁ、ごめん。ちょっと驚いちゃって。そんなこと思ってくれてたんだなって、嬉しくなっちゃった。」

「あはは、なんか恥ずかしいですね、こんな改まって言うのも。」

「確かに、私たち、なんでこんな会話してるんだろうね、面白い。」

2人で笑い合った。また明日から、みんなで踏み出すための、そんなモチベーションになる笑いだった。

「じゃあ、おやすみさない。」

「うん、おやすみ。」

私は、目を閉じた。


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