第18話「やっと会えた」



 僕らは、久坂ケイの家に向かったが、彼は家にはいなかった。夏目の家を知らないか聞いたが、ユウナさんでも知らないとのことだった。惑星から持ってきた食料はとうに底を尽きていたが、ここのアンドロイドは、野菜や穀物を栽培していた。食べはしないらしい。それらが売っている場所に行っては、ユウナさんに買ってもらって分けてもらうことにした。なんて情けないんだろうとは思う、、、。

 

「まずは、ケイさんと夏目を見つけないことには始まらない。」

そう発した僕の焦りが少し伝わったのだろうか、彼女が心配そうに聞いてくる。

「どうして急いで見つける必要があるの?次の襲撃が迫っているとか?」

「いや、そんなすぐには来ないと思いたい。僕が急いでいる理由は別にある。夏目はケイさんの父である久坂にこう言った。『ケイを、みんなを守ってみせる』って。つい最近のことだそうだ。おそらくはケイさんと一緒にいて、もう行動を起こしている。世界の真実の一端を掴んでいるんだ。」

無意識に口調が強くなるのを感じた。

「どうしてそうだと分かるの?」

「僕らの隊長は、夏目を『敵』だと言った。最初は、夏目の言う『みんなを守る』はここのアンドロイドのことだと思っていた。それなら敵だと理解できる。でも、違う。夏目が言いたかったのは文字通り真の意味での『みんな』だ。アンドロイドも、人類もだ。隊長が夏目を敵だとしたのは、地球をアンドロイドから奪還し、人類が再び支配する計画に対する敵であるからだ。まぁ、仮説の域は出ないんだけど。」

 そう、あくまで仮説だ。確信はない。でも、仮設通りであれば、夏目の言葉や行動にも合点がいく。このアンドロイド界で何年も暮らしてきた先に行き着く考えとしては妥当だ。今僕もそれを身にしみているところだ。

「夏目先輩とケイの話は分かった。それで春人くんが急いで合流しなきゃいけない理由は?」

「夏目は、惑星人類側から狙われている可能性がある。多分夏目には今の人類の情報なんて一つも持っていない。仮に、彼らが目的を果たそうとするなら、僕が持っている人類の情報は不可欠なはずだ。むしろ僕がいなければ、人類の地雷を踏みかねない。」

ユウナさんは少し怒ったような顔をする。どうしてか僕にはいまいち分からない。

「ねぇ春人くん。さっきから言ってるその目的ってのは何?ケイたちは何をしようとしているの?」

確かに自分の中だけで仮説の話が進んでいて、肝心なことを彼女に伝え忘れていた。

「ごめんユウナさん、これも仮説だけど、彼らの目的は、、、」



  「『人類とアンドロイドの共存』だ。」



「共存!?」

彼女は目を丸くしている。

「現実的ではないと、僕は思う。でも、きっと彼らはそこを目指している。真意を確かめに行こう。協力するか否かを決めるのはそれからだ。」

 そう、まずは夏目に会うことだ。この世界の真実とやらをこの目で確かめる。そこから先のことは、それから考える。

だが、肝心な居場所に心当たりがない。彼らが向かう先は、一体どこなんだ。


《新着メッセージを、受信しました。》


「ん?春人くん、携帯鳴ってるよ、携帯なのかよく分からないけど。」

通信端末にメッセージが届いたみたいだ。最近止んでいた惑星からの受信だろうか。

「ん?なんだこれ、位置情報が送られてきたな。」

以前、久坂のレストランの位置情報が送られてきた時も、メッセージなしでただただ位置情報が送られてきただけだった。またここに向かえということだろうか。まずこの送信元はどこなのだろうか。

そんなことを考えていると、横から首を出してユウナさんが覗き見てくる。

「この地図簡略化されすぎじゃない?全然分からないじゃん。ん?待ってね、ここって。」

「百年前の地形情報をもとにした地図だから、あまり詳細を乗っけてないんだよ。逆に混乱するだろうからって。この場所分かるのかい?」

彼女は画面をジロジロみながら、唸っている。

「あ!ここ、私が通ってた小学校だ!」

「小学校?なんでそんな場所が送られてくるんだ。」

「ここ、ケイも一緒に通ってた。」

「え?久坂ケイが?」

「うん。」

根拠はない。ただ、ここに行けば何か分かる気がする。あのレストランの時と同じように。

「よし、ユウナさん、この小学校に行こう。」

「えっ行くの?どうして?」

「何かが分かる気がする。」

「何かって、、、。」

彼女は呆れた顔をするが、対する僕は謎の自信に満ちた顔をする。

「他に手がかりがないんだから、行くに越したことないと思う。何も無かったら無かったで良しだね。OG訪問にもなるじゃん。」

「OG訪問って、、、。」

乗り気じゃない彼女を尻目に、僕は出発の準備を始めた。

「さぁ、行くよユウナさん。」

「分かったよ〜。」



 僕らは彼女の母校へと出発した。

ここからは少し遠いが、電車で行けばそう長い時間はかからないそうだ。

僕は初めて地球で電車に乗った。惑星の交通機関よりも音がうるさいし、ガタガタ揺れる。でも、なんだか懐かしいような感覚。席は空いていたが、僕らは二人でドアに寄りかかって立っていた。

「なぁ、ユウナさん、ここの小学校では、何を学ぶんだ?」

純粋に聞いてみたくなった。彼女らの知識と、僕らの知識。何が異なるんだろう。

「何を学ぶって、ん〜。そっか、今考えてみれば変なのかもね。多分、春人くん達と同じ。国語、算数、理科、社会、、、」

「社会って、歴史を学ぶってことだよね?あぁ、でもやっぱ聞くのやめとく。」

「どうして?」

「今知る必要がない気がしてきた。」

「何それ、ふふふっ。」

そう、今彼女たちの歴史など知っても意味がない。偽りの歴史でしかない。これから、本当の歴史を知ろうとしているのだから。


「ケイ、その久坂ケイとは、小学校からの知り合いだったのか?」

特に深い理由はなかった。でも、彼と彼女がどんなどんな関係なのか、知っておきたかった。

「うん。でも小学校の時は、ほとんど喋らなかった。ケイはね、3年生の時に記憶を失くしているんだ。」

「えっ記憶を?アンドロイドに、そんなこと起きるのか?それってメモリ破損じゃ、、、ってごめん。デリカシーなかった。」

良くないことを言った。彼女は、これまで自分のことを人間だと認識してきた。だが、アンドロイドだと知って、受け入れようとしている。でも、自分と自分を取り巻く環境全てに対して、その認識の変化に適応するのには時間がかかる。でも、それでも彼女は笑ってみせる。

「いいよ、人間とか、アンドロイドとか。私たちがいちいちお互いの存在に気遣ってたら、夏目先輩の目的、果たせないでしょ。」

僕が仮に、自分の正体がアンドロイドだなんて突然言われたら、どう感じるだろうか。彼女のように強くいられるだろうか。

「強いね、君は。」

目をつむり、彼女は首を横に振る。

「強くなんてないよ、今は自分の気持ちが整理できて、強く振る舞えるだけ。明日には心がボロボロになっているかもしれない。だから人は、アンドロイドは、誰かと一緒なんじゃないかな。だから、私たちは今こうして一緒に行動しているんじゃないかな。ずっと強い人なんていないし、強くなれたらそれで終わりじゃない。弱くなる時もある。」

確かにその通りだと思ったが、そういう考えができることが既に彼女の強みだった。誰だって、心が弱くなってしまう瞬間がある。あの夏目だって、そうだった。心の強さは一定じゃない。だから、僕らは支え合うのだ。

「ならユウナさんにもし、明日辛いことがあったら、僕がなんとかする。」

なんと根拠のない浅い誓いだろうと、自分でも思った。でも、正直な気持ちだ。

「なんとかって、曖昧だね、ふふ。うん、まぁ期待しておくね。」


 小学校の最寄りの電車を降り、改札を出て二十分ほど歩いたところで、やっと小学校が見えてきた。

「さっきの話の続き。ケイはね、小3から中2の途中まで眠ったままだった。だから、小学校のケイは全部記憶喪失以前の彼なの。ここに来るってなって、今まで電車に乗って、歩いてきて。少ししか関わりなかったんだけど、記憶を失う前のケイがよぎるの。」

「記憶喪失の前の、久坂ケイ?」

一転して彼女の表情が暗くなる。

「何かに絶望したような、彼の顔。記憶を失う直前の彼は、何もかもを恨んでいるようだった。」

軽々しく、忘れてよかったじゃんなんて言えないほどの記憶だと察した。きっと、この小学校に導かれた僕らは、久坂ケイの以前の記憶と向き合うことになる。そんな気がしていた。だから、その時は、、、


「ユウナさん、僕、今は多分強いから。弱くないから。」


彼女は目を丸くしてこっちを見てくる。言い方が弱々しかっただろうか。ちょっと恥ずかしいけど、そのまま僕は表情を崩さない、ようにする。

「ふふふっ。春人くん、いいね。面白い!」

「おもっ、、、おもしろい、かぁ。」

なんだか少し狙いと違う気がしたが、彼女の笑顔が見られればそれで良かった。



 僕らは目的の場所の目の前まで来ていた。



 視線の先には、二人の男女が立っていた。



 その光景を見た瞬間の僕は、どんな表情をしていただろうか。



 この時を、どれほど待ち望んだのだろう。僕、ここまで来たよ。



 

「やっと会えた、夏目。」

 



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