第7章、約束の場所
第17話「始まりの記憶」
俺たちは、真実に辿り着くために行動を開始した。今思えば、俺と夏目先輩は、最初からこの世界の真実に向かっていたのかもしれない。彼女でさえ知らない、シヴァの正体。そして何よりも、ヘルシャフトが何を企んでこんな世界を作り上げたのか。それを明らかにしなくちゃならない。
そして俺は、残酷で、同時に最も重要な記憶を思い出した。俺が小さかった頃、『記憶を失う前の俺』の記憶だ。
「夏目先輩、俺実は、、、」
「夏目でいいよ、めんどくさいでしょ?」
大事なことを打ち明けようとしていたのに、出鼻を挫かれた。というか今更呼び捨てなんて無理だ。
「夏目、、、さん。さんくらいつけさせてください。」
彼女は少し不服そうな表情を浮かべたあと、にっこりと笑った。
「うん!まぁさん付けも悪くないね、可愛い感じで。」
「え、、、。可愛い感じって、そういう子供に見られるの、俺苦手なんですけど。夏目さんじゃなければちょっときついですね。」
「何それ、私バカにされてる?」
「んー、まぁ、はい。」
二人でこうして笑い合っていると、自分たちがこれからしようとしてることの大きさを感じなくなる。でも、こんな気持ちでいられるのも夏目さんのおかげだ。
でも現実に戻らなければいけない。多分、時間はあまり残されていない。
「夏目さん、俺の『もう一つの記憶』を聞いてもらえますか?」
「もう一つの記憶?」
「はい、まだ伝えていなかった俺の秘密を。」
はっきりとは思い出せない。記憶喪失以前の記憶。思い出せるのは、ぼんやりと浮かぶ、いくつかの景色だ。白衣を身に纏った連中、真っ白な部屋で、俺は仰向けになっている。小学3年生くらいの時、俺は突然倒れて意識をなくした。そこから5年間眠り続けた。目が覚めた時、倒れる以前の一切の記憶を俺は失っていた。でも、夏目さんによってアンドロイドのネットワークから切り離されてから、ぼんやりと夢に見ることがある。小さな頃、俺はどこかの実験施設に通っていた。そこで、何かをやらされていた。なんの実験だったかは正確には分からない。
夢の中の俺は、叫び苦しんでいた。泣いていたのかもしれない。ただ、ぼんやりした記憶の中でも、顔は分からないが、一人の白衣の奴に言われた言葉は覚えてる。
「君は、最初の『新しい人間』になれるんだ。我々の夢なんだ。」
「新しい人間?」
夏目さんは不思議そうな顔をする。
「俺にも、よく分かりません。ただ、今の世界を作り上げたのがヘルシャフトだとすれば、きっとこの実験にも奴が関わってるはずです。」
「今そこが使われているかは分からないけれど、その実験施設を見つけられれば、何か分かるかもしれないね。」
そう、むしろその場所を見つけないと、今の俺たちにはどうしようもない。だが、その場所を思い出そうとすると、動悸が速くなる。
「ケイ、大丈夫?無理しないで。」
「いや、、、はい。」
もう少し、もう少しで手がかりが見つかりそうなんだ。昔の記憶、母さんが死んだあと、俺は–––––––––。
「母、、、さん?」
先輩が俺の肩を揺すっているのに気づくのに、何秒かかっただろうか。自分が涙を流していると気づくのに、何分かかったのだろうか。
「俺は、、、母さんを、、、。」
心臓が締め付けられて動かない。目の焦点はどこにも合わない。身体の震えは止まらない。
叫び声が聞こえる。よく知ってる声–––––––––。俺の、、、声?
記憶が、鮮明になってゆく。
「何度も、何度も何度も何度も!目の前で友達を殺された!ガラス一枚を隔てた部屋の向こう側で!何度も何度も何度も何度も!その度に記憶を消された!」
俺は、自分の前で人が、いやアンドロイドが殺される実験をやらされていた。
吐きそうなくらいの、どこから来ているかも覚えがない罪悪感だけが、当時の俺を襲って毎日毎日が苦しかった。でも、少しずつ友達が殺されなくなってきた。
だけど、ある日いつも見ているガラスの向こう側の部屋に連れていかれた。ナイフを握らされて。目の前には、髪が長くて綺麗な女性が立っていた。儚い笑顔だったのを覚えてる。彼女は俺の頬に触れた。
「ごめんね、ケイ。」
でも俺は、その女性を刺した。何度も何度も何度も。
–––––––––彼女は、俺の母さんだった。
多分、当時の俺は定期的に実験の記憶を消されていたし、母さんに関する記憶も改竄されていた。だから、目の前にいるその女性が、自分の母親だなんて思わなかったんだろう。俺は、指示されるがままに彼女を刺した。
そして、その後に誰かに告げられたんだ、
「君が殺したのは、君の母さんだったんだよ。本当は生きていたんだね。優しい人だった。君を誰よりも大切に思っていたんだよ。それを、君が–––––––––。」
「俺が、殺した。」
「ケイ、、、?」
もう誰も俺を擁護できない。友達が殺されたのは、実験の関係者のせいだ。俺のせいじゃない。今中が死んで俺が生き残ったのは、俺に力が足りなかったからだ。でも前に進み続けるしかない。
でも、でも。母さんを殺したのは誰だ?実験に関わった白衣の連中か?ドロイド兵機か?
–––––––––違う、俺だ。俺が殺した。俺が倒れたのはその日だった。自分の責任から、逃げようとしたんだ。全て忘れて、なかったことにしようとしたんだ。
「夏目さん、俺、今まで自分が生き残っている理由を考えてきました。そして、夏目さんに出会って、この世界の真実に辿り着くことが、俺のすべきことなんだって、本気でそう思ってました。でも俺は、生きてちゃいけないのかもしれない。この世界にとって俺は–––––––––。」
彼女の両手が、俺の頬を覆う。下を向いていたが、その両手に上を向かされる。彼女のその真っ直ぐな瞳は、決して目を逸らすことを許してくれない。
「ケイ?私たちは、今、何者?」
「えっ、俺は、、、。」
言葉が、続かない。今の自分の言葉に自信も責任も持てない。
「私たちは今、『世界の敵』だよ。私も、あなたも、誰かに憎まれて当然のことをしてきたのかもしれない。自分自身を憎む過去を背負っているのかもしれない。でも過去は、変えられない。過去は、進む理由か立ち止まる理由にしかならないの。」
彼女は、決して目を逸らさない。
「進むか、立ち止まるか、、、、ですか。」
彼女は小さく頷く。
「あなたは思い出した。辛い過去を、自分を消し去りたくなってしまう過去を。じゃあさ、聞くけど。その過去は、君にとってどっちなの?」
「どっち、、、ですか。」
「進む理由?立ち止まる理由?」
難しすぎる質問だった。正解があるとはとても思えなかった。俺は、俺を許せないし、他人からも許されないようなことをした。なのに、どうして生きているのか。そんな思考が支配する。俺は、感情で片付けるのが嫌いだ。今の思考はネガティブだし、冷静ではないのかもしれない。でも、客観的に俺がしてきたことが許されていいとは、到底思えなかった。
「すみません、分かりません。でも、何も考えずに進むことを選ぶのは、違うと思います。」
彼女は、僕の頬から手を離し、微笑んだ。
「ケイらしいね。そう、正解なんてない。でもね、君がたとえ自分を『この世界にいることが許されない存在』だと感じたとしても、すぐに自分の存在を消し去ろうとするのはもったいなくない?君、感情で動くの嫌いでしょ?」
また、見透かされていた。普通、自分の考えを見透かされるのは気分がいいものではないが、なぜか彼女にそうされると、安心してしまう自分がいる。
「まぁ、そうですね。」
「じゃあさ、生きて立ち止まる時間くらいあっても誰も怒らないよ。憎んでる人が今日死のうが、3日後に死のうが、大差ないって!」
この人はなかなかとんでもない冗談を言う。でも確かに、感情に任せて今日死ぬ必要はないのかもしれない。ちゃんと自分が死ぬ理由があるなら、それを整理してからでも遅くはない。
「はい、僕が死んだほうがいいのか、もうちょっとだけ考えてみます。」
「うん、じゃあ私は君が生きた方がいい理由、考えとく!『世界の敵仲間』がいなくなるの、寂しいからね。」
やっぱり、彼女の笑顔は、ずるい。
もう少し、立ち止まってみるか。
【約1ヶ月後】
「さぁケイ!出発しようか!世界の真実を探しに。」
「はい、夏目さん。世界の敵になって、世界を救ってやりましょう。」
あれから数週間、これからすべきことについて考えていた。過去を振り返り、ひとつひとつ、自分がしてきたことに向き合い、時間をかけて消化していった。
小さな頃、目の前で亡くなっていった友達のみんな。ごめんな、何もしてあげられなくて。でも、当時の俺には何かできるはずもなかった。これは言い訳だ、許すかどうかはみんなが決めてくれ。でも、死ぬ前にみんなに報いることができると思うんだ。許されないとしたら、みんなに報いてから死にたいんだけど、それでもいいかな。
今中、いつも守られてばっかりでごめんな。そして、お前のこと忘れててごめん。こう言う時は、感謝を伝えるべきか。頼りにしてたよ、ありがとう。お前が俺の過去を知ったら、なんて言うかな。正義感の強いお前なら、ぶん殴ってくれそうな気がする。俺はボコボコにされて当然くらいのことをしてきた。でも、お前の手デカいからさ、ちょっとだけ手加減してもらえるように、償わせてくれないかな。だからこの先の俺の道を見ててよ。
ユウナ、俺の勝手で傷つけてごめん。でも、ユウナが思っている以上に、俺にとってユウナは支えだったんだ。ありがとう。当たり前だと思ってしまっていたんだと、今は反省している。記憶喪失前のこと、ちょっとは思い出せたんだ。辛い記憶ばかりだったけど、何回かユウナと喋ったことあったんだな。ずっと俺のそばにいてくれて、ありがとう。
父さん、会えなくてごめんな。記憶をなくしてから、会うのが怖かったんだ。でも、今少し思い出せるよ、小さい頃の父さん。見た目からは考えられないくらい優しかったんだな。俺にはそんな優しさの遺伝子を分けてくれなかったのに。って、文句言っても仕方ないか。俺がすべきこと終わったら必ず会いに行くから。
–––––––––母さん。母さんに、ずっと会いたかった。夢の中でも記憶の中でもいいから、会いたかった。でもそれが叶った時、同時に俺が母さんにしたことも思い出しちゃったんだ。俺さ、ずっと考えてたんだ。『罪を償う』ってなんだろうって。でも、正解なんて分からなかった。ちょっとひねくれた考えかもしれないけどさ、何かをして『償う』って自己満でしかないと思ってるんだ。その人が、自身の罪を振り返って、反省して、消化できるように。時に良いことをしたりして。でも、罪は消えないんだ。でも死んで償うってのも、やっぱり自己満だと思う。
だから、俺はまだちょっとだけ生きようと思う。死んだら、全部終わっちゃうからさ。生きていれば、常に死ぬ選択肢があるけど、死んだら無くなってしまう。生きて、こんな残酷な世界を変えて、そんで死にたいんだけど、母さんはどう思うかな。
–––––––––やっぱり、自己満だよな、こんなの。でも。
「俺は、自分の道を進みます。歪で、何度も立ち止まって振り返るけど、道がある限り、進みます。だから、夏目さん!」
「うん!もう迷わないなんて言わなくていい。何度迷ったっていいの、君には私がついてる。私には、君がいる!」
やっぱり答えなんて見つからない。もがき苦しみながら、生きる。答えが『死』ならば、俺はもっと早く死んでる。生きている理由を探すんだろ。そのために俺の道を進んできた。そして何度も立ち止まり、同じ考えに辿り着くんだ。
俺たちは出発した。かつて俺が実験に協力させられていた施設へ。鮮明に思い出した、あの場所。
–––––––––あの日まで通っていた、小学校の地下に。
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