第16話「それでも、私たちは私たちの道を歩く。」
私が初めて夏目先輩に会ったのは、当時の恋人と一緒に帰ろうとした時だった。彼がサークルの新歓に行ってくるって言うから、私はどんなサークルなのか興味もあって、私の用事が終わった後に迎えに行った。新歓って聞いてたから、元からあるサークルなのかと思っていたけれど、実際は新しく作られたサークルだった。
サークル名は『ドロイド研』。名前の通り、当時襲撃があったドロイド=シヴァの正体を明かすために作られたサークルだったそう。そのサークルを立ち上げた人物こそ、東雲夏目だった。私も彼女の遍歴はよく知らないのだけれど、シヴァの襲撃時に両親を亡くしてしまったみたいで、それもあってドロイド研を立ち上げたんだって。
夏目先輩は、一番必死にシヴァの謎を解こうとしていた。私は彼を介してでしか彼女に会ったことがなかったから、全てがわかるわけじゃないけど。彼も、シヴァに対する執着が強かったから、夏目先輩のことを心から慕っていた。時々怖いくらいに。
でも、彼女の目はいつも優しかった。友達も多くて、人気者だったって、彼から聞いた。それだけ他人想いだったんだと思う。だから、あの日、シヴァの襲撃で何もできない自分が許せなかった、んだと思う。
「それでね、、、って、春人くん?」
彼は涙を流していた。それが、哀しみからくるものなのか、安心からくるものなのか、ひと目では分からなかった。ただ、彼のその姿がケイと重なった。なぜだかは分からない。彼もまた、ケイと同じように大きなものを背負い込んでいるのかもしれない。
「ごめんユウナさん。」
ただ謝り、何度も何度も拭うが、しばらくその涙が止まることはなかった。ティッシュを差し出すと、小さくお辞儀をしてまた涙を拭った。
彼に一人で背負い込んでほしくない。私はそう思った。
「ねぇ、春人くん。君がここにきた理由、詳しく聞いてもいい?」
さっきは隠しておいても良いと言っておきながら、矛盾したことを彼に尋ねた。でも、私の心はそうすべきだと叫んでいた。
彼は鼻をすすり、精一杯涙を堪えて言った。
「僕は、あなたを介して、『ケイ』に会いに来たんだ。彼を見つけて、夏目を取り返しに、、、来た。ごめん、この言い方だと語弊があるね。久坂から夏目をよく知る人物だと聞いた。そのケイとあなたが関わりが深いとも、聞いた。だから今こうしてここに来ている。」
やっぱり、ケイの父さんだったんだ、久坂って。ケイのことを伝えて、春人くんに何をさせようというんだろう。私もしばらくケイのお父さんとは会っていない。でも、春人くんを私のもとに導いたのには、きっと理由があるはず。
多分、ケイのことを話して、春人くんがここから去ったら、大きなことが起こる、そんな気がする。良いことか悪いことかは分からない。だから、私は、、、。
「あのね、さっきの話に出てきた彼が、ケイなの。『久坂ケイ』、あなたをここに導いた久坂さんの、息子。ケイは、夏目先輩とドロイドの研究を続けている。私たちを謎の襲撃から救い出すために。」
彼は、自分の震える右の拳を、左の掌で必死に抑えていた。怒っている。でもその怒りを、必死に抑えている。きっと、誰にも向けるべき怒りではないと、自分でわかっているから。それでも、溢れ出そうな勢いで怒りが湧いてくるから。
その手を、私は両手で握りしめた。それしかできなかった。彼にどうしてこんなにも怒りが込み上げてくるのか、私には理解ができなかったから。彼の手の震えは収まっていった。でも、それと反比例するように、さっきまで堪えていた涙がまた溢れてきた。私は彼の手を握ったまま、こぼれ落ちてくる涙を私の手の甲で受けた。
「君は、どこから来て、一体何をしようとしているの?何に震えているの?私は、君を知りたい。」
彼は、辛い選択をしてここまで来た。その確信が私にはあった。多分、途中で後悔もしている。でも、何度振り返っても、自分がこの選択をすることを分かっているんだ。だから、自分で背負い込むし、やり場のない怒りが込み上げ、自分を責める。
ケイもそうだった。私はずっとそばにいたのに、それをちゃんと理解してあげられなかった。でも、今目の前に同じ表情をした人がいる。私の選択肢は、一つだった。
「私があなたを、春人くんを夏目先輩のもとに連れて行く。必ず。あなたは誰かがそばにいないと、壊れてしまいそうだから。だから、春人くんのことを教えて欲しい。」
私にとって精一杯の気持ちを伝えたつもりだ。
少しの沈黙が流れた。彼は息を整え、涙を拭い、私の手を優しく返してくれた。そして、ゆっくりと話し始めた。
「僕は、とある惑星からやってきた人間だ。そして、夏目もそうだ。目的は、地球に現存するアンドロイドの調査。最終的に、アンドロイドから地球を人類が奪還する作戦だった。だが、、、、」
–––––––––彼のことをただ知るつもりだった。
それが彼の助けになると、信じていたから。
でも彼から聞いた言葉は、私たちの常識を覆すことばかりだった。
私たちの正体、彼の目的、ドロイドがなぜ襲ってきたのか、なぜこの街ばかりなのか。
全てを理解するのは、とてもじゃないけど無理だった。
受け入れるのは、とても難しかったけど、彼が嘘を言っているとは到底思えなかった。
本当だと思えるからこそ、余計にショックが大きかった。
そっか、私、人間じゃないんだ。
君たちにとって、私は、私たちは敵なんだね。
いろんな可能性が頭の中に溢れた。
でも、今考えたって分からない。
でも、一つだけ、気持ちを聞きたい–––––––––。
「ねぇ春人くん、君は私たちが憎い?今にも絶滅させてしまいたい?」
「ユウナさん、、、。」
「私は、君にとって生きててはいけない存在?」
必死で、必死で堪えたはずだったんだよ。今泣いたって、どうしようもないって、分かってたんだよ。でも、堪えれば堪えるほど、、、辛いよ–––––––––。
彼は、私の手を取り、そっと握りしめた。
「憎いと、思ってました。でも、でもここにきて、ここで暮らすアンドロイドを見て、あなたに会って。絶滅なんて、しなくて良いんです。生きてて良いんです。」
その言葉も、表情も、握った手も、全てが優しかった。私と彼が、全く異なる存在だなんて思えないくらい。
「春人くん、私は、、、。」
「ユウナさん、僕分かったんだ。ユウナさんから、夏目のここでの話を聞いて、そして久坂さんや他のアンドロイドと触れてきて、僕は確信した。夏目がやろうとしていること、そしてケイさんがやろうとしていることも。それは–––––––––。」
《キテイガイジョウホウノキロクヲカクニン。キオクサクジョシンセイ。》
「あの、ユウナさん!?」
何これ、頭がぼんやりしてきた。春人くんの声、ちょっと遠いな。あれ、私さっきまで何話してたんだっけ。忘れちゃいけないことを話していた気がする。絶対に、忘れたくない。絶対に–––––––––。
《記憶削除申請が、拒絶されました。》
「ユウナさん!」
「はっ。ごめん、ちょっとぼーっとしてた。なんだろ、変な声が頭によぎった気がする。これもアンドロイドだからなのかな、へへ。」
引き攣った笑いであることは、自分で一番感じていた。
「変な声なんて、人間でも頭の中でよく聞こえるよ。ああしろこうしろってうるさいんだ。だから、まるで人間みたいだ。」
励ましてくれてるのか、わざとらしく彼は笑って見せてくれた。でもその優しさが嬉しかった。
私は、まだ本当の自分のことが良く分からない。それは今までもそうだったけど、さらにそうなった。人間とかアンドロイドとか、敵とか味方とか。でも目の前の彼の表情を見たら、今はそういうんじゃないんだなって思った。そういうってどういうこと?考えてる自分でも分からない。
でも、分からなくても、彼と一緒にいれば自分にあるモヤモヤした記憶の正体が分かる気がした。彼と一緒にいれば、霧がかかった道が澄み渡っていくような気がした。
私が一歩を踏み出すなら、今だ。きっと彼もそうなんだ。
「ユウナさん、僕と一緒に、夏目とケイさんを探そう!僕らなら、きっとこの世界を変えられる。」
彼の言っていることの意味は、あまり理解できなかった。世界を変えるってどういうことなんだろう。
でも、目の下がまだ真っ赤な彼が、会ったばかりの時とは別人のような、その自信に満ちた笑顔で手を差し伸べてくれるのが、とても頼もしかった。
「何それ、世界変えるって。ふふっ。でも確かに、うん。こんな理不尽な世界、もう嫌かな!」
私は、彼の手をとり立ち上がった。
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