第6章、邂逅
第15話「出会い」
僕が地球を飛び出してから、どれくらいの時間が経っただろうか。あまり感覚がない。出発した直後は、追手も来ていたし機内の通信は鳴りっぱなしだった。おそらく惑星に帰ってこいと言われているのだろうが、受け入れる気は全くなく、機兵は最高速度で地球へと向かった。
僕の頭の中では、隊長のあの言葉が何度もこだましていた。
『彼女は、敵だ。』
彼は夏目のことをそう言った。何を見て、何を知っててそんな話になる。人類の敵?それじゃまるで、夏目がアンドロイドになったみたいじゃないか。いや、そうとは限らないか。一度は僕も、夏目が以前の夏目ではなくなってしまっている可能性は考えた。そして、今でもそんな勘がどこかにある。あの久坂という男が言っていたように。
「だから、だからこそ、僕らは夏目を取り返さなければいけないんじゃないか。」
なぜ夏目に寄り添おうとしない?なぜ敵だと決めつけすぐに見捨てる?そんなんだから、いつまで経ってもアンドロイドから地球を取り戻せないんだよ。
自分の怒りを頭の中で言語化すると、楽だ。冷静になったような気分になれるから。実際には、怒りは少しも収まっていないのに。
そして再びやってきた。地球に、この街に。
着陸した時、機兵の脚の部分が破損してしまった。惑星に戻るときに飛べるような状態かは分からないが、少なくともすぐに戻ることはないだろう。夏目はそんなすぐに取り戻せると思っていないし、何よりもまず、命令を無視して地球に飛び出したやつをすぐに迎え入れてくれるはずがない。僕は機兵を着陸地点に放棄したまま、機兵に備えてあった食料と野営のための道具一式を携えて『赤星ユウナ』の家へと出発した。
着陸地点は前作戦で機兵を待機させていた場所だったため、目的地との位置関係はなんとなくわかっていた。ただ、久坂にもらった地図は惑星に置いてきてしまったため、最短ルートでいくのは難しかった。昼から歩き続けて、気づくと、夜になっていた。
見覚えのある場所にやってきた。確かに最初に調査した街だ。つまり、この街の外れにあの家がある。きっと、彼女はそろそろ家に戻っているに違いない。
またここに来た。今度は明確な目的を持って、この家に。ただ、灯りはついていない。窓も割れたままだ。もしかしたら、まだ入院中なのかもしれない。
「仕方ない、ここで野営するとしますか。」
僕は赤星ユウナの家のすぐそばにテントを広げ、そこで待つことにした。
1ヶ月ほど経ったが、彼女は戻ってこない。節約しながら消費していた食料も、底を尽きようとしていた。
「僕は、一体ここで何をしているんだろう。」
ここで、一日、また一日と日をまたぐにつれ、分からなくなっていく。今自分が何をしているのか。もちろん、夏目を取り戻そうとしている。それは分かっている。でも、軍隊に逆らってまでとる行動だったのだろうか。僕はこの決断の先に、何を得られるのだろうか。それは、犠牲に見合っているのだろうか。僕には、覚悟があるのだろうか。
「なんか、辛いな。」
雨が降っていた。降り注ぐ雨の音は、僕の心の中にある不安や後悔を掘り起こしてきた。だが時間が経てば、その雨音は僕の思考を冷静にもさせてくれた。
「上の連中は、一体何をどこまで知っているんだろう。」
作戦中は、疑念がありながらも、目の前の作戦に手一杯だったため深く考えられなかったが、図らずも今はこんなにたっぷり時間がある。隊長の命令を蹴ってここに来たのも、上に対する不信感が大きかったからという理由もある。
軍隊において、全ての情報を全ての隊員に開示する必要は僕もないと思う。それによって生まれる混乱が、秩序を乱し、統率が取れなくなる。その常識を念頭においた上で、アンドロイドのことと、戦略班と上層部の言動について考える。
1つ目。『地球のアンドロイドが人間に酷似していること』。これは何度か繰り返されてきた調査で明らかになっていたはずだ。仮にこの情報が軍の統率に関わるとしても、僕らが新型機兵で作戦に出発する前情報としてあっても良かったはずだ。いずれ知ることになるが、予め知っているか否かでは作戦の効率が全く異なる。今回の新型機兵の稼働期間を考えれば尚更だ。
2つ目。『アンドロイドのエネルギー源と、新型機兵のエネルギー源が同じであること』。これは偶然である可能性も考えられる。だが、この事実を受け取ってまず思うことは、アンドロイドとうちの技術班の人物が繋がっているかもしれないということだろう。そうなれば、各地の発電所破壊を行ったタイタン作戦の意義さえも危ぶまれてくる。原アンドロイドのいる地域も上層部は特定していたみたいだし。
そして最後。『ドロイド=シヴァ』。久坂が言っていた、最初に地球を襲った機兵。僕らでさえ知らない機兵。当然久坂のハッタリである可能性もある。アンドロイドの言うことを真に受けるなんて馬鹿げている。だが、その襲撃日時は、夏目の端末から信号が送られてきた唯一の時刻。何か夏目と繋がりがあるのかもしれない。このことを、上は知っているのだろうか。いや、必ず知っている。問題は、上がシヴァの『当事者』なのか否かだ。それ次第で、隊長の夏目への対応にも納得がいく。
「なんにせよ、夏目に会わないことには始まらない。」
シヴァがここで暴れ、夏目はこの地域で調査後、暮らしている。そして、原アンドロイドがいるのもこの地域。おそらく、この繋がりを今考えても分からないんだ。
僕の決断の先に、この答えがあると信じて、進むしかない。
「あの!聞こえてますか!」
「えっ?」
夢中になって考えていて、全然気がつかなかった。いつの間にかテントの入り口が開かれ、1人の女性が顔をのぞかせ不思議そうな顔をして呼びかけていた。
「な、何勝手に人のテントを開けているんだ!」
僕は慌てて強い口調で言った。
「あの、すぐ横が私の家なんですけど。人の家の真横にテント張ってぶつぶつ何か言ってるあなたの方がよっぽど変だと思いますよ?」
彼女は呆れた顔で言う。ぶつぶつ?内容聞かれたのか?途端に羞恥心が襲ってきた。
「これは人を待っていてだな、、仕方なく、、って。横が君の家?」
「そうだけど、それが何か?」
僕を怪しそうに見てくる。まるでストーカーを見るみたいに。
「ってことは、君が赤星ユウナか!君を待っていたんだ!1ヶ月もここで!」
彼女は少し驚いた表情を見せた後、不自然に笑った。
「えっと、通報しますね。」
彼女が携帯電話に手をかける。
「ちょっと!ちょっと待ってくれ!これには深い事情が!」
必死に彼女の腕にしがみつく。僕はなんて惨めなんだ。こんな姿、絶対夏目には見られたくない。
「事情も何もあるわけないでしょ!1ヶ月も知らない男がテント広げてうちの横で待ってるなんて、ストーカー以外のなんだって言うの!離して!」
僕は必死だった。この世界で捕まるわけにはいかない。こんなとこで躓いていい訳がない。
「久坂だ!」
僕を引き剥がそうとする手の動きがピタッと止まった。ゆっくりと彼女はその手を離し、僕も彼女の腕を離した。ようやく時間が生まれ、僕は話し始めた。
「久坂という男から、君の居場所を聞いた。率直に言う。僕の目的は、『東雲夏目に会うこと』ただ一つだ。そのために君に接触した。ここに居座っていたことは、申し訳なかった。君が入院しているのを聞いてはいたが、すぐに退院するとも聞いていたもので。どちらにせよ悪いことをしてしまった。申し訳ない。」
不思議な表情を浮かべていた。彼女は、何を思っているのだろう。
「夏目先輩、、、か。久坂ってのは、ケイじゃなくてお父さんの方かな?久坂さんも知っているのね。」
「夏目の居場所を、、、知っているのか!」
「君、少し焦りすぎ。私の方が聞きたいことがいっぱいあるんだけど。とりあえず家に上がっていいですよ。」
小さく微笑む彼女に連れられ、家に上がった。
「ソファに座ってていいですよ。私こっちの椅子座るので。」
そう言われ僕は紺色のソファに腰掛けた。一人か、狭く座っても二人掛けのソファだった。
「あらら、窓割れちゃってるじゃん。風でなんか飛んできたかな。直してもらわなきゃ。」
「ははは、そうだね。」
僕は目を逸らした。背筋が伸びたまま曲がらない。なぜこんなにも緊張しているんだろう。
少し、沈黙が流れた。正直僕も何を切り口に知りたいことを聞けばいいか分からない。当然、突然訪ねられた彼女もそれは同じなわけで、、、。
「あの、お名前は?あなたは私のこと知ってるみたいでしたけど。」
「すみません、東雲春人です。」
思わず本名を名乗ってしまった。しかし、今後協力してもらうことを考えると、諸々隠さず話した方が良いだろう。
「東雲?ってことは夏目先輩の兄弟かなにか?あ、あとその微妙な敬語やめて欲しいんだけど。あ、それは私もか。多分同世代くらいだよね。」
「はい、、、うん。夏目の弟。2つ下の年。」
「じゃあ私と同い年だね。それで、夏目先輩を探してるって話だったけど、どうして離れちゃったの?」
僕は少し黙った。隠さず話すと言っても、情報を出す順番は考えなければならない。でないと、拒絶され、夏目の居場所が聞き出せないかもしれない。
「言えないんだ?」
「あ、いや、、、。」
「ううん、いいの。1つや2つ言えないことくらい人にはあるものでしょ。君が1ヶ月も私を待ってまで夏目先輩を見つけたがってるんだもんね。ただものじゃないことくらいはわかるよ。ふふふっ。」
彼女は微笑みながら答えた。その優しさは、小さな頃の夏目のようだった。人間を忌み嫌うあの夏目になる前の、、、。
「んで、春人くんは夏目先輩がどこにいるかを聞きたいんだよね。んー、それで言うと、今の彼女の居場所は正確には分からないんだよね。先月の飛行型ドロイドの襲撃があってから大学はしばらく休みになっちゃったし、尚更分からないな。」
「そうか。夏目はここで大学に通っていたのか。そしてユウナさん、あなたは夏目の後輩だった。」
「うん。だから、夏目先輩の居場所は教えてあげられないけど、私の知ってる彼女のことなら教えてあげられる。」
やはり、彼女の目は優しかった。僕ら人間でもこんなに優しい目の人がいるかどうかなんて、不確かなくらいに。
「ここでの、、、夏目、、、。」
ここにいるアンドロイドにとっての夏目。それを知ることで、嫌でも認めなければならないのかもしれない。
『夏目が何者であるのか』をーーーー。
「ユウナさん、聞かせて欲しい。君にとっての夏目を。」
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