第14話「私も、探してみるよ。」




 君と別れてからの日常は、なんだかふわふわしたものだった。別に気分が暗くなったりするわけじゃない。そうは言っても、今までずっとそばにいた人が離れてしまうっていうのは、流石に寂しさを感じる。でも同時に新鮮だ。新しい人生のスタートラインに立った気分で、気持ちが良くもある。

まだ一歩目を踏み出せていない。勇気が出ないんじゃなくて、進みたい方向が決まっていない。自分の道がどんな風に広がっているのか、あまりちゃんと見えてこない。

私はずっと君のために、ってそばにいたけど、自分のためでもあったんだ。私の存在が君の重荷になったら嫌だなって思ってたけど、案外そうでもなかったりして。

こんな風に時々君のことを考えてしまう。未練たらたらだよね。でもこれで良いんだって今は思ってる。自分の気持ちに嘘はつかない。思い出したい時は思い出すし、そうじゃない時もある。どちらにせよ自分の選択は間違っていないんだから。


 一学期の試験前、大学の図書館で勉強をしていた。授業で一緒の子のアカリと。

「なんかさ、最近ユウナ少し変わったよね。」

アカリが突然そんなことを言ってくる。

「えっそうかな?分からないけど、、、。どこが変わった?」

ちょっとだけ心当たりがあったが、それでも周りが気づくような変化ではないと思っていたので驚いた。

「う〜ん、何かと言われると難しいんだよね。雰囲気?表情かな?でも、良いと思う。」

「良いと思う?」

「うん。前のユウナより、良い。前も好きだったけど、今のユウナはもっと好き。」

「何それ、重いね、ふふっ。」

二人で笑い合った。

君と離れてから前より『良く』なったって言われるのは、ちょっと複雑な気持ちだけど。それでも、私は変わったんだって思えるだけで、少し自信がついた。

 結局私たちはほとんど勉強をしないまま、ただ雑談をして数時間が経った。

「アカリ、そろそろ行こっか。」

「うん。あ、ユウナ、ちょっと参考書探すの手伝ってくれない?」

「あ、うん!良いよー。」

席を立ち、アカリについていった。どうやら彼女は現代史のコーナーで参考書を探しているようだった。

「なんかヘルシャフト関連の書籍、ない?」

「え?ヘルシャフトの本なんてそこら中にあるじゃん。」

「いやなんかもっと詳細なやつ。大体のは大したこと書いてないじゃん。」

「それは、ヘルシャフトが情報規制してるからじゃない?」

「そうそう、だから抜け道通ってきたみたいな本が欲しいの!」

彼女はそんな本を探して何をするつもりなんだろうか。そんな風に思っていると、ちょうど良さそうな本を見つけた。

「アカリ!これどう?」

「ん?良いのあった?」


【『奇妙な』防空壕はなぜ作られた?〜『彼』はこれからも襲撃が起こることを知っているのか〜】


「これ、『彼』ってヘルシャフトのことだよね?」

「確かに!ユウナさっすがぁ。」

でもこんな本置いておいて大学は大丈夫なのかな。要らない心配か。ふと隣の本の背表紙に目がとまった。


【奇跡の高校生、ドロイド=シヴァからの生還。その奇跡の裏側に迫る!】


「ユウナ!行こ!私これ借りるわ。」

「あぁちょっと待って、私も本借りる。」

目に留まった本を片手に、貸出受付を済ませ図書館を出た。


 家に帰って、借りてきた本を取り出した。この本を借りたのには理由がある。もちろんたまたま見つけただけではあるんだけど。最近、自分も悪い夢を見るようになった。大切な人を失ってしまう夢。でも、その人の名前が思い出せない。夢の中では、いつもケイと3人で遊んでいる。

この本を読めば、何か掴めるかもしれないと思った。私が悪夢を見る理由が、きっとある。


『ドロイド=シヴァ』


 あの時以来考えることを避けてきたし、ケイにも考えてほしくないと思っていた。でも、夢の中の『彼』を思い出すきっかけがあるのなら–––––––––。



【1つの街を全焼させたドロイド=シヴァ。奴の正体は一体なんなんだろうか。そして、そこからたった『2人』。生き残った当時高校生の彼らも、一体何者なんだろうか。私たち人類に、何が起こっているのだろうか。人類は、世界は、滅んでしまうのだろうか。】



 2人、か。夢の中だと、3人で遊んでるのは多分高校生くらいだと思ったんだけど。高校時代のことを誰かに聞こうとしても、シヴァの襲撃の時に知り合いはみんな死んでしまったから聞けない。こう思うと、なぜこんなにすんなりと友達がいなくなった事実を受け入れて今私は生きているんだろうかと思う。いや、どうだろ。まだ受け入れられていないのかな。拒絶したまま、振り返らず進んでる。それが良いのか悪いのか、どっちとも言えると思う。

 でも一つ確かなのは、ケイは振り返って、受け入れようとしていた。だから彼は『理由』を探していたんだ。やっとわかった。

『友達が死んで、自分が生き残った理由』を、事実を受け入れることができるように。振り返って、自分で精算して、そこから前に進む。その道を選んだんだね。



【2人は口を揃えて言うのだ。『彼』がいなければ僕ら(私たち)は逃げきれなかった、と。】



たった、一文だった。でも明らかにおかしい。ここでいう『彼』って誰のこと?私たちは誰かに助けられて、今こうして生きている?



【時に彼は、一人の女の子を背負って逃げることもあった。燃え上がる炎に満ちた景色を、血で溢れかえる道を、彼はその強い精神力と体力で切り抜けてみせたという。】




 これは、、、ケイのこと?分からない。違和感だ。ここに書かれていることが、本当に私たちが発した言葉を元に書かれているとしたら、ますます分からない。

逃げていく中で、私たちは精神的にも体力的にも限界だったから、記憶が曖昧なところがあったのかもしれない。実は道中見知らぬ誰かに助けてもらったのかも。

でももし、ここで言う『彼』が、夢の中で出てきた彼だとしたら。


「んー!分からない、、、。」

グッと背伸びをしながら呟いた。珍しく頭を使っている気がする。でも、自分がすべきことを、自分の心に正直にやっている気もする。

ちょっと頑張ってみようかな、頭使って考えてみること。

でもやっぱ今日は頭使うの疲れちゃったな。今日はもう寝よう。


 

 


 「ケイ!––––––––!大丈夫?–––––––––!ねぇ、–––––––––!!」


 また同じ夢を見た。最近また増えてきたかな、この夢。

 いつも通り大学に行く準備をする。パソコンと、参考書と、昨日借りた本と。いつも通りの持ち物を持って駅へ向かう。ただ今日は4限からしか授業がないから、大学から少し離れた場所にあるカフェにでも行こうかな。あそこは落ち着くし、ゆずみつ茶美味しいし。結局、昨日はあまり試験勉強ができなかったし。あの本読むのは試験後にしないとだめみたい。

 新しい日常に、なんだかホッとするときがある。一般的に、新しい何かをするって、ワクワクすることだと思われているような気がする。だけど、同時にホッとするんだ、いつもと違う自分に。いつもの自分に自信が持てないほど、違う自分がいることに安心する。

 カフェでいつも飲むゆずみつ茶を頼む。もちろんホットで。熱々のゆずみつ茶で火傷しないように気をつけながら一口飲む。こういう時って火傷が怖くて結局味を感じ取れるほどの量を飲めない。冷ましてからにしようとカップを置き、少し深呼吸をして落ち着く。私は勉強しに来たんだった。参考書を開いて始めようとするも、なんだかやる気がでない。

「はぁ、、勉強ってめんどくさい。」

イヤホンをしていたからか、自分の声の大きさを調節できず、隣の人にチラ見された。ちょっと恥ずかしかったけど、何も言ってないような素振りを見せることで誤魔化した。

 誤魔化しついでに、グッと背伸びをした。さ、こんなこと言ってないで勉強しますか。


 急に周りがざわつき始めた。客たちは次々と席を立ち、窓から上を見上げている。私もイヤホンを外し、窓際の外が見える位置まで移動した。

「なに、、、あれ、、、。」

その言葉が私から出た言葉なのか、周囲の客から聞こえた言葉なのか、定かではなかった。ただ確かなのは、その場にいる全員が同じことを思ったことだ。


そして、悪夢が蘇る。そんな予感がした。


「みんな逃げて!」

今度ははっきり私の声だった。明確な意思を持って、パニックにならず。大丈夫、今回も生き残れる。



空は、無数のドロイド機兵で埋め尽くされていた–––––––––。



落ち着いて、今回はケイは一緒にいない。自分で、最善の行動をとるの。ここの近くの防空壕は––––––。

《緊急襲撃速報。飛行型ドロイド兵機を確認。携帯端末を確認し、すぐにお近くの防空壕に避難してください。》

そうだ、最近ケータイが防空壕の位置を知らせてくれるんだった。すぐ近くにある、大丈夫、落ち着いて。

 店内はパニック状態だった。みんなで押し合って、逆に出るのが遅くなってる。私の一声のせいなのかな。ケイがもし一緒にいたら、うまくできただろうか。私の必死の声もみんなには届かない。


 すぐ近くの子供が、急に喋り出した。

「ねぇ、お母さん、あれ。」

空に向かって指をさす子供。私も指差す方に目を向けた瞬間だった–––––––––。



「い、いやぁーーーーーー!」



 叫び声が聞こえる。何、誰の声?目の前には血まみれの死体が広がっている。ふと右に目をやる。あ、さっきの子供だ。

また叫び声が聞こえる。すぐ近くだからだ。周囲を見渡すけど、私以外は誰も動いてない。とにかく逃げなきゃ。でも立とうとしてもなぜか力が入らない。そして自分の足元を見る。


 片脚が、ない–––––––––。


 過呼吸のような苦しい息遣いが耳に入ってきた。それが自分のものだと気づくのには時間を要した。そのあとは、覚えていない。


 また夢を見ている。今度は、少し幸せな夢。楽しく誰かと遊んでいるんだけど、夢の中の意識ははっきりしなくて、誰と遊んでいるのか、全部は分からない。多分ケイはいて、他にも誰かいる。途中で自分が夢を見ていると気づいてしまった。それなのに、夢はまだ覚めない。でも幸せだったから、覚めないでほしいと思った。

夢を見ていると自覚してから、夢の中に留まり続けたからだろうか。とうとう夢なのか現実なのか分からなくなってきた。私は今、生きているの?死んでいるの?寝ているの?起きているの?

 でもそんなことより、やっぱり眠かった。




「ユウナ!ユウナ!なあ起きろよユウナ!これ見てくれよ!俺たち3人の–––––––––」

 

 


もうちょっと寝かせてよ、ケイ。別に今日じゃなくてもいいんじゃない?

私たち、ずっと一緒なんだから–––––––––。




「ケイ、もうちょっとだけ、、、。」

「なぁユウナ!・・・・ユウナさん?赤星ユウナさん!!」

「はっ」

 気がつくと、そこは知らない天井だった。いや、知ってるのかもしれない。また病院だ。何があったか思い出すよりも、何が起きたのか悟る方が早いなんて、不思議。

「また私だけ、生き残ったんだ。」

「赤星さん?大丈夫ですか?すみません、寝ながら何か言っていたものですから、意識を取り戻したのだと思い急に呼びかけてしまって。」

綺麗な看護師さんが心配そうに私に話しかけてくれる。

 ただ、その瞬間に襲撃時の記憶が再生され始めた。逃げるのが遅れる人々、指をさす子供、爆発音。そして、血の海と自分でも聞いたことない私の叫び声、消えた自分の左脚。

 吐き気がしてきた。看護師さんが背中をさすってくれる。思い出したくない悪夢のような記憶。何度経験しても、慣れるはずない。慣れていいはずもなかった。経験が現実だと突きつけてきても、信じたくないくらいの、忘れてしまいたいくらいの。そして考えてしまう。私が生きている限り、『次もある』んじゃないかって、ずっと悪夢が繰り返されるんじゃないかって。そんな気持ちにさせられる。

 少しずつ呼吸を落ち着かせて、出してくれた水を2口飲む。まずは、気持ちを落ち着かせないと。

「あの、私はどうやってここまで?」


 看護師さんによると、救急隊が駆けつけた時、私たちのいたカフェ周辺で地上で生き残っていたのは私だけだったという。無事に防空壕に辿り着いた者も多くいて、今回の襲撃での被害人数は被害区域から考えればかなり少なかったという。ただ、それを喜べるほど、私の周囲では人は生き残っていなかった。救急隊は、息のある私を乗せこの病院まで運んできてくれた。すぐに対応できたのは、今回の襲撃が1分足らずで止んだためであった。私は、左脚を吹き飛ばされていた。おそらく瓦礫か何かのせいだという。

 私の片脚は綺麗に外れていたため、義足をつけるのにそう時間はかからなかったのだという。綺麗に外れるって、ちょっとよく分からないけど。義足は驚くほど自然な作りで、神経が通っているかのように自在に脚を動かすことができた。


「そっか、やっぱり私だけ。なんでなんだろう。」

看護師さんは優しく笑いかけてくれた。

「まずは君が助かって良かった、でしょ?心配してくれる人がいたんだから。」

「心配してくれる人?」

「くさかくん?だったかな、男の子。君が無事かーって、すごく心配そうに電話してきた。風の音ですっごい聞き取りづらかったんだけどね。バイクか何かに乗ってたのかな?」

 ちょっとだけ涙が溢れた。でも同時におかしくなった。やっぱり、君は君だ。君も生きているって分かったこともとても嬉しかった。そっか、君も生き残ったんだね、私と同じだ。そしてまた君は探し続けるんでしょう?生き延びる理由を。

 こんな辛い想いをしてまで生き延びるのは不運だって、私は決めつけてた。でも君は違うんだね、ケイ。幸運か不運か、そんなのまだ分からない。だからこそ、そこに理由を求めるんだね。それが生き続けている私たちに残された、唯一の希望だから。


「あの、その人はどうしてこの病院って分かったんですかね?」

「ん?さあね。多分、分からなかったんじゃないかしら。そこら中の病院に電話かけてたのかもね、君のケータイに繋がらなくて。まぁ正直その時は搬送直後だったから、無事とは確実には言えなかったんだけどね。なんかこっちも熱くなっちゃって、任せてとか言ってしまったわ。」

そっか。


 はぁ、また君に心を救われるなぁ。

 うん、そうだね。私も探してみるよ、『私が生き続けている理由』を–––––––––。

 だから、遠くから見ててね、ケイ。


「その電話かけてきてくれた彼はさ、赤星さんの彼氏?」

看護師さんが少しニヤついて聞いてくる。

 そして私は首を横に振って、満面の笑みで答えるんだ。

「いえ、違います。彼は、、、」





–––––––––私の初恋の人。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る