第12話「覚悟」
その日の夜は、この一日であった出来事を消化するには時間が足りなかった。ひとまずは情報を整理して、明日にでもしなければならないことは何なのかを話し合うことにした。地球に降り立ってから、明らかになったこと以上に、謎が増えた。だが僕らにとって、『何が分からないか分からない状態』から変化したことは、これからの行動に当たって非常に大きな進歩だった。
僕は相変わらずの興奮状態だった。どれだけ自分を押さえつけて冷静でいようとしても、心の奥底から湧いてくる怒りが消えることはなかった。だがもちろん、このままではいけないことは重々承知だった。
「春人、今は情報を整理すべきだ。俺たちにはその先にやらなきゃならないことがある、そうだろ?」
「うん、そうだね。その通りだ。まずは地球に現存するアンドロイドに対する認識は、ここに来てから大きく変わったね。」
「あぁ、ちょっと待ってくれ春人。メモしてまとめながら話し合おう。」
彼は端末の電子メモを開き、僕との会話をもとに今までの情報を整理し始めた。
地球に現存するアンドロイドは、まるで人間のような姿をしている。見た目では俺ら惑星人類と全くと言っていいほど違いがない。驚いたことに、見分けがつかないのは奴らも同じで、俺たちがアンドロイドではないと見抜けないようである。多くのアンドロイドとすれ違い、とりわけ1体とコミュニケーションをとる機会まであったが、人間であるとは見抜かれなかった。コミュニケーションをとったと言ったが、これもまた驚きの事実として、奴らは俺たちと同じ言語で会話ができることが分かった。
アンドロイドの生態として、人間と同じような生活をしていることも判明した。おそらく一体のアンドロイドが生活していると思われる家に忍び込んだが、家具をはじめとしてあらゆるものが人間の生活そのものだった。ただ、2つだけ人間と異なる点があった。『食事』と『睡眠』である。冷蔵庫に入っていたのはゼリー状の物体のみであり、他に食材のようなものはなかった。寝室と思われる部屋にあったのは、無数の電極が内部に伸びているカプセルだった。おそらく、そのカプセルによって電力、とは限らないがエネルギーを補充し稼働している。
そして、電極を調べると、アンドロイドに供給されているエネルギーが、『新型搭乗型機兵』に利用されているものと同じであることが分かった。新型機兵は試作段階であり、このエネルギー技術が惑星人類でやっと実用化にこぎつけたばかりということを考えると、甚だ疑問が残る観点であり、今後帰還してから調査が必要な課題であることは間違いない。
奴らの自己認識にも驚かされた。アンドロイドたちは、自らがアンドロイドであるという認識を持たず、人間であると思い込んでいる。もちろん、百年前の新人類大戦の話は全く知らない様子であった。なぜそうなっているのかは、アンドロイドとの会話においては明らかになっていない。
最後に、夏目さんについてだ。彼女は、『久坂』という名を持つアンドロイドと接触し、今は異なる場所を拠点にしている。夏目さんは、久坂の息子である『ケイ』と現在は接触しているとの話である。俺たちはケイとの接触のため、彼をよく知るという『赤星ユウナ』の居場所の地図を久坂から受け取った。
「こんなところか?ちょっと抜けがあるかもしれんが、大事なとこは抑えてるだろ。」
「あぁ、うん。こうして整理すると、大量に謎が出てくるわけだけど、、、。」
「最優先事項から考えなきゃな。奴らの生態に関する調査は十分だろ、回収したものと情報を持ち帰れば、色んな謎が明かされてくことになるはずだ。何も俺たちだけで解決する必要はない。」
「そうなると、やっぱり最優先は『赤星ユウナ』との接触、ってことでいい?」
「あぁ、もとよりそのつもりだ。」
僕らは翌日、赤星ユウナのもとに向かう準備を整え、その日は寝ることにした。
なかなか眠りにつけない。今日あったことが、現実ではないみたいだからだ。様々な感情が心の中で交錯する。
でも僕がやることは決まっている。それに集中しなければならない。
ただ、久坂から聞いたあの言葉が頭にまとわりついて離れない。
『私、私ね、絶対に守ってみせるから。ケイを、みんなを!だから、心配しないでね。』
夏目がそんなこと言うはずがない。だけど、だからこそ確かめなくちゃならない。簡単に信じるわけにはいかないんだ。この耳で聞き、この目で見るまでは。
朝起きて、僕と相馬はあまり喋らなかった。特に険悪な雰囲気なわけでも、つまらないから何も話さないわけでもない。多分、相馬も感じている。僕らが進もうとしている道は、もしかしたら後戻りできないのかもしれない。いや、もう既にそうなのかも。久坂も言っていた。険しい道のりだと。
「なぁ春人。覚悟ってどうやったらできるんだろうな。」
彼の手が震えているのが横目に見えた。相馬が何かに怯えているのは、これまであまり見たことがなかった。そんな相馬を見て、僕は不思議と落ち着いていた。自分より緊張している人を見ると、そう感じるんだろうか。
そして、ふと以前夏目に言われたことを思い出した。
「昔ね、夏目が言ってたんだ。『覚悟とは、経験が成すものだ。初めから、自分に覚悟が備わっていると思った奴から諦めていく。』って。覚悟があると感じるってことは、勝手に想像してるんだ、これから自分に降りかかる障壁の上限を。自分が耐えられる範囲での試練だけを頭の中に思い描くから、乗り越えることができると勘違いする。覚悟というのは、『心が折れないように準備しておくもの』じゃない。『心が折れた時に自分をもう一度奮い立たせるもの』なんだ。それは、はじめからわかったりしない。進んで、壁にぶち当たって、心が折れて。そこで初めて分かる。その壁を乗り越えることができる何かが自分の中に在るのか、そこで引き返すほどでしかないのか。それを繰り返し、経験が覚悟を醸成していく。より強く大きな覚悟が心を占める。」
そう、夏目が言っていたんだ。だから僕は、自分の覚悟なんて信じない。進み続けることが、自分の覚悟を証明していく。それだけでいいんだ。
「なるほどな、進まなきゃ分からないってことか。どちらにせよビビるぜ。」
「僕は相馬がいて助かってるよ。震えも半分で済む。」
僕は相馬に笑いかける。
「半分は震えてんのね、俺が震えてんのはお前からもらった半分かもな。」
「どうだかね。」
2人で声を出して笑ったが、すぐに笑い声は止んだ。
「ふう、、、じゃあ、よろしくな相棒。」
「何それ、そんな呼び方したこと無いくせに。んーまぁ、こちらこそ頼りにしてるよ、相棒。」
さぁ、向かおう。『赤星ユウナ』を探しに。
久坂にもらった地図をもとに、僕らは歩いて目的地へと向かっていた。支給されている通信端末のマップは、大まかな地形情報のみの登録であったので、道が進めないことも多く戸惑ったが、さすがに現地のアンドロイドからもらったのもあってか、久坂の地図には細かな地形情報が登録されており、スムーズに進むことができた。1時間半はかかると思っていたが、1時間もしないうちに着きそうなペースで足を進めた。
だが僕らは、歩き続けるうちに違和感に気づいた。お互いそれに気づきながらも、黙々と進み、ついには目的地がすぐそこに見えるとこまで来た。目の前の景色に、違和感は確信へと変わった。窓の割れた一軒家が、ぽつりと立っている。
「ここは、、、、。」
「あぁ、僕らが調査した家だね、間違いない。」
久坂のレストランに向かった時は迷いながら遠回りしたこともあり、今の今まで往復してきただけだとは確信がなかったが、ここが目的地で間違いなさそうだ。
「つまり、僕らが忍び込んだ家に暮らしていたのが、赤星ユウナってことになるのか。」
「そうみたいだな。だが中を見てみる限り、誰もいないな。また外に出てるのか。」
「でも、見つかっても怪しまれるわけではないから、帰ってくるまで待つのも手だよね。」
「おう、待ってみるか。」
しばらくして、一人の女性アンドロイドがこちらへ向かってきた。もちろん人間との区別はできないけど。
「あの、赤星ユウナさんですか?」
もちろん少しは警戒するべきで、いきなりこんなことを聞くべきではないことは分かっていたが、勢いでつい尋ねてしまった。
「違いますけど、、、。私、赤星さんに書類届けにきただけですし。」
その女性は不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。本人ではなかったが、やはり赤星ユウナはここに住んでいるようだ。
「ユウナさんは、いつ頃帰られますか?」
「えっと、赤星さんは今入院中ですよ。先のドロイド襲撃を受けて怪我をしてしまったので。」
つまり、赤星ユウナは最初の襲撃地点にいたのか。加えて『ケイ』もそこにいた可能性があるってことになる。再起不能状態になってなければいいが。僕が少し思考をめぐらせている間に、相馬が追って問いかける。
「では今彼女はどこに?病院の場所は?」
「あの、あなた方は赤星さんとはどんなご関係で?顔も知らないのに居場所を聞かれましても、、ねぇ。」
女性が怪訝そうな顔で答える。当然本人と関係も分からない奴に入院中の病院を教えるバカはいない。
少しの間教えてもらえるよう説得を試みたが、結局病院の場所は教えてもらえずその女性は帰っていった。ただ、赤星ユウナは軽症であり、あと1週間くらいで帰ってくるのではないかとのことだった。
「結局、この作戦期間中は会えそうもないな。」
「あぁ、だけどこの件を報告して事情を説明すれば、すぐに上層部からもゴーサインが出ると思う。惑星にはまだ稼働してない新型機兵も残ってるしね。1週間後くらいにまた地球に帰ってくることも可能なはずだ。」
僕の言葉に、相馬は渋い顔をする。
「そう上手くいくといいけどね。」
相馬の言動一つ一つに、上層部に対する疑念が感じられた。僕だって、盲目的に信じているわけではない。地球奪還作戦は、ただの『惑星人類VS地球アンドロイド』ではないことは薄々感じている。地球に降り立ってから、闇が垣間見える瞬間が多々ある。だが、不確定な情報や推測が多すぎる。信じるも信じないも、まだまだ情報が少ないんだ。使えるものは、全部使ってかないと。
「僕は、タイムリミットが迫っている気がしてならないんだ。」
相馬が口を開けたまま僕の方を向く。僕は言葉を続けた。
「早くしないと、夏目は僕らの手の届かないところまで行ってしまう。もう遅すぎるくらいだ。」
「どうしてそうなる?」
僕は、最も奴の言葉を信じたくない人間だったはずだ。夏目の何を知っているのかは知らないが、僕らの知る夏目を侮辱したと本気で思っている。でも、あの言葉を無視してはならないという思考が、頭を次第に支配していく。考えれば考えるほど、僕の怒りは増幅し、同時に冷静になっていく。なんだか研ぎ澄まされていくようだ。根拠はない。これから発しようとしている言葉とそうする僕自身を許せない。でも、、、。
夏目の言葉が一瞬頭を過ぎる。
『春人にとって覚悟って何?心が折れた時、自分をもう一度奮い立たせてくれるものは何?今は分からないかもしれないけど、自分に問い続けるの。感情と思考がぶつかり合って、残った先に、『譲れないもの』が必ず見つかるから。』
爪が食い込んで血が出そうになるほど、両手の拳に力が入っていた。
「夏目は、もうすぐ『人間ではなくなってしまう』かもしれないからだ。」
–––––––––僕らは、作戦最終日まで赤星ユウナを探しつつ、他の調査も併せて行ったが、目新しい情報はないまま終了した。
その後、機兵監視班と合流し、点呼が終わった後すぐに惑星へ帰還することになった。現存アンドロイドの生態から予測できる通り、隊員の犠牲者は誰一人として出なかった。今までの調査で行方不明となった人数が嘘みたいに。隊員は全員機兵に乗り込み飛び立ち始めたが、調査班の隊員の顔は、誰を見ても困惑した表情であった。僕と相馬を除いて。
調査報告は惑星に着いた後に行われることとなった。調査班の2人1組のうち一人ずつが集まり、各領域のトップと戦略班の数人と共に報告会議が行われた。僕は相馬に託すことにした。感情を抑えることができないと分かっていたからだ。
どの調査班からも、僕らも調査したようなアンドロイドの実態について報告が上がった。人間と似た生活スタイルで、食事と睡眠だけが固有のものである、と。また、アンドロイドが自分たちをアンドロイドだと認識してないと気づいた班も少数であったが報告された。本会議では、報告のみで、次なる作戦の立案等は戦略班と上層部のみで行われるとのことであった。
僕と相馬は合意のもと、夏目に関する一切の情報を報告しなかった。おそらく、今回の作戦で地球奪還作戦全体に疑念を抱いた隊員も少なくなかったのだろう。相馬によると、僕らのように『敢えて報告しない』という選択をとった者もいるように感じられたとのことだった。
実際のところ、作戦立案に際して、現場を見てきた調査班の意見を取り入れない、というのはあまりにも不自然である。彼らは何をもって作戦とし、地球奪還のゴールをどこに見据えているのだろうか。憶測と疑念が蓄積し、惑星人類内で亀裂が入るのも遅くはないように思えた。
翌日、僕は一人で隊長室へと向かっていた。階段を上っていくと、赤いカーペットが目の前に広がっていた。それが敷かれたその廊下は、隊長室が近いことを示している。真っ直ぐと廊下を進んだ先に、他の部屋よりも大きなドアがあり、少し目線をあげると、『隊長室』と書かれた看板があった。ノックを二度して、中に入るように指示があった。もちろん事前に面談を申し入れている。僕は部屋の中に入り、隊長の前で敬礼をした。これから自分が発言する内容に、隊長のオーラで余計緊張した。でも、僕は昨日寝る前にしっかりと準備してきたはずだ。
報告会議で夏目の情報を言わなかったのは、僕が一人で隊長に直訴しようと思ったからだ。数日後にでも新型機兵を使って地球に飛び立ち調査をするつもりだ。地球のアンドロイドの実態を考えても、危険性は低く、問題はないだろう。一方で、夏目の救出は急を要する、、、気がする。そして何より、ここまで地球に長く暮らし続けた夏目を助け出すことは、僕らがどんな人数をかけて数日間調査をおこなうよりも有益な情報が得られるはずだ。そう、合理性はある。きっと隊長も認めてくれる。きっと、、、、。
「駄目だ。その提案は認められない。」
その言葉で、時が止まったようだった。大丈夫だ。すぐに理解してもらえるとは思っていない。もう一度最初から理由を説明するんだ。きっと僕の説明が不足していた。しっかりと事実と推測を整理しろ、混同するな。感情で訴えかけてはいけない。理路整然と、端的かつ説得力をもって。何度もシミュレーションしたじゃないか。よし、もう一度、、、、。
「駄目だと言っている。二度も言わせるな。」
どんどんと思考が鈍る。ついさっきまで研ぎ澄まされていたはずの思考が、どこにもない。頭が真っ白だ、本当に色がない、行き場がない。現状を理解できない。僕はただ、夏目に会いたいだけなのに。
夏目から聞いたもう一つの言葉を思い出した。
『でも思考は絶対に捨てちゃいけないよ、春人。思考と感情がぶつかり合って、その先で優先するものが感情に寄り添ったものであったとしても、決して考えることをやめてはいけないの。感情が頭を支配した先にあるのは、『目的の喪失』だから。』
「隊長!なぜです!なぜ僕が言っていることを理解してくれないんですか!時間が、時間がないんです!地球に飛ばせてください、、、。」
「理解した上で、認められないと言っているんだ。」
「ならなおさらどうして、、、!」
僕はこの後の隊長の言葉に、どんな顔をして、なんて声を出したんだっけ。あまり思い出せない。感情に支配された僕は、何もかも見失っていた。
「東雲夏目は、既に『人間ではない』。私たちは、見てきた。この1週間ずっと。君の班だけでなく、全ての班の通信端末を通して情報をリアルタイムでキャッチしていた。もちろん、久坂という男のことも知っている。君たちが報告しなかった内容、上層部への疑念、全てだ。だが、君たちは非常によくやってくれた。我々への不満が募るのもよくわかる。だが今は堪えてくれ。」
僕は俯いたままで、唇を噛んで黙っていた。
「君の熱意に、一つだけ教えてあげよう。」
「一つだけ?」
「他の班で、東雲夏目と接触したものがいる。もちろん報告はされていないがな。」
下を向いていた顔を勢いよくあげ、涙を振り払った。
「夏目が、、、いた?どこですか?どこの班が見つけたんですか?」
「それは、教えられない。君が何をしでかすか分からんからな。そこで見て確信した。彼女は、もう人間の味方ではない。」
–––––––––彼女は、敵だ。–––––––––
僕は、隊長室を飛び出していた。向かった先は、機兵格納庫。新型機兵が維持管理されている場所だ。一番奥の数体は、今作戦では使われてなかったはず。僕は整備員を押し退け、時には殴り倒し、怯える彼らを横目に突っ走り、機兵の搭乗室に入った。まだ2回目なのに、不思議と慣れたような手つきで発艦プロセスを終え、僕を乗せた機兵は発艦エリアまで移送され始めた。遠くから『停止させろ』と声が聞こえる。
でも、もう遅いよ。
僕は、地球へ再び飛び立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます