第9話「蘇る記憶、形ある憎しみ」

 夏目先輩は、俺を再び地下へと案内したが、地下へと降りる先輩の脚は、震えているように見えた。

「ケイ、座って。」

落ち着いた声でそう言われ、椅子に腰をかけた。

 あらゆることが同時に起き、俺の頭は追いつかなかった。3度目の襲撃、見たことないドロイド兵機、突然止む攻撃、何かに焦っている夏目先輩。ユウナは無事か、大学のみんなは、、、。

「先輩!今、何が起きているんですか?あのロボットは一体、、、何が目的なんです?」

先輩は返事をしない。黙ったまま、何かに堪えているような表情だ。

「なんで、、なんで俺をここに連れてきたんですか!奴らはなん、、」

「ケイ!!」

先輩からは聞いたこともないくらいの大きな声だった。下を向いていた彼女だったが、ゆっくりと顔をあげ、決意に満ちたその眼差しを向ける。

「真実を知る準備は、覚悟はある?」

突然の言葉に理解ができなかった。準備?覚悟?真実ってなんだ。いきなり俺は何を迫られているんだ。

「君たちが敵だと考えているもの、そして君たち自身について、私は、知っている。」

俺は息を呑んだ。未だに彼女が何を言わんとしているのか、はっきりとは分からない。ただ、その『真実』を知ることがどれほど大きなことなのか、彼女の真剣な表情から伝わってきた。

「ケイ、君は、自分が生き続けている理由を探してる、違う?あんな襲撃が二度も、今回で三度目だけど、目の前であって、2回も入院までして、それでもなお生き続けている。自分には何か使命があるんじゃないかって、そう思ってない?」

驚くほどに当たっていた。いや、以前にも先輩に似たようなこと話したのかもしれないけど。生き続ける理由、そうだ、俺はその理由を探して道を歩んできたんだ。ユウナや先輩と共に。

「俺は、真実が知りたいです。自分が、なぜ生きているのか。今感じているものが、一体何なのか。知って、次に進まなきゃならない。ユウナがそうしているように。」

手足の震えは、いつの間にか止まっていた。

「わかった、ケイ。君に全てを伝える。いや、思い出させる。私にできる全てを君に捧げる。でも一つだけ、覚悟しておいてほしい。」

そう言った先輩の呼吸が深くなるのを感じた。

「覚悟、、、ですか?」



–––––––––「君は、『世界の敵』となることができる?」–––––––––


 

 世界の、敵。その言葉が指すものはいったい何なのだろうか。俺の思う世界と、先輩の言う『世界』は似て非なるものなのだろうか。だが、その言葉に胸がざわつく。頭では何も理解できていないが、心が何か訴えている。


きっと、俺は『世界』が何かを『知っている』。


「世界を敵に回すんですか。そりゃきつい話ですね。」

少し不自然に笑いながら返事をしてしまった。

「大丈夫だよ、私も一緒だから。」

彼女の優しくて力強い目が、背中を押してくれた。いいや、最初から答えは決まっていた。

「『理由』が見つかるなら、道を進めるなら、喜んで世界の敵になりますよ、夏目先輩。」

彼女は一瞬だけ微笑み、そしてすぐに真剣な表情に戻り、真実を話し始めた。

「–––––––––これまで、君たちは真実に『拒絶』されてきたの。」



––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



 半年ちょっと前にケイが家に来て以降、私は学校にいかず、『地球人』の遺体を研究していた。その研究を始めたきっかけは、私の家でのケイの挙動からだった。私は、君に東雲夏目としての過去を全て話した。そこには当然、本物の人類と、アンドロイド人類の存在を伝えていた。君は真剣に私の過去を受け入れ、自分たちの正体すらも受け入れようとしていた。

 でも、君は突然何かにうなされ、意識を失ってしまった。最初は、ショックで頭が混乱して気を失ってしまったのだと思っていた。しかし意識を取り戻した君は、自分が何者なのかを忘れていた。いや、元の認識に戻っていた。

 その瞬間、今までの違和感が全て繋がったような気がした。君たちは、きっと真実を知ることができない、いや、知ったとしても記憶を消されてしまう運命なのだと気づいた。

 きっと君は忘れてしまっている。君の今の記憶でさえ辛いことが多いのは重々承知だ。でも、もっと君が『知らない』辛い経験があったはずなんだ。そして、君はこれまでの経験で自分の正体を幾度も見抜いてきている。生き延びている理由を探し求めても、手が届きそうでいつも届かないのは、最も大事なものが抜け落ちてしまっているからなんだ。




––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



「俺には、一部の記憶がない、、と。しかも、大事な、俺たちの正体に関する記憶が抜けているってことですか。」

俺は不思議と落ち着いていた。夏目先輩の言っていることは信じられないようなことなのに、なぜか自然に理解できる。

「そう、だから、全てを話してもケイはきっと忘れてしまうの。」

「なるほど。ならどうすればいい?って聞くのは野暮ですね。きっと夏目先輩は、その解を持っているからこそ俺をここに連れてきた、違いますか?」

先輩が目を丸くする。その後少し照れたように笑った。

「さすがケイだね、君には敵わないな。」

そして、一気に真剣な表情へと変わる。俺は息を呑んだ。ゆっくりと彼女が話し始める。

「だからこそ、『世界の敵』になってもらう必要があるの。真実を知り、君が望む答えに辿り着くには、ここにいる人々とは全く異なる存在となる必要がある。そして、私は君をそのような存在にするためのプログラムを今、持っているの。」

小さなICチップのようなものを右の親指と人差し指の間で掲げる。

「プログラム、、、ですか。」

「そう、このプログラムを君に施せば、君は全ての記憶を取り戻すはず。そして、真実を知っても記憶を消されることはない。その代わり、、、。」

「その代わり、世界の敵になる、ですか?」

「そう、この世界の秩序を乱す存在として認識されるかもしれない。きっと、生きるのが辛くなる。それでも、君は真実を知りたい?」

彼女の声は震えていた。この決断が、俺だけでなく、彼女にも責任を追わせてしまうものなのだと気づいた。きっと、『世界の敵』という言葉に嘘偽りはなく、また大袈裟でもないのだろう。彼女の声の震えと表情を見たら、そんな風に感じられた。俺は、勇気をもって決断を託してくれた先輩に報いたい。そして何よりも、自分自身のために、、、

「俺は、自分の道を進みたいです。その道は、夏目先輩、あなた無しでは切り開けない。もう立ち止まるのは嫌なんです。なりましょう、世界の敵に。真実を知って、真実に抗ってやります。」



––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––




「ケイ!こっち来いよ!またヒューマノイド事件だってさ、どんな格好してんだろな、ヒューマノイドって。」

「知るかよ、興味ないし関係ない。どうせヘルシャフトが何とかするさ。」

「夢がないなぁケイは。あいつら何でもすぐ解決しちまうからつまんねぇんだよな。ひそひそと何でもしやがるから、俺らはずっと無知のままだ。なんか気にくわねぇ。なぁそう思わない?ユウナちゃん。」

「ん〜どうだろうな、私はあんまり気にしたことないけど、、、ケイはよくヘルシャフトについて調べてるよね?」

「あぁ、でも詳細は何一つわからない。分かる必要がないのさ、この現状に不満を持つ方がどうかしてる。」

「そんなもんかねぇ、何つうか、生きてる感覚しねぇんだけど。生かされてるって感じ。」

「ありきたりだな、ヘルシャフトに文句言う前にもっと身の回りのことから考えたらどうだ。」

「んだとケイコンニャロ〜」

 

 あれ、、、俺は今誰と話してるんだっけ、、、ユウナと、、、ん〜男友達なのか?大柄だが、仲は何となく良さそうではある。ここは、、、学校か。あれ、高校の制服着てるな。というか、これって夢か?夢、、、だよな。俺はもう大学生だし、何で今寝てるんだっけか。あぁ、思い出そうとするのはちょっと疲れるな。まぁ、寝るか。


「ねぇ、2人とも、あれ!」

「やべえな、なんか飛んでくる」

「こっちだ!とりあえず電車の影に隠れろ!」

「くそ、何なんだよあいつは。」

「ねぇ、上に、、、」

「危ない!」

「今中!?」

「何だこれは、、、!何なんだよ!!!、、、、いや待て、これは、、、、。つまり、俺たちはヒューマノイドだってことか?オレガ、、ヒューマノイド、、、?」


なんだ、、、タイタンが襲撃してきた時の記憶、、、今中、、、ヒューマノイド、、、。




 全てを思い出した。俺は、俺たちが何者かを見たことがあったんだ。赤く光る核を体内に持った存在。あの『ドロイド=シヴァ』と同じだ。俺たちは、ヒューマノイドだ。人間に限りなく似せて作られたアンドロイド。

 そして、彼の名は今中ショウセイ。俺が、ユウナ以外に唯一まともに仲良かったやつだ。彼はあの日、俺とユウナを庇って死んだ。いや、壊れたのか。俺は、目の前で彼の核が粉々に砕け散ったのを今ははっきりと思い出せる。俺が負傷して意識を失い、取り戻すまでの間に、その時の記憶は消されていた、『キオクサクジョプログラム』によって。

 こんなにも、こんなにも大切な人を忘れていた。誰よりも忘れてはならない友達を、俺たちの命を繋げてくれた恩人を。こんな自分自身を許せるわけがない。何が『自分自身のために、自分の道を進む』だ。今の自分が誰のおかげで在るのかすら忘れたままで。

 –––––––––いいや、違うな。俺は人間じゃない、この感情だって作り物なんだろう。誰が、一体何のためにヒューマノイドなんて作ったんだ。俺たちをこんなに苦しませて、何が楽しい?なぁ、教えてくれよ、祖先で在る『人間様』さんよ。


––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


「・・・教えてくれよ。」



「ケイ!」

夏目先輩の温もりに包まれているのを微かに感じた。

「辛かったよね。本当にごめんね。ケイにだけこんなに背負わせるような真似をして、、。これからは私も一緒に辛いこと受け止めるから。」

身体を起こすと、自分の頬に涙がつたっていくのが分かった。あぁ、俺泣いてたんだ。

「先輩、、、俺は、、、。」

拳を強く握りしめた。これまでにないくらいの、強い憎しみが湧き出ていた。

先輩の両手が、そんな俺の拳を優しく包み込んだ。

「ねえ、君は今、何を憎んでいる?」

彼女の目には涙が浮かんでいた。その質問と、涙の間にどんな因果関係があるか、一瞬ではわからなかった。

「俺は、、、大切な人を忘れていた自分自身と、残酷にもこんな俺たちを作り上げた原因である人間たちを、、、」

そこまで言って俺は自分が何を言おうとしているのか正しく理解した。先輩の方を向くと、さっきよりも明らかに涙の量が多いのがわかった。そして、同時に『思い出した』。彼女がどんな思いで、俺に自分自身の過去を明かしたのかを。どれだけ辛い経験をしてきたのかを。


 俺はなんのために真実を知ることを選んだのか、ついさっきまでの決意を忘れるところだった。彼女の質問を無駄にしてはいけない。俺が今憎むべきは特定の誰かではない。俺が探しているもの、それは今まで生き続けてきた『理由』。今中が繋いでくれたこの命のおかげで、それをまだ探し続けられる。そう、俺が憎むべきは俺たちの運命であり、この『世界』だ。それをエネルギーに変える。世界に抗ってみせる。そのために、俺は自分もヒューマノイドも人間も憎まずに、受け入れなくてはならないんだ。

 

 目を閉じ歯を食いしばり、両手のひらで自分の頬を叩いた。先輩がちょっと驚くのが見えたが、そんな反応も気にせず俺はニヤリと口を広げた。



「さぁ、夏目先輩。世界に抗ってやりましょうよ。俺は準備、済んでますよ。」



先輩の表情が固まっていた。さっきまでの最後の涙が顎から下へと落ちた時、先輩はとびっきりの笑顔を見せた。



「うん。やってやろう!」




 その日、俺は夏目先輩から、俺たちヒューマノイドがどのようにして真実から拒絶されてきたのかについて聞いた。


 –––––––––最初に私が違和感を持ったのは、人間型アンドロイド、つまりヒューマノイドの死体を見た時であった。彼らは、いくつかの襲撃を経験する中で、仲間の死体を見てきたに違いない。とすると、『赤く光る核』の存在も分かったはずだ。それが人間のものではないとも。しかし、襲撃が繰り返される中でも、彼らは自らを人間と信じ込み日々を暮らしている。そこがずっと気になっていた。

 そして、私がヒューマノイドの遺体を調べていくうちに、あることが分かった。

それは、『彼らの視界からは、ヒューマノイドの死体が人間の死体に見えている』ということだった。それがどこまでの範囲で適用されているのかわからない。しかし、死体だけでなく、あらゆるものが『人間らしく』変換され、レンズを通り脳内へと渡る。そう、彼らが自分たちを人間であると信じて疑わないようにするために。

 ケイ、君が自分自身の正体に一度気づいたのは、きっと爆発の衝撃によって、レンズが破損したからだと思う。本来認識しないはずのヒューマノイドの核を認識し、君は自身の、自分たちの正体について悟った。

 しかし、ここで君は『世界』に見つかってしまった。その世界とは、


–––––––––ヘルシャフト–––––––––


 ヘルシャフトは、君が自らの正体を悟ったことをすぐに察知した。そして、なんらかの形で記憶を削除するためのプログラムが起動した。だから、君は襲撃のことは忘れずとも、ヒューマノイドに関することのみ忘却した。

そして、ヒューマノイドの核と因果関係で結びついてしまう人々のこともきっと忘れてしまったはず。君はもう思い出していると思うけど。

 違和感が決定的になった瞬間が、君に私の過去を話した時だ。君は倒れ、起きた時には自分がアンドロイドであることを忘れていた。そこで私はこの違和感の正体が、この世界の真実につながると確信した。

 『ヒューマノイドの視界』の他に、君が記憶を無くした原因こそヘルシャフトだった。ヘルシャフトは、おそらく全てのヒューマノイドとネットワークによって繋がれている。どこで何を知ろうと、君たちが都合の悪いことに気づいた時に、知る前の元の状態に戻す。きっとそうやって世界の平穏を維持してきたんだ。

 私はヘルシャフトとのネットワークから独立させるプログラムを開発した。驚きだったのが、記憶は削除されるのではなく、『一時的に隠される』だけだったことだ。だから幸いにも、君は記憶を取り戻すことができた。

 きっと、ネットワークから切り離されたことはヘルシャフトも感知しているはずだ。奴は君を追ってくるかもしれない。君は奴にとって『イレギュラー』となった。だからこそ、『もう一つのイレギュラー』である私と一緒なら、世界の真実に辿り着けるはず。

 この幾度もの襲撃も、人間とヒューマノイドの争いも、真実に辿り着くことが双方を救う鍵になると私は信じてる。

 だから私は、





–––––––––俺は、欺瞞に満ちたこの世界の嘘を暴き、このふざけた現実から大切な人を救ってやる。





そして、俺と彼女は、『世界の敵』となった。


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