第8話「開戦」

 夏休みが過ぎ、俺はいつも通り大学へと通っていた。あれからもユウナとは大学内で時々会うし、他愛ない話をすることもある。彼女も一生懸命に彼女自身を生きている。俺にとってはそれが励みだった。休みの間から、大学の研究室に来ては少しずつ研究を進めた。と言っても俺が1人でできることは技術的にそう多くはなかったため、アンドロイドに関する文献をひたすら探し回り、研究室でまとめて考察していた。しかし、どの文献でも、自分が知りたいような情報はなかった。



  

–––––––––『奇跡の高校生、ドロイド=シヴァからの生還。その奇跡の裏側に迫る!』–––––––––

【1つの街を全焼させたドロイド=シヴァ。奴の正体は一体なんなんだろうか。そして、そこからたった『2人』。生き残った当時高校生の彼らも、一体何者なんだろうか。私たち人類に、何が起こっているのだろうか。人類は、世界は、滅んでしまうのだろうか。】




 俺とユウナ、たった2人であんな化け物から逃げ切ったなんて誰が信じられるんだろうか。タイタンの襲撃の時もそうだ。俺たちの目の前を落下物が通過し、爆発した。俺たちはそんな中どうして生きているのか。この答えは、どうしたら出てくるのだろう。

「あれ、、。なんで、、、。」

本のページに水滴が落ち滲んだ。『2人』の文字が判別しにくくなってしまった。俺は、落ちた水滴が涙だと認識した時、初めて本を持つ手が震えていることにも気がついた。

「ハハハ、2人じゃ逃げ切れるはずないってか。」

「–––––––––それ、2人じゃないかもね。」

「えっ?」

それは俺のそのよく知る声だったが、その声が久々すぎて驚いた。

「やっほーケイ、久しぶり。」

そこには夏目先輩の姿があった。髪の短くなった先輩は、どことなくユウナに似ているように感じた。

「夏目先輩、この数ヶ月どうしてたんですか?心配しましたよ。」

「心配してるなら、家知ってるんだし押しかけてくれてもいいのに〜。」

「先輩はまたそうやって戯けて言う。目が笑ってないですよ、目が。家に押しかけても弾き返されることくらい分かってましたよ、最後に会った時の先輩の表情見たら。」

俺が少し真面目に返答しすぎたのか、先輩の表情が落ち着いた。

「そっか、ありがと。気遣ってくれて。」

「いえ、自分を見つめ直すいい機会になりましたから。」

「自分を見つめ直す?」

彼女はわざとらしく首をかしげ、目を丸くしている。

「はい、色々ありまして。」

「色々?」

「色々です。」

「そっか、色々ね。」

少しの間の後、お互いに吹き出して笑った。この期間、互いのしてきたことなんて知りもしないのに、なぜか分かったような気がした。

久々のこの空気に、安心した。しかし、最初にかけられた言葉を改めて思い出した。

「あの、『2人じゃない』って、どういう意味ですか?」

先輩の表情が一瞬にして引き締まった。

「そのままの意味だよ。君らは当時『2人だけじゃなかった』可能性が考えられるってこと。」

「あの2回の襲撃の時、俺とユウナ意外に一緒にもう一人いた、と?」

「実際は分からない、もう一人に留まらないかもしれないし、君たちだけだったかもしれない。でも、ケイは引っかかるんでしょ?この『2人』って事実に。」

「そうですね、でも、実際に記憶の中では俺とユウナだけでしたし、違和感はありますが事実です。」

先輩は、少し瞳を閉じ、間を置いて、また目を開け話し始めた。

「ケイたちの真実、私なら明らかにできるかもしれない。『ケイが、ケイでなくなる可能性』を恐れないのなら、私は–––––––––。」



「先輩、、、来ます。」

「えっ?」

急に息が苦しくなった。周りの音が何も聞こえなくなり、誰もいない海の上に1人立っているような感覚に襲われた。まるで時が止まってしまったようであった。何がなんだか分からない。


でも、俺はこの感覚を、この恐怖を知っている。


 先輩が続きを言いかけた時、少しだけ離れたところから大きな爆発音が聞こえた。俺は先輩と急いで研究室を出て、キャンパスの広場へと出た。

そこで目にしたものに、俺と彼女は絶句した。

見上げると、空中の至る所に見たこともないようなロボットが飛び、大きな銃で辺り一帯にビームのようなものを撒き散らしている。そのロボットは、タイタンはもちろんのこと、シヴァよりも明らかに小さい。見たところ、5メートルもないように見える。だが、その動きは速く、そして何よりもとてつもない数が飛んでいる。翼のような部位があり、そこからエンジンのようなものが吹き出ている。


「先輩、これは、、なんですか、、、。」

「私にも、分からない、、。」

焦った先輩の表情が横目に見える。3度目の襲撃だ。いつかは来ると思っていたが、いざ来ると恐怖で身体が動かない。なぜ俺は2度もこんな危機を乗り越えることができたのか、こんな時に無駄な思考を巡らす。

すると、小さく舌打ちをした先輩が、すぐに覚悟を決めたように深呼吸をし、俺の手を取った。

「ケイ、ついてきて。」

「は、はい!」

俺は言われるがまま先輩の後をひたすら走った。

「乗って!」

バイクの後ろに乗せられた。先輩がいつの間にかバイクを持っていたことに驚きながらも、急いでヘルメットを装着し、先輩の背中に掴まった。

 あたりに火の粉が飛び散る中、不安定な道をバイクが突き進む。

「大丈夫!多分攻撃はすぐ止むと思う!」

風で声があまり聞こえないが、辛うじて内容は聞き取れた。

「なんでわかるんですか?」

俺も大声で返事をする。

「ここの人たちを殺すのが目的じゃない。きっと彼らは『何か』を探してる!最初の襲撃は恐怖心を煽るためだと思う、無抵抗にさせるための。」

彼女がそう言ってしばらくして、本当に奴らの攻撃は止んだ。大分大学から離れたからか、奴らが地上に降りたからなのか、空にあのロボットたちの姿は見えなくなっていた。攻撃が止んでも、先輩は速度を落とすことなく、走り続けた。背中に捕まり斜め後ろから見えた先輩の表情は、変わらず焦っているようだった。


 しばらくして、目的地についた。そこは、忘れようにも忘れられない夏目先輩の家であった。

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